なぜハーゲンダッツは冬に売れる?12月に売上ピークを迎える秘密の戦略

社会

ハーゲンダッツは冬でも売上が落ちない、むしろ12月に売上のピークを迎えるという特異なブランドです。その理由は、日本の住環境の変化、人間の生理学的メカニズム、革新的な製品開発、そして情緒に訴えかけるマーケティング戦略の4つの要素が高度に統合された結果といえます。「アイスクリームは夏の食べ物」という常識を覆し、ハーゲンダッツは「冬の女王」として市場を牽引しています。

この記事では、ハーゲンダッツがなぜ冬でも高い売上を維持できるのか、その理由と戦略を多角的に解説します。住環境やライフスタイルの変化から、科学的な味覚のメカニズム、さらには競合との差別化戦略まで、プレミアムアイスクリームブランドの成功の秘密に迫ります。

  1. ハーゲンダッツと冬アイス市場の変化とは
  2. 冬にアイスが売れる社会的・環境的要因
    1. 住環境の進化がもたらした「コタツ文化」の現代的継承
    2. コロナ禍がもたらした「巣ごもり消費」と価値変容
    3. SNSが加速させた冬アイスの市民権獲得
  3. ハーゲンダッツが冬に選ばれる生理学的な理由
    1. 基礎代謝の向上と高カロリーへの本能的渇望
    2. セロトニン分泌と「冬の憂鬱」への対抗策
    3. 温度による味覚感度の変化と「オーバーラン」の秘密
  4. ハーゲンダッツの冬向け製品開発戦略
    1. 「華もち」シリーズが起こした和の食感革命
    2. 「スペシャリテ」と「ジャポネ」でコンビニスイーツと競合
    3. 濃厚フレーバーの戦略的配置
  5. ハーゲンダッツのマーケティング戦略と感情への訴求
    1. 「ハローしあわせ。」が伝えるブランドメッセージ
    2. 「絶対もらえる」キャンペーンによるロイヤルティ強化
    3. デジタルとリアルの融合による没入型体験
  6. 流通戦略と競合他社との差別化
    1. コンビニエンスストアとの強固なパートナーシップ
    2. プレミアム市場における競合他社との差別化
  7. 2024年から2025年にかけての最新トレンドと今後の展望
    1. 「新定番」の確立とフレーバーの深化
    2. 健康意識とサステナビリティへの配慮
    3. インバウンド需要と日本独自の強み
  8. まとめ:冬の売上を支える「必然の構造」

ハーゲンダッツと冬アイス市場の変化とは

アイスクリーム市場は、かつて「夏の商品」という認識が常識でした。気温が上昇する7月から8月にかけて売上のピークを迎え、気温の低下とともに需要が減退し、冬期は閑散期となるのが業界の通例だったのです。メーカー各社の工場稼働率も冬場には著しく低下し、季節労働的な側面が強かったことが記録されています。

しかし、2010年代以降、このパラダイムは劇的な変貌を遂げました。特にプレミアムアイスクリームの筆頭であるハーゲンダッツにおいて、冬期は単なる「売上の維持期」ではなく、ブランド価値を最大化し、高単価商品を戦略的に投入する「最重要商戦期」へと位置づけが変わっています。

市場全体の動向を見ると、アイスクリーム市場の規模は拡大の一途を辿っています。2015年から2024年にかけて、購買金額ベースでの市場規模は約1.4倍に伸長しました。この成長を牽引しているのが「冬アイス」と呼ばれる新たな消費習慣です。2024年度のアイスクリーム販売金額はメーカー出荷ベースで6,451億円と過去最高を記録し、前年比106.1%という驚異的な伸びを示しました。

このデータが示唆しているのは、少子高齢化により主要な顧客層であった子供の数が減少しているにもかかわらず、アイスクリームが「子供のおやつ」から「大人の嗜好品」へとその役割を変化させたということです。季節を問わず愛される国民食としての地位を確立したといえるでしょう。

ハーゲンダッツジャパンの売上推移を分析すると、一般的な氷菓が夏にピークを迎えるのに対し、ハーゲンダッツは12月に売上の大きな山を迎えるという特異な傾向が見られます。これは「冬の女王」とも形容される現象であり、気温が低下する時期にこそ、濃厚でリッチな味わいが求められることを証明しています。

