後発地震注意情報とは、日本海溝・千島海溝沿いでモーメントマグニチュード7.0以上の地震が発生した際に気象庁が発表する特別な情報で、より大規模なM8クラス以上の巨大地震が続く可能性が平常時より高まっていることを知らせるものです。この情報は地震予知ではなく、統計的にリスクが上昇した状態を伝える「確率論的注意喚起」としての性質を持っています。2025年12月9日深夜、北日本で発生した地震を受けて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が発表され、多くの人々がこの聞き慣れない情報の意味を知ることになりました。本記事では、後発地震注意情報の定義から発表条件、科学的根拠、南海トラフ地震臨時情報との違い、そして具体的な防災対応まで詳しく解説します。

後発地震注意情報とは何か
後発地震注意情報は、北海道から三陸沖にかけての日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震想定震源域において、モーメントマグニチュード7.0以上の地震(先発地震)が発生した際に発表される特別な情報です。この情報の本質は、先発地震の発生によって周辺でさらに規模の大きなM8クラス以上の巨大地震(後発地震)が発生する可能性が、平常時と比較して飛躍的に高まっていることを社会に周知することにあります。
ここで非常に重要なのは、この情報が「地震予知」ではないという点です。現在の科学技術では「いつ、どこで、どの規模の地震が起きるか」を確度高く予測することは不可能とされています。したがって後発地震注意情報は「地震が必ず来る」と断定するものではなく、「発生確率が統計的に無視できないレベルに上昇した」というリスクの高まりを伝える「確率論的注意喚起」としての性質を持っているのです。
この情報が対象とするエリアは、北海道の根室沖から岩手県の三陸沖にかけて広がる日本海溝および千島海溝沿いの沈み込み帯です。この地域は太平洋プレートが北米プレートの下に沈み込む境界であり、世界的に見ても極めて地震活動が活発な領域として知られています。制度の特筆すべき点として、プレート境界そのものだけでなく「想定震源域に影響を与える外側のエリア(アウターライズ地域など)」も監視対象に含まれていることが挙げられます。海溝軸の外側で発生する地震もプレート境界の固着状態に変化を与え、巨大地震を誘発するトリガーとなり得るため、震源が想定エリア外であってもその規模とメカニズムによっては情報発表の対象となります。
後発地震注意情報の発表条件
後発地震注意情報の発表条件は、厳密にモーメントマグニチュード7.0以上と定められています。ここで留意すべきは、テレビやスマートフォンの速報で流れる「気象庁マグニチュード(Mj)」とは異なる指標が用いられている点です。
気象庁マグニチュードは速報性に優れていますが、巨大地震の規模を正確に測るには限界があり、規模が大きくなるほど数値が頭打ちになる(飽和する)傾向があります。一方でモーメントマグニチュードは断層のズレの大きさや面積から物理的なエネルギー規模を算出するため、巨大地震の実態をより正確に反映します。そのため、速報値でM6.8と発表された地震でもその後の詳細解析でMw7.0以上と判明すれば情報が発表されますし、逆に速報値が大きくてもMwが基準に満たなければ発表は見送られることになります。
2025年12月9日の事例においては、地震発生から情報発表までに約2時間を要しました。これはシステムの遅延ではなく、正確なモーメントマグニチュードの算出と専門的な評価に必要なプロセスに起因するものです。地震発生直後、気象庁はまず津波警報や緊急地震速報といった直近の生命を守るための情報を最優先で発信します。その後、世界中の観測データを収集してCMT解(セントロイド・モーメント・テンソル解)などを解析し、正確なモーメントマグニチュードを決定します。さらに震源が想定震源域の外側である場合などは、その地震が巨大地震を誘発する可能性があるかどうかを専門家が評価する必要があります。
この「発生から約2時間後」というタイミングは、住民が最初の揺れから落ち着きを取り戻し始めた頃合いと重なるため、心理的な隙を突く形で情報が届くことになります。このタイムラグを前提とした心構えが情報の受け手には求められるのです。
