ノロウイルスが冬に流行する理由は、低温環境でウイルスの生存期間が大幅に延長されること、乾燥によってウイルスを含む微粒子が空気中を長時間漂いやすくなること、そして人間の免疫力が低下することにあります。ノロウイルスは気温4度の環境では約1〜2カ月も生存でき、室温での約10日間と比較して格段に長くなります。さらに冬は空気が乾燥するため、嘔吐物や便から発生した飛沫が乾燥して微粒子となり、広範囲に拡散しやすくなります。
毎年冬になると「ノロウイルス」という言葉をニュースで頻繁に耳にするようになります。ノロウイルスは感染性胃腸炎を引き起こすウイルスで、激しい嘔吐や下痢を伴う症状が特徴です。感染力が非常に強く、わずか10〜100個程度のウイルス粒子で感染が成立するといわれています。冬に食中毒が発生した場合、その約8割がノロウイルスによるものとされており、特に12月から翌年1月にかけて流行のピークを迎えます。本記事では、ノロウイルスが冬に流行するメカニズムについて、ウイルスの構造的特性から感染経路、予防法、そして家庭内での対策まで詳しく解説していきます。

ノロウイルスとは何か
ノロウイルスは、ヒトの腸管内で増殖するウイルスで、感染性胃腸炎の主要な原因のひとつです。直径約30〜40ナノメートルの非常に小さな球形のウイルスで、カップ状のタンパク質であるカプシドの中に遺伝子であるRNAが包まれた構造をしています。
ノロウイルスの発見と基本的な性質
ノロウイルスは1968年、アメリカのオハイオ州ノーウォークという町の小学校で発生した集団胃腸炎の調査によって初めて発見されました。当初は「ノーウォークウイルス」と呼ばれていましたが、2002年に国際ウイルス分類委員会によって「ノロウイルス」という正式名称が付けられました。
ノロウイルスは人間の腸内でのみ増殖するという特徴があり、食品や環境中では増殖しません。しかし、環境中で長期間生存できるため、汚染された食品や環境表面を介して感染が広がります。特に重要なのは、ノロウイルスが乾燥、酸、熱などに対する抵抗性が強く、乾燥状態や液体の中でも長期間安定して存在できることです。また、凍結に対する耐性も非常に高いウイルスです。
驚異的な感染力の秘密
ノロウイルスの最大の特徴は、その強い感染力にあります。わずか10〜100個程度のウイルス粒子で感染が成立するといわれています。これは他の感染症と比較しても極めて少ない数字です。一方、感染者の排泄物には大量のノロウイルスが含まれており、糞便1グラム中に100万個から10億個ものウイルスが存在することがあります。この「少量で感染し、大量に排泄される」という特性が、ノロウイルスの爆発的な感染拡大を引き起こす要因となっています。
ノロウイルスが冬に流行する理由とメカニズム
ノロウイルスが冬に集中して流行する理由は、複数の環境要因と人体の生理的変化が複合的に作用した結果です。それぞれの要因について詳しく見ていきましょう。
低温環境でウイルスの生存期間が大幅に延長される
ノロウイルスが冬に流行する最も重要な理由のひとつは、低温環境下でウイルスの生存期間が大幅に延びることです。気温20度の環境では3〜4週間程度生存できるノロウイルスですが、気温4度の環境では約8週間も生存できることがわかっています。さらに詳しいデータでは、室温では約10日間の生存に対し、気温10度以下では約1カ月、4度では約1〜2カ月も生存できるという報告があります。
この生存期間の延長は、ウイルスが環境中で長く感染力を保つことを意味します。冬場はドアノブや手すり、調理器具などに付着したウイルスが長期間生存し続けるため、接触感染のリスクが格段に高まります。また、ノロウイルスは凍結してもほとんど不活化しないため、冬の寒冷な環境はウイルスにとって非常に好都合な条件となります。
乾燥環境がウイルス拡散を促進するメカニズム
