生活保護の扶養照会制度は、生活困窮者が制度を利用する際の最大の障壁となっており、多くの人が「家族に知られたくない」という理由で申請をためらっています。2025年現在でも、自治体によって運用に大きな格差があり、不適切な事例も報告されています。厚生労働省は2021年に運用改善の通知を出しましたが、依然として「申請者の意思に反して扶養照会が行われる」ケースが後を絶ちません。扶養照会は本来、親族に援助を強制するものではなく、申請者本人が拒否する権利があります。また、親族側も援助を断る権利があり、回答しなくても罰則はありません。本記事では、扶養照会の仕組みから具体的な拒否方法、現状の問題点、そして今後の改善に向けた動きまで、2025年6月時点の最新情報を踏まえて詳しく解説します。生活保護は憲法で保障された国民の権利であり、扶養照会への恐れによって制度利用を諦める必要はないということを、具体的な対処法とともにお伝えします。

生活保護の扶養照会とは何ですか?なぜ拒否したい人が多いのでしょうか?
扶養照会とは、生活保護を申請した人の親族に対し、福祉事務所が「申請者を扶養できるか」を確認する手続きです。生活保護制度には「扶養は保護に優先する」という原則があり、親族から経済的援助があった場合、その金額を生活保護費から減額して支給するという仕組みになっています。ただし、これは援助を強制するものではなく、あくまで確認のための手続きです。
扶養照会の対象となるのは、民法上の扶養義務がある3親等以内の親族です。具体的には、両親、子ども、きょうだい、祖父母、孫、おじ、おば、おい、めいなどが含まれます。福祉事務所は申請者から親族の状況を聞き取り、戸籍照会を通じて親族を把握し、援助の可否を問う手紙を郵送します。照会書には申請者の氏名や申請目的が記載され、親族の収入状況、扶養する意思の有無、今後の援助予定などが確認されます。
扶養照会が生活保護利用の最大の障壁となっている理由は、申請者の心理的負担が極めて大きいことです。アンケート調査では、生活保護を利用していない人のうち3人に1人以上が「家族に知られるのが嫌だから」という理由で申請をためらっていると回答しています。
具体的な理由として、まず親族に生活保護の申請を知られたくないという感情があります。現在の困窮状況を知られることへの抵抗感や、生活保護に対する社会的なスティグマ(烙印)意識が強く影響しています。また、親族との関係悪化への恐れも深刻です。すでに絶縁状態にある親族や、関係が複雑な親族に連絡がいくことで、関係がさらに悪化したり、完全に縁を切られたりする可能性があります。
特に深刻なのは、DVや虐待被害者の場合です。配偶者や加害者に居場所が知られることで、生命の危険に直結する可能性があります。さらに、プライバシーの侵害という側面もあります。親族の経済状況まで調査されることへの抵抗感や、個人の尊厳が損なわれると感じる人が多いのです。
扶養照会の実効性は極めて低いということも重要なポイントです。厚生労働省の調査によれば、扶養照会を行った件数のうち、実際に経済的援助につながった割合は約1.4%〜1.45%に過ぎません。つまり、大きな心理的負担を申請者と親族に課しているにもかかわらず、ほとんど意味がないというのが現状です。
このような心理的ハードルが、生活保護が必要な人々の制度アクセスを妨げ、「最後のセーフティネット」としての機能を十分に果たせない原因となっています。憲法第25条で保障される「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を実現するためにも、扶養照会の運用改善や申請者の意思尊重が重要な課題となっています。
扶養照会を拒否する具体的な方法はありますか?申請者側でできることを教えてください
生活保護申請者が扶養照会を拒否する方法は複数あり、2021年の厚生労働省通知により申請者の意思がより尊重されるようになりました。以下の具体的な方法が有効です。
最も基本的な方法は、福祉事務所での明確な意思表示です。申請時に窓口の担当者に対して、口頭で「扶養照会を拒否したい」という意向を明確に伝えます。厚生労働省の通知では、申請者が扶養照会を拒む場合、その理由について「特に丁寧に聞き取りを行い」、照会をしなくてもよいか検討するよう求められています。
書面での意思表示がより効果的です。「つくろい東京ファンド」や「生活保護問題対策全国会議」などの支援団体が作成した「扶養照会に関する申出書」をインターネットからダウンロードし、記入して提出することができます。この申出書は全国各地で活用されており、提出した人のほぼ全てが親族への照会を止めることができていると報告されています。申出書には拒否の理由や扶養義務者との関係性を具体的に記入でき、チェック式で簡単に作成できます。
申請書に直接拒否の文言を記入する方法も有効です。例えば「扶養親族である姉には心配をかけたくないので、生活保護申請のことを絶対に知られたくありません。家族の関係性が壊れないように、また私の最低生活が守られるように、私の意に反して扶養照会をすることは、絶対にやめてください。姉の個人情報は一切開示できませんし、私の個人情報も姉に絶対に開示しないでください」といった具体的な文言を記入します。
