75歳以上の方が加入する後期高齢者医療制度では、株式の配当金や売却益といった金融所得が保険料にどのように反映されるのかが重要なポイントとなっています。結論から申し上げますと、確定申告の方法によって保険料への影響が大きく異なり、特定口座(源泉徴収あり)で「申告不要」を選択すれば金融所得は保険料に反映されませんが、確定申告を行うと所得として計上され保険料が増加します。後期高齢者医療制度の保険料は「均等割額」と「所得割額」の2つで構成されており、所得割額は前年の所得に連動して変動する仕組みです。2024年度以降は団塊の世代が75歳以上に到達することで医療費の急増が見込まれ、保険料率の改定や賦課限度額の引き上げが実施されました。金融資産を保有する高齢者にとっては、税金の還付だけでなく社会保険料への影響も含めた総合的な判断が求められます。本記事では、後期高齢者医療制度における金融所得の反映の仕組み、保険料の計算方法、そして窓口負担割合との関係について詳しく解説いたします。

後期高齢者医療制度とは何か
後期高齢者医療制度は、2008年4月に「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づいて施行された医療保険制度です。この制度が創設される以前は、75歳以上の高齢者の医療は「老人保健制度」という枠組みの中で運営されていました。老人保健制度では、高齢者は国民健康保険や企業の健康保険組合などに加入したまま、各保険者からの拠出金によって医療費を賄う仕組みでしたが、責任の所在が曖昧で現役世代と高齢者世代の負担関係が不透明であるという問題が指摘されていました。
後期高齢者医療制度の最大の特徴は、75歳以上のすべての国民を独立した医療保険制度の被保険者として再編した点にあります。65歳以上75歳未満の方でも、一定の障害認定を受けた場合は加入することができます。これにより、高齢者医療にかかる費用と負担の関係が明確化され、世代間の公平性を担保するための基盤が整備されました。
運営主体と役割分担について
後期高齢者医療制度の運営主体は、都道府県ごとに設立された「後期高齢者医療広域連合」という特別地方公共団体です。広域連合は、保険料率の決定や保険料の賦課、医療費の支給といった制度の根幹に関わる権限を有しています。財政規模を大きくすることでリスクを分散し、安定した運営を行うことが目的です。
一方で、日々の窓口業務や保険料の徴収業務、各種申請の受付などは住民に身近な市町村が担当しています。この二重構造により、広域的な財政運営と地域密着型のサービス提供の両立が図られています。被保険者証の交付や届出の受理、保険料の徴収といった実務的な事務は市町村の窓口で行われますので、制度に関する相談はお住まいの市町村役場の担当課が最初の窓口となります。
財源構成の仕組みについて
後期高齢者医療制度の運営に必要な医療給付費は、被保険者が支払う保険料だけで賄われているわけではありません。財源構成は法律で厳密に定められており、公費(税金)が約5割、現役世代からの支援金が約4割、そして高齢者自身の保険料が約1割という比率で成り立っています。
公費負担の5割の内訳としては、国が全体の約25〜30パーセント程度を負担し、都道府県と市町村が残りを分担する構造となっています。現役世代からの支援金は、若年層が加入する健康保険組合や協会けんぽ、国民健康保険などから拠出されており、現役世代が高齢者医療を支える「世代間扶助」の精神が具現化されています。残りの約1割を被保険者全員で負担する保険料によって賄う仕組みとなっており、医療費総額が増加すればそれに連動して被保険者の保険料負担も上昇する自動調整メカニズムが組み込まれています。
後期高齢者医療制度の保険料計算方法
後期高齢者医療制度の保険料は、世帯単位ではなく被保険者「個人単位」で算定されます。夫婦であってもそれぞれが独立した被保険者として計算され、納付通知書も個別に届く仕組みです。年間保険料額は「均等割額」と「所得割額」の2つの要素を合算して算出されます。
均等割額とは
均等割額とは、所得の多寡にかかわらず被保険者全員が等しく負担する定額部分です。これは医療制度という社会インフラを利用するための「基本料金」あるいは「会費」のような性格を持っています。均等割額は各都道府県の医療費水準に応じて広域連合ごとに定められ、2年ごとに見直しが行われます。たとえば京都府後期高齢者医療広域連合では、2024年度の均等割額は年額56,340円と設定されています。
均等割額は地域によって異なりますので、お住まいの広域連合の設定を確認することが重要です。全国平均では年額5万円を超える水準となっており、2年ごとの見直しの際に医療費の増加に応じて改定されることがあります。