冬は気温が低いだけでなく、空気が非常に乾燥します。この乾燥もノロウイルスの流行に大きく影響しています。乾燥した環境では、咳やくしゃみによる飛沫、あるいは嘔吐物から発生した飛沫はすぐに乾燥してしまいます。飛沫が乾燥すると、ウイルスは微小な粒子である飛沫核となって空気中を長時間漂うことができるようになります。これにより、ウイルスが広範囲に拡散し、感染リスクが高まります。
また、冬は外気が乾燥するうえに、夏場ほど積極的に水分を摂取しなくなるため、喉や気管支の粘膜が乾いて傷みやすくなります。粘膜のバリア機能が低下することで、ウイルスが付着しやすくなり、感染しやすい状態になります。
人間の免疫力が冬に低下する理由
冬季は気温低下に伴い、人間の免疫力も低下する傾向があります。「気温が1度低下すると免疫が10%低下する」という報告もあり、特に免疫が未熟な小児や、免疫力が低下している高齢者は感染しやすくなります。小児および高齢者が流行の初期の主な患者となることが多いのは、気温の低下により抵抗力が低下してしまうことが一因として考えられています。
室内での密接な接触機会が増加する
冬は寒さのため、人々が屋内で過ごす時間が増えます。学校、オフィス、家庭など、換気が不十分な密閉空間で多くの人が集まることで、人から人への感染リスクが高まります。特に、暖房を使用することで換気の頻度が減少し、空気中のウイルス濃度が上昇しやすくなります。
ノロウイルスの構造とアルコール消毒が効きにくい理由
ノロウイルスの予防や消毒を行う際に理解しておくべき重要な点として、ウイルスの構造的特性があります。
エンベロープウイルスとノンエンベロープウイルスの違い
ウイルスは構造によって大きく2種類に分類されます。「エンベロープウイルス」と「ノンエンベロープウイルス」です。エンベロープとは、ウイルスの外側を覆う脂質二重層膜のことで、ウイルスが感染した宿主細胞の細胞膜に由来するものです。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどがエンベロープウイルスに分類されます。この脂質二重層膜はアルコールや石けんによって容易に破壊されるため、エンベロープウイルスはアルコール消毒で効果的に不活化できます。
一方、ノロウイルスはエンベロープを持たない「ノンエンベロープウイルス」に分類されます。ノンエンベロープウイルスは、ウイルスの表面がカプシドと呼ばれるタンパク質の外殻で覆われています。このカプシドはエンベロープよりもアルコールに対して強い抵抗性を持っているため、一般的なアルコール消毒剤では十分に不活化できません。
ノロウイルスの遺伝子型によるアルコール感受性の違い
興味深いことに、ノロウイルスのアルコールに対する感受性は遺伝子型によって異なることがわかっています。遺伝子型GII.4はアルコールに対して感受性が高い一方、GII.17はアルコールに対する耐性が高いことが示されています。つまり、流行するノロウイルスの遺伝子型によって、アルコール消毒の効果が異なる可能性があります。このような特性から、ノロウイルスの消毒には次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系消毒剤、または85度以上の熱処理が必要となります。
ノロウイルスの感染経路
ノロウイルスがどのように人から人へ、あるいは環境から人へと感染するのか、その経路を理解することは予防において非常に重要です。
経口感染と二枚貝のリスク
ノロウイルスの感染経路として最もよく知られているのが、汚染された食品を介した経口感染です。特に牡蠣などの二枚貝が原因となることが多いです。牡蠣などの二枚貝は、濾過摂食という方法で海水中のプランクトンを取り込んで栄養を得ています。牡蠣1個体あたり、毎日200〜400リットルもの海水を入出しして栄養摂取や呼吸を行っています。このとき、海水中に含まれるノロウイルスも一緒に取り込まれ、二枚貝の中腸腺という消化器官に蓄積・濃縮されます。
