IHIの海水から金を抽出する新技術とは?仕組みと実用化への道

社会

IHIが開発した海水から金を抽出する技術は、シアノバクテリア(藍藻)という微生物を利用した革新的な金回収システムです。この技術は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究により実現し、深海熱水噴出孔や温泉水に含まれる金を、特殊な藻類シートで吸着・回収するという仕組みになっています。実証実験では、通常の金鉱山の鉱石を大きく上回る濃度での金回収に成功しており、2020年代に入って実用化に向けた研究開発が本格化しています。本記事では、IHIの海水金抽出技術について、その科学的なメカニズムから実証実験の成果、そして今後の実用化に向けた展望まで詳しく解説します。

IHIの海水金抽出技術とは

IHIの海水金抽出技術とは、シアノバクテリアと呼ばれる藻類の金属吸着能力を活用して、海水や温泉水から金を回収する技術のことです。この技術は、株式会社IHIと海洋研究開発機構(JAMSTEC)の共同研究によって開発されました。

海水中には金が溶け込んでいることは19世紀から知られており、その総量は推定で数百万トンにも及ぶとされています。しかし、海水中の金濃度は平均して1兆分の1レベル(数ppt)と極めて希薄であり、従来の方法では回収コストが金の価値を大きく上回ってしまうため、「経済的に成立しない」と考えられてきました。かつてノーベル化学賞を受賞したフリッツ・ハーバーも1920年代に海水からの金回収に挑戦しましたが、失敗に終わっています。

IHIとJAMSTECのアプローチが従来と大きく異なる点は、希薄な一般海水ではなく、マグマ由来の成分が濃厚に溶け込んだ「温泉水」や「深海熱水噴出孔」をターゲットとしていることです。これらの場所では、金の濃度が一般海水よりも格段に高くなっています。そして、高度な化学プラントや電力消費型の装置ではなく、シアノバクテリアという生物の力を利用することで、低コストかつ環境負荷の少ない回収を実現しようとしています。

シアノバクテリアの驚くべき能力

シアノバクテリアは、一般に「藍藻」とも呼ばれる原核生物の一群です。約27億年以上前に地球上で初めて酸素発生型の光合成を開始し、現在の地球大気を作り出した生物として知られています。

シアノバクテリアの特徴として、極めて多様な環境適応能力を持っている点が挙げられます。淡水や海水はもちろん、砂漠や氷雪、そして温泉のような高温・強酸性の極限環境にも生息する種が存在します。IHIとJAMSTECが着目したのは、秋田県の玉川温泉などに自生する、pH1.2程度の強酸性泉でも生存できる特殊な株でした。

通常の生物であれば細胞膜が破壊され死滅するような過酷な環境において、これらの藻類は生き延びるために独自の防御機構を進化させてきました。その一つが、細胞表面における金属イオンの吸着と無毒化、あるいは細胞外への排出メカニズムです。研究グループは、東北地方の温泉地から採取した藻類の中から、特に金吸着能力に優れた株を選抜して研究を進めています。

学術的な背景として、Plectonema boryanumなどの特定のシアノバクテリア種が、塩化金溶液から金を取り込み、細胞壁付近でナノ粒子化することが既知の研究で示されています。IHIの技術においても、藻類の細胞表面が持つ特定の化学的性質が、熱水中の金イオンを選択的に捕捉する役割を果たしています。

藻類シートの開発とその意義

実験室レベルでの研究成果を実用化するためには、微細な藻類を散逸させずに固定化する技術が不可欠でした。IHIは、培養したシアノバクテリアを加工し、取り扱いが容易な「シート状」にする技術を開発しています。

このシート化技術により、藻類を海洋や温泉地の現場で実際に使用できるようになりました。シート化しても藻類の細胞表面にある金属吸着サイト(結合部位)は活性を失わず、海水と効率的に接触できる多孔質構造や親水性が維持されています。この「藻類シート」というデバイスの発明こそが、実験室の科学を産業レベルのエンジニアリングへと昇華させた決定的な要因といえます。

IHIは、バイオ燃料の研究開発を通じて培った藻類の大量培養技術を持っており、このノウハウを金回収技術にも応用しています。タイなどで大規模な藻類培養プラントを運営してきた実績があるため、藻類シートの大量生産についても技術的な基盤が整っています。

