近年、インターネットやSNSの普及により、誰もが簡単に情報を発信できる時代となりました。一方で、その手軽さゆえに、意図せず他人の名誉を傷つける発言をしてしまい、名誉毀損で訴えられるリスクも高まっています。「匿名だから大丈夫」と思っていても、発信者情報開示請求により個人が特定されるケースも増えています。
名誉毀損で訴えられた場合、刑事罰として最大3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。また、民事上も損害賠償責任を負う可能性があり、金銭的・精神的な負担は決して小さくありません。
本記事では、名誉毀損で訴えられた場合の対処法や、名誉毀損罪の成立条件、インターネット上での名誉毀損の特徴、裁判の流れなどについて詳しく解説します。名誉毀損のリスクを理解し、適切な対応方法を知ることで、トラブルを最小限に抑えるための知識を身につけましょう。

名誉毀損罪とは?成立条件と刑事罰について
名誉毀損罪とは、刑法230条に規定されている犯罪で、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と定められています。
名誉毀損罪が成立するためには、主に以下の3つの条件が必要です。
1. 公然性があること
「公然」とは、不特定または多数の人が認識できる状態を指します。インターネットやSNSでの発言は、基本的に誰でも閲覧できるため「公然性」があると判断されます。たとえ閲覧者が少なくても、不特定多数が閲覧可能な状態であれば公然性が認められます。
一方、DMなど当事者間での直接的なやり取りは、他者が見ることを前提としていないため、公然性はないとされます。
2. 事実を摘示していること
「事実の摘示」とは、ある程度具体的な事実を示すことを意味します。例えば「Aは不倫をした」「Bは会社のお金を横領した」などの具体的な内容を指します。この事実が真実であるか虚偽であるかは関係ありません。
単に「バカ」「ゴミ」などの抽象的な悪口は「事実の摘示」に当たらず、名誉毀損罪ではなく侮辱罪(刑法231条)に該当する可能性があります。
3. 人の名誉を毀損していること
「名誉の毀損」とは、社会的評価を害するおそれのある状態を生じさせることです。実際に社会的評価が下がったことまでは必要なく、発言内容が広まることで評価が下がる可能性があれば成立します。
名誉毀損罪は親告罪(刑法232条)であり、被害者からの告訴が必要です。告訴期間は犯人を知った日から6ヶ月以内、公訴時効は3年です。
また、民法上も名誉毀損は不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償請求の対象となります。民事上の時効は、損害と加害者を知った時から3年、または行為から20年です。
注目すべき点として、名誉毀損罪は「その事実の有無にかかわらず」成立しますが、以下の条件をすべて満たす場合は例外的に違法性が阻却される場合があります。
- その事実が「公共の利害」に関係している
- 事実の摘示が「もっぱら公益を図る目的」で行われている
- その事実の主要な部分が真実であると証明される
例えば、政治家の汚職や企業の不正など、公益に関わる事実を告発する場合で、上記条件を満たせば、名誉毀損罪は成立しない可能性があります。
名誉毀損で訴えられた場合の対応手順は?
