協調人工知能(CI)とは、本田技研工業(Honda)が開発を主導する次世代の自動運転技術であり、従来の高精度地図に依存した自律走行とは根本的に異なるアプローチを採用しています。CIは「マップレス協調運転技術」と「意図理解・コミュニケーション技術」の2つの中核技術で構成されており、機械が人間の意図を理解し対話しながら安全な移動を実現する仕組みです。2026年1月には神奈川県小田原市で中速域(時速60km)でのレベル4自動運転実証実験が開始され、2030年頃の本格的な社会実装に向けた取り組みが着実に進んでいます。この記事では、ホンダCIの仕組みから小田原での実証実験の詳細、CIマイクロモビリティの最新動向まで、協調人工知能の全容をわかりやすく解説します。

- 協調人工知能(CI)とは — ホンダが提唱する次世代自動運転の仕組み
- マップレス協調運転技術の仕組み — リアルタイム空間認識による自律走行
- 意図理解・コミュニケーション技術の仕組み — 人と機械の対話を実現する3つの機能
- ホンダ CI自動運転の小田原実証実験 — 中速域レベル4に挑む最新の取り組み
- レトロフィット型アプローチの仕組み — 既存の町並みに適応するCI自動運転
- CIマイクロモビリティの仕組み — CiKoMaとWaPOCHIの技術と実証実験
- エッジAIコンピューティングの進化 — Mythic社との共同開発による演算基盤の革新
- 2030年に向けたホンダのロードマップ — 協調人工知能が描くモビリティ社会の未来
協調人工知能(CI)とは — ホンダが提唱する次世代自動運転の仕組み
協調人工知能(Honda CI:Cooperative Intelligence)とは、人間と機械が対等なパートナーとして協力し合いながら移動を実現する、ホンダ独自の自動運転技術です。従来の自動運転技術が目指してきた「機械による人間の完全な代替」というアプローチとは決定的に一線を画しています。
CIの根底には、ホンダが創業以来培ってきた「人間中心」の哲学が流れています。NSXやシビック TYPE Rの開発、さらにはF1(Formula 1)での過酷なレース現場の経験を通じて継承されてきたこの哲学は、技術とは常に「人のために」あるべきものという強い信念に基づいています。効率性や利便性のみを追求してユーザーの能力や介在の余地を奪うのではなく、すべての人が安心して「操る喜び」や「自由な移動の喜び」を享受できる社会の実現を目指しています。将来展開されるEVや次世代モビリティにおいてもこの哲学は一貫して引き継がれています。
ホンダの開発陣は、CIを単なる移動手段としての機能を超え、すべての交通参加者が安全に共存し、「交通事故死者ゼロ社会」を実現するための高度な手段として位置づけています。CIは、ユーザーの意図を深く汲み取り、人間の知覚能力や判断能力を拡張し、周囲の人々や社会環境と調和するための「知的なパートナー」として機能することを最大の目的としています。
従来の自動運転システムとの決定的な違い
一般的な自動運転技術(SAEレベル3以上)の多くは、センチメートル単位の高精度な3次元地図データ(HDマップ)とGPSなどの衛星測位情報への絶対的な依存を前提として構築されています。しかし、この「HDマップ依存型」のアプローチには社会実装において重大な制約が存在します。
| 項目 | 従来のHDマップ依存型 | Honda CI(マップレス型) |
|---|---|---|
| 地図データ | 高精度3次元地図が必須 | 高精度地図に依存しない |
| 走行可能エリア | 地図整備エリアに限定 | 未知の環境にも対応可能 |
| 道路変化への対応 | 地図更新が必要 | リアルタイムで環境認識 |
| 維持コスト | 地図更新に膨大なコスト | 地図更新コスト不要 |
| 環境認識の方式 | 地図データとの照合 | カメラ・LiDARによる即時理解 |