ノロウイルスは人間の腸内でのみ増殖するウイルスであり、本来二枚貝はノロウイルスを保有しておらず、二枚貝の体内でウイルスが増殖することもありません。しかし、感染者から排泄されたノロウイルスが下水処理場で完全に除去されずに河川に流れ込み、カキの養殖海域に到達することで、カキがウイルスに汚染されます。冬に起こる食中毒のうち、約8割はノロウイルスによるものといわれています。これは、冬が牡蠣の旬であり、生食する機会が増えることも関係しています。
接触感染の発生メカニズム
接触感染は、患者の便や嘔吐物に含まれるウイルスが手指を介して広がる感染経路です。患者が用便後に手を十分に洗わないまま触れたドアノブ、手すり、スイッチなどにウイルスが付着し、そこに触れた人が食事の際などに口にウイルスを運んでしまうことで感染が成立します。トイレの便座やドアノブ、手すりなど手指の触れる機会が多い場所からは、実際にノロウイルスが検出されることがあります。
飛沫感染と空気感染の違い
飛沫感染は、患者の便や嘔吐物のしぶきである飛沫が鼻や口に入ることで起こる感染です。家庭や共同生活施設など、人同士の接触が多い場所で発生しやすい感染経路です。嘔吐物や便の飛沫は想像以上に広範囲に飛び散ります。1メートルの高さから嘔吐した場合、半径約2メートルの範囲に飛散するという報告もあります。患者から直接飛沫が飛ぶだけでなく、嘔吐物を処理する際にも飛沫が発生するため注意が必要です。
空気感染、別名塵埃感染は、便や嘔吐物の処理が不適切な場合に起こりうる感染経路です。床などに残ったウイルスを含む物質が乾燥すると、ウイルスが微粒子となって空気中に舞い上がり、これを吸い込むことで感染が成立します。比較的狭い空間でノロウイルスが空気感染によって感染拡大したという報告もあり、嘔吐物の処理を適切に行うことの重要性を示しています。
ノロウイルスは咳やくしゃみなどで感染することはほとんどないといわれています。ノロウイルスが含まれているのは嘔吐物や便であり、唾液や汗、尿には含まれていないからです。
ノロウイルス感染症の症状と経過
ノロウイルスに感染した場合、どのような症状が現れ、どのような経過をたどるのかを知っておくことは、早期発見と適切な対応のために重要です。
潜伏期間と主な症状
ノロウイルスに感染してから症状が現れるまでの潜伏期間は、通常24〜48時間です。この比較的短い潜伏期間も、ノロウイルスが急速に感染拡大する要因のひとつです。ノロウイルス感染症の主な症状は、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛です。発熱を伴うこともありますが、通常は軽度で37〜38度程度にとどまります。嘔吐は突然始まることが多く、激しい嘔吐が特徴です。下痢は水様便で、一般的に1日に2〜3回程度ですが、症状が重い場合は1日に何十回も下痢をすることもあります。
症状の持続期間と回復後の注意点
これらの症状は通常1〜2日続いた後、自然に治癒し、後遺症が残ることもありません。ただし、感染しても症状が出ない場合である不顕性感染や、軽い風邪のような症状だけで済む場合もあります。注意が必要なのは、症状が回復した後もウイルスの排泄が続くことです。発症してから1〜2週間はウイルスが便中に排出され続けるため、症状がなくなっても他の人にうつす可能性があります。通常、感染後7日間程度は便中にウイルスを排泄し続けるといわれています。
重症化リスクと治療法
健康な成人であれば軽症で回復することがほとんどですが、乳幼児、高齢者、基礎疾患のある方などは重症化するリスクがあります。特に注意が必要なのは、嘔吐物を誤って気道に詰まらせて窒息する危険性や、激しい下痢による脱水症状です。抵抗力の弱い乳幼児や高齢者は脱水症状になりやすく、適切な水分補給が行われないと重篤な状態に陥る可能性があります。
