中国によるレアアース輸出停止は、世界の半導体製造に深刻な影響を与える可能性があります。中国は世界のレアアース分離能力の約90%を支配しており、ガリウム、ゲルマニウム、セリウムといった半導体製造に不可欠な素材の供給を事実上コントロールしています。2025年11月に発表された輸出管理の一時停止は2026年11月までの期限付きであり、規制が復活した場合、半導体ファブの生産停止や価格高騰といった深刻な事態が想定されています。
本記事では、中国のレアアース輸出規制がなぜ半導体製造に致命的な影響を及ぼすのか、その技術的背景から地政学的要因、各国の対応策、そして2026年以降に予測される複数のシナリオまでを詳しく解説します。半導体産業に関わるビジネスパーソンや、サプライチェーンの動向に関心を持つ方にとって、リスク評価と今後の戦略立案に役立つ情報をお届けします。

レアアース輸出規制とは何か
レアアース輸出規制とは、中国政府がレアアース(希土類元素)やその関連素材の海外への輸出を制限または禁止する措置のことです。レアアースは17種類の金属元素の総称であり、スマートフォン、電気自動車、風力発電タービン、そして半導体製造に至るまで、現代のハイテク産業を支える不可欠な素材となっています。
中国がこれらの素材に対する輸出管理を強化してきた背景には、米国による対中半導体輸出規制への報復という側面があります。米国が先端半導体製造装置の対中輸出を制限したことに対し、中国はレアアースという「上流」の素材で対抗するという構図が生まれました。この相互依存の武器化は、単なる貿易摩擦を超えて、現代のテクノロジー覇権を巡る戦略的競争の様相を呈しています。
中国のレアアース輸出規制の進化と経緯
2023年の規制開始とその戦略的意図
中国のレアアース輸出規制は、2023年7月に中国商務部がガリウムとゲルマニウムに対する輸出許可制を導入したことから本格的に始まりました。この2つの金属は、5Gインフラ、電気自動車、軍用レーダーに使用される化合物半導体に不可欠な素材です。この措置では輸出業者に対して最終需要家の特定が義務付けられ、中国政府は欧米のハイテク産業がどの程度中国産資源に依存しているかを詳細に把握することが可能になりました。
この初期段階の規制は、即時の供給途絶を意図したものではありませんでした。むしろ「いつでも蛇口を閉められる」という能力を誇示し、交渉力を高めるための戦略的な布石であったと分析されています。しかし、この体制は2023年後半から急速に厳格化していきました。
2023年末から2024年にかけての規制強化
2023年12月、中国はレアアースの抽出および分離技術の輸出を禁止しました。この措置は特に、高性能永久磁石に不可欠なジスプロシウムやテルビウムといった重希土類を標的としていました。これにより紛争の焦点は原材料の移動制限から「生産手段」の封じ込めへと移行しました。中国が持つ精錬・分離プロセスの独占的地位を次世代にわたって固定化し、西側諸国による代替サプライチェーンの構築を技術的な側面から阻害しようとする意図が明確になりました。
規制のエスカレーションは2024年後半にピークに達しました。米国が広帯域メモリチップの対中販売規制を強化したことを受け、中国は2024年12月3日、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、およびその他の超硬材料について対米輸出を原則禁止するという強硬措置を実施しました。これはもはや審査を伴う許可制ではなく、事実上の禁輸措置でした。
特に2024年8月に規制対象に加えられたアンチモンの影響は深刻でした。アンチモンは半導体分野でのドーパントやパッケージング材料としての用途に加え、弾薬や難燃剤として米国の防衛産業基盤でも使用されており、この規制は安全保障上の脅威としても認識されました。
2025年11月の一時停止措置とその本質
極度の緊張状態が続く中、2025年11月に事態は劇的な転換を迎えました。米中首脳間のハイレベル協議を経て、中国商務部は2024年12月に導入した輸出禁止措置および黒鉛に対する監視強化措置を、2026年11月までの1年間一時的に停止すると発表しました。
この「戦術的一時停止」を根本的な対立の解決と捉えることは誤りです。この措置は米国が「アフィリエイト・ルール」、すなわち制裁対象の中国企業の海外子会社に対しても輸出管理を適用するという規則の導入を延期したことへの引き換えとして行われた取引的なものでした。さらに、この一時停止は中国にとって在庫過剰に苦しむ国内生産者へのガス抜きとなり、同時に欧州やアジアの第三国に対して「責任あるステークホルダー」としての姿勢をアピールする機会を提供するという二重の利点をもたらしました。