所得割額とは
所得割額とは、被保険者の「能力に応じた負担」を実現するための部分であり、前年の所得に応じて変動します。具体的には「賦課のもととなる所得金額」に「所得割率」を乗じて算出されます。「賦課のもととなる所得金額」とは、前年の総所得金額等から基礎控除額(最大43万円)を差し引いた金額を指します。
計算式で表すと、所得割額=(前年の総所得金額等−基礎控除43万円)×所得割率となります。所得割率も広域連合ごとに設定されており、京都府では2024年度の所得割率は10.95パーセント(ただし所得58万円以下の方は10.11パーセント)となっています。このように所得階層に応じた激変緩和措置が講じられている点も、本制度の特徴です。
2024年度・2025年度の制度改正について
団塊の世代が後期高齢者に移行する2024年から2025年にかけて、制度の持続可能性を確保するために保険料率の大幅な改定が行われました。特筆すべき変更点は、保険料の賦課限度額(年間上限額)の引き上げです。従来は年間66万円であった限度額が、2024年度には段階的に73万円へ、そして2025年度には80万円へと引き上げられました。
この改定は、高所得者層に対してより多くの負担を求めることで、中間所得層以下の負担増を抑制しようとする政策的意図に基づいています。全国平均の均等割額は年額5万円を超え、所得割率も10パーセントを超える水準へと上昇しています。
金融所得と保険料の関係
現代の高齢者は預貯金だけでなく、株式や投資信託などの金融資産を保有する割合が高まっています。ここで生じる配当所得や譲渡所得(キャピタルゲイン)が後期高齢者医療保険料にどのように反映されるかは、家計を守る上で極めて重要な課題です。
課税方式の選択と保険料への影響
上場株式等の配当や譲渡益については、証券会社の特定口座(源泉徴収あり)を利用している場合、所得税15.315パーセントと住民税5パーセントがあらかじめ天引きされています。この状況下で被保険者は3つの課税方式から選択を行うことができますが、どの方式を選ぶかによって保険料が大きく変わります。
第一の選択肢は「申告不要制度」です。これは確定申告を行わず、源泉徴収のみで納税を完結させる方式です。この場合、その金融所得は税務上の「合計所得金額」や「総所得金額等」に含まれません。したがって後期高齢者医療制度の保険料算定の基礎となる所得にも計上されず、保険料は一切上昇しません。多くの被保険者にとって、これが最も保険料負担を抑える選択となります。
第二の選択肢は「申告分離課税」を選択して確定申告を行う方式です。これは上場株式等の譲渡損失と配当所得を損益通算したり、損失の繰越控除を適用したりするために選択されることがあります。しかし確定申告を行った時点で、その所得情報は市町村に通知され、保険料算定の基礎となる「総所得金額等」に含まれることになります。その結果、所得割額が増加し翌年の保険料が上昇します。
第三の選択肢は「総合課税」です(配当所得のみ選択可能)。配当控除を受けるために選択されることがありますが、これも同様に保険料算定所得に含まれ、保険料上昇の原因となります。
税還付と保険料増加のパラドックス
金融リテラシーの高い高齢者が陥りやすいのが、税金の還付のみに目を奪われ、社会保険料の増加を見落とすという罠です。たとえば配当所得が10万円あり、確定申告をして配当控除を受ければ所得税や住民税で数千円の還付が受けられる可能性があります。しかしその10万円が保険料算定所得に加算されると、所得割率が約11パーセントの地域では医療保険料が約11,000円増加することになります。
さらに介護保険料も同様に所得連動で上昇するため、トータルの家計収支では赤字になるケースが多発しています。この現象は税制と社会保障制度がそれぞれ異なる論理で動いていることに起因しており、両者を統合的にシミュレーションしなければ最適解は導き出せません。
株式譲渡損失の繰越控除における注意点
株式譲渡損失の繰越控除を適用した場合の、保険料計算と窓口負担割合判定における取り扱いの「非対称性」は、制度の複雑さが凝縮されている部分です。正確な理解が不可欠ですので、詳しく解説いたします。
保険料計算における繰越控除の扱い
まず保険料の計算においては、確定申告をして繰越控除を適用した場合、繰越控除適用「後」の所得金額が用いられます。たとえば前年から繰り越した譲渡損失が100万円あり、本年の譲渡益が80万円あったとします。確定申告でこれらを相殺(損益通算・繰越控除)すれば、本年の株式等に係る譲渡所得等の金額はゼロになります。保険料算定においてもこの所得はゼロとして扱われるため、所得割額への影響はありません。