現在のところ、ノロウイルスに効果のある抗ウイルス薬は存在しません。そのため、治療は症状を和らげる対症療法が中心となります。下痢がひどい場合でも、止痢剤である下痢止めの使用は推奨されません。これは、止痢剤を使用するとノロウイルスが体内に留まり、回復が遅れてしまうためです。ウイルスは便や嘔吐物とともに体外に排出されることで、体が回復に向かいます。脱水症状を防ぐために、経口補水液などで水分と電解質を補給することが重要です。脱水症状が強い場合には、医療機関で点滴による輸液療法が行われます。
ノロウイルスの予防法
ノロウイルス感染を予防するためには、複数の対策を組み合わせて実施することが効果的です。
手洗いの正しい方法と効果
手洗いは、ノロウイルス感染予防の最も基本的で効果的な方法です。調理・配膳・食事の前、トイレに行った後、下痢や嘔吐の症状がある患者の汚物処理やオムツ交換を行った後などには、必ず手洗いを行いましょう。
石けん自体にはノロウイルスを直接失活させる効果はありませんが、手の脂肪などの汚れを落とすことで、ノロウイルスを手指からはがれやすくする効果があります。重要なのは、石けんを十分に泡立てて丁寧に洗い、流水でしっかりすすぐことです。効果的な手洗いの方法として、30秒間のもみ洗いと15秒間の流水でのすすぎを2回繰り返すことで、ノロウイルスの残存率を約0.0001%まで減らすことができたという実験結果があります。手洗いの際は、爪を短く切っておき、指輪などの装飾品を外して、指の間、爪の間、手首まで丁寧に洗うことが大切です。すすぎは温水による流水で十分に行い、清潔なタオルまたはペーパータオルで拭きましょう。
次亜塩素酸ナトリウムによる消毒方法
ノロウイルスに対して確実に効果がある消毒方法は、次亜塩素酸ナトリウムである塩素系漂白剤による消毒です。消毒液の濃度は用途によって使い分けます。調理器具や環境の消毒には200ppmの濃度で5分間程度浸すか、浸すように拭くことでウイルスを不活化できます。嘔吐物や糞便で汚染された場所の消毒には1000ppmの濃度が推奨されます。
家庭用の塩素系漂白剤を使用する場合、原液の次亜塩素酸ナトリウム濃度は約5%です。200ppmの消毒液を作るには、漂白剤10mlを水2.5リットルで薄めます。1000ppmの消毒液を作るには、漂白剤10mlを水500mlで薄めます。
使用上の注意点として、次亜塩素酸ナトリウムは人体には使用できません。皮膚への刺激性があるため、使用時はゴム手袋を着用してください。また、漂白作用があるため色落ちの心配がある衣類には使用を避け、金属を腐食させる性質があるため、金属に使用した後は水拭きを行ってください。消毒液は時間の経過とともに効果が低下するため、その都度作り直して使い切りましょう。
加熱による消毒と調理時の注意点
ノロウイルスは熱にも弱いため、加熱による消毒も有効です。まな板、包丁、へら、食器、ふきん、タオルなどは、85度以上の熱湯で1分以上加熱することでウイルスを不活化できます。
食品の調理においては、食品の中心部が85〜90度で90秒以上になるように加熱することで、ノロウイルスを死滅させることができます。特に牡蠣などの二枚貝は、加熱用のものであっても、中心部まで十分に加熱することが重要です。注意が必要なのは、牡蠣の場合、ウイルスは表面ではなく体内である中腸腺に濃縮されているため、「湯引き」「あぶり」「しゃぶしゃぶ」のような表面だけを加熱する調理法では不十分ということです。中心部までしっかり火を通す調理法を選びましょう。
嘔吐物・糞便の適切な処理方法
ノロウイルス感染者が発生した場合、嘔吐物や糞便の適切な処理は二次感染を防ぐために極めて重要です。
処理前の準備と必要な道具
ノロウイルス感染者の嘔吐物や糞便を処理する際は、二次感染を防ぐために適切な準備が必要です。処理を行う前に、使い捨て手袋、マスク、エプロン、できればゴーグルを着用してください。
処理の手順と消毒範囲