金吸着の仕組みを科学的に解説

IHIの技術における金の回収プロセスは、単純な物理吸着ではなく、化学的相互作用と生物学的反応が複雑に絡み合った「バイオソープション」および「バイオミネラリゼーション」と呼ばれる過程です。

深海熱水や温泉水中において、金は化学的に安定な金属として知られていますが、高温高圧かつ塩化物イオンや硫化水素が豊富な環境下では、塩素や硫黄と結びついた「錯体」として溶解しています。具体的には、塩化金錯体や硫化金錯体といったイオンの形態をとっています。これらは水中に均一に溶け込んでおり、単純なろ過では捕捉できません。

IHIの技術解説によれば、熱水中の金は特殊な条件下でプラスの電荷を帯びたイオンとして振る舞い、一方でシアノバクテリアのシートはマイナスに帯電しています。この電気的な引力(静電相互作用)により、磁石が砂鉄を引き寄せるように、金イオンが藻類シートの表面に強力に吸着されます。この「選択的な吸着」が、他の多量に含まれる成分を排除し、金だけを濃縮する鍵となっています。

吸着された金イオンは、そのままイオンの状態で留まるわけではありません。詳細な研究では、金イオンが細胞壁に接触すると、細胞壁に含まれるタンパク質の硫黄原子などと反応し、まず非晶質の硫化金として沈着します。続いて、藻類の代謝産物や細胞壁成分が還元剤として働き、金属金へと還元されます。還元された金原子は凝集し、ナノメートルサイズの微粒子を形成した後、数マイクロメートルから10ナノメートル程度の結晶へと成長します。

このプロセスにより、水に溶けていた「見えない金」が、目に見える「固体の金」へと変換され、シート内部に固定化されます。一度金属化してしまえば、水に再溶解することは極めて稀であるため、シート内に不可逆的に蓄積され続けます。

光照射による回収効率の向上

IHIの研究において特に注目すべき発見として、光を照射することで金の吸着・回収効率が飛躍的に向上するという現象があります。これは、使用している吸着材が単なる化学樹脂ではなく、光合成を行う生物由来であることを強く示唆しています。

シアノバクテリアは光エネルギーを受け取り、水を分解して電子を取り出す光合成系を持っています。光照射によって励起された電子、あるいは光合成によって生成された還元力が、金イオンの還元反応を促進している可能性が高いと考えられています。また、光合成に伴う局所的なpH変化などが、吸着環境を最適化していることも考えられます。

この特性は、太陽光が利用可能な陸上の温泉水プールなどでの応用において、外部エネルギーを投入せずに反応速度を上げられるという大きなメリットをもたらします。

玉川温泉での実証実験

IHIとJAMSTECは、技術の実効性を証明するために、秋田県の玉川温泉で最初の主要な実証実験を行いました。玉川温泉は、塩酸を主成分とする強酸性の湯(pH1.2)が大量に湧出する場所として知られ、その過酷な環境は深海熱水系の類似環境として機能します。

実験では、シアノバクテリアで作製したシートを温泉水中に浸漬し、最長7ヶ月間にわたって放置しました。引き上げられたシートを分析したところ、1トンのシートあたり最大で30グラムの金が蓄積されていることが確認されました。

この結果の意義を理解するために、世界の金鉱山との比較が参考になります。世界の主要な金鉱山において、商業的に採掘対象となる鉱石の金含有量(品位)は、通常1トンあたり3〜5グラム程度です。つまり、玉川温泉の実験で得られたシートは、天然の優良鉱石の6〜10倍という驚異的な濃縮率を達成したことになります。これは「人工的な高品位金鉱石」を温泉水から作り出したに等しい成果でした。

青ヶ島沖深海での実証実験

玉川温泉での成功を受け、研究チームはより資源量が豊富な深海へと舞台を移しました。実験場所は、東京都の伊豆諸島南部にある青ヶ島沖の水深約700メートル地点です。ここには海底から熱水が噴き出す「熱水チムニー」が存在し、カルデラ地形の中に金を含む鉱床が形成されていることが知られていました。

2021年8月、無人探査機(ROV)を用いて熱水噴出孔の近傍に藻類シートが設置されました。熱水そのものは270℃に達する高温ですが、シートは海水と混ざり合う適切な温度域に設置されました。約2年後の2023年6月に回収が行われました。

