国産LNG船とは?建造復活の理由と背景を徹底解説

社会

国産LNG船とは、日本国内の造船所で建造される液化天然ガス運搬船のことです。天然ガスをマイナス162度の極低温で液化し、体積を約600分の1に圧縮して大量輸送するこの特殊船舶は、日本のエネルギー供給を支える生命線となっています。日本国内で消費される天然ガスの約98%はLNG船による海上輸送で輸入されており、この船舶なしには日本のエネルギー供給は成り立ちません。しかし2019年以降、国内での大型LNG船の新造実績は完全に途絶えており、日本の造船業は深刻な建造空白期間に直面しました。かつて1990年代から2000年代前半にかけて世界シェア35%以上を誇った日本の造船産業が、なぜ建造能力を失い、いま再び復活を目指しているのか。本記事では、国産LNG船の技術的特徴から建造衰退の理由、復活に向けた国家戦略の背景まで詳しく解説します。

  1. 国産LNG船とは何か:極低温技術が生んだ特殊船舶の全貌
    1. LNG船のカーゴタンク技術に見る二つの系譜
    2. 推進システムの革新と二元燃料エンジンへの移行
  2. 国産LNG船の建造が途絶えた理由と構造的背景
    1. 中韓造船企業との熾烈な価格競争による受注喪失
    2. サプライチェーンの崩壊が招いた技術断絶の危機
    3. 深刻な労働力不足と熟練技能者の高齢化
  3. 国産LNG船が復活を求められる地政学的背景
    1. ウクライナ侵攻が露呈させたエネルギー安全保障の脆弱性
    2. 米国産LNGシフトが突きつける輸送力不足という深刻な問題
  4. 脱炭素化が後押しする国産LNG船建造復活の追い風
    1. 大手海運各社によるLNG燃料船への大規模な船隊更新
    2. 荷主・船社・造船所の三位一体エコシステムの構築
  5. 国産LNG船復活に向けた国家戦略と政策の全貌
    1. 経済安全保障推進法による「船体」の特定重要物資指定
    2. 日米造船協力とAIロボットが起こす生産性革命
  6. 国内造船企業の技術革新が切り拓く国産LNG船の新たな競争力
    1. 三菱造船の燃料ガス供給システム(FGSS)が示す日本の実力
    2. 高圧FGSSの実績が証明する技術的優位性
  7. 国産LNG船の完全復活に残された課題と今後の展望
    1. コスト負担をめぐる社会的合意形成という最大の壁
    2. 次世代人材の確保と造船業の産業イメージ刷新
    3. 不確実性の時代を切り拓く国産LNG船復活の意義

国産LNG船とは何か:極低温技術が生んだ特殊船舶の全貌

国産LNG船とは、日本が誇る高度な造船技術によって建造される、液化天然ガス専用の海上輸送船舶です。採掘された天然ガスをマイナス162度という極低温環境下で冷却・液化し、体積を気体時の約600分の1にまで圧縮した状態で、大量かつ安全に海上輸送する役割を担っています。この極端な熱力学的条件を数週間にわたる大洋横断航海中に常に維持し続けるためには、外部からの熱侵入を極限まで遮断する高度な断熱性能を持つカーゴタンク構造が不可欠です。さらに、船の動揺に伴ってタンク内の極低温液体が激しく流動し内壁に衝撃を与える「スロッシング現象」に耐えうる、極めて堅牢な船体設計も求められます。

LNG船のカーゴタンク技術に見る二つの系譜

LNG船のカーゴタンク技術には、歴史的に二つの主要な技術的系譜が存在してきました。一つは「モス型」と呼ばれる方式で、アルミニウム合金やステンレス鋼で製造された巨大な球形の独立タンクを船体に搭載する構造です。この方式はタンク自体が独立した圧力容器として機能するため、スロッシングに対する耐性が極めて高く、安全性と堅牢性に優れています。日本の造船業は長らくこのモス型の建造技術において世界をリードし、数多くの名船を世に送り出してきました。

