日本年金機構の障害年金センターにおいて、認定医(医師)が下した障害年金の判定結果を職員が独断で破棄し、別の医師に再判定させていた不正行為が2025年12月28日に発覚しました。この問題は、医学的専門性に基づく判定プロセスに行政職員が不当に介入し、本来支給されるべき障害年金が不支給となっていた可能性を示す重大な事案です。憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が、密室での恣意的な操作によって侵害されていた疑いがあり、障害年金制度の根幹を揺るがす事態となっています。
この記事では、日本年金機構による障害年金の判定破棄問題について、その具体的な手口から背景にある構造的な問題、法的責任、被害者への影響、そして今後求められる対応まで詳しく解説します。障害年金の申請を検討している方や、過去に不支給決定を受けた方にとって、自身の権利を守るための重要な情報となります。

障害年金の判定破棄問題とは
障害年金の判定破棄問題とは、日本年金機構の障害年金センターにおいて、認定医が行った障害等級の判定結果を事務職員が無断で削除し、別の医師に再判定を依頼していた不正行為のことです。2025年12月28日、共同通信をはじめとする主要メディアがこの問題を一斉に報道し、社会に大きな衝撃を与えました。
日本年金機構は取材に対して、こうした取り扱いがあった事実を認めています。機構側は「件数を含め事実関係を確認中」としていますが、内部関係者の証言からは、この行為が突発的なものではなく、長期間にわたって常態化していた可能性が指摘されています。
障害年金の審査プロセスは本来、厳格な分業体制の下で行われるものです。申請者が提出した診断書や病歴・就労状況等申立書に基づき、機構の職員が納付要件などの形式審査を行います。その後、委嘱を受けた認定医が障害等級を医学的に判定し、職員はその判定結果に基づいて支給・不支給の決定通知を作成・送付する役割を担います。この仕組みにおいて、職員には「医学的な判定」を行う権限も、それを覆す権限も与えられていません。
今回発覚した不正は、この根本原則を破壊するものでした。認定医が下した判定結果に対し、担当職員が独自の判断を加え、意に沿わない判定であった場合にその記録を削除していたのです。
判定破棄の具体的な手口と隠蔽の実態
日本年金機構の職員が行っていた判定破棄の手口は、極めて巧妙かつ悪質なものでした。認定医が「2級相当」などの判定を下した場合、担当職員がその判定を「甘すぎる」「厳しすぎる」あるいは「他の医師とのバランスが悪い」などと独自に判断すると、その判定結果が記録された電子データや帳票をシステム上から削除していました。
さらに問題なのは、削除後の対応です。職員は最初の判定医には一切その事実を伝えず、別の医師に改めて判定を依頼していました。これは、職員が意図する結論を出してくれる医師を探す「ドクターショッピング」を行政側が主導して行っていたことを意味します。最初の医師による「支給相当」という医学的判断は歴史から抹消され、不正の痕跡が外部からは見えにくいよう隠蔽されていました。
この問題の深刻さを理解するためには、「認定調書」という行政文書の重要性を知る必要があります。認定調書は、医師がどのような根拠でその等級を定めたか、あるいはなぜ不支給としたかが記載された公的記録です。不支給決定に納得がいかない申請者は、個人情報開示請求を行ってこの認定調書を取り寄せ、そこに記載された医師の所見を分析した上で審査請求を行います。
しかし、職員が最初の判定を破棄し、別の医師による判定のみを正式な記録として残していた場合、申請者がどれほど開示請求を行っても、出てくるのは「書き換え後」の記録だけです。申請者が「本来なら受給できていたはずだ」と主張するための証拠そのものが、行政の手によって事前に消滅させられていたことになります。これは、不服申し立て制度という国民の権利救済手段を根底から無力化する背信行為といえます。
2017年の業務一元化が生んだ構造的問題