回収されたシートからは、最大で20ppm(約20グラム/トン)の金が検出されました。これも地上の金鉱山の約4〜5倍の濃度であり、深海環境においても技術が有効であることが証明されました。

さらに驚くべきことに、金だけでなく銀も大量に吸着されていることが判明しました。その濃度は最大で7000ppm(1トンあたり7キログラム)に達しました。これは金の300倍以上の濃度であり、銀回収の観点からも極めて有望な成果となりました。

これらの実験結果は、IHIの藻類シートが、実験室の理想的な条件下だけでなく、自然界の複雑で変動の激しい環境下においても、確実に貴金属を回収し続ける堅牢性を持っていることを示しています。

実用化に向けた回収プロセス

技術的な成功を収めた後、産業として成立させるための回収プロセスも確立されています。従来の金精錬では、鉱石を細かく粉砕し、シアン化ナトリウム溶液に溶かして金を浸出させ、その後活性炭に吸着させるという複雑で大規模な設備を必要としていました。

IHIの藻類シートからの回収プロセスは極めてシンプルです。まず、金を吸着したシートを熱水から回収します。次に、シートを乾燥させ、約1000℃以上の炉で加熱します。有機物である藻体や樹脂成分は燃焼してガスとなり消失しますが、金や銀は融点が高いため燃え残った灰の中に金属塊として残るか、あるいは溶融して取り出されます。

この「燃やすだけ」というプロセスは、化学薬品の使用量を劇的に減らし、精錬コストを大幅に圧縮できる可能性を持っています。また、藻類自体がバイオマス燃料として燃焼時の熱源の一部となるため、外部からのエネルギー投入を相殺する効果も期待できます。

経済性と従来技術との比較

本技術の経済性について、従来の鉱山開発と比較すると大きな違いがあります。従来の金採掘では、鉱脈を探し当て、地下数千メートルまで坑道を掘り進め、ダイナマイトで岩盤を破壊し、巨大なトラックで何トンもの岩石を運搬する必要がありました。これには莫大な初期投資と維持費、燃料費がかかります。

一方、IHIの技術では、温泉や熱水噴出孔という「すでに溶けた状態で湧き出ている場所」にシートを設置・交換するだけで済みます。岩石の破砕や運搬プロセスが不要であり、運用コストは劇的に低くなります。IHIの試算によれば、藻類の吸着性質を利用するコストは、他の鉱山の平均コストよりも低く抑えられるとされています。

収益性の観点から試算すると、1トンの藻類シートから30グラムの金を回収できた場合、金相場を1グラムあたり13,000円と仮定すると、シート1トンが生み出す売上は約39万円となります。さらに、青ヶ島の事例のように7キログラムの銀が回収できれば、銀価格を1グラム150円として約105万円の上乗せとなり、合計で約144万円の価値を生むシートとなります。

環境に優しい「グリーンゴールド」

金採掘産業は、歴史的に深刻な環境汚染を引き起こしてきました。発展途上国の小規模金採掘では、水銀を使って金を抽出する「アマルガム法」が依然として行われており、大気や河川への水銀放出が地域住民の健康を蝕んでいます。大規模鉱山ではシアン化法が主流ですが、ダムの決壊などによるシアン流出事故のリスクが常に付きまといます。

IHIの技術は、これらの有毒物質を一切使用しません。使用するのは自然由来の藻類であり、プロセスは吸着と焼成のみです。これにより生産される金は、エシカル(倫理的)で環境負荷の低い「グリーンゴールド」として、ブランド価値を持つ可能性があります。宝飾品ブランドや、環境意識の高い電子機器メーカーにとって、サプライチェーンの脱炭素化やサステナビリティ向上に貢献する素材として高い需要が見込まれます。

都市鉱山リサイクルへの応用可能性

本技術の応用範囲は天然資源に限りません。廃棄された電子基板(e-waste)から金を回収する「都市鉱山」のリサイクル分野への転用も研究されています。

基板を酸で溶解した溶液に、この藻類由来の吸着ポリマーを適用することで、他の金属が混在する複雑な溶液から金だけを選択的に回収できます。従来の製錬所に送って高温で溶かす方法に比べ、小規模な設備で、かつエネルギー消費を抑えて分散型のリサイクルが可能になる可能性があります。これは、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の実現に向けた重要なピースとなります。