冬にアイスが売れる社会的・環境的要因

住環境の進化がもたらした「コタツ文化」の現代的継承

冬にアイスクリームを食べるという行為が一般化した背景には、日本の住環境における劇的な進化が深く関与しています。かつての日本の家屋は「夏を旨とすべし」という考えのもと、通気性を重視した構造であり、冬の室内は寒冷でした。しかし、高度経済成長期を経て住宅の断熱性能や気密性は飛躍的に向上しました。

さらに、エアコンや電気こたつといった暖房器具の普及率が上昇し、冬の室内温度は快適、あるいは暑いと感じるほどに保たれるようになりました。この環境変化は、「頭寒足熱」の心地よさを現代的に再現する土壌となったのです。

かつて囲炉裏やこたつで暖を取りながら冷たい水菓子を楽しんだ日本の文化的素地は、現代において「暖房の効いた乾燥した部屋で、濃厚なアイスクリームを食べる」というスタイルへと継承されました。特に冬場の室内は暖房により乾燥しやすく、喉の渇きを覚えることが多いです。この生理的状態において、冷たいアイスクリームは水分補給と同時に、火照った体を適度にクールダウンさせる機能的役割をも果たすようになりました。

ハーゲンダッツはこの「室温20度以上の快適な冬」を前提とした商品設計を行っています。冷凍庫から出してすぐのカチカチの状態ではなく、少し時間を置いて溶け始めた頃合い、いわゆる「とろけ食べ」を推奨することで、温かい室内での喫食体験を最適化しているのです。

コロナ禍がもたらした「巣ごもり消費」と価値変容

2020年から続いた新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、人々のライフスタイルと消費行動を一変させました。外出制限や飲食店の時短営業、旅行の自粛により、自宅で過ごす時間が強制的に増加したのです。この「巣ごもり期間」において、ハーゲンダッツは単なるおやつを超えた「精神的な安らぎ」を提供する装置として機能しました。

外食や旅行といった高額な体験消費が制限される中、数百円で購入できるハーゲンダッツは、日常の中で手の届く「プチ贅沢」としての地位を確固たるものにしました。スーパーやコンビニエンスストアという生活動線上の販路で購入できる利便性と、ブランドが長年培ってきた「高級感」のバランスが、閉塞感のある生活の中での「自分へのご褒美」ニーズに合致したのです。

特に冬期は、クリスマスや年末年始といったイベントが集中し、家族やパートナーと過ごす時間が増えるため、食卓を彩るデザートとしての需要が高まります。ハーゲンダッツはこの時期に合わせて、ホールケーキのような特別感のある商品を投入し、家庭内での「ハレの消費」を取り込むことに成功しました。

SNSが加速させた冬アイスの市民権獲得

冬アイスの普及には、メディアとSNSが果たした役割も無視できません。2015年頃から、テレビ番組やニュースメディアで「冬アイス」というキーワードが頻繁に取り上げられるようになり、冬にアイスを食べることが一種のトレンド、あるいは「通の楽しみ方」として認知され始めました。アイスクリーム評論家などのインフルエンサーが、冬こそアイスクリームの本来の味を楽しめる季節であると啓蒙したことも、消費者の意識変革に寄与しました。

さらに、InstagramやX(旧Twitter)といったSNSの普及は、視覚的な訴求力を重要視する文化を醸成しました。冬期限定のハーゲンダッツ商品は、金や銀をあしらったパッケージや、餅やクッキーをトッピングした立体的な構造など、見た目の華やかさが際立っています。これらの商品は「インスタ映え」するコンテンツとして若年層を中心に拡散され、発売日にはSNS上に購入報告が溢れる現象を引き起こしています。

消費者はアイスクリームの味だけでなく、「話題の商品を手に入れた」という体験や、「冬に贅沢なアイスを食べている自分」を演出するツールとしてハーゲンダッツを消費している側面もあるのです。

ハーゲンダッツが冬に選ばれる生理学的な理由

基礎代謝の向上と高カロリーへの本能的渇望

冬に濃厚なアイスクリームが美味しく感じられる現象には、明確な科学的根拠が存在します。人間は恒温動物であり、外気温が下がると体温を維持するために基礎代謝を向上させる働きを持ちます。この熱産生プロセスにおいて、体はエネルギー源となる糖分や脂肪分を急速に消費するため、本能的に高カロリーな食事を欲するようになるのです。