後発地震が連鎖するメカニズム
なぜ「先発地震」の後に「後発地震」が続くのでしょうか。その科学的メカニズムを理解することは、この情報の意義を正しく把握する上で重要です。
巨大地震の連鎖を引き起こす主な要因は応力転移(ストレス・トランスファー)と呼ばれる現象です。プレート境界には強く固着している領域(アスペリティ)が存在し、ここにひずみが蓄積されています。ある場所でM7クラスの地震が発生すると、その周囲の地殻にかかる力のバランスが変化し、隣接するアスペリティにかかる負荷が急激に増加することがあります。もし隣接するアスペリティがすでに破壊の限界に近い状態(臨界状態)にあれば、この追加の負荷が「最後の一押し」となり連鎖的に巨大地震が発生するのです。
また海溝の外側で引っ張りの力が働く正断層型地震(アウターライズ地震)が発生した場合も、それが引き金となってプレート境界での逆断層型地震が誘発される可能性があります。このように地震は単独で完結するものではなく、周辺の地殻に影響を与え続けるという性質を持っています。
統計データが示す後発地震の確率
内閣府と気象庁が提示する統計データによれば、1904年から2017年までの約100年間に世界中で発生したMw7.0以上の地震1477事例のうち、発生後7日以内に隣接領域でMw8クラス以上の地震が発生した事例は17件確認されています。これを単純な確率として計算すると約100回に1回程度の頻度となります。
この数字をどう捉えるかが、後発地震注意情報の理解における最大の鍵です。「99回は何も起きないなら安心だ」と考えるのは早計といえます。平常時におけるM8クラスの巨大地震発生確率は数千分の一から数万分の一程度に過ぎません。それに対し「100回に1回」という確率は、平常時の約100倍から数百倍にリスクが跳ね上がっている状態を意味します。この相対的なリスクの急上昇こそが、行政が特別情報を発表し注意を喚起する科学的正当性となっているのです。
歴史が教える巨大地震の連鎖事例
後発地震注意情報の制度設計において特に参照されているのが、過去に実際に発生した歴史的な連鎖事例です。
1963年10月12日21時27分、択捉島沖でMw7.0の地震が発生しました。その約18時間後となる翌10月13日14時17分、同じ領域でMw8.5という巨大地震が発生しています。最初の地震がいわゆる「前震」であり、一晩明けてから破壊的な「本震」が襲来したこのケースは、後発地震注意情報が想定する最も典型的なシナリオとして位置づけられています。
また2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)においても、3月11日の本震(Mw9.0)発生の2日前となる3月9日に三陸沖でMw7.3の地震が発生していました。当時はこれを本震と捉える見方が一般的でしたが、結果的には超巨大地震への序章に過ぎませんでした。もし当時「M7クラスの後にM9クラスが来る可能性がある」という認識が社会的に共有され、津波への警戒レベルが維持されていれば被害の様相は異なっていたかもしれないという教訓が、現在の制度につながっています。
南海トラフ地震臨時情報との違い
後発地震注意情報は、先行して運用されている「南海トラフ地震臨時情報」としばしば比較されますが、その法的根拠や求められる対応には決定的な違いがあります。これを混同することは過剰な避難や経済活動の不必要な停止を招く恐れがあるため、明確な区別が必要です。
最大の違いは住民への避難要求の強さにあります。南海トラフ地震臨時情報、特に「巨大地震警戒」が発表された場合、地震防災対策強化地域内の津波避難困難地域などでは法的な枠組みに基づき1週間の事前避難が求められます。これは南海トラフ地震が人口密集地を直撃し、発災後の避難では間に合わないエリアが多数存在するためです。
対して北海道・三陸沖後発地震注意情報では、国や自治体からの事前避難の呼びかけは行われません。これには地理的・気候的な要因が深く関わっています。北海道や東北の沿岸部は寒冷地であり、不確実な情報に基づいて長期間の屋外避難や避難所生活を強いることは、特に冬季において低体温症などの二次災害リスクを高める結果となります。したがって強制的な避難ではなく「準備」に留めるという判断がなされているのです。
