ビットコインが6.5万ドルを割り込み、トランプ再選への期待で積み上がった上昇分がすべて帳消しとなった原因は、政治的期待の剥落、各国政府による大量売却圧力、そして円キャリートレードの巻き戻しという複合的な要因が最悪のタイミングで同時に重なった「パーフェクトストーム」にありました。2024年7月下旬から8月上旬にかけて、ビットコイン価格はトランプ氏のナッシュビル講演への期待感から一時7万ドルに迫る勢いを見せましたが、わずか数日間でその上昇幅をすべて吐き出し、8月5日には一時5万ドルを割り込む深刻な暴落を記録しました。この記事では、なぜ6.5万ドルという節目があっさり割り込まれたのか、トランプ再選という強力な強気材料がなぜ市場を支えきれなかったのか、その背景にあるマクロ経済の構造変化まで含めて徹底的に分析していきます。

- ビットコイン6.5万ドル割れの発端となった「トランプ・トレード」とは
- ナッシュビル講演での「噂で買ってニュースで売る」展開が引き起こしたビットコイン下落
- 民主党の暗号資産政策リセット観測がトランプ・トレードの上げを帳消しにした背景
- ビットコイン6.5万ドル割れの直接原因となった米国政府の供給ショック
- ドイツ政府の大量売却とMt. Gox弁済がビットコイン需給を悪化させた経緯
- 円キャリートレードの崩壊がビットコイン暴落を加速させた原因を分析
- 米国リセッション懸念がビットコイン6.5万ドル割れからの回復を阻んだ要因
- レバレッジの一掃とイーサリアムETF不発がもたらした暗号資産市場の構造崩壊
- ビットコイン6.5万ドル割れとトランプ・トレード帳消しから得られる教訓と今後の分析
ビットコイン6.5万ドル割れの発端となった「トランプ・トレード」とは
2024年の暗号資産市場において、ビットコイン価格を大きく左右したテーマの一つが、11月の米国大統領選挙に向けたドナルド・トランプ氏の勝利期待、いわゆる「トランプ・トレード」でした。トランプ・トレードとは、トランプ氏が掲げる暗号資産への規制緩和や擁護政策が実現するという期待に基づいて、ビットコインをはじめとする暗号資産を買い上げる動きのことを指します。
この期待感が最高潮に達したのが、2024年7月27日に開催された「Bitcoin 2024」カンファレンスでした。ナッシュビルで開催されたこのイベントは、単なる業界イベントの枠を超えた政治的集会としての色彩を帯びていました。開催前の数週間にわたり、市場参加者の間ではトランプ氏がビットコインを米国の「戦略的準備資産」として正式に認定するのではないかという憶測が飛び交いました。アナリストたちは、もしそのような発表があればビットコイン価格は放物線を描いて上昇する可能性があると予測し、投資家のFOMO(取り残される恐怖)を煽る結果となりました。
この過度な期待感は、デリバティブ市場における建玉(オープンインタレスト)の急増という形で顕在化しました。トレーダーたちはイベントでのサプライズ発表を見込んでレバレッジを効かせたロングポジションを積み上げ、ビットコイン価格を6万9000ドル台まで押し上げました。しかし、この上昇は実需に基づくものではなく、あくまでイベントドリブンな短期投機資金によるものであったことが、後の急落の重大な伏線となっていたのです。
ナッシュビル講演での「噂で買ってニュースで売る」展開が引き起こしたビットコイン下落
トランプ氏のナッシュビルでの講演内容は、客観的に見れば暗号資産業界にとって極めて好意的なものでした。「就任初日にSECのゲーリー・ゲンスラー委員長を解任する」「米国政府が保有するビットコインを売却せず100%保持する」「CBDC(中央銀行デジタル通貨)の発行を阻止する」といった公約は、それまでの冷遇された規制環境を一変させる可能性を秘めていたからです。
しかし、市場の反応は冷徹なものでした。講演直後からビットコイン価格は下落に転じ、典型的な「噂で買ってニュースで売る」の展開となりました。その最大の理由は、市場が期待していた「即効性のある劇薬」が欠けていた点にあります。たとえば、「米国政府が市場からビットコインを積極的に買い入れる」といった準備資産化への積極的な言及はなく、あくまで「現在保有しているものを売らない」という消極的な保持にとどまりました。この点は、過熱した期待に冷や水を浴びせる結果となりました。