もう一つの技術系譜が「メンブレン型」です。船体の貨物艙の内壁に直接、インバー材やステンレス鋼などの薄い金属膜を貼り付け、その周囲を分厚い断熱材で覆う構造となっています。船体容積に対する積載効率の高さや、甲板上の突起物が少ないことによる空気抵抗の低減、さらにはパナマ運河の拡張に伴う船型大型化への適合性などから、メンブレン型が世界的な主流へと躍り出るパラダイムシフトが発生しました。この決定的な技術的・市場的転換点において、韓国の造船所がフランスのエンジニアリング会社からの技術ライセンス供与をテコに、メンブレン型LNG船の量産化技術にいち早く大規模な資本を投下して成功を収め、市場の覇権を握る結果となったのです。

推進システムの革新と二元燃料エンジンへの移行

さらに近年では、LNG船の推進システムにおいても劇的な技術革新が進行しています。従来のLNG船はカーゴタンクから自然に気化するボイルオフガスをボイラーで燃焼させ、蒸気タービンを回して推進力を得る方式が主流でした。しかし現在では、熱効率に優れ環境負荷の低い、ガスと重油の両方を燃料としてシームレスに使用できる「二元燃料(DF)エンジン」への移行が決定的なトレンドとなっています。この推進システムの高度化と複雑化に伴い、後述する燃料ガス供給システムのような複雑なプラントを船内の限られたスペースに安全かつ効率的に統合するエンジニアリング能力が、造船所の新たな競争力の源泉として浮上しているのです。

国産LNG船の建造が途絶えた理由と構造的背景

日本国内における大型LNG船の建造が2019年を最後に完全に途絶えた背景には、単なる企業努力の不足では説明できない複合的な構造的要因が深く絡み合っています。かつて世界市場を席巻した日本の造船産業は、その後の国際競争環境の激変によって急速に競争力を喪失していきました。

中韓造船企業との熾烈な価格競争による受注喪失

建造途絶の第一の要因は、韓国および中国の造船企業との間で繰り広げられた熾烈な価格競争と採算性の悪化です。LNG船は一隻あたりの建造費が数百億円規模にのぼる巨大な投資案件であり、中韓の造船所は広大な建造ドックによる規模の経済を最大限に活かしました。さらに国家的な金融機関からの手厚い融資保証や前受金返還保証といった公的支援を背景とした戦略的な低価格提示によって、世界の船主からの発注を次々と獲得していったのです。日本の造船所は品質や燃費性能の高さで対抗を試みましたが、新興国勢の圧倒的なコスト競争力と建造キャパシティの前に受注を確保することが困難となりました。仮に受注できたとしても利益率が著しく圧迫されるというジレンマに陥り、2025年10月の段階で日本の世界シェアは過去最低水準である10%強にまで落ち込んでいます。

サプライチェーンの崩壊が招いた技術断絶の危機

第二の要因は、新造受注の長期空白がもたらした国内サプライチェーンの深刻な崩壊です。造船産業、特にLNG船のような高付加価値船舶の建造は造船所単体で完結するものではありません。極低温に耐えうる特殊バルブや巨大な配管網、高度な断熱材、そしてそれらを船内に組み込むための特殊な防熱施工技術などを担う無数の中小メーカーや素材産業が、広範な裾野を形成する総合組立産業なのです。2019年以降の新造実績ゼロという事態はこれら関連産業への継続的な発注を消滅させ、受注不足と利益率の低下に耐えかねた一部の造船・舶用関連企業は事業の方向転換や部門の縮小・閉鎖を余儀なくされました。一度失われた特殊技術や熟練のノウハウ、サプライチェーンのネットワークを再構築するにはゼロからの立ち上げ以上の膨大な時間と資本が必要であり、これが建造再開の高い参入障壁として立ち塞がっています。

深刻な労働力不足と熟練技能者の高齢化

第三の要因は、日本社会全体の構造的課題である人口減少に起因する労働力不足と、熟練技能者の急速な高齢化です。屋外での重量物運搬や高所作業、狭隘空間での作業を伴う過酷な労働環境にあり、一人前になるまでに長年の修行を要する造船業における人手不足は危機的水準に達しています。船舶の建造は自動車のような規格化された大量生産ラインに乗せることが極めて困難な「一品もの」の性質が強く、長年「匠の技」と呼ばれる職人の直感や経験、暗黙知に大きく依存してきました。この「匠」たちの引退時期が迫る中で技術伝承のサイクルが断ち切られつつあり、建造能力を物理的・人的に制約する最大のボトルネックとなっているのです。