名誉毀損で訴えられた場合、刑事と民事の両面から責任を問われる可能性があります。それぞれのケースで適切に対応することが重要です。
刑事告訴された場合の対応
- 専門家への相談 まず最初に行うべきことは、名誉毀損問題に詳しい弁護士に相談することです。名誉毀損罪に該当するかどうかの判断は法律的な専門知識が必要であり、早い段階で専門家のアドバイスを受けることが重要です。
- 証拠の保全 問題となっている発言や投稿のスクリーンショットや記録を残しておきましょう。また、その発言に至った経緯や背景情報なども整理しておくと良いでしょう。
- 被害者との示談交渉 刑事告訴されても、直ちに刑事裁判になるわけではありません。検察官が起訴するかどうかを判断するまでに被害者と示談交渉を行い、示談が成立すれば刑事告訴を取り下げてもらえる可能性があります。
- 出頭要請への対応 警察から任意の事情聴取を求められた場合は、弁護士と相談した上で対応しましょう。黙秘権を行使するかどうかも含め、弁護士のアドバイスに従うことが大切です。
民事訴訟を提起された場合の対応
- 訴状の確認 訴状が届いたら、請求の内容や根拠となる事実をしっかり確認しましょう。訴状に記載されている期限内に対応しないと、欠席判決を受ける可能性があります。
- 答弁書の作成・提出 訴状に対する反論や主張を記載した答弁書を作成し、期限内に裁判所に提出する必要があります。法律的な専門知識が必要なため、弁護士に依頼することをおすすめします。
- 和解交渉の検討 裁判所での審理が始まっても、和解によって解決できる可能性があります。弁護士を通じて適切な和解条件を模索しましょう。
- 証拠の収集と反論の準備 裁判で争う場合は、自分の主張を裏付ける証拠の収集や、相手方の主張に対する反論の準備が必要です。特に「公共の利害に関する事実」「公益目的」「真実性」などの違法性阻却事由を主張する場合は、それを裏付ける証拠が重要です。
示談交渉のポイント
名誉毀損のトラブルは、裁判に発展する前に示談で解決できれば双方にとってメリットがあります。示談交渉のポイントは以下の通りです。
- 謝罪の意思表示 相手の名誉を傷つけてしまったことに対して、誠意ある謝罪の意思を示すことが重要です。
- 問題発言の削除・訂正 問題となった発言や投稿を削除したり、訂正文を掲載したりするなど、具体的な対応策を提案しましょう。
- 適切な示談金の提示 名誉毀損の示談金相場は事案によって大きく異なりますが、一般的には数十万円程度とされています。ただし、発言内容の悪質性や影響範囲、被害者の社会的地位などによって金額は変動します。
- 示談書の作成 示談が成立した場合は、内容を明確にするために書面で示談書を作成しましょう。示談書には、謝罪の内容、示談金額、今後の対応、刑事告訴の取り下げなどの条件を明記します。
名誉毀損で訴えられた場合、パニックにならず冷静に対応することが大切です。早い段階で弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けることで、問題の早期解決につながります。
インターネット上の誹謗中傷が名誉毀損に該当するケースとは?
インターネット上での誹謗中傷は、従来の名誉毀損と比べて影響範囲が広く、また長期間残り続けるという特徴があります。どのようなケースがインターネット上の名誉毀損に該当するのか、具体的に見ていきましょう。
SNSやブログでの投稿が名誉毀損になるケース
- 具体的な事実を摘示した批判 「○○さんは以前に横領をした」「△△会社は顧客の個人情報を売っている」など、具体的な事実を摘示して社会的評価を下げるような投稿は名誉毀損に該当する可能性が高いです。
- プライバシー侵害を伴う投稿 「○○さんは自己破産している」など、たとえ事実であっても、プライバシーに関わる内容を無断で公開することは名誉毀損になり得ます。
- 企業や店舗への悪質な評価 「この店の食品には異物が混入している」「△△会社の製品は欠陥品だらけ」など、事実無根の内容や誇張した表現で批判することは名誉毀損に該当することがあります。
- 匿名の掲示板での情報拡散 5ちゃんねるなどの匿名掲示板で他人の噂や中傷を書き込み、拡散することも名誉毀損になります。匿名だからといって責任を免れることはできません。
名誉毀損にならないケース
一方で、以下のようなケースは一般的に名誉毀損には当たりません。
- 主観的な感想や評価 「この店の料理は美味しくなかった」「この本は読みにくかった」など、主観的な感想や評価は、基本的には名誉毀損には該当しません。
- 公共の利益のための事実の指摘 「この政治家は公金を私的に使用した」といった内容が真実であり、公共の利益のために指摘している場合は、名誉毀損罪は成立しないとされています。
- 商品やサービスへの客観的な批評 「このサービスは○○の点で改善の余地がある」など、客観的な批評や建設的な意見は、社会的に価値のある言論として保護される傾向があります。
インターネット上の名誉毀損の特徴と注意点
- 拡散の速さと範囲の広さ インターネット上の投稿は瞬時に広範囲に拡散する可能性があります。一度拡散すると完全に削除することは難しく、長期間にわたって影響が続くことがあります。
- いいね・リツイートなどの二次拡散 名誉毀損に当たる投稿を「いいね」したりリツイートしたりすることも、名誉毀損の拡散に加担したとして責任を問われる可能性があります。
- 匿名だが特定される可能性 インターネット上では匿名で投稿することができますが、発信者情報開示請求により投稿者が特定される可能性があります。IPアドレスや利用履歴から個人を特定することは技術的に可能です。
- 伏字や暗示的表現でも成立 名前を伏せたり、暗示的な表現を使ったりしても、一般の人が誰のことか推測できる場合は名誉毀損が成立する可能性があります。
インターネット上でのコミュニケーションにおいては、発言が広く拡散する可能性を常に意識し、他人の名誉やプライバシーを尊重する姿勢が重要です。特に感情的になったときは冷静になってから投稿することを心がけましょう。
名誉毀損裁判の流れと示談交渉のポイントは?