重要なのは、この一時停止の条件が極めて脆弱であるという点です。これは自由貿易の回復ではなく、輸出許可制への回帰に過ぎません。輸出業者は依然として許可を申請する必要があり、「デュアルユース(軍民両用)」という分類も維持されています。1年という期限付きの措置は、世界の製造業者に対して「2026年11月の規制復活」という脅威を常に意識させる「ダモクレスの剣」として機能し続けています。
半導体製造における技術的脆弱性の詳細
セリアスラリーと化学機械研磨工程への影響
半導体製造における最も深刻かつ見過ごされがちな脆弱性の一つが、化学機械研磨(CMP)工程で使用される酸化セリウム(セリア)です。CMPはウェハ表面をナノメートルレベルで平坦化する工程であり、次層のリソグラフィの焦点深度を確保するために不可欠なプロセスとなっています。
セリアベースのスラリーは、酸化シリコン膜の研磨において他の研磨剤にはない独特の化学的選択性を持っています。セリアはシリコン酸化膜表面と化学的に反応することで高速な研磨レートを実現する一方、下層の窒化膜が露出した瞬間に研磨が停止する「ストップ・オン・ナイトライド」特性を有しています。この特性は、トランジスタを分離するための素子分離工程において極めて重要です。トランジスタの微細化が7nm、5nm、そして3nmへと進み、GAA(Gate-All-Around)のような3次元構造が導入されるにつれて、表面の平坦性に対する要求は指数関数的に厳しくなっており、セリアの重要性は増す一方です。
問題は、半導体グレードの高純度セリアの供給が中国に極端に偏っていることです。セリウム自体はレアアースの中で最も豊富に存在しますが、ナノサイズの粒子径分布を厳密に制御し、スクラッチの原因となる粗大粒子を排除する高度な精錬・加工能力は中国企業が圧倒的なシェアを握っています。セリアの供給が途絶えれば、単なるコスト増では済まされず、最先端ロジックやメモリチップの生産ラインが物理的に停止することになります。
High-k誘電体とランタンの役割
トランジスタのゲート絶縁膜として使用されるHigh-k(高誘電率)材料も、レアアースに依存しています。微細化に伴うリーク電流を防ぐために酸化シリコンに代わって導入された酸化ハフニウムが標準的な材料となっていますが、閾値電圧の調整やデバイス性能の向上のためにランタンがドーピングされます。特にNMOSロジックデバイスにおいて、仕事関数を制御するために酸化ランタンのキャッピング層が不可欠です。
これらの層を形成するための原子層堆積(ALD)プロセスでは、極めて高純度のレアアース前駆体が必要とされます。わずかな不純物の混入や供給の不安定化は、世界最先端のプロセッサを製造するファブにおいて壊滅的な歩留まり低下を引き起こす可能性があります。
ガリウムとゲルマニウムによるパワーエレクトロニクスへの影響
ガリウムとゲルマニウムに対する規制は、いわゆる「モア・ザン・ムーア」の領域、すなわちパワーエレクトロニクス、無線周波数通信、およびセンシング技術を標的としています。
ガリウムは、窒化ガリウム(GaN)およびヒ化ガリウム(GaAs)という化合物半導体の生命線です。GaNはシリコンよりも高い電圧とスイッチング周波数を効率的に扱えるため、データセンターの電源ユニットや電気自動車のオンボードチャージャー、急速充電器などで革命的な変化をもたらしています。またGaAsはスマートフォンのパワーアンプに広く採用されており、5GやWi-Fi接続を支える基盤技術です。中国は世界の一次ガリウム生産の約98%を占めており、ウェハ製造に必要な高純度精製ガリウムにおいても圧倒的なシェアを握っています。
2023年から2024年にかけての規制強化の影響は即座に現れました。規制導入直後の数ヶ月間、中国からの未加工ガリウムの輸出はほぼゼロにまで落ち込みました。企業による事前の在庫積み増しが一時的な緩衝材となりましたが、中国外でのスポット価格は急騰しました。2026年以降に全面的な禁輸措置が再発動されれば、業界はリサイクル材や中国外での極めて限られた一次生産に頼らざるを得なくなります。これは5Gインフラの展開やEV充電ネットワークの構築を物理的に阻害する深刻なボトルネックとなる見込みです。