夏場のアイスクリーム需要は、発汗により失われた水分を補給し、物理的に体温を下げる「冷却」が主目的となるため、脂肪分の少ない氷菓やかき氷、シャーベット状の商品が好まれます。対して冬場は、エネルギー密度が高く、熱産生効率の良い「乳脂肪分」を多く含むアイスクリームが好まれる傾向にあります。

ハーゲンダッツの主力商品であるミニカップ「バニラ」は、乳脂肪分が15.0%と極めて高く、日本の法令上の区分でも「アイスクリーム」に分類されます。これに対し、一般的なカップアイスの多くは乳脂肪分が低い「ラクトアイス」や「アイスミルク」に分類されるものが多いです。冬の身体は、あっさりとした植物性脂肪よりも、濃厚でコクのある乳脂肪を求めており、その生理的欲求にハーゲンダッツの成分構成が合致しているのです。

セロトニン分泌と「冬の憂鬱」への対抗策

冬期は日照時間が短くなるため、脳内で精神の安定や幸福感に関与する神経伝達物質「セロトニン」の分泌量が減少する傾向にあります。セロトニン不足は、気分の落ち込みや意欲の低下を招く「冬季うつ」の一因とされています。糖質の摂取は一時的にインスリンの分泌を促し、トリプトファン(セロトニンの原料となるアミノ酸)の脳内移行を助けることで、セロトニンの合成を促進する効果があります。

また、乳製品にはトリプトファンそのものが豊富に含まれています。つまり、冬に甘くて濃厚なハーゲンダッツを食べることは、生物学的に見れば、日照不足により低下したセロトニンレベルを回復させ、精神的な安定や幸福感を得るための自己防衛反応とも解釈できるのです。

ハーゲンダッツのマーケティングコピーに頻出する「幸せ」「癒し」「とろける」といったキーワードは、単なる比喩ではなく、この生理学的メカニズムを直感的に捉えたものであり、消費者の深層心理に強く訴求します。男性よりも女性の方が冬アイスに対して「幸福感」や「癒し」を感じる割合が高いという調査結果も、このホルモンバランスや心理的影響の強さを裏付けています。

温度による味覚感度の変化と「オーバーラン」の秘密

味覚の感度は温度によって大きく変化します。一般に、極端に冷たい状態では舌の味蕾が麻痺し、甘味や風味を感じにくくなります。夏場のアイスクリームは、暑さの中で急速に溶け始めるため、清涼感が優先され、味の濃さよりも喉越しの良さが重視されます。一方、冬の暖房の効いた部屋では、アイスクリームが適度に柔らかくなり、口の中での滞留時間が長くなります。これにより、乳脂肪分のコクや複雑なフレーバーの香りが口いっぱいに広がり、長く余韻を楽しむことができるのです。

ここで重要となるのが、ハーゲンダッツの製造における「オーバーラン(空気含有量)」の低さです。一般的な市販のアイスクリームが高いオーバーラン(多くの空気を含ませてふわっとさせる)であるのに対し、ハーゲンダッツは空気の含有量を極限まで抑え、密度を高めて製造されています。

密度が高いアイスクリームは、口に入れてもすぐには溶けず、ゆっくりと温度が上がりながら溶けていきます。この「ゆっくり溶ける」という特性が、味蕾が甘味や旨味を最も感じやすい温度帯に長く留まることを可能にし、冬の環境下での喫食体験を最高のものにしているのです。冬のアイス市場において、ハーゲンダッツが他社製品を圧倒する理由は、この「密度」によるリッチな食感が、冬の味覚受容メカニズムに最適化されている点にあるといえます。

ハーゲンダッツの冬向け製品開発戦略

「華もち」シリーズが起こした和の食感革命

ハーゲンダッツの冬戦略において、最大の功績の一つといえるのが「華もち」シリーズの導入です。2015年2月に初めて発売されたこのシリーズは、アイスクリームの上に柔らかいお餅を乗せるという画期的なアイデアで市場を席巻しました。

「華もち」の開発は、消費者に「驚きとワクワク感」を提供したいというマーケティングチームとR&Dチームの執念から始まりました。開発における最大の課題は、マイナス18度以下の冷凍下でも硬くならない「餅」の実現でした。通常の餅は冷凍するとデンプンが老化し硬化してしまいますが、ハーゲンダッツは糖度の調整や原材料の配合を徹底的に研究し、冷凍庫から出してすぐにスプーンが入り、口の中でとろける独自の餅の食感を実現しました。また、餅を自分で切って食べる楽しみを提供するために、あえて餅を切り分けずに一枚の状態で乗せる仕様にするなど、喫食体験の演出にもこだわりました。