この問題の温床となった最大の要因として、2017年(平成29年)に実施された障害基礎年金審査業務の「一元化」が挙げられます。かつて障害基礎年金の審査は、各都道府県の事務センターに配置された地域の認定医によって行われていました。しかし、都道府県ごとに認定の傾向に大きなばらつきがあるという「地域差問題」が顕在化し、公平性の観点から問題視されました。
これを受けて、日本年金機構は審査業務を東京の「障害年金センター」に集約し、基準の統一化を図りました。表向きは「公平性の確保」が目的でしたが、実態としては、全国から集まる膨大な申請案件を一つの拠点で効率的に処理するための体制が構築されることになりました。
業務の一元化は、認定医と職員の関係性にも劇的な変化をもたらしました。地方分散時代は、地元の医師会等から派遣される医師の自律性が比較的高く、地域の実情に即した判断が行われる余地がありました。しかし、東京の巨大センターに集約された結果、いくつかの弊害が生じたと考えられています。
まず、閉鎖的な空間での作業という問題があります。認定医は機構の施設内に設けられた執務室に通い、職員が用意した書類の山を次々と処理することを求められます。外部の目が届かない環境において、常駐する職員と非常勤の医師という関係性が形成されやすくなりました。
次に、職員による「事前審査」の肥大化という問題があります。効率化の名の下に、職員が医師の判定前に書類を整理する「事前審査」の重要度が増しました。この段階で職員が「等級の目安」や「不該当の示唆」を付記する、あるいは認定医に対して「最近の傾向ではこれは厳しい判定になります」といった助言を行うケースがあったとされています。
さらに、判定医の形骸化という問題も指摘されています。膨大な件数を処理するため、認定医が職員の作成した要約や下書きに依存せざるを得ない状況が生まれました。職員が「このケースは前回同様に不支給でいいですね」と持ちかければ、多忙な医師がそれを追認するだけの存在になってしまうリスクが構造的に内在していたのです。
今回の「判定破棄」は、こうした構造的欠陥の延長線上にあります。職員が医師の判断を誘導するだけでは飽き足らず、意に沿わない判断が出た場合にはそれを「なかったこと」にするという行為に至ったといえます。
2023年のセンター長交代と不支給急増の関係
今回の不祥事が発覚する前兆として、現場レベルでは2023年後半から明らかな異変が起きていました。複数の社会保険労務士や関係者の証言によれば、2023年10月に障害年金センターのセンター長が交代した後、審査の運用方針が激変したと指摘されています。
新たに就任した責任者の下で、審査書類の形式不備や整合性のチェックが極端に厳格化されました。些細な記載漏れであっても返戻を繰り返すよう指示が出され、現場の職員には「安易に支給決定を出さない」という圧力がかかっていた可能性があります。センター長本人は取材に対し「審査を厳しくするよう指示したことはない」と否定していますが、トップが交代し「適正化」を掲げれば、現場の職員は過剰反応するのが組織の常といえます。
この「厳格化」の影響は、数字として如実に表れました。2025年3月頃に公表されたデータによれば、2024年度における精神障害・発達障害の障害年金不支給決定件数が、前年度比で約2倍に急増していることが判明しました。
精神障害の認定は、血液検査の数値のような客観的指標が乏しく、日常生活能力の評価や就労状況など、定性的な要素によって判断されます。そのため、「1級か2級か」「2級か3級か」の境界線は曖昧であり、判定医の裁量やガイドラインの解釈運用によって結果が大きく左右されます。今回発覚した「判定破棄」が、この精神障害の分野で多発していたとすれば、不支給急増の原因は「申請者の障害が軽かったから」ではなく、「職員による恣意的な書き換え」によるものであった可能性が高まります。
日本年金機構が、明確な法的根拠の変更もないまま、運用の変更のみで大量の受給者に影響を与えた事例は過去にもありました。2016年から2018年にかけて、1型糖尿病の患者など約1000人が、更新に際して突如として支給停止や等級降格を通知されるという事件が発生しました。この際も、障害認定基準そのものは変わっていないにもかかわらず、機構内部で「判断基準の厳格化」が行われていました。今回の事件は、この時の反省が全く活かされていないどころか、より陰湿な「証拠隠滅」という手段を用いて、組織的に不支給を作り出していたことを示しています。