社会経済活動への影響についても両者は異なります。南海トラフの場合、臨時情報の種類によっては学校の休校、鉄道の計画運休、百貨店や工場の操業停止など社会活動を大幅に制限する要請が出される可能性があります。一方で北海道・三陸沖後発地震注意情報では社会経済活動を継続しながら防災対応をとることが基本方針です。鉄道やバスも先発地震による直接的な被害や点検が必要な場合を除き、基本的には通常通りの運行が目指されます。企業活動も停止は求められず、あくまでBCP(事業継続計画)に基づいた警戒レベルの引き上げや在庫の積み増し、連絡体制の確認といった対応が推奨されます。
また「後発地震注意情報」という名称が示す通り、「警戒」という強い言葉を避け「注意」という表現を用いることで、パニックを防ぎつつ長期的な警戒態勢(1週間)を維持しようとする意図が込められています。
厳冬期における複合災害のリスク
2025年12月9日の事例において最も懸念されるのは、地震そのものの破壊力に加えて北海道・東北特有の「冬」という環境要因が掛け合わされることによる複合災害です。
2018年9月に発生した北海道胆振東部地震では、日本国内で初となる全域停電(ブラックアウト)が発生しました。この教訓は冬の地震において戦慄すべきシナリオを提示します。現代の暖房器具の多くは電気に依存しています。FF式石油ストーブ、エアコン、温水循環式パネルヒーターなど北海道・東北の住宅を支える暖房システムのほとんどは停電と同時に機能を停止します。氷点下10度を下回る厳冬期に暖房を失うことは直ちに生命の危機(低体温症・凍死)に直結するのです。
また停電は水道管の凍結防止ヒーターの停止も意味し、断水がなくとも水道管破裂による被害リスクが生じます。オール電化住宅においては熱源の全てを失うことになり、カセットコンロやポータブルストーブといった代替手段の有無が生死を分けることになります。
積雪や路面凍結による避難の困難化も深刻な問題です。夏場の避難訓練で想定される「高台へのダッシュ」は冬の積雪時には不可能です。道路幅は除雪の雪山で狭まり路面は凍結しています。瓦礫が雪に埋もれて見えなくなることで避難中の負傷リスクも増大します。特に津波避難においては徒歩での移動速度が著しく低下することを計算に入れる必要があります。車での避難を選択せざるを得ない場合でも渋滞やスタック(雪による立ち往生)のリスクが高く、車内で孤立する危険性があります。
避難所への移動が困難な場合やペットがいるなどの理由で車中泊を選択する場合には、冬特有の致命的なリスクである一酸化炭素中毒に注意が必要です。猛吹雪の中でエンジンをかけたまま暖を取ると車のマフラー周辺が雪で覆われ、排気ガスが車内に逆流します。一酸化炭素は無色無臭であり就寝中に気付かぬまま死に至る事故が毎年のように発生しています。情報発表期間中は余震を恐れて車中泊を選ぶ人が増えることが予想されますが、原則としてエンジンを切り防寒着や寝袋で体温を維持するか、定期的な除雪を徹底する必要があります。
住民が取るべき具体的な防災対応
「空振り」を恐れず、しかし過剰反応せず、1週間という期間をどう過ごすべきでしょうか。住民に求められるのは生活を止めずに「即応体制」を整えることです。
就寝時の服装については、深夜の発災に備えてパジャマではなくジャージやスウェット、あるいは防寒着を着て就寝することが推奨されます。枕元には厚手の靴下とスニーカーを常備し、ガラス片が散乱する室内を安全に移動できるようにしておきましょう。
非常持出品の携帯も重要です。1週間程度は外出時にも最低限の防災グッズ(水、簡易食料、モバイルバッテリー、携帯カイロ、小型ライト)を持ち歩くことが望ましいといえます。いつどこで被災しても数時間は自力で凌げる装備が必要です。
「住まいの要塞化」として、家具の固定状況を再確認し特に寝室には倒れる可能性のある物を置かないようにします。また断水に備えて浴槽に水を溜める、カセットボンベの備蓄を確認するといった「籠城」の準備も並行して行うことが大切です。