ゲルマニウムの使用量はガリウムに比べて少ないものの、特定の高付加価値用途においては代替が不可能です。人工衛星用の多接合太陽電池の基板や、軍事システムにおける赤外線光学レンズのコア材料として使用されています。商業半導体の分野では、シリコンゲルマニウム合金がレーダーや光通信用の高速ミックスドシグナル回路に使用されています。ゲルマニウムへの規制は、西側の航空宇宙・防衛能力に対する直接的な影響であると同時に、データセンターのインターコネクト高速化を目指すシリコンフォトニクス市場にも打撃を与えています。
アンチモンとバックエンドプロセスの脆弱性
2024年8月のアンチモン規制は、半導体プロセスのバックエンド、すなわちパッケージングと組立工程における脆弱性を露呈させました。アンチモンは完成したチップを封止するエポキシ封止材の重要な成分です。三酸化アンチモンはハロゲン系難燃剤との相乗効果により、プラスチックパッケージが厳格な国際的な難燃性基準を満たすことを保証します。
業界ではハロゲンフリー、アンチモンフリーの「グリーン」封止材への移行が進んでいますが、レガシー半導体や産業用半導体の大部分は依然としてアンチモンを含む既存の組成に依存しています。さらにアンチモンはn型シリコンウェハを作成するためのドーパントや、ディスクリートダイオードの製造にも使用されます。
突然の規制導入により、国際的なアンチモン価格は2,600%を超える高騰を見せました。半導体産業にとって、パッケージング材料の不足はウェハの不足と同様に致命的です。パッケージングができなければチップを出荷することはできません。これは中国が「ローテク」に見える材料をコントロールすることで、「ハイテク」製品の供給全体を麻痺させることができるという事実を示しています。
中国によるレアアース支配の構造
採掘から精錬までのバリューチェーン支配
中国の優位性は地質学的な偶然によるものではなく、鉱山から金属、そして磁石に至るバリューチェーン全体を戦略的に支配することに焦点を当てた数十年にわたる産業政策の結果です。
一般的な誤解として、中国が支配しているのは「生の鉱石」だけだと思われがちですが、中国の真の支配力は加工と精錬の段階にあります。中国は世界のレアアース分離能力の約90%を支配しています。17種類の異なるレアアース元素を互いに分離するには、複雑な溶媒抽出プロセスが必要であり、これは化学的に困難でエネルギー集約的であり、歴史的に環境負荷が高い工程です。
この支配は酸化物を金属や合金に転換する工程にも及んでいます。電気自動車のモーターや半導体製造装置のアクチュエータに不可欠な希土類永久磁石の生産において、中国は世界シェアの90%以上を占めています。米国のMPマテリアルズやオーストラリアのライナス・レアアースなどが採掘量を増やしたとしても、その精鉱の多くは歴史的に中国へ送られ、そこで分離・精製されてきました。
2023年12月の抽出・分離技術の輸出禁止措置は、西側諸国がこの加工インフラを容易に複製できないようにするための戦略的な一手でした。溶媒抽出のノウハウ移転を阻止することで、中国は米国、欧州、東南アジアにおける新規精錬所建設の技術的ハードルを劇的に引き上げました。
輸出管理メカニズムと域外適用の脅威
中国が採用している規制メカニズムは非常に洗練されています。商務部は「デュアルユース」リストを活用し、国家安全保障に関連する品目の輸出に許可を義務付けています。これにより北京は「輸出を禁止しているわけではなく、安全保障上のコンプライアンス審査を行っているだけだ」という主張が可能になります。
2025年10月に導入され現在は一時停止中となっている「外国直接製品規則」型の管轄権拡大は、この権限を大幅に強化するものです。これは中国原産のレアアースを含む、あるいは中国の技術を使用して製造された外国製製品に対しても管轄権を主張するものです。2026年11月にこの規則が完全に施行されれば、理論上北京は中国製磁石を含むドイツ製EVの米国顧客への販売を阻止することが可能になります。これは米国が米国製ツールで製造されたチップの対中輸出を規制していることの鏡像です。この域外適用はグローバルサプライチェーンにコンプライアンス上の複雑な課題を作り出し、企業に対しサプライチェーンの深層にある微量物質の原産地追跡を強いることになります。
各国の多様化戦略と対応策
日本のJOGMECモデルと戦略的自律性
日本は2010年の尖閣諸島沖衝突事件に端を発する中国のレアアース禁輸措置を経験しており、レジリエンス構築において最も成熟した対応策を実施しています。独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、海外の鉱山プロジェクトのリスクを低減するための国家支援投資家として機能しています。