さらに、選挙まで数カ月という時間的なラグが存在したことや、大統領権限だけで独立機関であるSEC委員長を解任できるのかという法的な不確実性も、投資家たちを冷静な現実に引き戻す要因として作用しました。市場はこの講演を「新たな買い材料」としてではなく、「利益確定の絶好の機会」として捉えたのです。
民主党の暗号資産政策リセット観測がトランプ・トレードの上げを帳消しにした背景
トランプ・トレードの前提を揺るがしたもう一つの重要な要素は、対立候補である民主党側の動向でした。バイデン大統領が選挙戦から撤退した後、カマラ・ハリス副大統領が候補指名を確実にすると、民主党内の一部や業界関係者から「暗号資産規制のリセット」を模索する動きが報じられました。
フィナンシャル・タイムズ紙などの報道によれば、ハリス陣営は暗号資産企業との関係改善を模索し、それまでの敵対的なスタンスを軟化させる姿勢を見せ始めていました。これは業界にとって長期的にはポジティブなニュースでしたが、短期的には「トランプ氏だけが暗号資産の救世主である」という独自のプレミアムを希薄化させる効果をもたらしました。民主党も歩み寄る姿勢を示すならば、トランプ氏の勝利に賭ける緊急性は低下するためです。
市場は選挙戦が接戦になるリスクや、トランプ氏の優位性が相対的に低下するシナリオを再評価し始めました。この動きが「トランプ・トレード」の解消、すなわちロングポジションの利益確定売りを加速させ、ビットコイン価格の下落圧力をいっそう強めることとなったのです。
ビットコイン6.5万ドル割れの直接原因となった米国政府の供給ショック
政治的な期待が剥落する中で、市場を物理的に押しつぶしたのは大口保有者による実弾の売り圧力でした。特に衝撃的だったのは、トランプ氏が「売らない」と約束したはずの米国政府が、その直後に大量のビットコインを移動させたという事実です。
2024年7月29日、オンチェーンデータは米国政府に関連するウォレットが、シルクロード事件で押収された約2万9800BTC(当時約20億ドル相当)を移動させたことを示しました。このタイミングは、トランプ氏がナッシュビルで「政府保有ビットコインの恒久保持」を謳ったわずか2日後という最悪のものでした。
市場には即座に、「現バイデン政権がトランプ氏の大統領就任前に駆け込みで売却処分しようとしているのではないか」という疑念が広がりました。実際には単なるカストディ(保管)の移管であった可能性もありましたが、市場は最悪のシナリオを織り込みに行きました。この20億ドル規模の売り圧力懸念は市場の薄い買い板を圧迫し、ビットコイン価格が6万6000ドルから6万5000ドルの重要なサポートラインを割り込む直接的なトリガーとなりました。テクニカルな節目が破壊されたことでアルゴリズムによる追随売りも誘発され、下落が一気に加速したのです。この出来事が市場に与えた心理的なダメージは、純粋な売却額以上に大きいものでした。トランプ氏が「ビットコインを売らない」と明言した直後に政府ウォレットが動いたという事実は、政治的公約と現政権の実際の行動の間にある断絶を浮き彫りにしました。投資家たちは11月の選挙結果を待つという長期的な視点を捨て、目の前にある「政府による売り」というリスクから逃れることを最優先としたのです。
ドイツ政府の大量売却とMt. Gox弁済がビットコイン需給を悪化させた経緯
米国政府の動きに加えて、2024年7月は既に需給面でのストレスが極限に達していた時期でもありました。7月上旬から中旬にかけて、ドイツ政府(ザクセン州警察)は押収した約5万BTCの市場売却を断行し、これを完了していました。市場はこの売り圧力を一度は吸収して価格を回復させていましたが、買い手の購買力は著しく消耗した状態にありました。
さらに、破綻した取引所Mt. Gox(マウントゴックス)による債権者への弁済が2024年7月から本格化していたことも、市場の上値を重くする恒常的な要因となっていました。90億ドル相当とも言われるビットコインが10年越しに利益を得た債権者たちに返還され、その一部が即座に市場で売却されるという懸念は、強気な投資家心理を持続的に冷やし続けていたのです。