さらに強力な方法として、万が一扶養照会を強行する場合の根拠法令の明示を求める文言を加えることも推奨されています。「扶養照会を強行するなら、その根拠法令の条文とともに理由を書面で示してください」と記入することで、職員に対して法的根拠の説明を求めることができます。
支援団体や専門家への相談・同行依頼も非常に有効です。一人で福祉事務所に行くのが困難な場合や、職員の対応に不安がある場合は、全国の弁護士会や生活保護支援ネットワーク、NPO法人(つくろい東京ファンド、生活保護問題対策全国会議、自立生活サポートセンター・もやいなど)に相談できます。専門家が同行した場合の申請通過率は非常に高いとされており、例えば「ほごらんど」では申請通過率99%という実績があります。
扶養照会を避けられる具体的な状況も把握しておくことが重要です。2021年の厚生労働省通知により、以下のケースでは扶養照会が行われません:
- DVや虐待のケース:申請者の安全とプライバシー保護のため、「扶養照会をしてはならない」と明確化されています
- 10年以上音信不通の親族:以前は20年以上でしたが、「10年程度」に短縮されました
- 関係が悪化している場合:借金を重ねている、相続で対立している、絶縁状態などの場合
- 扶養が期待できない場合:長期入院患者、専業主婦・主夫、未成年者、収入が見込めない場合
- 70歳以上の高齢者
職員の対応が不適切な場合の対処法も知っておくべきです。申出書の受け取りを拒否されたり、扶養照会を強行しようとされたりした場合は、都道府県の生活保護課に連絡することで解決できる場合があります。また、支援団体に相談することで、適切な対応方法についてアドバイスを受けることができます。
重要なのは、扶養照会は申請者の権利を制限するものではないということです。親族に援助を強制することはできず、扶養照会自体も生活保護の絶対的な要件ではありません。申請者本人の意思と尊厳を守るためにも、これらの方法を活用して適切に対処することが大切です。
親族として扶養照会を受けた場合、どのように対応すればよいですか?
扶養照会の通知を受け取った親族には、援助を拒否する完全な権利があり、法的な強制力は一切ありません。扶養義務は民法上の「努力義務」に過ぎず、経済的な余裕がない場合や様々な事情がある場合は、遠慮なく援助を断ることができます。
最も重要なのは、扶養照会への回答は義務ではないということです。通知を受け取っても、無視して回答しなくても罰則やペナルティは課されません。回答がない場合、福祉事務所は「援助なし」と判断し、通常通り申請者に生活保護が支給されます。ただし、返信しないことで申請者の支給開始が遅れる可能性があるため、援助しない場合でも早めに返信する方が申請者のためになります。
経済的な理由で援助できない場合は、その旨を照会書に記入して返送すれば十分です。具体的には「経済的な余裕がないため援助はできません」「自分自身の生活で精一杯です」といった内容を記入します。収入や資産などの詳細な情報を提供する義務はありませんし、福祉事務所から詳細な調査を受ける必要もありません。
申請者との関係性に問題がある場合も、援助を断る正当な理由になります。「長年にわたって音信不通の状態です」「関係が悪化しており、連絡を取ることができません」「過去にトラブルがあり、絶縁状態です」といった事情を伝えることで、扶養を拒否できます。この場合も、詳細な説明を求められることはありません。
より積極的な対応として、「扶養照会に関する申出書(親族側版)」を活用する方法があります。生活保護支援団体が作成・公開しているこの申出書を使用することで、福祉事務所に対して今後の文書送付をやめてもらうよう正式に申し出ることができます。特に、今後も同様の照会が来る可能性がある場合に有効です。
親族側が知っておくべき重要なポイントがいくつかあります。まず、扶養照会に応じて援助を約束した場合でも、後から状況が変わって援助を停止することは可能です。扶養は契約ではなく、親族の経済状況や生活状況の変化に応じて柔軟に対応できます。
また、部分的な援助も可能です。「月1万円なら可能」「食材を時々送ることはできる」といった形での援助も認められており、全面的な扶養を求められるわけではありません。ただし、援助を行う場合は継続性を考慮し、無理のない範囲で行うことが重要です。
親族側の心理的負担についても理解が必要です。突然扶養照会を受け取ると、「なぜ自分に連絡が来たのか」「申請者の状況がわからない」「どの程度の援助が期待されているのか」といった不安や困惑を感じることは自然です。このような場合は、支援団体や生活保護の相談窓口に問い合わせることで、制度の仕組みや対応方法について説明を受けることができます。
プライバシーの保護も重要な観点です。扶養照会を受けた親族は、申請者の個人情報(住所、申請理由、生活状況など)を知ることになりますが、これらの情報を第三者に漏らすことは避けるべきです。また、親族側の個人情報も適切に保護される権利があります。