HDマップが整備されていない地方の過疎地や路地裏、農道などではシステムが稼働できないという地理的制約があります。道路工事や災害で現実の道路状況が突発的に変化した場合、システムがフリーズして人間にフォールバックを要求するか、誤った判断を下すリスクも内包しています。さらに、全国の道路網のHDマップを常に最新の状態に維持するには膨大なコストが必要であり、ビジネスモデルとしての持続可能性にも課題を残しています。Honda CIの「マップレス協調運転技術」は、こうした課題を根本的に解決する技術として開発されました。
マップレス協調運転技術の仕組み — リアルタイム空間認識による自律走行
マップレス協調運転技術の仕組みは、人間が初めて訪れる場所でも「ここは車道」「ここは歩道」「この先は交差点」と空間の構造を視覚的に理解するプロセスを、AIが高度に模倣するというものです。高精度地図という「過去の記憶」に頼るのではなく、「今、目の前にある現実の環境」をリアルタイムで理解し、走行経路を自律的に決定する全く新しいパラダイムに基づいています。
Honda CI搭載車両は、ルーフ上部や車体周囲に配置された複数の高性能カメラから得られる画像情報をもとに、AIが周囲360度の空間を立体的に捉えます。ここで用いられるのが「セマンティック・セグメンテーション(Semantic Segmentation)」と呼ばれる高度な画像解析技術です。セマンティック・セグメンテーションとは、画像内のすべてのピクセルに対して「道路」「白線」「縁石」「歩行者」「他車両」「建物」などのカテゴリを瞬時にラベル付けし、走行可能な「フリースペース」と回避すべき「障害物」として三次元的に再構築する技術です。
この技術により、Honda CIモビリティは白線がかすれているような悪条件下でもスムーズな進路修正と安定した走行を継続できます。さらに、あらかじめ設定された目的地へ最短ルートで向かうだけでなく、ユーザーの「寄り道」の要求に応えたり、地図化されていない複雑な路地裏を探索したりと、人間の感覚に近い「自由な移動」を実現します。この極めて高い柔軟性こそが、HDマップの整備コストが見合わない過疎地や旧市街地における自動運転の早期社会実装に向けた強力なブレイクスルーとなっています。
意図理解・コミュニケーション技術の仕組み — 人と機械の対話を実現する3つの機能
意図理解・コミュニケーション技術とは、人間の曖昧なコミュニケーションを機械が正確に解釈し、対話を通じて認識のズレを解消するための世界初の技術です。人間同士の日常的な会話は「あそこ」「もうちょっと先」「その辺り」といった指示語や、視線、身振り手振りといった非言語情報を交えた極めて文脈依存的なものです。Honda CIは、カメラによる視覚情報(ジェスチャー、視線、表情、周囲の風景)とマイクアレイによる聴覚情報(発話内容、声のトーン、方向)を統合的に処理し、AIが環境のコンテキストを「考え」、相手と「対話」を行うプロセスを経て行動を決定します。この技術は、主に3つの画期的な機能で構成されています。
機能1:意図のキャッチボール
意図のキャッチボール機能は、ユーザーとモビリティが「今、何が見えているか」を言葉で共有し合い、認識をすり合わせる機能です。例えば、広大な公園や複雑な街角において、ユーザーが「あの建物の前で止まって」と曖昧な指示を出した場合を想定します。従来のシステムでは「『あの建物』が見つかりません」とエラーを返すか、全く見当違いの場所へ向かってしまいます。しかしHonda CIは、車載カメラで捉えた周囲の建物群の中から、ユーザーの視線方向や発話の文脈に合致する対象物を推論し、「あの赤い屋根の建物の前ですね?」あるいは「右側の高いビルのことでしょうか?」と音声による確認を行います。このような人間同士のような自然なやり取りを繰り返すことで、正確な目標位置を相互に理解し合うことが可能となります。
機能2:ユーザーとの交渉・提案