国産LNG船が復活を求められる地政学的背景

かつては「安価な中韓の造船所から市場価格で調達すればよい」という国際分業の経済合理性が支配的でした。しかし現在、国産LNG船の建造能力復活が国家的急務として位置づけられている背景には、国際情勢の劇的な変化に伴う明確な理由が存在します。

ウクライナ侵攻が露呈させたエネルギー安全保障の脆弱性

国産回帰への最大の推進力となったのは、地政学リスクの急激な高まりです。ロシアによるウクライナ侵攻以降、世界のエネルギー供給パラダイムは根本から覆されました。欧州各国がロシア産パイプラインガスからの脱却を急いだ結果、世界のLNG市場はかつてないほどの争奪戦の様相を呈しています。日本においても、伝統的な中東地域やロシアへのエネルギー依存リスクを軽減するため、同盟国である米国産LNGの調達比率を積極的に増加させる動きが顕著になりました。将来的に米国産LNGが日本の天然ガス輸入量全体の2割に達する可能性があると予測されています。

米国産LNGシフトが突きつける輸送力不足という深刻な問題

米国産LNGへのシフトは、海上輸送の観点から極めて重大な課題を突きつけます。北米大陸からのLNG輸入はパナマ運河を経由するか、運河の渇水リスクを考慮して喜望峰やマゼラン海峡を迂回するルートをとることになります。これは従来のオーストラリアや東南アジア、中東からの航路と比較して輸送距離が飛躍的に延伸することを意味します。輸送航路が長距離化すればLNG船一隻あたりが1年間にこなせる航海回数は必然的に低下し、同じ量のLNGを安定供給し続けるにはより多くのLNG船を確保して輸送キャパシティを純増させなければなりません。

2024年時点のデータでは、日本の船主が必要とするLNG船等の年間建造能力の需要が約1800万トンに達しているのに対し、日本国内の造船所の年間生産能力は約900万トンにとどまっており、需要の半分しか満たせない深刻な供給力不足の状態にあります。海外の造船所に頼ろうにも、韓国および中国の主要造船所はカタールの巨大LNGプロジェクトや欧州向けの大規模オーダーによって建造枠が数年先まで完全に埋まっている状態です。輸送力に限りがある中で需要が逼迫すれば、船舶のチャーター料や輸送コストは劇的に跳ね上がります。この輸送コストの増大は最終的に電力会社やガス会社の調達コストを直撃し、電気料金やガス料金のさらなる高騰という形で国民生活を圧迫する結果となります。エネルギー安全保障の観点から、自律的な造船能力を国内に確保・維持することが国家の生存戦略として不可避の選択となっているのです。

脱炭素化が後押しする国産LNG船建造復活の追い風

国産LNG船復活を後押しする第二の強力な理由は、気候変動対策に伴う海運業界全体の歴史的なパラダイムシフトです。国際海事機関(IMO)の主導する国際的枠組みのもと、日本は2050年までに国際海運からの温室効果ガス排出を全体としてゼロにするという野心的な目標を掲げています。

大手海運各社によるLNG燃料船への大規模な船隊更新

この世界的な脱炭素化の潮流は、既存の重油専焼エンジンを搭載した旧来型船隊を環境負荷の低い代替燃料船へと急速にリプレースする機運を生み出しています。最終的なゼロエミッション船の技術開発が完了するまでの移行期間において、LNGを燃料として使用する船舶の導入が最も現実的かつ即効性のある解決策として位置づけられています。LNGは従来の船舶用重油と比較して、燃焼時のCO2排出量を約25〜30%削減できます。窒素酸化物については最大85%の削減が可能であり、硫黄酸化物や粒子状物質に至ってはほぼ100%削減できるという優れた環境特性を持っています。

日本郵船は2021年6月に、最大7000台の自動車を積載可能な超大型LNG燃料自動車運搬船を12隻連続で建造するという数千億円規模の大規模投資計画を発表しました。さらにJFEスチールなどの大手荷主も、サプライチェーン全体の脱炭素化を推進するため、日本郵船、川崎汽船、商船三井といった三大海運会社とLNG燃料バルカーの長期連続航海用船契約を相次いで締結しています。これに伴い、ジャパンマリンユナイテッド(JMU)や今治造船、これら2社が共同出資して設立した日本シップヤード(NSY)、そして新来島どっくといった国内の主要造船所に対してLNG燃料船の新規オーダーが急増しました。

