インターネット上での誹謗中傷や権利侵害が増える中、被害者が取れる法的手段として「発信者情報開示請求」が注目されています。しかし、匿名での発信が多いインターネット上では、加害者を特定することが困難です。この状況で被害者の権利を守るために設けられたのが、プロバイダ責任制限法に基づく「発信者情報開示請求」制度です。
この制度を利用することで、誹謗中傷の投稿者を特定し、適切な法的措置を取ることが可能になります。しかし、発信者のプライバシーと被害者の権利保護のバランスを取るため、開示請求には厳格な条件が設けられています。
本記事では、開示請求が認められる条件や手続きについて詳しく解説します。インターネット上で権利侵害の被害にあった方が、適切に対応するための知識を提供します。

発信者情報開示請求が認められる法的条件とは?
発信者情報開示請求が認められるためには、プロバイダ責任制限法に基づいた明確な要件を満たす必要があります。これらの条件は、被害者の権利保護と発信者のプライバシー保護のバランスを取るために設けられています。
1. 請求相手が開示関係役務提供者に該当すること
開示請求の相手方は、特定電気通信による情報の流通を役務として提供する者である必要があります。具体的には以下のような事業者が該当します:
- インターネットサービスプロバイダ(ISP)
- SNSの運営会社
- ブログや掲示板のサイト管理者
- サーバー運営者
最高裁判例(平成22年4月8日判決)では、電子掲示板への書き込みの場合、発信者とコンテンツプロバイダの通信を媒介する「経由プロバイダ」も開示関係役務提供者に該当すると判断されています。これは、経由プロバイダが発信者の住所・氏名等を把握しており、これが開示されなければ法の趣旨が達成されないためです。
2. 自己の権利を侵害されたとする者であること
開示請求ができるのは、権利を侵害された本人または正当な代理人に限られます。代理人となれるのは基本的に弁護士で、未成年者の場合は親権者も可能です。
権利侵害の対象は個人だけでなく、法人や権利能力なき社団なども含まれます。例えば、会社の信用を傷つける投稿があった場合、その会社も開示請求を行うことができます。
3. 特定電気通信による情報の流通であること
開示請求の対象となるのは、「特定電気通信」を通じた情報です。特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と定義されています。
具体的には以下のようなものが該当します:
- 公開されているウェブサイトの内容
- 誰でも閲覧できるSNSの投稿
- 公開されている電子掲示板への書き込み
一方、特定の相手にのみ送信されるダイレクトメッセージ(DM)などは、原則として特定電気通信には該当しないため、開示請求の対象外となります。
4. 権利侵害が明らかであること
開示請求を行うためには、権利侵害の事実が「明らか」である必要があります。単に不快な表現があるだけでは不十分で、法的に保護される権利が侵害されたことを示さなければなりません。
権利侵害が「明らか」であるためには、以下の2つの要素が必要です:
- 権利侵害の事実が存在すること
- 違法性阻却事由が存在しないこと
権利侵害として一般的なものには、名誉毀損、プライバシー侵害、肖像権侵害などがあります。また、投稿が特定の個人や法人を指していることが客観的に明らかである必要があります(同定可能性)。
5. 正当な理由が存在すること
開示請求には「正当な理由」が必要です。単に発信者を知りたいという好奇心だけでは認められません。以下のような目的が正当な理由として認められます:
- 損害賠償請求権の行使
- 削除要請
- 名誉回復措置の請求
- 差止請求権の行使
- 刑事告訴・告発
一方、私的制裁や嫌がらせを目的とする場合は、正当な理由とは認められません。
6. 開示を求める内容が発信者情報であること
開示請求で取得できるのは、総務省令で定められた「発信者情報」に限られます。具体的には以下のような情報です:
- 氏名・名称
- 住所
- メールアドレス
- IPアドレス・ポート番号
- 携帯端末のインターネット接続サービス利用者識別番号
- SIMカード識別番号
- タイムスタンプ(投稿日時)
2021年の法改正により、アカウント作成・削除時やログイン・ログアウト時の通信記録なども「特定発信者情報」として開示対象に追加されました。
開示請求の権利侵害の明白性とは何か?正当な理由の判断基準について
開示請求において最も重要かつ争点となりやすいのが「権利侵害の明白性」と「正当な理由」の要件です。これらの要件がどのように判断されるのか、詳しく解説します。
権利侵害の明白性の判断基準
「権利侵害が明らか」とは、単に権利侵害があったという事実だけでなく、その違法性を阻却する事由がないことまで含みます。つまり、投稿内容が権利侵害に該当するだけでなく、その投稿を正当化する理由がないことも証明する必要があります。
名誉毀損における判断基準
名誉毀損の場合、以下の要素が判断されます:
- 公然性: 不特定または多数の者が知りうる状態であること