嘔吐物や糞便は、ウイルスが飛び散らないようにペーパータオルなどで静かに拭き取ります。拭き取った後は、次亜塩素酸ナトリウムの200ppm溶液で浸すように床を拭き取り、その後水拭きを行います。汚染された範囲は想像以上に広いことを念頭に置き、嘔吐物が飛び散った可能性のある周囲2メートル程度の範囲を消毒するようにしましょう。
おむつや拭き取りに使用したペーパータオルなどは、ビニール袋に入れて密閉してから廃棄します。このとき、ビニール袋に廃棄物が十分に浸る量の次亜塩素酸ナトリウムの1000ppm溶液を入れることが望ましいとされています。使用した手袋やエプロンなども適切に廃棄し、処理後は必ず手洗いを行ってください。
汚染された衣類の処理方法
嘔吐物や糞便で汚染された衣類やリネン類は、他の洗濯物と分けて洗濯します。まず、付着した汚物を取り除き、次亜塩素酸ナトリウムの200ppm溶液に30分程度浸けるか、85度以上の熱水で1分以上洗濯することでウイルスを不活化できます。色落ちが心配な衣類の場合は、熱水洗濯または高温乾燥で乾燥機を使用して対応します。
集団感染の予防と対策
保育園、学校、高齢者施設など、多くの人が集まる施設では、ノロウイルスの集団感染が発生しやすくなります。
施設での感染リスクと発生状況
2024年のデータによると、東京都では前シーズン、保育所、高齢者施設、学校などから計777件もの集団感染事例が報告されました。特に、免疫が未熟な乳幼児や、免疫力が低下している高齢者が多く集まる施設では、ひとたび感染が発生すると急速に拡大する危険性があります。施設の利用者だけでなく、職員にも感染が広がり、対応が困難になることもあります。
早期発見・早期対応の重要性
集団感染を防ぐためには、発生当初の患者数が少ない段階での確実な対応が非常に重要です。下痢や嘔吐の症状がある利用者が発生した場合は、ノロウイルスを疑って対応することが推奨されます。症状のある人を他の利用者から隔離し、適切な嘔吐物・糞便の処理を行い、環境の消毒を徹底することで、感染拡大を最小限に抑えることができます。
職員の健康管理と保健所への報告
施設の職員が感染源となることを防ぐため、職員の健康管理も重要です。下痢や嘔吐の症状がある職員については、調理や配膳などの業務から外すなど、適切な措置が必要です。また、症状が回復した後も7日間程度はウイルスを排泄し続けるため、業務復帰後も手洗いを徹底するなどの注意が必要です。保育園、学校、高齢者施設などで集団感染が発生した場合は、速やかに最寄りの保健所に報告・相談することが重要です。保健所は感染経路の調査や感染拡大防止のための助言を行い、必要に応じて検査なども実施します。
2024年のノロウイルス流行状況
ノロウイルスの流行は年によって変動があります。近年の傾向と2024年の状況を把握することで、より効果的な対策を講じることができます。
近年の流行傾向と免疫低下の影響
新型コロナウイルス感染症の流行が拡大した2020年から2022年にかけては、ノロウイルスの患者数が例年より少なくなりました。これは、コロナ対策として手洗いの強化やマスクの着用が徹底されたことが、ノロウイルス感染予防にも効果があったためと考えられています。しかし、コロナ対策によってノロウイルスへの感染機会が減少したことで、人々のノロウイルスに対する免疫が低下しました。そのため、コロナ対策が緩和された後、ノロウイルスの患者数が増加傾向にあります。
2024年の具体的な発生状況
2024年の食中毒発生状況によると、ノロウイルスによる食中毒は、事件数では総事件数1037件のうち276件で26.6%を占め、患者数では総患者数14229名のうち8656名で60.8%を占めています。11月1日までの報告ですでに5927人の患者が報告されており、全ての食中毒患者に対する割合は47%から66%へと増加傾向にあります。
流行のピークと免疫の持続期間