荷主・船社・造船所の三位一体エコシステムの構築

特筆すべきは、日本シップヤード(NSY)が主導して開発したLNG燃料21万重量トン型ケープサイズバルカーの連続建造プロジェクトに見られる画期的なビジネスモデルです。JFEスチールという巨大荷主がサプライチェーンの脱炭素化を目指して海運大手3社それぞれと長期の連続航海用船契約を結び、その安定した契約を強固な担保としてJMUや今治造船の国内ドックで連続建造が行われるという仕組みが構築されました。

貨物を出す荷主、船を運航する船社、そして船を造る造船所という三者が完全に一体となった強固で持続可能なエコシステムが機能し始めています。これはかつてのような市況の波に翻弄される単発的なスポット発注とは根本的に異なるものです。造船所に対して中長期的な操業の安定をもたらし、同じ設計の船を連続して造ることで学習効果による効率化と、部材の大量発注によるコストダウンの機会を提供する極めて重要なスキームとなっています。自動車運搬船の分野においてもNSYや新来島どっくが大手船社から多数のLNG燃料船の連続受注を確保しており、これらの建造経験を通じて極低温タンクの取り扱いやガス配管設備の艤装ノウハウが日本の造船所に再び蓄積されつつあります。これらの実績と技術的蓄積こそが、最終目標である大型LNG専用運搬船の国内建造再開に向けた確かな技術的土台となるのです。

国産LNG船復活に向けた国家戦略と政策の全貌

市場の論理のみでは回復不可能な水準にまで追い詰められた造船・海事産業を再建するため、日本政府はかつての不干渉主義から脱却し、強力な国家介入へと舵を切りました。その政策的アプローチの中核を成すのが、経済安全保障推進法に基づく施策と「造船業再生ロードマップ」の実行です。

経済安全保障推進法による「船体」の特定重要物資指定

2024年、日本政府は経済安全保障推進法に基づき「船体」を国家の生存と国民生活の安定に不可欠な「特定重要物資」として正式に指定する閣議決定を行いました。これは造船業が最先端の半導体や重要鉱物、蓄電池などと同等レベルの、国家の安全保障を左右する戦略物資であることを法的に位置づけた画期的な転換点です。この指定に伴い、政府は10年間にわたる長期的な支援基金を創設し、「海事産業群の競争力強化・生産性向上」のために1,204.9億円という巨額の国家予算を計上しました。この資金は造船所の生産施設・設備整備への直接的な資本補助や、次世代船舶建造技術の研究開発・実証実験に集中的に投入されています。

国土交通省が主導する「ゼロエミッション船等の建造促進事業」を通じても多額の設備投資支援が展開されています。この事業の目的は、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて不可欠なアンモニアや水素、そしてトランジションとしてのLNG等を使用する次世代船舶の供給基盤を構築することにあります。支援対象は船殻製造設備にとどまらず、新燃料対応エンジンや極低温燃料タンク、燃料供給システムの生産設備、さらには艤装用の専用インフラにまで及んでいます。令和6年度には総額約1,380億円を超える大規模な生産設備投資が承認・進行しており、2030年に向けて次世代船舶市場における世界トップシェアの奪還を目指す官民一体の動きが加速しています。

この支援の網は完成船を建造する大手造船所だけでなく、サプライチェーンの深部にも張り巡らされています。舶用機関やクランクシャフト、航海用具、推進器といった高い技術力を要する舶用機器の国内生産基盤を強化し、安定生産体制を構築するための支援にも手が差し伸べられているのです。サプライチェーンの一部でも海外に依存すれば有事の際に船全体の建造が止まるという経済安全保障上のリスクを自覚した網羅的な対策といえます。

日米造船協力とAIロボットが起こす生産性革命

日本国内の深刻な労働力不足を克服するための最大の切り札として位置づけられているのが、日米両国の国家間協力に基づく「次世代型造船ロボット」の開発と社会実装です。米国もまた過去数十年にわたり商業造船産業の衰退を市場原理に任せた結果、国内の造船能力が極端に低下し、海軍艦艇や沿岸警備隊の公船の維持すらスケジュール通りに進まないという深刻な危機に直面しています。中国の巨大な造船能力に対する日米共通の強烈な危機感が「日米造船協力協定」という異例の枠組みの締結へとつながりました。