この点においては、確定申告を行うことによるデメリットは回避されているように見えます。しかし真の問題は次に述べる「窓口負担割合」の判定において発生します。
窓口負担割合判定では繰越控除が適用されない
後期高齢者が医療機関を受診した際の自己負担割合(1割・2割・3割)を決める判定基準において、用いられる所得の定義が保険料計算とは異なるという事実が、多くの被保険者を混乱させています。
窓口負担が2割になるかどうかの判定基準の一つに、「年金収入+その他の合計所得金額」が200万円以上(単身世帯の場合)というルールがあります。ここでいう「その他の合計所得金額」について、多くの自治体や厚生労働省の規定では「上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除の適用「前」の金額」を用いるとされています。
先ほどの例で言えば、保険料計算では損失と相殺して「所得ゼロ」とみなされた80万円の利益が、窓口負担割合の判定では「所得80万円」としてそのままカウントされてしまうのです。もしこの方の年金収入が130万円であれば合計は210万円となり、基準の200万円を超過します。その結果、本来であれば1割負担で済んだはずが、確定申告をしたことで窓口での支払いがすべて2割負担に跳ね上がるという事態を招きます。
この「保険料は安くなるが、窓口負担は高くなる」というトリッキーな構造は、制度の細則に隠された最大の落とし穴であり、金融資産を持つ高齢者が最も警戒すべきポイントです。
窓口負担割合の判定ロジック
2022年10月から導入された「2割負担」の区分により、窓口負担割合の判定ロジックは3段階の複雑なフローとなりました。それぞれの段階について詳しく解説いたします。
現役並み所得者(3割負担)の判定
最優先で判定されるのが、現役世代と同等の負担能力を持つとされる「3割負担」の層です。判定基準は、同一世帯の被保険者のうち住民税課税所得(課税標準額)が145万円以上の者が一人でもいるかどうかです。
注目すべき点として、この「住民税課税所得」には確定申告をした金融所得が含まれ、かつ繰越控除適用「後」の数値が用いられます。つまり3割負担の判定に関しては、繰越控除による所得圧縮効果が認められています。
ただし課税所得が145万円以上であっても、年収ベースでの救済措置(基準収入額適用申請)が存在します。被保険者が一人の場合は年収383万円未満、二人以上の場合は合計520万円未満であれば、申請により3割負担から1割(または2割)負担へ引き下げることが可能です。
一定以上所得者(2割負担)の判定
3割負担に該当しなかった場合、次に2割負担の対象となるかが判定されます。以下の2つの条件を両方とも満たした場合に2割負担となります。
まず第一の条件として、世帯内の被保険者のうち課税所得が28万円以上の者がいることが必要です。第二の条件として、「年金収入+その他の合計所得金額」が単身世帯で200万円以上、複数世帯で合計320万円以上であることが求められます。
前述の通り、この第二の条件における「その他の合計所得金額」には株式譲渡損失の繰越控除適用前の所得が用いられます。また事業所得などの損失(純損失)の繰越控除については適用後の金額を用いるという違いもあり、極めて複雑な仕組みとなっています。
一般所得者・低所得者(1割負担)の判定
上記のいずれにも該当しない場合は、原則通り1割負担となります。これには住民税非課税世帯などの低所得者層も含まれます。
低所得者に対する軽減措置
制度の公平性を保ちながら、経済的に困窮する高齢者が医療から遠ざかることを防ぐため、均等割額に対する強力な軽減措置が設けられています。
所得に応じた7割・5割・2割軽減
世帯主と被保険者全員の総所得金額等の合計額に応じて、均等割額が段階的に減額されます。
7割軽減については、世帯の総所得金額等が「43万円+10万円×(給与所得者等の数−1)」以下の場合に適用されます。実質的に所得が年金のみで極めて低い層が対象となります。
5割軽減については、世帯の総所得金額等が「43万円+(29.5万円×被保険者数)+10万円×(給与所得者等の数−1)」以下の場合に適用されます。
2割軽減については、世帯の総所得金額等が「43万円+(54.5万円×被保険者数)+10万円×(給与所得者等の数−1)」以下の場合に適用されます。
これらの計算式において、被保険者の数が増えるほど軽減判定の所得基準額が上がっていく仕組みとなっており、多人数世帯でも軽減が受けやすくなるよう設計されています。
被用者保険の元被扶養者に対する特例