過去のデータから、ノロウイルスの流行は11月から増え始め、12月から翌年1月がピークとなる傾向があります。年始に一時的に減少することもありますが、その後再び増加に転じ、8月から9月頃にかけて流行が終息していきます。ノロウイルスに感染すると体内に抗体が作られますが、その持続期間は半年から2年程度とされています。また、ノロウイルスには多数の遺伝子型が存在し、免疫は同じ遺伝子型のウイルスにしか働きません。そのため、異なる遺伝子型のノロウイルスには繰り返し感染する可能性があり、ワクチンの開発も困難な状況が続いています。
ノロウイルスと牡蠣の関係
ノロウイルス食中毒の原因食品として最もよく挙げられるのが牡蠣です。牡蠣とノロウイルスの関係について正しく理解することは、安全に食事を楽しむために重要です。
牡蠣がノロウイルスを蓄積するメカニズム
重要なのは、牡蠣自体がノロウイルスを持っているわけではないということです。牡蠣などの二枚貝は濾過摂食によって海水から栄養を得ており、その過程で海水中のノロウイルスも取り込んでしまいます。ノロウイルスは人間の腸内でのみ増殖するウイルスであり、感染者の排泄物に含まれるウイルスが下水を通じて河川や海に流れ込むことで、牡蠣の養殖海域が汚染されるのです。
海域汚染と降雨の関係
牡蠣がどの程度ノロウイルスに汚染されるかは、養殖海域のウイルス汚染の程度によって変わります。特に注意が必要なのは大雨の後です。降雨があると河川から海へ大量の水が流れ込み、途中で滞っていたノロウイルスが一気に海に流れ込むことがあります。過去のデータから、1日当たり50mm以上の降雨後に牡蠣がノロウイルスを取り込み、健康被害が発生した事例が報告されています。
安全に牡蠣を食べるための調理法
牡蠣を安全に食べるためには、十分な加熱が最も確実な方法です。加熱用の牡蠣であっても、中心部が85〜90度で90秒以上になるようにしっかり加熱しましょう。注意が必要なのは、牡蠣のウイルスは表面ではなく体内である中腸腺に濃縮されているため、表面だけを加熱する調理法では不十分ということです。「湯引き」「あぶり」「しゃぶしゃぶ」などの調理法は避け、フライ、グラタン、鍋物など、中まで火が通る調理法を選びましょう。
生食用の牡蠣は、指定された清浄海域で採取されるか、浄化処理が行われたものですが、それでも完全にリスクがないわけではありません。特に抵抗力の弱い乳幼児、高齢者、妊婦、基礎疾患のある方は、生での摂取を避けることが推奨されます。
家庭内感染の予防と対策
ノロウイルスは感染力が非常に強いため、家族の一人が感染すると、家庭内で次々と感染が広がる「二次感染」が起こりやすくなります。
家庭内感染のリスク要因
家庭内では人同士の接触が多く、食器やタオルの共有、トイレやバスルームの共同使用など、感染リスクを高める要因が多く存在します。また、感染しても症状が出ない「不顕性感染」の場合もあり、自覚のないまま他の家族にウイルスを広げてしまう可能性があります。家庭内では「自分または家族がもしかしたらノロウイルスを持っているかもしれない」と意識して行動することが重要です。
家庭内での二次感染防止策
家庭内での二次感染を防ぐためには、複数の対策を組み合わせることが効果的です。まず、食器やタオルの共有を避けることが重要です。感染者だけでなく、家族全員がそれぞれ専用の食器やタオルを使用することで、接触感染のリスクを低減できます。次に、トイレの使用後は必ず石けんで手を洗い、便座やドアノブなど手が触れる場所は次亜塩素酸ナトリウムの200ppm溶液で定期的に消毒しましょう。感染者がトイレを使用した後は、特に念入りな消毒が必要です。
感染者の看護をする際の注意点
家族が感染した場合、看護する人も感染するリスクがあります。感染者の嘔吐物や便を処理する際は、使い捨て手袋とマスクを必ず着用し、処理後は衣類も着替えることが望ましいです。感染者の部屋を換気し、可能であれば他の家族とは別の部屋で過ごしてもらうことも有効です。ただし、乳幼児や高齢者の場合は、脱水症状などの急変に備えて、定期的に様子を確認することが必要です。