判定破棄に関する法的責任と問題点
この問題は、行政機関のコンプライアンス違反というレベルを超え、刑法上の重大犯罪に該当する可能性が高い事案です。
最も直接的に成立が疑われるのが、刑法第258条に規定される「公用文書等毀棄罪」です。日本年金機構の職員は、法令により「みなし公務員」として扱われ、その職務上作成・取得・管理する文書は「公用文書」となります。判例上、「公務所の用に供する文書」とは、決裁が完了して正式に保管された文書に限られません。作成途中の文書や、手続きの一環としてシステム上に一時保存されたデータであっても、それが公務のために使用されるものである以上、本罪の客体となります。
認定医がシステムに入力し保存した「判定結果」や「認定調査票」は、審査プロセスにおける意思決定の中核をなす極めて重要な公用文書です。これを職員が、正当な権限に基づかずに削除する行為は、公用文書等毀棄罪(3ヶ月以上7年以下の懲役)が成立する可能性が極めて高いと考えられます。
職員が最初の医師の判定を削除した後、自ら内容を改変したり、虚偽の記録を作成したりしていた場合、さらに重い「虚偽公文書作成罪」が問われる可能性もあります。また、そうして不正に作成された「不支給決定通知書」を申請者に送付し、不支給という法的効果を発生させた行為は、「虚偽公文書行使罪」に該当します。
障害の程度の判定は、医学的専門知識に基づいて行われる高度な判断です。そのため、法律は認定医にのみその権限を与えています。医師免許を持たない事務職員が、医師の判断を実質的に無効化し、支給・不支給の結論を左右するという行為は、医師法第17条の趣旨に反する脱法行為ともいえます。
行政手続法は、行政庁が不利益処分を行う際、その理由を提示し、公正な手続きを経ることを義務付けています。秘密裏に判定をやり直し、恣意的な結果を押し付けることは、適正手続の原則に違反します。被害を受けた申請者は、国および日本年金機構に対し、国家賠償法に基づく損害賠償請求を行う権利を有します。
障害年金の判定破棄による被害者への影響
障害年金を申請する人々の多くは、病気や怪我によって就労が困難となり、経済的に追い詰められた状態で申請を行います。数ヶ月に及ぶ長い審査期間、診断書作成にかかる高額な費用と精神的負担を乗り越えてようやく届いた結果が「不支給」であった時の絶望感は計り知れません。
特に精神障害の当事者にとって、「不支給」という結果は、単にお金がもらえないということ以上の意味を持ちます。「あなたの苦しみは公的に認められるほど重くない」と社会から否定されたように感じられ、自己肯定感を著しく損ない、症状の悪化につながるケースも少なくありません。今回の事件は、そうした極めてセンシティブな判定プロセスにおいて、職員の判断によって当事者の人生が左右されていたことを示唆しています。
障害年金制度には、「障害があっても、適切な支援があれば社会参加できる」という理念があります。しかし、今回の不正な運用は、この理念を逆行させるものでした。就労支援を受けながら短時間のアルバイトをしている精神障害者がいたとします。本来であれば、就労の実態を考慮して2級と認定されるべきケースであっても、職員が「働けているなら3級以下でいいだろう」と恣意的に判断し、医師の判定を覆して不支給としていた可能性があります。こうした運用がまかり通れば、当事者は「少しでも働くと年金を切られる」という恐怖から就労を諦めざるを得なくなり、結果として社会復帰を阻害することになります。
最大の問題は、すでに「不支給」として処理されてしまった過去の被害者をどう救済するかです。機構は「事実確認中」としていますが、破棄されたデータが完全に消去され復元不可能であった場合、どの案件で不正が行われたのかを特定することは極めて困難です。さらに、年金の受給権には「5年」という消滅時効が存在します。不正が5年以上前から行われていた場合、当時の不支給決定を取り消して遡及支給を行おうとしても、時効を理由に5年分しか支払われない可能性があります。しかし、今回のケースは行政側の明らかな不法行為が原因であるため、特例措置により時効の壁を超えて全期間の支給を行うことが求められます。