これらの供給源からの売り圧力は、個別に見ればそれぞれ市場が吸収可能な規模であったかもしれません。しかし、ドイツ政府の売却で消耗した買い手の体力が回復しきらないうちに、Mt. Goxの弁済と米国政府の資金移動が重なったことが問題の本質でした。つまり、トランプ講演という一時的な高揚感の裏側では、米国政府、ドイツ政府、Mt. Goxという「三大供給源」からの売り圧力が常に市場を包囲しており、6.5万ドルという価格帯は見かけ以上に脆弱な基盤の上に成り立っていたのです。
円キャリートレードの崩壊がビットコイン暴落を加速させた原因を分析
ビットコインの6.5万ドル割れが単なる調整ではなく、5万ドルを割る暴落へと発展した最大の原因は、暗号資産市場の外側にあるグローバルなマクロ経済環境の激変でした。特に日本銀行の政策変更に端を発する「円キャリートレード」の巻き戻しは、市場の流動性を根こそぎ奪う破壊的な威力を持っていました。
円キャリートレードとは、金利が極めて低い日本円を借り入れ、それをドルなどに交換して米国株やハイテク株、そしてビットコインのような高利回り・高リスク資産に投資する手法のことです。この戦略は、円安が続き日米金利差が開いている限り、借り入れコストを無視できるほどの利益を生み出す仕組みとして、長年にわたりグローバルなヘッジファンドや機関投資家に愛用されてきました。
しかし、2024年7月31日に日本銀行が政策金利を0.25%に引き上げる決定を下したことで、この前提が根底から崩壊しました。同時に行われた国債買い入れの減額計画も相まって、市場は日銀のタカ派姿勢を強く意識することになりました。これにより為替市場では急速な円高が進行し、ドル円相場は数日間で急落しました。
円高の進行はキャリートレードを行っている投資家にとって悪夢そのものでした。円で借り入れた負債の価値が相対的に増大して為替差損が発生するため、損失の拡大を防ぐべく投資家は保有しているリスク資産を緊急に売却し、手に入れたドルを円に戻して借金を返済する「アンワインド(巻き戻し)」を迫られました。この動きは機械的かつ無差別に行われ、流動性の高い資産から順に現金化されていきました。
暗号資産市場がこの巻き戻しにおいて真っ先に直撃を受けた理由は、24時間365日稼働しているという市場特性にあります。株式市場や債券市場が閉まっている土日や夜間においても、ビットコインは取引可能です。そのため、流動性を確保したい機関投資家にとってビットコインは「最初に売れる資産」として機能し、他市場が開く前にリスクを削減するための調整弁となりました。
この構造的な脆弱性は、暗号資産市場の成熟と引き換えに生まれたものでもあります。機関投資家の暗号資産市場への参入が進んだことで、ビットコインは伝統的な金融市場との連動性を深めていきました。かつては「非相関資産」として評価されていたビットコインが、機関投資家のポートフォリオに組み込まれるようになった結果、グローバルな流動性危機においては他のリスク資産と同じように売り圧力に晒されるという、いわば「成長の代償」を支払うことになったのです。
米国リセッション懸念がビットコイン6.5万ドル割れからの回復を阻んだ要因
円キャリートレードの巻き戻しに加えて、米国経済の減速懸念がビットコイン市場の回復をさらに困難なものにしました。2024年8月2日に発表された米雇用統計において失業率が4.3%に上昇し、景気後退の予兆とされる「サーム・ルール」の基準に抵触したことは、市場に大きな衝撃を与えました。この基準への抵触により、FRB(連邦準備制度理事会)が利下げに転じるタイミングが遅すぎたのではないかという「政策ミス」への恐怖が市場で台頭しました。
「日銀の利上げによる流動性収縮」と「米国リセッションによるリスク回避」という二つの巨大な波が同時に押し寄せたことで、リスク資産の代表格であるビットコインは逃げ場のない売り圧力に晒されることとなりました。2024年8月5日には日経平均株価が歴史的な大暴落を記録し、ビットコイン価格との相関は極めて高まりました。通常はデジタル・ゴールドとして伝統市場との非相関性が期待されるビットコインですが、極度の流動性危機においてはすべての資産クラスの相関が上昇します。投資家はマージンコール(追証)に対応するための現金を確保するため、ビットコインを含むあらゆる資産を投げ売りする事態となりました。
レバレッジの一掃とイーサリアムETF不発がもたらした暗号資産市場の構造崩壊