今後の関係性への配慮も必要です。援助を断ったとしても、それが申請者の生活保護受給に影響することはありません。「援助できないから申請者が困ってしまう」という心配は不要で、国の制度として適切に保護が行われます。むしろ、無理をして援助を約束し、後から継続できなくなることの方が問題となる可能性があります。
最終的には、親族自身の生活と意思を最優先に考えることが大切です。扶養照会は申請者の権利を守るための制度であり、親族に負担を強いるものではありません。経済的、精神的に無理のない範囲で判断し、必要に応じて専門家や支援団体に相談することで、適切な対応を取ることができます。
扶養照会の運用で問題となっている事例や自治体間の格差について教えてください
扶養照会の運用には深刻な問題があり、2025年現在でも自治体間で大きな格差が存在し、不適切な事例が後を絶ちません。これらの問題は、生活保護制度の公平性を損ない、申請者の権利を侵害する重大な課題となっています。
自治体間の格差は極めて深刻です。2021年度の調査では、生活保護新規決定世帯に対する扶養照会実施率に10倍以上の差があることが判明しています。最も低い中野区の5.5%から最も高い佐賀市の78.0%まで、住む場所によって扶養照会を受ける可能性が大きく異なります。東京都内だけでも、新宿区、中野区、足立区が1割以下の実施率である一方、杉並区、港区、豊島区、文京区では7〜9割という高い実施率となっています。
この格差の原因は、厚生労働省の通知で「しなくてもよい」という表現が、自治体によって「してもよい」と恣意的に解釈されていることにあります。結果として、住む自治体によって生活保護制度へのアクセスしやすさや心理的ストレスが大きく異なり、憲法で保障された生存権の平等性が損なわれています。
「水際作戦」の横行も深刻な問題です。申請を受け付けない、虚偽の説明をして追い返す、必要以上に厳しい条件を課すなどの違法行為が多くの福祉事務所で継続されています。特に扶養照会への恐れを利用して申請を諦めさせる手法が用いられており、本来受給できるはずの人々が制度から排除されています。
申出書の受け取り拒否と扶養照会の強行という問題も発生しています。東京都杉並区では、2021年に50代男性が「老々介護」状態の80代両親への心配から「扶養照会に関する申出書」を提出しようとしたところ、職員が「受け取っちゃいけないと言われている」「法律はない」「できないものはできない」などと発言し、受け取りを拒否しました。これは要保護者の正当な意思表明を敵視し、保護申請権を侵害する明らかな違法行為です。
最も深刻な問題は「カラ認定」(扶養偽装)や仕送り強要です。群馬県桐生市では、2025年6月の特別監査で複数の違法事例が発覚しました。年金収入が最低生活費以下の高齢の妹からの仕送りを認定して申請を却下したり、行方不明の長男名義の扶養届を施設職員が代筆して仕送りを認定したりするなど、実態を伴わない扶養の偽装が組織的に行われていました。特に悪質なのは、親族が当初「金銭的援助はできません」にチェックを入れた扶養届が、後から「援助します」に内容訂正されて却下に使われた事例です。支援者からは、仕送り額の欄だけ筆跡が書き換えられていた事例も報告されており、公文書偽造に該当する可能性もあります。
認知症高齢者の「引き取り」を根拠とした違法な保護廃止も問題となっています。奈良県生駒市では、2025年5月の奈良地裁判決で市の処分が違法と認定されました。50代女性の申請に対し、市が「77歳で軽度認知症の母親に引き取りの意向がある」ことを根拠に却下しましたが、判決は「実際の引き取り扶養には至っていない」「実現可能性について具体的な調査・検討をしていない」として職務上の法的義務違反を認定し、市に慰謝料等の支払いを命じました。
これらの問題の根本的な原因として、違法・不当な運用を誘発する厚生労働省通知の存在が指摘されています。昭和36年の古い次官通知や「生活保護手帳別冊問答集」の不適切な記載が現在も有効とされており、「感情的な理由のみによって扶養履行を受けない場合は保護を却下してもよい」という誤った解釈が横行しています。
職員の知識不足と研修体制の問題も深刻です。扶養照会の法的位置づけや申請者の権利について正確な理解を持たない職員が多く、結果として違法・不当な運用が繰り返されています。また、自治体によって研修内容や指導方針が異なることも、格差拡大の要因となっています。
扶養照会による「三方悪し」の状況も見逃せません。申請者への心理的負担、親族への突然の連絡による困惑、職員の非効率的な業務負担という形で、関係者全員にとって負の影響をもたらしています。特に、精神疾患を持つ申請者が極限状態に置かれ、感情を失うほど追い詰められる事例も報告されており、人権侵害の側面が強く懸念されています。
これらの問題は、生活保護制度の根幹に関わる重大な課題であり、国レベルでの具体的な指導や法制度の整備が急務となっています。単なる運用改善では限界があり、制度の抜本的な見直しが必要な状況です。
扶養照会制度の今後の改善に向けた動きや提言はありますか?