この協力協定の中核を担うのが、先進的な建造技術の共同開発・実装です。船舶は一隻ごとに設計仕様が異なる「一品もの」の性質が強いため、複雑な三次曲面を持つ鋼板の「撓鉄(ぎょうてつ)」と呼ばれる高度な曲げ加工や、狭隘空間での溶接、複雑形状部への塗装といった工程は、従来は熟練技能者の「匠の技」に全面的に依存してきました。

現在開発が進められているAI曲げ加工ロボットは、過去の熟練技能者の施工データや金属の熱変形データをAIに解析させ、バーナーの正確な位置や移動速度、加熱時間、冷却タイミングなどの最適な加熱方案を自動生成するアルゴリズムを搭載しています。属人的で習得に十年以上かかるとされた匠の技を機械に代替させ、均一な品質での加工を可能にするものです。AI溶接ロボットは搭載されたレーザーセンサーで周囲の立体的な状況と溶接線のズレをリアルタイムで認識し、AIが自律的に最適なトーチ角度や溶接軌道を判断・補正しながら作業を実行します。AI塗装・下地処理ロボットはセンサー情報からAIが自己位置を推定し、施工部位の材質や環境条件に応じた適切な塗装作業を自律的に判断・実行する機能を備えています。

日本および米国の造船所において総計1,000体以上というかつてない規模のAIロボット導入が予定されており、少ない人員でも高品質な船舶を安定的に供給できる体制の構築が目指されています。この枠組みには両国の造船人材育成プログラムの強化や、米国海事産業基盤への日本企業からの投資促進、市場における中長期的な需要の明確化といった包括的なアプローチが含まれています。

国内造船企業の技術革新が切り拓く国産LNG船の新たな競争力

政府の強力な後押しと並行して、民間の造船企業群も次世代のエネルギー輸送を見据えた技術開発と設備投資を加速させています。注目すべきは、日本の造船所が単なる船体製造の事業者から、LNGを「運ぶ」技術と「使う」技術を高度に統合した「海洋システムインテグレーター」へと進化しつつある点です。

三菱造船の燃料ガス供給システム(FGSS)が示す日本の実力

三菱重工グループの三菱造船は、長年のLNG運搬船建造で培った極低温流体のハンドリングやスロッシング解析、断熱設計の深い知見を活かし、革新的な「LNG燃料ガス供給システム(FGSS)」の開発と市場投入に成功しました。今治造船が建造するLNG燃料バルクキャリア2隻向けにFGSSおよびLNG燃料タンクを追加受注し、2025年夏から順次造船所へ納入する計画を発表しています。

三菱造船製FGSSの最大の技術的特長は、造船設計の知見を活かした徹底的な「モジュール設計」の採用にあります。LNGを気化させる蒸発器やガス加熱器、コンプレッサーなど、通常は機関室内にバラバラに配置される多数の関連機器群を、あらかじめ工場で一つのコンパクトなユニットとして高度に統合・組み立てておく仕組みです。これにより船内の限られた機関室スペースへの搭載を可能にする圧倒的な省スペース化が実現し、貨物を積載するカーゴスペースを最大限に確保できます。同時に造船所側の配管工事や据付の手間を劇的に削減し、全体の建造工程の短縮とコスト削減にも直結しています。各機器へのアクセスが最適化された配置となっているため、就航後のメンテナンス性にも優れているという実用上のメリットがあります。

高圧FGSSの実績が証明する技術的優位性

このシステムは舶用高圧式二元燃料エンジンに対応した「高圧方式」を標準採用しており、約30MPaGという極めて高い圧力でガスを安定供給します。エンジンの燃焼効率の極大化とメタンリップの抑制に大きく寄与するこの高圧FGSSは、すでに最新鋭のLNG燃料自動車運搬船「SWEET PEA LEADER」(2023年10月竣工)や「DAISY LEADER」(2024年3月竣工)に搭載されました。厳しい外洋での運航実績を通じて高い安全性と信頼性が業界内で証明されています。

カーゴタンクの設計・供給においても、三菱造船はIMOタイプCの独立型タンクを直接提供できる体制を整えています。スロッシング解析や伝熱解析などの高度なエンジニアリング能力に基づく品質管理は、新興国の造船所が容易に模倣できない確固たる優位性です。顧客の要望に応じてカスタマイズ可能な独自の制御装置をシステムに組み合わせることで、複雑で危険を伴うガスハンドリング作業を少人数の乗組員でも安全に行える操作環境を提供しています。