- 事実の摘示: 具体的な事実を述べていること
- 社会的評価の低下: その事実によって名誉や信用が傷つけられること
- 違法性阻却事由の不存在: 以下の3要件をすべて満たさないこと
- 公共の利害に関する事実であること
- 公益目的で行われたこと
- 摘示された事実が真実であること(または真実と信じるに足る相当の理由があること)
例えば、「○○さんは前科がある」という投稿は、それが虚偽であれば名誉毀損となりますが、真実であり、かつ公共の利害に関する事実として公益目的で発信された場合は、違法性が阻却される可能性があります。
プライバシー侵害における判断基準
プライバシー侵害の場合、以下の要素が判断されます:
- 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること
- 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合に、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること
- 一般の人々に未だ知られていない事柄であること
- 公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたこと
例えば、個人の住所や電話番号、病歴などの情報を無断で公開する行為はプライバシー侵害となります。
正当な理由の判断基準
開示請求の「正当な理由」は、主に権利侵害に対する法的措置を取るために必要な場合に認められます。以下のような目的が正当な理由として認められています:
- 損害賠償請求のため: 民法709条に基づく不法行為責任の追及
- 削除請求のため: 継続的な権利侵害を停止するための措置
- 名誉回復措置のため: 謝罪広告の掲載などを求める場合
- 刑事告訴のため: 名誉毀損罪や侮辱罪などで刑事責任を追及する場合
裁判所は、開示請求者の目的と発信者のプライバシー保護のバランスを考慮して判断します。例えば、過去の判例では、単なる好奇心や私的制裁が目的である場合、正当な理由がないとして開示請求が棄却されています。
重要なのは、開示請求時にこれらの法的措置を取る具体的な意思があることを示せるかどうかです。開示請求の申立書や訴状では、どのような権利侵害があり、どのような法的措置を取る予定なのかを明確に記載することが重要です。
開示請求が棄却されるケースとは?成功率を上げるポイント
発信者情報開示請求が棄却されるケースは少なくありません。ここでは、棄却される主な理由と、成功率を上げるためのポイントを解説します。
開示請求が棄却される主なケース
- 権利侵害の明白性が認められないケース
- 特定の個人・法人への言及が不明確な場合(同定可能性がない)
- 意見や感想に過ぎない表現の場合
- 社会的評価を低下させる程度に至らない表現の場合
- 違法性阻却事由が存在する場合(公共性・公益性・真実性がある)
- 正当な理由が認められないケース
- 開示目的が不明確または不適切な場合
- 損害賠償請求などの具体的な法的措置の意思が示されていない場合
- すでに別の方法で発信者を特定している場合
- 形式的要件を満たしていないケース
- 開示請求の対象が「特定電気通信」に該当しない場合
- 請求先が開示関係役務提供者に該当しない場合
- 請求している情報が発信者情報に該当しない場合
- 証拠不足のケース
- 投稿内容のスクリーンショットが不明瞭または不完全
- 投稿日時やURLが特定できない
- 権利侵害の事実を証明する証拠が不十分
開示請求の成功率を上げるポイント
- 証拠の十分な収集
- 投稿内容のスクリーンショットを保存(URLや投稿日時を含む形で)
- 前後の文脈も含めて収集
- 画像や動画が含まれる場合はそれらも保存
- 継続的な投稿がある場合は複数の投稿を証拠として収集
- 権利侵害の明白性を丁寧に主張
- どの権利が侵害されたのか明確に示す
- 同定可能性を具体的に示す
- 社会的評価の低下や精神的苦痛の具体的内容を説明
- 違法性阻却事由が存在しないことを説明
- 正当な理由の明確な説明
- 損害賠償請求や削除請求など、具体的な法的措置の内容を明示
- 開示請求がなぜ必要なのかを説明
- 被害の深刻さを具体的に示す
- 弁護士への相談・依頼
- 専門的知識を持つ弁護士に依頼することで成功率が上がる
- 弁護士は法的な主張の構成や証拠の収集方法について適切なアドバイスができる
- 開示請求の手続きに関する知識と経験がある弁護士を選ぶ
- 早期の対応
- 発信者情報は一定期間で削除されることがあるため、早期に対応する
- 特にIPアドレスなどの通信記録は3〜6ヶ月程度で消去されることが多い
- 証拠保全のための仮処分申立てなども検討する
発信者情報開示請求の成功率は50%前後と言われており、決して高くはありません。しかし、上記のポイントを押さえて適切に対応することで、成功率を上げることが可能です。特に経験豊富な弁護士に依頼することで、専門的な知識に基づいた効果的な請求が行えます。
開示請求ができる誹謗中傷とできない表現の違いは?