感染者への適切な対応
ノロウイルスに感染した家族には、脱水症状を防ぐために経口補水液などで水分補給を行いましょう。嘔吐や下痢の症状によって体内の水分と電解質が失われるため、適切な水分補給が回復への近道となります。症状があるときは、なるべく食品を直接取り扱う作業を避けてもらいましょう。また、症状が治まってからもしばらくの間はウイルスが便から排出され続けるため、手洗いなどの予防策を継続することが大切です。
日常生活でのノロウイルス対策ポイント
ノロウイルス感染を予防するために、日常生活で心がけるべきポイントを整理します。
基本的な予防行動
食事の前、トイレの後、外出から帰宅した後は、必ず石けんで丁寧に手を洗いましょう。特に冬場は手洗いの意識を高く持つことが大切です。指の間、爪の間、手首まで30秒以上かけてしっかり洗い、流水で十分にすすぎます。調理の際は、食材を十分に加熱することを心がけましょう。特に牡蠣などの二枚貝は、中心部まで85〜90度で90秒以上加熱することが重要です。調理器具は使用後に洗浄し、必要に応じて次亜塩素酸ナトリウムや熱湯で消毒します。
感染してしまった場合の対応
万が一感染してしまった場合は、まず十分な水分補給を行います。経口補水液やスポーツドリンクなどで、失われた水分と電解質を補給しましょう。嘔吐がひどい場合は、少量ずつこまめに水分を摂取します。症状が重い場合や、乳幼児、高齢者、基礎疾患のある方が感染した場合は、早めに医療機関を受診することが推奨されます。特に脱水症状として口の渇き、尿量の減少、めまいなどがみられる場合は、速やかな受診が必要です。周囲への感染拡大を防ぐために、症状がある間は自宅で安静にし、回復後も1〜2週間は手洗いを徹底しましょう。職場や学校への復帰は、症状が完全に治まり、体力が回復してからにしましょう。
備えておきたいもの
ノロウイルスの流行シーズンに備えて、家庭に常備しておくと良いものがあります。経口補水液は、脱水症状を防ぐために欠かせません。市販の経口補水液を数本用意しておくと安心です。また、使い捨て手袋、マスク、ペーパータオル、ビニール袋なども、嘔吐物の処理に必要となるため、あらかじめ準備しておきましょう。次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤も、消毒用に備えておくと良いでしょう。家庭用の塩素系漂白剤を薄めて使用できます。
まとめ
ノロウイルスが冬に流行する理由は、複数の要因が重なり合っています。低温環境下ではウイルスの生存期間が大幅に延長され、室温での10日間に対し、4度では1〜2カ月も生存できます。乾燥した環境ではウイルスを含む飛沫が乾燥して微粒子となり、空気中を長時間漂うことで感染リスクが高まります。冬は人間の免疫力が低下する傾向があり、特に小児や高齢者は感染しやすくなります。室内での活動時間が増え、換気不足の密閉空間で人同士の接触機会が増加します。
さらに、ノロウイルスはエンベロープを持たないノンエンベロープウイルスであるため、一般的なアルコール消毒が効きにくいという特徴があります。確実な消毒には次亜塩素酸ナトリウムや加熱処理が必要です。予防の基本は、石けんを使った丁寧な手洗い、次亜塩素酸ナトリウムによる環境消毒、食品の十分な加熱です。特に牡蠣などの二枚貝を食べる際は、中心部まで十分に加熱することが重要です。
感染してしまった場合は、水分補給を十分に行い、症状が重い場合は医療機関を受診してください。また、症状が回復した後も1〜2週間はウイルスを排泄し続けるため、手洗いを徹底し、他の人への感染拡大を防ぐよう注意しましょう。冬を健康に過ごすために、ノロウイルスの特性を正しく理解し、適切な予防策を実践することが大切です。


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