交渉・提案機能は、ユーザーの指示に盲従するのではなく、モビリティ自らがより安全かつ合理的な判断を発信する機能です。Honda CIには「人間の経験」「交通ルール」「社会的マナー」「危険予知」に関する膨大な知見が「事前知識」としてAIデータベースに登録されています。ユーザーが指定した降車位置が交差点内や横断歩道の上など危険な場所であった場合、周囲の状況を瞬時に分析し、「そこは危険なので、少し先の安全なスペースに停車しましょうか」「歩行者が多いので、別のルートを迂回しませんか」と自発的に提案を行います。これは機械が命令実行の「道具」から、状況を俯瞰してユーザーを正しい方向へ導く信頼できる「パートナー」へと進化した証です。
機能3:対話によるユーザー特定
複数の人々が混在する公共の広場や観光地において、「誰の指示に従うべきか」を正確に識別する機能が対話によるユーザー特定機能です。対話の文脈や声紋、視覚的な特徴の差異を総合的に判断し、まるで人間が相手の顔や服装を見て人物を特定するように、現在の正当なユーザーを認識・特定します。周囲の第三者の不規則な発話やノイズにシステムが惑わされることなく、特定のユーザーとの強固な信頼関係に基づく一対一の協調動作を維持できます。
ホンダ CI自動運転の小田原実証実験 — 中速域レベル4に挑む最新の取り組み
2026年1月、神奈川県小田原市(橘地区等)において、本田技術研究所が主体となるCI自動運転技術の実証実験が開始されました。このプロジェクトは単なる機能の動作確認テストにとどまらず、時速60kmの中速域でのレベル4自動運転の実現に向けた極めて戦略的なマイルストーンとして位置づけられています。
小田原市が選ばれた理由 — 傾斜地という厳しい試験環境
小田原市は相模湾に面した平野部から箱根連山に連なる山間部にかけて、極めて起伏に富んだ地形を有しています。市街地や郊外の生活道路には勾配変化の激しい「傾斜地」が多数存在し、橘地域の工業団地周辺には大型車両を含む一定以上の交通量を持つ公道環境が広がっています。
ホンダはこれまでマイクロモビリティを用いた時速20km未満の低速域で自動運転技術の確立を目指してきました。しかし、自動運転車が社会全体の日常的な移動手段として広く受け入れられるには、一般幹線道路で他の車両と同じペースで交通流に乗る中速域(時速60kmまで)での完全自動運転が不可欠です。小田原市の環境は、「激しい傾斜地」と「時速60kmの中速走行」という、センサーデバイスやAIの認識アルゴリズムにとって極めて難易度の高い条件を同時に突きつける環境であり、CI技術を次なる次元へとレベルアップさせる最適なテストベッドとなっています。
LiDARとカメラの統合 — センサーフュージョンによる認識精度の飛躍
小田原での実証実験における技術的な最大の進化ポイントは、これまでのカメラ主体の環境認識システムにLiDAR(ライダー:Light Detection and Ranging)センサーが新たに導入され、高度に統合(センサーフュージョン)された点です。
カメラのみに依存した距離推定技術には、急な上り坂や下り坂といった勾配変化の大きい走路で精度が低下しやすいという物理的な弱点がありました。路面が大きく傾斜している環境では、カメラレンズから見た対象物の遠近感が平坦路と大きく異なるため、二次元画像から三次元空間を再構築する際の演算誤差が拡大します。太陽光の角度変化が傾斜によって強調され、白線や道路境界の認識精度を低下させる要因にもなります。
LiDARは、パルス状のレーザー光を周囲に毎秒数百万回照射し、物体に反射して戻るまでの時間(Time of Flight)を計測することで対象物までの距離を物理的かつ直接的に測定する装置です。路面の勾配や周囲の明るさに一切左右されることなく、遠方の物体や交通参加者の正確な位置と立体形状(3D点群データ)を高精度に取得できます。小田原の実証実験では、このLiDARの測距データとカメラの意味的理解データをリアルタイムで統合することで、いかなる勾配にも影響されない極めて堅牢な検出モデルの検証が行われています。