インターネット上のすべての不快な表現が開示請求の対象となるわけではありません。ここでは、開示請求の対象となる誹謗中傷と、対象とならない表現の違いについて具体例を挙げて解説します。
開示請求ができる誹謗中傷の例
- 名誉毀損に該当する表現 具体的な事実を摘示して社会的評価を低下させる表現は、名誉毀損として開示請求の対象となります。 例:
- 「○○さんは前科がある」
- 「○○さんは不倫をしている」
- 「○○さんは会社の金を横領した」
- 「○○店では衛生管理がずさんで不潔な食材を使用している」
- プライバシー侵害に該当する表現 私生活に関する事実や情報を無断で公開する行為は、プライバシー侵害として開示請求の対象となります。 例:
- 個人の住所や電話番号の無断公開
- 病歴や前科などの非公開情報の暴露
- 私的な写真や動画の無断公開
- 家族構成や収入などの私的情報の暴露
- 肖像権侵害に該当する表現 本人の許可なく写真や動画を公開する行為は、肖像権侵害として開示請求の対象となります。 例:
- 無断で撮影した写真の公開
- 別の目的で提供された写真の無断転用
- プライベートな場面の写真や動画の公開
- 侮辱に該当する表現 具体的な事実の摘示はなくても、人格を否定するような侮辱的表現は、侮辱(名誉感情侵害)として開示請求の対象となることがあります。 例:
- 「○○はクズだ」「○○はゴミだ」などの人格否定
- 容姿を著しく侮辱する表現(「ブスやんw」「不細工出目眼鏡ババァ」など)
- 差別的表現
開示請求ができない表現の例
- 意見や感想に過ぎない表現 単なる個人の意見や感想は、通常は権利侵害に当たらないため、開示請求の対象とはなりません。 例:
- 「この商品は使いにくい」
- 「あの店の料理は美味しくなかった」
- 「この本は面白くなかった」
- 「あのサービスは期待外れだった」
- 抽象的な批判 具体的な事実の摘示を伴わない抽象的な批判は、通常は開示請求の対象とはなりません。 例:
- 「もっと努力すべき」
- 「改善の余地がある」
- 「サービスの質が低い」
- 公共性・公益性のある事実の指摘 公共の利害に関する事実で、公益目的で行われ、かつ真実である(または真実と信じるに足る相当の理由がある)場合は、開示請求の対象とはなりません。 例:
- 企業の不正行為の告発
- 公務員の汚職の指摘
- 消費者被害の警告
- 特定の個人・法人を指さない表現 特定の個人や法人を指していることが客観的に明らかでない表現は、開示請求の対象とはなりません。 例:
- 「あるお店」「ある人物」など特定性のない表現
- 架空の人物や組織に対する批判
境界線上にある表現の判断ポイント
開示請求できるかどうかの判断が難しいケースもあります。以下のポイントが判断の参考になります:
- 表現の具体性:具体的な事実の摘示があるほど権利侵害が認められやすい
- 社会的評価への影響:社会的評価を低下させる程度が大きいほど権利侵害が認められやすい
- 表現の必要性:批判の目的に対して表現が必要かつ相当なものかどうか
- 公共性・公益性の有無:公共の利害に関わり、公益目的があるか
- 同定可能性:投稿が特定の個人・法人を指していることが客観的に明らかかどうか
これらの判断基準は複雑で、個々のケースによって異なる可能性があります。不確かな場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
発信者情報開示請求の手続きはどのように進める?任意開示と裁判手続きの違い
発信者情報開示請求を行う方法には、大きく分けて「任意開示」と「裁判手続き」の2つがあります。ここでは、それぞれの手続きの流れと特徴、メリット・デメリットについて解説します。
任意開示の手続き
任意開示とは、プロバイダやサイト管理者に対して、裁判所を介さずに直接発信者情報の開示を求める方法です。
任意開示の流れ
- 請求書の作成と送付
- 権利侵害の内容を具体的に記載した請求書を作成
- 本人確認書類(免許証のコピーなど)を添付
- プロバイダやサイト管理者に送付
- 発信者への意見照会
- プロバイダやサイト管理者は発信者に意見照会を行う