2015年の発売当初、あまりの人気に生産が追いつかず、わずか数日で販売休止となる事態が発生しました。この「買いたくても買えない」という状況が、皮肉にも消費者の渇望感を極限まで高め、SNS上での話題性を爆発させました。再販時にはさらなる行列とブームを巻き起こし、以降、「きなこ黒みつ」や「みたらし胡桃」といった和風フレーバーを中心に、毎年秋から冬にかけて発売される期間限定商品として定着しました。2024年には「復刻チョコレート&華もち」「復刻キャラメル&華もち」が投入されるなど、シリーズは進化を続けています。

餅という素材は、正月の雑煮や鏡餅を連想させ、冬の季節感を強く喚起するアイテムでもあり、ハーゲンダッツが「日本の冬」の一部となるための強力な文化的フックとなっています。

「スペシャリテ」と「ジャポネ」でコンビニスイーツと競合

ハーゲンダッツは、冬のアイス市場における競合を「他のアイスクリーム」ではなく「コンビニスイーツ」や「ケーキ専門店」に設定しています。冬はクリスマスケーキや高級チョコレートなど、濃厚なスイーツの需要が高まる時期です。これに対抗するため、ハーゲンダッツはアイスクリームを「冷たいデザート」へと昇華させる高付加価値戦略をとっています。

セブン-イレブン限定の「Japonais(ジャポネ)」シリーズや、冬季限定の「Spécialité(スペシャリテ)」シリーズは、通常のアイスクリームよりもさらに高価格帯(400円〜500円前後)に設定されています。これらは、多層構造のアイスクリーム、クッキーやソースのトッピング、金や銀を用いた高級感あふれるパッケージデザインを特徴としています。

例えば、「ノワゼットショコラ」のような商品では、パティスリーのケーキを参考にし、フィアンティーヌ(薄焼きクレープ)のような食感素材を取り入れたり、表面を銀粉で装飾したりするなど、視覚と食感の両面で「ケーキのような満足感」を追求しています。パッケージの色味も、何度も試作を重ねて高級感を演出するこだわりようです。これにより、消費者がコンビニの棚の前で「今日はケーキを買おうか、それともハーゲンダッツの新作を買おうか」と迷うような、スイーツカテゴリー内での競争力を確保しています。

濃厚フレーバーの戦略的配置

冬のラインナップは、夏とは明確に異なるフレーバー戦略に基づいています。夏は酸味のあるフルーツやソルベ系が好まれるのに対し、冬はチョコレート、キャラメル、ナッツ、洋酒といった重厚な素材が主役となります。

特筆すべきは「ラムレーズン」の扱いです。長らく冬季限定のフレーバーとして親しまれてきたラムレーズンは、その高い人気と「冬の風物詩」としてのイメージを確立していましたが、2020年より通年販売へと移行しました。これは、大人のファン層からの「一年中食べたい」という強い要望に応えるとともに、ハーゲンダッツが「季節を問わず濃厚な味を楽しめるブランド」であることを象徴する動きです。通年化してもなお、冬になると売上が伸びる傾向にあり、ブランドの基礎体力を支える柱となっています。

チョコレート系フレーバーにおいても、冬は単なるチョコレート味ではなく、「ガナッシュショコラ」のように生チョコのような口溶けや、ビターとミルクの複層的な味わいを強調した商品が投入されます。2025年に向けても、カカオの産地や含有率にこだわった「ザッハトルテ」のような、より本格的なスイーツ志向の商品が展開されています。これらの商品は、バレンタインデーなどのギフト需要も見込んでおり、冬のイベントとの親和性が高いです。また、「悪魔のささやき」シリーズのように、濃厚なソースとクッキーを組み合わせた背徳感のある商品も、冬の「自分への甘やかし」需要を的確に捉えています。

ハーゲンダッツのマーケティング戦略と感情への訴求

「ハローしあわせ。」が伝えるブランドメッセージ

ハーゲンダッツのコミュニケーション戦略の中核にあるのは、「ハローしあわせ。」というブランドメッセージです。これは、アイスクリームというモノ(機能的価値)を売るのではなく、それを食べた時に得られる幸福感や充実した時間というコト(情緒的価値)を売る戦略です。競合他社が「おいしさ」や「新商品」をアピールする中で、ハーゲンダッツは「食べた後の満たされた気持ち」を約束しています。