暖房の代替手段確保も厳冬期には欠かせません。電気を使わないポータブル石油ストーブやカセットガスストーブを用意します。これらは換気が必須ですがブラックアウト時の唯一の熱源となります。また窓に断熱シートや段ボールを貼る、家族が一部屋に集まって過ごす(居住空間の縮小)など熱を逃がさない工夫も重要です。
企業に求められるBCPと事業継続
企業においては従業員の安全確保と事業継続のバランスが課題となります。
在庫管理の最適化として、物流網が寸断されるリスクを見越して原材料や商品の在庫を通常より多めに確保することが有効です。一方で完成品の出荷を早めるなど被害を受ける資産を減らす工夫も検討すべきでしょう。
従業員の安否確認と退社判断については、注意情報発表中は従業員の安否確認システムを即時稼働できる状態にしておきます。また公共交通機関の運行状況を常に監視し、運休の予兆があれば早めの帰宅を促すなどの柔軟な勤務体制が求められます。
施設・設備の保全として、工場の配管や精密機器の転倒防止措置を再点検します。特に危険物を取り扱う施設では漏洩防止対策を強化し、緊急停止手順を従業員に再周知することが重要です。
自治体の役割と「素振り」の啓発
自治体は住民に対して「避難指示」を出さない代わりに「準備の徹底」を繰り返し広報します。ここで重要なのは、1週間後に地震が起きなかったとしてもそれを「誤報」や「無駄」と捉えさせないコミュニケーションです。
「空振り(Miss)」ではなく防災訓練としての「素振り(Practice Swing)」を行ったのだという認識を社会全体で共有することが、制度の信頼性を維持するために不可欠です。行政は情報解除後も「備えができたこと」を肯定的に評価するメッセージを発信し続ける必要があります。
情報の終了と解除のプロセス
先発地震の発生から1週間が経過し、その間に後発地震が発生しなかった場合、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」に伴う「防災対応を呼びかける期間」は終了します。
ここで注意が必要なのは、テレビ画面に「解除」という文字が大きく出るような華々しい発表形式ではないことが多い点です。内閣府や気象庁は「特に注意する期間が終了したこと」をアナウンスし「今後も地震発生に注意しながら通常の生活を送る旨」を伝えます。これはリスクがゼロになったわけではなく、平常時の(依然として高い)リスクレベルに戻ったに過ぎないためです。
もし1週間の期間中に再びMw7.0以上の地震が発生した場合、あるいは大規模な地震活動の変化が観測された場合は情報が再発表され、防災対応期間がその時点からさらに1週間延長されます。このように状況に応じて期間がスライドしていく柔軟な運用がなされています。
情報発表期間中のデマ対策
情報発表期間中、SNS上では「〇月〇日の〇時に本震が来る」といった根拠のないデマや流言飛語が拡散しやすい土壌が形成されます。過去の災害でも不安に付け込んだ偽情報が混乱を招きました。
2025年においても生成AIによるフェイクニュースや科学的根拠のない予言が飛び交うことが予想されます。情報の受け手は必ず気象庁や自治体の公式サイト(一次情報)を確認し、安易な拡散を行わないリテラシーが求められます。行政側も誤情報に対して即座に訂正情報を出す体制を整備しておく必要があります。
不確実性と共に生きるための「賢明な恐れ」
後発地震注意情報は私たちに二つの重要な問いを投げかけています。一つは科学の限界を理解した上で確率的なリスクとどう向き合うかという「不確実性への受容」。もう一つは厳冬期という過酷な環境下でいかにして命を繋ぐかという「生存技術の実践」です。
この情報は「予言」ではありません。100回のうち99回は何事もなく過ぎ去るかもしれません。しかしその「1回」が来たとき、それは壊滅的な被害をもたらす巨大地震です。私たちはこの情報を「狼少年」の声として聞き流すのではなく、生存率をわずかでも高めるための「猶予時間」として活用しなければなりません。
社会経済活動を止めずに意識と備えだけを最大レベルに引き上げる。この「正しく恐れ、賢く備える」姿勢こそが災害列島に生きる私たちに求められる作法であり、後発地震注意情報が目指す社会のあり方なのです。


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