日本の造船会社が中韓の安価な船体大量建造競争から一歩引き、脱炭素化に向けた高度なシステムパッケージを提供する「海洋システムインテグレーター」としての役割を強化している点は、高コスト構造に悩む日本の造船業が生き残りをかけて見出した極めて重要な戦略的潮流といえます。

国産LNG船の完全復活に残された課題と今後の展望

国産LNG船復活に向けて地政学的な追い風、法制度の整備、巨額の資金投下、そして技術的ブレイクスルーといったあらゆる面からの支援体制が整いつつある一方で、現実的な課題も山積しています。

コスト負担をめぐる社会的合意形成という最大の壁

最大の障壁は「コスト負担の所在」という根深い問題です。AIロボットを導入して生産性を向上させたとしても、日本国内で厳しい品質管理のもとLNG船を建造した場合、国策として安値受注を続ける中韓の造船所と比較して船価は数十億円単位で高額になることが予想されます。世界的なインフレの進行やサプライチェーンの混乱による厚鋼板などの原材料価格の高騰も、船価上昇の圧力をさらに強めています。

船主にとって他国より高額な船価での発注は投下資本利益率の悪化に直結するため、純粋な経済合理性だけでは決断が困難です。一方で造船所側も高騰するコストを船価に適切に転嫁できなければ「採算割れ」に陥るリスクを抱えています。自国で建造することによる「安全保障上のプレミアム」を最終的に誰が負担するのかという問いは、国家全体を巻き込んだ社会的合意形成を必要としています。より高額な国内建造費を電力会社やガス会社が許容し、電気代やガス代への価格転嫁として国民が受け入れるのか。あるいは政府による造船所へのさらなる補助金や船主への減税措置で国庫が吸収するのか。LNG船が国家の生命線である以上、市場経済の価格競争を超えた戦略的なコスト分担の枠組みづくりが不可避の課題となっています。

次世代人材の確保と造船業の産業イメージ刷新

AI造船ロボットの導入が進むとはいえ、ロボットへの高度なプログラミングや現場マネジメント、AIが生成したデータの評価・修正を担うエンジニアリング人材の育成と確保は急務です。「きつい・汚い・危険」という造船業の従来のイメージを根本から刷新し、ソフトウェアとハードウェアの両面を理解できる優秀なIT人材やエンジニアを海事産業に惹きつけるための、魅力的なキャリアパスの提示と労働環境の劇的な改善が求められています。

不確実性の時代を切り拓く国産LNG船復活の意義

国産LNG船の歴史は、世界をリードした栄光から国際競争での敗退、そして現在進行形の再生への挑戦という劇的な軌跡を描いています。1990年代に確立された圧倒的な技術的優位性はコスト至上主義のグローバル経済の中で失われ、2019年以降の新造実績ゼロという危機的状況を招きました。しかしウクライナ侵攻が引き起こしたエネルギー危機と米国産LNG台頭による輸送力不足、そして海運業界の脱炭素化という二つの巨大な外圧が、政府と産業界を覚醒させたのです。

経済安全保障推進法に基づく1,204.9億円規模の基金創設と「船体」の特定重要物資指定は、造船業が国家の重要戦略分野として再認知されたことを明確に示しています。日米協力のもとで推進される1,000体規模のAI造船ロボット導入計画は、長年のアキレス腱であった人手不足を根本から解決しうる歴史的な生産性革命です。三菱造船のFGSSに代表される高付加価値エンジニアリング分野での競争力確立は、日本の造船業が技術力とインテグレーション能力を武器にした新たなビジネスモデルへの移行に成功しつつあることを裏付けています。

荷主、海運会社、造船所、そして政府が一体となった強固な建造エコシステムが機能し始めた現在、日本は失われたシェアを取り戻すための重要な局面を迎えています。次世代燃料船の連続建造で蓄積された極低温技術のノウハウとAIによる革新的な生産性向上が融合した時、真の意味での国産LNG船の復活が実現します。それは不確実性が増す国際情勢のもとで日本のエネルギー供給基盤を盤石にする、最強の経済安全保障の盾となるでしょう。

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