冬のキャンペーンでは、このメッセージがより内省的でパーソナルなものになります。CMでは、人気俳優を起用し、夜、部屋着でリラックスしながらアイスクリームを食べるシーンを描くことが多いです。ナレーションも「今日一日の終わりに」「とろけて1秒」といった、個人の安らぎの時間に焦点を当てたものとなります。これにより、「ハーゲンダッツ=自分だけの特別な時間を演出するアイテム」という認識を消費者に刷り込み、日常の中での精神的な避難場所としてのブランドポジションを確立しています。

「絶対もらえる」キャンペーンによるロイヤルティ強化

冬の売上を支える実利的なプロモーション施策として、「絶対もらえるキャンペーン」の存在が大きいです。これは、対象商品を一定数(例えば10個や15個)購入し、レシートやバーコードを集めて応募すると、必ずオリジナルグッズ(保冷カップ、トートバッグ、エコバッグなど)がもらえるというマイレージ型のキャンペーンです。

このキャンペーンは、通常であれば購入頻度が下がる可能性のある冬期において、継続的な購入を促す強力なインセンティブとなります。「必ずもらえる」という確実性が、消費者の「まとめ買い」や「習慣的な購入」を正当化するのです。景品も、2023年から2024年の「とろけ食べカップ」のように、ハーゲンダッツをより美味しく食べるための専用アイテムや、ブランドの世界観を反映した高品質なグッズが選定されており、ファン心理をくすぐる設計となっています。これにより、ライトユーザーをヘビーユーザーへと育成し、冬の間のブランド接触頻度を維持・向上させています。

デジタルとリアルの融合による没入型体験

近年のプロモーションでは、WebCMやSNSを活用した参加型キャンペーンも活発です。「悪魔のささやき」対「天使のおさそい」といった対立構造を用いた商品展開では、SNS上での投票や投稿を促し、話題性を喚起しました。また、CM連動型の謎解きコンテンツや、オンラインでのイベントなどを通じて、単に食べるだけでなく、ブランドの世界観に浸る体験を提供しています。

2025年に向けては、人気K-POPグループのメンバーを起用したCM展開など、若年層や新しいファン層を取り込むための施策も強化されており、ブランドの鮮度を保ち続けています。

流通戦略と競合他社との差別化

コンビニエンスストアとの強固なパートナーシップ

ハーゲンダッツが日本市場で成功した最大の要因の一つは、販路をかつての直営店(ショップ)からスーパーマーケットやコンビニエンスストア(CVS)へと大胆にシフトしたことです。2013年に最後の直営店を閉鎖し、流通チャネルでの販売に特化したことで、消費者は「いつでも、どこでも」プレミアムなアイスクリームを手に入れられるようになりました。

特にCVSは24時間営業であり、深夜に「甘いものが食べたい」と思った瞬間にアクセスできる利便性があります。冬のアイス売場において、CVSはハーゲンダッツのために特別なスペースを割く傾向にあります。これはハーゲンダッツが高い客単価と利益率を確保できる商材であり、かつ「ついで買い」ではなく、その商品を目当てに来店する「指名買い」される集客装置としての機能を持っているからです。

セブン-イレブンとの共同開発商品(ジャポネシリーズなど)は、このパートナーシップの象徴であり、他チェーンとの差別化を図りたいCVS側の思惑とも合致し、Win-Winの関係を築いています。

プレミアム市場における競合他社との差別化

冬アイス市場には、ロッテの「雪見だいふく」や明治の「明治 ザ・プレミアム」など強力な競合が存在します。ハーゲンダッツは、これらの競合に対し、「圧倒的なブランドエクイティ」と「頻繁な限定品投入による鮮度の維持」で差別化を図っています。

「雪見だいふく」は「冬アイス」のパイオニアであり、「コタツで雪見だいふく」という文化を作った立役者です。しかし、価格帯は100円〜150円台と手頃で、日常的なおやつとしての地位にあります。ハーゲンダッツは価格帯が2倍以上異なり、直接的な競合というよりは、より特別なシーンでの需要を担っています。