JOGMECは世界中のプロジェクトに資本参加することで、日本の供給源を積極的に多様化しています。ナミビアのロフダル重希土類プロジェクトには多額の投資を行い、中国の支配下にはないジスプロシウムとテルビウムの確保を目指しています。JOGMECはこのプロジェクトの権益の40%を取得しており、さらに50%まで引き上げるオプションを持っています。これは軽希土類中心の他のプロジェクトとは異なり、防衛・先端技術に不可欠な重希土類に特化している点で極めて戦略的です。
オーストラリアに対しては、中国以外で唯一の大規模な分離レアアース生産者であるライナス・レアアースへの継続的な支援を行っています。JOGMECは双日との合弁を通じてライナスに融資と出資を提供し、マレーシアおよび米国での重希土類分離能力の拡張を後押ししています。2025年にはオーストラリア国内でのガリウム生産に向けた共同調査への出資も決定し、サプライチェーンの穴を埋める動きを加速させています。
ベトナムでは、膨大な埋蔵量を持ちながら技術的・管理的課題により停滞していたドンパオ鉱山の開発再開に向けた動きがあります。ベトナム政府の2024年鉱物地質法改正や、オーストラリア・米国との提携強化を受け、JOGMECを含む日本企業連合が技術支援やオフテイク契約を通じて関与を深めています。
日本はさらに使用済み電子機器からレアアースを回収する「都市鉱山」技術において世界をリードしています。日立製作所や日産自動車、早稲田大学などが開発した技術は、EVモーターから磁石を回収し、エネルギー集約的な製錬工程を経ずに高純度のレアアース化合物を再生することを可能にしています。日立ビルシステムは2025年12月、エレベーター更新時に発生する磁石の回収スキームを本格稼働させ、循環型国内供給ループの構築を進めました。
日本の戦略には多額の財政的裏付けもあります。経済産業省は2025年度および2026年度予算において、重要鉱物の確保に向けた数千億円規模の予算を計上しており、資源安全保障を国家の経済的安定と明確にリンクさせています。具体的には次世代半導体の量産支援や、重要物資の供給確保のための基金積み増しが含まれています。
オーストラリアの代替供給源としての台頭
オーストラリアは採掘された重要鉱物の主要な代替供給源としての地位を確立しつつあります。ライナス・レアアースは世界最高品位の鉱床の一つであるマウント・ウェルド鉱山を操業しています。重要なのはライナスが加工の足跡を拡大している点です。カルグーリーでの加工施設建設や、米国テキサス州での重希土類分離施設の計画は、加工ギャップを埋めるための重要なステップです。
オーストラリアン・ストラテジック・マテリアルズ(ASM)は、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、およびレアアースを含むダボプロジェクトを開発しています。ASMは「マイン・トゥ・メタル」戦略を掲げ、韓国に金属工場を設立して酸化物を合金に加工し、中国を回避して直接磁石産業に供給する体制を構築しています。2025年7月にはヒープリーチング技術の導入によりダボプロジェクトの初期投資コストを大幅に削減するスコーピングスタディを発表し、経済性の向上を図りました。しかしダボの資金調達は依然として課題であり、中国の補助金を受けた既存企業と競争しなければならないグリーンフィールド・プロジェクトへの資金供給に市場が苦戦している現実があります。
米国とEUの産業政策の転換
米国は国防生産法を活用して国内能力への資金提供を行っています。これにはMPマテリアルズのマウンテンパス施設をアップグレードし、精鉱の生産から酸化物の分離、そして最終的には磁石の製造へと移行させるための多額の助成金が含まれます。米国はまた「鉱物安全保障パートナーシップ」や日本・オーストラリアとの二国間協定を活用して、備蓄と投資の調整を図っています。2026年1月の大統領令では、加工済み重要鉱物の輸入に関する調整と同盟国との協力強化が打ち出されました。
EUの重要原材料法は、2030年までに域内採掘10%、加工40%、リサイクル25%という野心的な目標を設定しています。EUはエストニアやフランスでのレアアース加工など戦略的プロジェクトを指定していますが、厳格な環境許認可や地域住民の反対により、これらのプロジェクトが稼働するまでのタイムラインには遅れが生じています。