マクロ経済のショックが増幅された背景には、暗号資産市場特有の構造的な脆弱性が存在していました。特にデリバティブ市場における過剰なレバレッジは、下落を何倍にも加速させる要因となりました。
ナッシュビル・カンファレンスに向けた期待感から、2024年7月下旬の市場では先物取引の建玉が過去最高水準にまで積み上がっていました。多くのトレーダーが「トランプ・トレード」の成功を信じ、レバレッジを効かせたロングポジションを構築していたのです。しかし、6.5万ドル割れをきっかけに価格が下落に転じると、これらのロングポジションは一転して売りの燃料に変わりました。
価格が一定のラインを割るたびに強制ロスカットが発動し、その売りがさらなる価格下落を呼んで次のロスカットを誘発するという「リクイデーション・カスケード(負の連鎖)」が発生しました。Coinglassのデータによれば、2024年8月5日前後の数日間で市場全体において10億ドルを超えるロングポジションが強制決済され、市場から一掃されました。
市場の雰囲気をさらに悪化させたのが、イーサリアム(ETH)の不振でした。2024年7月23日に米国で現物イーサリアムETFの取引が開始されましたが、その結果は市場の期待を大きく下回るものでした。特に既存の信託商品からETFに転換されたGrayscaleの「ETHE」からは、高い手数料を嫌気した投資家による巨額の資金流出が続きました。新規ETFへの流入がこれを相殺しきれず、ネットでは資金流出となる日が続いたのです。イーサリアム価格の急落はDeFi(分散型金融)エコシステム全体の担保価値を毀損し、オンチェーン上での連鎖的な清算リスクを高めました。この影響はビットコイン市場にも波及し、暗号資産市場全体のセンチメントを「極度の恐怖」へと突き落としました。ビットコインとイーサリアムという二大暗号資産が同時に急落したことで、市場の信頼感は大きく損なわれ、個人投資家の間にもパニック売りが広がる結果となったのです。
ビットコイン6.5万ドル割れとトランプ・トレード帳消しから得られる教訓と今後の分析
2024年夏に起きたビットコインの6.5万ドル割れとトランプ再選トレードの上げ帳消しは、暗号資産市場に対していくつかの重要な教訓を残しました。
第一に、「トランプ・トレード」は市場が先走りすぎた幻想であったという点です。ナッシュビルでの講演は新たな買い材料を提供するよりも、利益確定の絶好の機会として利用されました。市場はトランプ氏の勝利と政策実行をあまりにも楽観的に、かつ早期に織り込みすぎていたのです。
第二に、需給のファンダメンタルズの重要性です。米国政府やMt. Gox、そしてETFからの流出という「供給の壁」は厚く、これが価格の上値を重くし続けていました。トランプ氏の「売らない」という約束も、当時の現政権下では実行力を持たず、即座の価格支持要因にはなり得ませんでした。
第三に、そして最も重要な教訓は、「マクロ経済の流動性」こそが市場の支配者であるという点です。どれほど強力な政治的ナラティブが存在していても、円キャリートレードの巻き戻しのようなグローバルな資金還流の波には逆らうことができませんでした。2024年8月5日の暴落は、ビットコインが独立したデジタルゴールドではなく、グローバル金融システムの一部として深く組み込まれた「高ベータのリスク資産」であることを改めて市場に突きつけました。
今後の暗号資産市場を見通す上では、政治的なヘッドライン以上に、日米の金利動向や雇用統計といったマクロ経済指標に注目することが不可欠です。市場参加者が一つの物語に集中的にベットし、レバレッジを過度にかけた状態でその物語が揺らいだ場合、損失の連鎖は市場全体を巻き込む規模にまで膨らむ可能性があります。ビットコイン6.5万ドル割れとトランプ再選の上げ帳消しという一連の出来事は、暗号資産市場が世界経済の動向と不可分な存在であることを改めて証明した歴史的な事例として、今後も長く記憶されることになるでしょう。2024年夏のビットコイン暴落は、政治的熱狂の後に訪れた冷徹な現実回帰の瞬間であり、投資家がファンダメンタルズに立ち返ることの大切さを示した出来事でした。

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