LiDARの搭載は対応速度域の拡大においても決定的な役割を果たしています。時速60kmの中速域で安全に自動運転を行うには、時速20kmの低速域と比較してはるかに遠方の交通状況を早期に認識し、制動や回避の意思決定を下す必要があります。車両の運動エネルギーは速度の二乗に比例するため、認識の遅れは即座に重大な事故に直結します。カメラとLiDARという異なる特性を持つセンサー群を併用し互いの弱点を補完することは、レベル4の社会実装において絶対条件とされる安全性と冗長性(フォールトトレランス)の確保に直結しています。カメラが強烈な逆光や突然の豪雨で一時的に機能不全に陥った場合でも、LiDARが空間構造を捉え続けることでシステム全体の致命的なエラーを回避し、安全に車両を停止させることが可能です。
レトロフィット型アプローチの仕組み — 既存の町並みに適応するCI自動運転
ホンダが小田原市のプロジェクトを通じて提示している重要なビジョンが、「レトロフィット型アプローチ」です。世界の一部のIT企業や自動車メーカーは、自動運転専用レーンの整備や路車間通信インフラの構築といったスマートシティ構想(グリーンフィールド型アプローチ)を前提とした開発を進めています。しかしホンダは、莫大なインフラ投資や既存の景観の破壊を伴わず、歴史ある既存の町並み、既存の道路インフラ、既存の交通環境に対して自動運転技術を後付け(レトロフィット)で適応させる道を選択しました。道路側に特別な設備を要求せず高精度地図にも依存しない「マップレス協調運転技術」とCIの組み合わせが、このレトロフィット型社会実装を可能にする技術的基盤です。
実験車両の進化 — CR-VからN-VAN e:への移行計画
実証実験開始当初はSUVタイプの「CR-V」をベース車両としてシステムの検証と熟成が行われていますが、将来的にはホンダが新たに展開するEVモデル「N-VAN e:」をベースとした専用車両への移行が計画されています。軽商用EVであるN-VAN e:は、日本の狭い道路環境や入り組んだ路地に最適化されたコンパクトなパッケージングと広大な室内空間を併せ持っています。CI搭載レベル4自動運転車両が完成し社会実装されれば、過疎地におけるラストワンマイルの物流網の維持や、免許を返納した高齢者の日常的な買い物・通院の移動支援など、地域社会の具体的な交通課題の解決に直結します。EVへの移行は走行時のCO2排出をゼロにするカーボンニュートラルの実現にも貢献するものです。
ホンダは小田原市のみならず神奈川県とも「交通課題解決に向けた自動運転技術の実証実験に関する協定」を締結しており、この取り組みが少子高齢化や路線バスの維持困難といった構造的な社会課題に対する、汎用性の高いソリューション提供を視野に入れたものであることが明白です。2027年度には「幅員6m以上の道路」「一般的な傾斜」「最高時速60km」といった特定条件下におけるレベル4の法的認可取得を目指しており、2030年頃の本格的な社会実装に向けたロードマップを着実に前進させています。
CIマイクロモビリティの仕組み — CiKoMaとWaPOCHIの技術と実証実験
小田原市での乗用車サイズの自動運転実証と並行して、ホンダはよりパーソナルな空間や歩行者と混在する極低速領域でのCI技術の社会実装も推進しています。茨城県常総市(アグリサイエンスバレー常総周辺)等で技術検証が進められているCiKoMa(サイコマ)とWaPOCHI(ワポチ)は、ビジネスエリアや観光地での気軽な移動体験価値の向上を目的としてゼロから設計された全く新しい形態のモビリティです。
搭乗型モビリティ「CiKoMa」 — ジョイスティックで操る新しい移動体験
CiKoMa(サイコマ)は、1人から数人(4人乗りの大型モデルも投入されています)の乗車を想定した搭乗型の電動マイクロモビリティです。最大の特徴は、人間のドライバーと自動運転システムが対立するのではなくシームレスに協力し合う「人機協調」の新しいインターフェースです。
CiKoMaの利用プロセスは従来のカーシェアリングの概念を根底から覆すものです。ユーザーはスマートフォンで配車を依頼するだけでなく、「言葉」を用いて直接CiKoMaを呼び寄せることができます。無人自動走行でユーザーのもとへ近づいてきたCiKoMaに対し、「あそこの日陰に止まって」「荷物を積むから、もう少し右に寄せて」といった曖昧な指示も、CIの意図のキャッチボール機能と交渉・提案機能により正確に理解されます。