弁護士会・支援団体の反応と今後の展望
この事態を受け、日本弁護士連合会や障害者団体からは激しい抗議の声が上がっています。日弁連はすでに2025年7月の段階で、不支給判定の急増に対して「公平な制度の構築を求める会長声明」を発表していましたが、今回の不正発覚により、その懸念が最悪の形で裏付けられたことになります。DPI日本会議や「全国手をつなぐ育成会連合会」などの当事者団体も、今回の事件を「人権侵害」と断じ、第三者機関による徹底的な調査と、審査体制の抜本的な見直しを求めています。
国会においても、この問題は大きな争点となる見込みです。2025年6月の厚生労働委員会では、すでに野党議員から障害年金の不透明な運用について厳しい追及が行われていました。今回、不正の動かぬ証拠が明らかになったことで、日本年金機構の理事長の責任問題はもちろん、監督官庁である厚生労働省の責任が問われることは必至です。
失墜した信頼を回復するために、日本年金機構には複数の対応が求められます。まず、過去数年分の全不支給案件について、アクセスログ解析等を行い、判定の破棄・書き換えが行われた疑いのある事例を全て洗い出し公表することが必要です。次に、疑義のある案件については、機構から独立した第三者機関による再審査を行い、本来支給されるべきであった人への速やかな支給と損害賠償を行うべきです。
今後の審査においては、認定医の判定履歴を改ざん不可能な技術で管理し、誰がいつアクセスしどのような変更を加えたかを常に追跡可能にすることが求められます。また、情報公開請求を待つことなく、審査結果の通知と共に認定医の判定理由が記載された「認定調書」の写しを申請者全員に自動的に交付する仕組みに改めることで、密室での書き換えを抑止できます。
障害年金の不支給決定を受けた場合の対応
今回の問題を受け、過去に障害年金の不支給決定を受けた方は、自身の案件が不正の影響を受けていなかったか確認することが重要です。
不支給決定に納得がいかない場合、まず個人情報開示請求を行い、認定調書を取り寄せることができます。認定調書には医師がどのような根拠で判定を行ったかが記載されているため、その内容を確認することで、判定が適切であったかどうかを検討する材料となります。
不支給決定から3ヶ月以内であれば、地方厚生局の社会保険審査官に対して審査請求を行うことができます。審査請求の結果に不服がある場合は、さらに社会保険審査会に再審査請求を行うことも可能です。これらの不服申立て手続きを経た上で、なお不服がある場合は、裁判所に処分の取消しを求める訴訟を提起することができます。
今回の問題が発覚したことで、過去の不支給決定についても再審査が行われる可能性があります。機構の調査結果や政府の対応を注視し、必要に応じて専門家(社会保険労務士や弁護士など)に相談することをお勧めします。
まとめ
2025年12月28日に発覚した日本年金機構による障害年金の判定破棄問題は、効率化や財政健全化の名の下に、行政がいかにして個人の権利を侵害し得るかという実態を明らかにしました。障害年金は、誰もが直面し得る人生のリスクに対する最後のセーフティネットです。その審査プロセスが、医学的根拠ではなく、行政職員の恣意的な操作によって歪められていたという事実は、日本の社会保障制度に対する信頼を大きく損なうものです。
この問題の本質は、単なる事務手続き上のミスではありません。認定調書という証拠の隠滅、2017年の一元化による密室化の弊害、精神障害認定における判定基準の曖昧さを悪用した構造的な不正です。日本年金機構には、全件調査と情報公開、第三者機関による再審査、審査プロセスの完全可視化という抜本的な対応が求められています。
障害年金を必要とする人々の権利が適切に守られるよう、今後の機構の対応と政府の動向を注視していく必要があります。過去に不支給決定を受けた方は、今回の問題発覚を機に、自身の案件について改めて確認することを検討してください。

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