「明治 ザ・プレミアム」はスーパーカップの高級ラインとして投入され、乳脂肪分の高さや濃厚さを訴求しています。成分的にはハーゲンダッツに肉薄しますが、「自分へのご褒美」としてのブランドイメージや、パッケージの高級感、フレーバーの多様性において、ハーゲンダッツが一日の長があります。

ゴディバなど海外ブランドとは高級感では競合しますが、販路の広さや日本人の味覚に合わせた商品開発のスピード(季節限定品の頻度など)においてハーゲンダッツが圧倒しています。ハーゲンダッツは日本国内にR&Dセンターを持ち、日本人の繊細な味覚に合わせた商品開発を行っている点が強みです。

ハーゲンダッツは、日常の延長にある安心感を提供する他社製品とは異なり、「日常の中の非日常(ハレ)」への招待状としての役割を果たしています。このポジショニングの違いこそが、高価格でも選ばれ続ける理由です。

2024年から2025年にかけての最新トレンドと今後の展望

「新定番」の確立とフレーバーの深化

2024年から2025年にかけての動向として注目されるのは、「ガナッシュショコラ」の通年販売化です。これはバニラ、ストロベリー、グリーンティーといった伝統的な定番ラインナップに、新たな柱を加える動きです。チョコレート市場の拡大と、冬に限らず濃厚な味を求める層の広がりに対応したものであり、2025年冬の主力商品としても期待されています。

また、2025年12月には「ザ・ミルク」の再販や、新作の「和紅茶バタークリームケーキ」といった、シンプルながらも素材の質を極限まで追求した商品や、トレンドを取り入れた複合的な味わいの商品の投入が予定されています。これは、消費者の舌が肥え、単に甘いだけでなく、素材本来の風味や複雑な味の構成を求めるようになっていることへの回答です。

特に和素材(抹茶、きなこ、和紅茶)の活用は、インバウンド需要の取り込みにも寄与しており、日本独自のハーゲンダッツ文化として世界に向けて発信するコンテンツとなりつつあります。

健康意識とサステナビリティへの配慮

グローバルなトレンドである「ウェルネス」や「サステナビリティ」への対応も進んでいます。植物由来のミルクを使用した「GREEN CRAFT」シリーズの展開や、原材料調達における環境配慮などがその一例です。冬の濃厚さを維持しつつも、罪悪感を軽減するような商品設計や、エシカルな消費を好む層へのアプローチが今後の課題と機会になるでしょう。

インバウンド需要と日本独自の強み

円安を背景としたインバウンド需要の回復も、ハーゲンダッツジャパンにとっては追い風です。特に「抹茶」や「餅(Hanamochi)」といった日本独自のフレーバーは、外国人観光客にとって魅力的なコンテンツとなっています。日本で開発されたフレーバーが海外へ輸出されたり、現地のハーゲンダッツで採用されたりするケースも増えており、「日本の冬のハーゲンダッツ」がグローバルなブランド価値向上に寄与するフェーズに入っています。

まとめ:冬の売上を支える「必然の構造」

ハーゲンダッツの売上が冬でも落ちない、あるいはむしろ上昇する現象は、決して偶然の産物ではありません。それは4つの要素が高度に統合された結果です。

まず環境適応として、日本の高断熱な住環境と暖房文化を味方につけ、「温かい部屋で食べる冷たくて濃厚なアイス」という新たな喫食シーンを創造しました。次に生理的合致として、冬の身体が求める高カロリー・高脂肪への欲求と、セロトニン不足による甘味への渇望に対し、乳脂肪分15%という成分スペックと低いオーバーラン(高密度)が完璧なソリューションを提供しました。

さらに革新的開発力として、「華もち」による食感のイノベーションや、「スペシャリテ」によるデザート領域への侵食により、単なるアイスクリームを超えた価値を提供し続けています。そして情緒的マーケティングとして、「ハローしあわせ。」というブランドパーパスの下、冬の夜の孤独や疲れを癒す「ご褒美」としてのポジションを確立し、キャンペーンを通じて購買習慣を形成しました。

2025年以降も、ハーゲンダッツは単なる食品メーカーの枠を超え、消費者の生活に「小さな幸せ」を提供するライフスタイルブランドとして、冬の市場を牽引し続けるでしょう。その戦略の根底にあるのは、徹底した品質へのこだわりと、消費者の深層心理を読み解く洞察力です。冬の寒さが厳しくなればなるほど、ハーゲンダッツの濃厚な甘さは、人々の心と体を温める不可欠な存在として輝きを増すのです。

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