さらに革新的なのは乗車後の操作です。CiKoMaの運転席に相当するスペースには、従来の自動車で不可欠だったステアリングホイール(ハンドル)やアクセルペダル、ブレーキペダルといった物理的な操作機器が一切存在しません。ドライバーは手元に配置されたシンプルなジョイスティックのみを用いてシステムに移動の意図を伝えます。交差点で右折したい場合、ジョイスティックを右に傾けるだけで、CIシステムが交差点の構造、対向車の有無、歩行者の動線を瞬時に分析し、安全なタイミングと滑らかな軌道で右折を実行します。カメラ画像だけで道路構造を意味的に理解し、人間の熟練ドライバーのようにスムーズな進路修正を行うその挙動は、まさに人間が目で見て判断する感覚そのものです。
危険な領域へジョイスティックを倒してしまった場合でも、CIが事前知識に基づいて瞬時に危険を予知し、操作を無効化するか安全な方向への回避軌道を提案・実行します。これはドライバーの「あそこへ行きたい」という意図と、モビリティの「絶対に安全に移動する」という自律的制御が完全に調和した状態です。常総市では「道の駅常総」から観光農園「グランベリー大地」を結ぶルートにおいて、一般の来場者を対象に安全監視員が同乗する形での自動走行体験が提供されており、最終的な無人自動走行での運用実現に向けた検証が重ねられています。
非搭乗型ロボット「WaPOCHI」 — 追従・先導する知的パートナーの仕組み
WaPOCHI(ワポチ)は、ユーザーに寄り添いながら重い荷物などを運搬する非搭乗型のマイクロモビリティロボットです。まるで忠実なペットやコンシェルジュのようにユーザーの傍を離れず、高度なトラッキング技術でその価値を発揮します。
利用開始時にWaPOCHIは「手のひら静脈認証」という高いセキュリティと利便性を両立する生体認証システムでユーザーを特定します。認証完了後、カメラがユーザーの全身をスキャンし、服装の色、髪の色、背格好、歩き方の特徴といった多角的な視覚情報を立体的に認識してAIの短期メモリに記憶させます。追従走行モードでは、上部に設置された複数のカメラが周囲360度の映像をリアルタイムで解析し、記憶した特徴データと照合しながらユーザーだけを正確にトラッキングし続けます。ユーザーの斜め後ろという邪魔にならず安心感を与える絶妙な距離感を保ちながら自動的についてくる動作は、まさに知的パートナーと呼ぶにふさわしいものです。
このトラッキング技術の真髄は、実世界の複雑な環境下でのロバスト(堅牢)性の高さにあります。観光地や商業施設の人混みの中では、他の歩行者がユーザーとWaPOCHIの間を横切ったり、ユーザーが建物の陰に隠れたりしてカメラの視界からユーザーが消失する「オクルージョン(遮蔽)」現象が頻繁に発生します。従来の単純な画像認識システムでは、ターゲットを見失った瞬間に停止するか、似た服装の別人に誤って追従してしまうリスクがありました。しかしWaPOCHIのCIシステムは、事前に記憶したユーザーの多角的な特徴データに加え、消失直前のユーザーの移動ベクトル(速度と進行方向)や周囲の空間構造から、次に姿を現す確率の高い位置を推論する能力を備えています。群衆の中からでも瞬時に本来のユーザーを探し出し、追従状態にシームレスに復帰することが可能です。
常総市のグランベリー大地ではいちご狩りの利用者などを対象としたWaPOCHIの追従・移動体験の実証実験が実施されています。将来的にはCIの空間認識能力と経路計画能力を応用し、ユーザーの数歩前を歩きながら人混みや障害物を避けて目的地まで案内する「先導機能」の実現も目指されています。この先導機能が実用化されれば、視覚障害者や車椅子利用者、歩行に不安を抱える高齢者の単独移動を強力に支援するパーソナルナビゲーションロボットとしての応用が期待されます。
エッジAIコンピューティングの進化 — Mythic社との共同開発による演算基盤の革新