後期高齢者医療制度に加入する直前まで、会社の健康保険(被用者保険)や共済組合の被扶養者であった方については、保険料負担が急激に発生することを防ぐための激変緩和措置があります。具体的には所得割額は当面の間かからず、均等割額についても加入から2年間に限り5割軽減されます。以前は期限なしの措置がありましたが、制度改正により2年限定となりました。
自治体独自の減免制度
法令で定められた軽減措置に加え、各広域連合が条例で定める独自の減免制度も存在します。たとえば京都府後期高齢者医療広域連合では、災害による資産の損害、事業の休廃止、失業などにより収入が著しく減少した場合に、申請に基づいて保険料を減免する規定を設けています。また東京都では独自の施策として、所得が低い層に対して所得割額を軽減する措置を講じていた実績があります。
これらは「申請主義」であるため、該当する事由が発生した場合は速やかにお住まいの市町村窓口で相談することが重要です。
金融所得の完全反映に向けた将来の議論
後期高齢者医療制度が向かう未来と、現在議論されている改革案についても把握しておくことが重要です。
「1億円の壁」問題と負担の公平性
現在の制度では「申告不要制度」を利用すれば、巨額の金融所得があっても保険料には反映されません。これは給与所得や事業所得を中心に生活する層との間で「負担の公平性」を欠くという批判が根強く存在します。特に所得が1億円を超える超富裕層では、所得税の負担率が逆に低下する「1億円の壁」問題と同様に、社会保険料負担率も極端に低くなっている現状があります。
これを是正するため、厚生労働省の社会保障審議会や政府の税制調査会では、マイナンバー制度を活用してすべての金融所得情報を把握し、医療保険料や介護保険料の算定に反映させる仕組みの導入が継続的に議論されています。これが実現すれば、金融資産を多く持つ高齢者の負担は大幅に増加することになります。
フローからストックへの視点転換
さらに長期的には、毎年の「所得(フロー)」だけでなく保有する「資産(ストック)」を保険料負担能力の判定に組み込むべきだという議論もあります。現在は預貯金額や不動産価値は保険料に影響しませんが、現役世代の負担が限界に達する中、資産を持つ高齢者に応分の負担を求める動きは避けられない流れとなっています。
確定申告をする際の判断ポイント
金融所得がある後期高齢者が確定申告をするかどうかを判断する際には、複数の要素を総合的に検討する必要があります。
確定申告をした方が良いケース
株式等の譲渡損失が発生している場合は、確定申告をして損失を繰り越しておくことで、将来の利益と相殺できます。また外国税額控除を受けたい場合や、医療費控除などの他の控除を受けたい場合にも確定申告が必要となります。
ただしこれらのケースでも、保険料や窓口負担への影響を事前にシミュレーションしておくことが重要です。税金の還付額と保険料・窓口負担の増加額を比較し、トータルでどちらが有利かを判断する必要があります。
申告不要を選択した方が良いケース
特に譲渡損失がなく、配当所得や譲渡益のみがある場合は、申告不要を選択することで保険料の増加を防ぐことができます。また年金収入との合計が200万円(単身世帯)または320万円(複数世帯)に近い方は、窓口負担割合が2割に上がるリスクを避けるため、慎重に判断する必要があります。
シミュレーションの重要性
確定申告をするかどうかの判断には、以下の項目を総合的に検討することが求められます。所得税・住民税の還付額または追加納付額、後期高齢者医療保険料の増減額、介護保険料の増減額、窓口負担割合の変化による年間の医療費負担の増減、これらすべてを合算した上で判断することが重要です。
多くの自治体では窓口で相談に応じていますし、税理士やファイナンシャルプランナーに相談することも有効な手段です。
制度を正しく理解することの重要性
後期高齢者医療制度、特にその保険料計算と窓口負担の仕組みは、税制、社会保障、そして個人の資産運用が複雑に絡み合う領域です。「金融所得を申告するか否か」という一つの意思決定が、保険料の増減だけでなく医療機関での窓口負担割合を変えるきっかけとなり得ます。
特に株式譲渡損失の繰越控除が、保険料計算では有利に働き、窓口負担判定では適用されないという非対称性は、制度の複雑さを象徴しています。現状のルールである以上、被保険者はこれを前提に行動しなければなりません。
本記事で解説したメカニズムを深く理解し、目先の税還付だけでなく社会保険料と医療費負担を含めたトータルの家計影響をシミュレーションすることが、超高齢社会を生き抜くための必須のリテラシーと言えるでしょう。制度は刻一刻と変化しており、常に最新の情報を広域連合や自治体の広報から入手し続ける姿勢が求められます。


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