2026年以降に想定される将来シナリオ
シナリオ1:規制の急激な復活(スナップバック)
現在の軌跡と2025年11月の休戦協定の脆弱性を踏まえると、最も可能性が高いと考えられるシナリオが規制の急激な復活です。2026年11月に1年間の休戦が期限切れとなり、広範な外交的解決に至らない場合、あるいは台湾や南シナ海を巡る地政学的緊張が再燃した場合にこのシナリオが現実化する可能性があります。
この場合、中国はガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、および重希土類の対米輸出禁止を再導入し厳格に施行することが予想されます。ガリウムとゲルマニウムの価格は2025年の高値からさらに2倍から3倍へと跳ね上がり、過去の規制サイクルで見られた100%以上の価格上昇を再現する見込みです。
米国の防衛請負業者や半導体ファブは即座に不足に直面します。国防兵站局や民間企業が保有する戦略的備蓄が6ヶ月から12ヶ月間は衝撃を緩和するかもしれませんが、精製されたセリアやガリウムの不足は最終的にレガシーノードの減産を余儀なくさせ、CHIPS法で資金提供された新しい国内ファブの立ち上げを遅らせることになります。F-35戦闘機、ミサイル、レーダーシステムの生産は、これらのプラットフォームがレアアース磁石や特殊センサーを多用しているため深刻な影響を受ける見込みです。
シナリオ2:技術スタックの分岐(バイフルケーション)
西側諸国による持続的な「デリスキング」政策と中国による「双循環」戦略が、2つの異なるサプライチェーンの構築へとつながるシナリオです。防衛や先端ロジックなどの重要用途向けには、コストは大幅に高いが安全性が確保された「チャイナ・フリー」のサプライチェーンが出現し、民生用電子機器や下位の産業製品向けには「中国依存」のチェーンが残存することになります。
「チャイナ・フリー」チェーンは、西側の採掘・精錬における高い環境・労働コストのため、構造的に20%から30%高いコストプレミアムで運用されることになります。半導体企業は自社のチップに中国由来の規制鉱物が含まれていないことを西側政府に証明するため、厳格な「管理の連鎖」追跡システムを導入する必要があり、管理コストが増大します。軽希土類の西側能力は安定する可能性がありますが、重希土類やガリウムは依然としてボトルネックであり続け、非中国製のEVや電子機器の性能向上を制限する要因となります。
シナリオ3:代替技術のブレイクスルー
価格高騰と希少性が代替材料への攻撃的なR&Dを促進し、業界がイノベーションによって依存状態を脱却するシナリオです。短期的には可能性が低いものの、長期的には実現性が高いと考えられています。
EVメーカーが巻線界磁型同期モーターやフェライトベースの永久磁石の採用を加速させ、ネオジムやジスプロシウムの需要を大幅に削減することが期待されています。スクラップから高純度のガリウムやゲルマニウムを高歩留まりで回収するリサイクル技術の実用化も進む見込みです。チップアーキテクチャが進化し、希少なドーパントの使用を最小限に抑えるか代替の誘電体材料に切り替えることも視野に入りますが、これは物理法則に制約されるため緩慢なプロセスとなります。
半導体産業への戦略的提言
2025年11月の輸出管理一時停止は、世界の半導体産業に「猶予」を与えましたが「解決策」を与えたわけではありません。西側諸国がデジタル時代の構成要素を精製するために中国に依存しているという構造的現実は変わっていません。多様化の努力は進行中ですが、新しい精錬所を建設し新素材を認定するためのタイムラインは5年から10年かかるのに対し、地政学的摩擦のタイムラインは数ヶ月単位で変化します。
半導体メーカーにとって、現在から2026年11月までの期間は在庫を積み増し、非中国のサプライヤーを認定し、リサイクル能力に投資するための極めて重要な機会です。将来のサプライチェーンは効率性やコストだけでなく、ウェハ内のすべての原子の「地政学的来歴」によって定義されることになるでしょう。
日本企業、特に半導体材料やデバイスメーカーは、JOGMECなどの公的支援を活用しつつ、リサイクル技術の実装やサプライチェーンの可視化を一層進める必要があります。調達先の多角化だけでなく、アンチモンやガリウムを使用しない次世代パッケージング技術やパワーデバイス設計へのR&D投資を加速させることが、長期的な事業継続の鍵となります。

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