扶養照会制度の改善に向けて、支援団体、専門家、そして一部の自治体から具体的な提言や改善要求が活発に出されており、制度の根本的な見直しが求められています。
生活保護問題対策全国会議やつくろい東京ファンドなどの支援団体は、2024年8月6日に厚生労働省に対して「生活保護の扶養に関する違法・不適切な運用の原因となっている厚生労働省通知の改正を求める要望書」を提出しました。この要望書では、昭和36年の古い次官通知の撤廃や、「生活保護手帳別冊問答集」の不適切な記載の削除を求めています。
最も重要な提言は「本人の承諾なしに扶養照会をしない」という厚生労働省からの明確な通知の発出です。現在の「しなくてもよい」という曖昧な表現では自治体の恣意的な解釈を許してしまうため、「本人が拒否した場合は扶養照会を行ってはならない」という明確な禁止規定を求める声が高まっています。
長期的な目標として、扶養照会制度そのものの撤廃を求める議論も始まっています。支援団体は、扶養照会による実際の援助実現率が1.4%程度と極めて低く、制度維持のコストと人権侵害のリスクを考慮すると、制度そのものを廃止することが最も合理的だと主張しています。これは単なる運用改善ではなく、制度の根本的な見直しを求めるものです。
自治体レベルでの改善事例も注目されています。東京都中野区、新宿区、足立区などは扶養照会実施率を1割以下に抑えており、これらの自治体の取り組みが他の自治体のモデルケースとなる可能性があります。特に、申請者の意思を最優先に考慮する運用方針や、職員への適切な研修体制の整備が効果的だとされています。
法制度の改正に向けた動きも重要です。一部の法律専門家や国会議員からは、生活保護法そのものの改正や、扶養照会に関する明確な規定の追加を求める声が上がっています。特に、申請者の同意を扶養照会の必要条件とする法改正や、扶養照会を拒否する権利の法的明文化が提案されています。
職員の研修体制改善も重要な課題です。厚生労働省に対して、全国の福祉事務所職員を対象とした統一的な研修プログラムの実施や、扶養照会の適切な運用に関するガイドラインの策定が求められています。特に、申請者の人権尊重や、扶養義務の法的性質についての正確な理解を広めることが重要です。
監査・監督体制の強化も提言されています。桐生市や生駒市のような不適切事例の再発防止のため、都道府県による定期的な監査や、市民からの通報制度の整備が必要です。また、違法・不当な運用を行った自治体に対する厳格な処分や、被害者への救済制度の充実も求められています。
申請者支援の拡充も重要な要素です。申請書への扶養照会拒否文言の記載例の公開や、「申出書」の更なる普及、法的支援の充実などが提案されています。また、生活保護の申請に専門家の同行を受けやすくする制度の整備も検討されています。
国際的な視点からの改善提言も注目されています。他の先進国では扶養照会制度がない国も多く、日本の制度が国際的に見て特異であることが指摘されています。人権擁護の観点から、国際基準に合致した制度への転換が求められています。
2025年6月の桐生市事件を受けた緊急提言として、支援団体は以下の点を強く要求しています:
- 「カラ認定」(扶養偽装)の全面禁止の明確化
- 扶養届の内容訂正に関する厳格な手続きの確立
- 申請者の意思に反した扶養照会の完全禁止
- 違法運用を行った自治体への厳格な処分
今後の展望として、2025年度中に厚生労働省からの新たな通知発出が期待されています。特に、申請者の人権尊重と制度の公平性確保を両立する具体的な指針の策定が急務となっています。また、生活保護制度全体の見直しの中で、扶養照会制度の位置づけを根本的に再検討する動きも始まっており、制度の抜本的な改革に向けた議論が活発化しています。
重要なのは、これらの改善提言が単なる運用改善ではなく、困窮している人々が尊厳を保ち、安心して生活を再建できる社会を実現するための根本的な制度改革を目指していることです。生活保護は憲法で保障された国民の権利であり、その権利行使を阻害する要因の除去は国の責務であるという認識のもと、今後も継続的な改善努力が求められています。
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