- 発信者は開示に同意するか否かの意見を返す
- 開示判断
- プロバイダやサイト管理者は、権利侵害の明白性と開示の正当理由を判断
- 発信者の意見も考慮して開示するかどうかを決定
- 情報開示
- 開示が認められた場合、発信者情報が請求者に開示される
任意開示のメリット・デメリット
メリット
- 比較的手続きが簡単
- 費用が少なくて済む
- 短期間で結果が得られる可能性がある
デメリット
- 開示されるケースが非常に少ない
- プロバイダやサイト管理者が慎重な判断をすることが多い
- 発信者が拒否すれば開示されない可能性が高い
裁判手続きによる開示請求
裁判手続きには、従来の「訴訟手続き」と2021年の法改正で導入された「非訟手続き」の2種類があります。
従来の訴訟手続きの流れ
- 仮処分の申立て
- コンテンツプロバイダに対する発信者情報開示の仮処分申立て
- ログ保存の仮処分申立て
- 本訴の提起
- 発信者情報開示請求訴訟の提起
- 訴状の作成と提出
- 審理と判決
- 裁判所での審理
- 判決が出るまで数か月~1年程度かかることも
- 情報開示
- 請求が認められた場合、発信者情報が開示される
新たな非訟手続きの流れ(2021年改正法)
- 裁判所への申立て
- 発信者情報開示命令の申立て
- サイト管理者とプロバイダの双方に対する請求を一度に行える
- 発信者情報の消去禁止命令
- 審理中に発信者情報が消去されないよう命令が出される
- 命令の発令
- 以下の命令が一度の手続きで発令される
- サイト管理者・プロバイダに対する発信者情報開示命令
- サイト管理者に対するプロバイダへのログ提供命令
- 発信者情報の消去禁止命令
- 以下の命令が一度の手続きで発令される
- 情報開示
- 命令が確定すれば発信者情報が開示される
裁判手続きのメリット・デメリット
メリット
- 開示率が任意開示より高い
- 裁判所の判断によるため法的根拠が明確
- 特に新たな非訟手続きでは、手続きの一本化により効率的
デメリット
- 弁護士費用を含め相当の費用がかかる(数十万円〜100万円程度)
- 時間がかかる(数か月〜1年以上)
- 専門的な知識が必要
どの手続きを選ぶべきか
どの手続きを選ぶかは、以下の要素を考慮して決定すべきです:
- 時間的な余裕
- 発信者情報は3〜6ヶ月程度で消去されることが多いため、迅速な対応が必要な場合は注意
- 費用面での考慮
- 裁判手続きでは弁護士費用を含め相当の費用がかかる
- 開示の確実性
- 任意開示は認められる可能性が低い
- 裁判手続きの方が開示される確率は高い
- 発信者情報の種類
- IPアドレスのみを求める場合と、発信者の氏名・住所まで求める場合で手続きが異なることも
多くの場合、以下のような段階的なアプローチが効果的です:
- まず任意開示を試みる
- 応じてもらえない場合は裁判手続きを検討する
- 非訟手続きが可能であれば、それを検討する(特に複数の事業者に対して請求する場合)
いずれの場合も、誹謗中傷対応に詳しい弁護士に相談し、最適な方法を選択することをお勧めします。弁護士は開示請求の経験が豊富で、成功率を高めるためのアドバイスができます。
開示請求は、インターネット上の誹謗中傷から自分の権利を守るための重要な手段です。しかし、発信者のプライバシーと被害者の権利保護のバランスを取るため、厳格な条件が設けられています。
本記事で解説した「権利侵害の明白性」「正当な理由」などの要件を理解し、適切な証拠を収集することで、開示請求の成功率を高めることができます。また、どの手続きを選ぶかも重要なポイントです。
誹謗中傷の被害に遭った場合は、早期に対応することが重要です。特に発信者情報は一定期間で削除されることがあるため、迅速な行動が求められます。不安や疑問がある場合は、ネット誹謗中傷に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
適切な法的措置を取ることで、インターネット上の権利侵害から自身を守り、心の平穏を取り戻しましょう。
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