Honda CIの高度な機能群は、膨大なデータをミリ秒単位の遅延で処理することを要求します。通信環境が不安定な山間部やビル群の谷間でもシステムを安全に稼働させるには、クラウドサーバーに依存しない車両本体(エッジ側)での自己完結型の演算能力が不可欠です。
この課題を克服するため、本田技術研究所は米国の半導体企業Mythic(マイシック)社と車載用SoC(System on a Chip)の共同開発を進めており、2026年2月に発表されました。Mythic社はアナログ演算技術を用いた独自のAIプロセッサ開発で世界をリードしており、低消費電力でありながら極めて高いAI推論性能を発揮するアーキテクチャを有しています。
この共同開発は単に高性能な半導体チップを設計するにとどまらず、AIソフトウェアアルゴリズムとハードウェアアーキテクチャを密接に連携させた「システム全体」としての最適化を目指しています。車載環境という厳しい温度条件や振動条件に耐えうる堅牢性と、AIコンピューティング性能の飛躍的な向上、そしてEVの航続距離に直結する消費電力の劇的な削減を同時に達成しようとしています。このエッジコンピューティング基盤の確立こそが、CI技術が実験室レベルから量産レベルへと移行するための最大の推進力となっています。
2030年に向けたホンダのロードマップ — 協調人工知能が描くモビリティ社会の未来
ホンダが小田原市や常総市での実証実験を通じて描いているのは、2030年頃の本格的な実用化を見据えた「人間と機械が調和する新しい社会システム」の青写真です。
日本では急速な少子高齢化と都市部への人口集中が同時進行しており、地方都市や過疎地域では路線バスやタクシーといった公共交通機関の維持がもはや限界に達しつつあります。高齢ドライバーの免許返納が推進される一方、代替となる移動手段の確保が追いつかず、「買い物難民」や「医療難民」といった深刻な社会問題が各地で顕在化しています。この状況下で、Honda CIのマップレス協調運転技術が持つ既存の町並みにそのまま適応できる「レトロフィット性」は、決定的なブレイクスルーをもたらす可能性を秘めています。
CI搭載モビリティは細い路地や農道が入り組む地方の生活道路にもシームレスに入り込むことができます。ユーザーはスマートフォンや言葉を使って自宅の玄関先までモビリティを呼び寄せ、ジョイスティックの簡単な操作や対話による指示のみで安全かつ快適に目的地まで移動します。到着後は特定のパーキングステーションを探す手間なく、安全な場所でそのまま降りる「乗り捨て(フリードロップオフ)」が可能で、乗り捨てられたモビリティはCIの自律的な判断で次の利用者のもとへ配車されるか、充電拠点へ自動帰還します。シェアリングエコノミーの利便性を極限まで高め、都市部のラストワンマイルから観光地でのストレスフリーな周遊、過疎地での生活支援まで、あらゆるシーンで移動の進化を具現化します。
モビリティが人間と対話し周囲の環境と協調して動くCIの性質は、交通社会全体の安全性を底上げする抑止力としても機能します。歩行者の飛び出しや他車両の不審な挙動を事前に予測し、自発的に交渉や回避行動をとることで、ホンダが全社を挙げて掲げる「交通事故死者ゼロ社会」の実現に大きく近づくことになります。
次世代AI用SoCのエッジコンピューティング能力がさらに飛躍的に向上し、LiDARとカメラを高度に統合するセンサーフュージョン技術が洗練の極みに達すれば、2027年度に想定されている特定条件下でのレベル4自動運転の認可取得は、長大なロードマップにおけるひとつの通過点となるでしょう。悪天候、夜間、未舗装路、そして複雑な都市部の交差点など、あらゆる環境下において「人間のように柔軟に考え、人間以上に安全かつ確実に走る」モビリティの社会実装は、数年後に直面する現実のテクノロジーとして歩みを進めています。ホンダが開発を主導する協調人工知能(CI)は、「技術は人のためにある」という普遍の哲学のもと、すべての人に自由で安全な移動の喜びを届けるモビリティ社会の実現に向けて、確実に進化を続けています。


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