深海生態系への配慮

深海熱水噴出孔での大規模展開には、慎重な議論も必要とされています。熱水噴出孔周辺には、チューブワームやシロウリガイといった独自の化学合成生態系が広がっています。藻類シートの設置が熱水の流れを変えたり、生物の生息域を物理的に阻害したりする可能性がないか、環境アセスメント(環境影響評価)が不可欠です。

JAMSTECの知見を活かし、生態系保全と資源開発を両立させるガイドラインの策定が待たれます。

実用化に向けた技術的課題

実用化に向けて残された課題もいくつかあります。まず耐久性の問題があります。熱水環境は酸性かつ高温であり、水流も激しいため、長期間設置してもボロボロにならないシートの強度が求められます。

吸着速度の向上も課題の一つです。2年間で20ppmという速度は、商業的にはまだ改善の余地があります。シートの多孔質化による表面積の拡大や、熱水を効率よくシート内部に通す形状の工夫により、短期間で飽和量まで吸着させる技術改良が必要と考えられています。

不純物の分離も重要な課題です。金・銀以外にも、ヒ素や鉛などの有害金属が吸着される可能性があるため、焼成後の灰からこれらを適切に分離・除去し、純金を精製する後工程の確立も求められています。

日本の資源戦略としての意義

日本は、国土面積こそ狭いものの、排他的経済水域(EEZ)の広さは世界第6位(約447万平方キロメートル)を誇る海洋国家です。その海底には、世界有数の数を誇る海底火山や熱水鉱床が眠っています。これまで、これらの資源は「深すぎて採れない」「コストが合わない」という理由で手つかずでした。

IHIのバイオ技術は、採掘(マイニング)という概念を「栽培・収穫(ハーベスティング)」という概念に変えようとしています。この技術を単なる一企業のプロジェクトとしてではなく、レアメタルや貴金属の海外依存度を下げるための国家的な資源安全保障戦略の一部として位置づけることが期待されています。また、国際的な深海開発のルール作りにおいても、日本がリーダーシップを発揮できる分野といえます。

一般海水と熱水の金濃度の違い

IHIの技術が成功した背景には、ターゲットとする水源の選定が大きく関わっています。一般的な海水に含まれる金の濃度は、海水1トン(1,000リットル)あたりわずか0.01〜0.06ミリグラム程度とされています。この希薄な濃度から金を回収しようとすると、膨大な量の海水を処理する必要があり、エネルギーコストが回収できる金の価値を上回ってしまいます。

一方、深海熱水噴出孔から噴き出す熱水は、地下深くのマグマに熱せられた海水が岩石中の金属成分を溶かし込みながら上昇してくるため、一般海水とは比較にならないほど高濃度の金属を含んでいます。プレート境界付近の熱水噴出孔では、摂氏350度を超える高温の熱水が噴出しており、金の濃度が通常海水の数千倍から数万倍に達することもあります。

IHIとJAMSTECの研究は、この「すでに自然が濃縮してくれた」熱水をターゲットにすることで、従来は不可能とされていた海洋からの金回収を経済的に成立させる道を切り開いたのです。熱水噴出孔は「自然の精錬所」ともいえる存在であり、藻類シートはその恩恵を受け取る「収穫装置」として機能しています。

まとめ

IHIとJAMSTECによるシアノバクテリアを用いた金回収技術は、約100年前にフリッツ・ハーバーが挑戦して失敗した「海水からの金回収」という夢を、現代のバイオテクノロジーと海洋工学の力で実現しようとするものです。

この技術の革新性は、三つの点に集約されます。第一に、「熱水」という濃縮された供給源と、「藻類」という濃縮機能を持つデバイスを組み合わせた点です。第二に、重機による採掘や複雑な化学精錬を廃し、「浸して燃やす」という極限までシンプルな工程を実現した点です。第三に、汚染産業であった金生産を、カーボンニュートラルでクリーンな産業へと転換する可能性を示した点です。

玉川温泉での30グラム/トン、青ヶ島沖での20グラム/トン(および銀7キログラム/トン)という実証データは、この技術が実験室のフラスコの中だけの話ではなく、実社会の過酷な環境で通用することを証明しました。深海作業のコストや生態系への配慮など、解決すべき課題は残されているものの、資源小国である日本が、自国の海から、自国の技術で、環境を破壊せずに富を生み出す可能性を秘めた技術として、今後の進展が注目されています。

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