名誉毀損で訴えられた場合、刑事裁判と民事裁判の両方に対応する必要があるかもしれません。それぞれの裁判の流れと示談交渉のポイントについて詳しく見ていきましょう。
刑事裁判の流れ
- 被害者による告訴 名誉毀損罪は親告罪なので、被害者が告訴することから始まります。告訴期間は犯人を知った日から6か月以内です。
- 警察・検察による捜査 告訴を受けた警察が捜査を開始し、必要に応じて被疑者(加害者)から事情を聴取します。捜査の結果は検察に送られます。
- 起訴・不起訴の決定 検察官が証拠や事案の内容を検討し、起訴するか不起訴にするかを決定します。証拠が不十分であったり、被害が軽微であったり、示談が成立した場合などは不起訴となることがあります。
- 公判(裁判) 起訴された場合、公判が開かれて審理が行われます。名誉毀損罪の裁判では、問題となった発言が「公共の利害に関する事実」についてのものか、「公益を図る目的」だったか、「真実であるか」などが争点となることが多いです。
- 判決 裁判の結果、有罪と判断されれば、懲役・禁錮・罰金などの刑罰が科されます。名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金」ですが、実際には罰金刑が多いとされています。
民事裁判の流れ
- 訴状の提出と送達 被害者(原告)が裁判所に訴状を提出し、その写しが被告に送達されます。
- 答弁書の提出 訴状を受け取った被告は、期限内に答弁書を作成・提出する必要があります。ここで原告の主張に対する反論を行います。
- 口頭弁論 裁判所で原告と被告の双方が主張や証拠を提示する口頭弁論が行われます。通常、複数回の期日が設定されます。
- 和解協議 裁判の途中で裁判所から和解の打診があることが多く、双方が合意すれば和解で終了することもあります。
- 判決 和解が成立しなかった場合、裁判官が審理の結果に基づいて判決を下します。名誉毀損が認められれば、損害賠償(慰謝料)の支払いや謝罪広告の掲載などが命じられることがあります。
示談交渉のポイント
裁判に発展する前に示談で解決することは、時間的・経済的コストを抑えられるメリットがあります。効果的な示談交渉のポイントを紹介します。
- 早期対応の重要性 問題が大きくなる前に早期に対応することが重要です。特に刑事告訴された場合、検察官が起訴するかどうかを決める前に示談を成立させることが望ましいです。
- 誠意ある対応 謝罪の意思を示し、問題となった発言を削除・訂正するなど、誠意ある対応を心がけましょう。被害者が感じている苦痛や不満を理解し、共感的な姿勢で接することが大切です。
- 適切な示談金の提示 名誉毀損の示談金相場は事案により異なりますが、一般的には個人の場合で10〜50万円程度、法人の場合で50〜100万円程度とされています。ただし、発言内容の悪質性や影響範囲によって大きく変動します。
- 法的な助言を受ける 示談交渉は自分だけで行うのではなく、弁護士のサポートを受けることをおすすめします。弁護士は法的な観点から適切なアドバイスを提供し、有利な条件での示談成立をサポートしてくれます。
- 明確な示談条件の設定 示談金の額だけでなく、謝罪文の掲載、投稿の削除、今後の接触禁止、刑事告訴の取り下げなど、双方が合意する条件を明確にしましょう。
- 書面による合意 口頭での約束だけでなく、示談書という形で書面に残すことが重要です。後々のトラブルを防ぐために、合意内容を詳細に記載しておきましょう。
名誉毀損裁判は専門的な法律知識が必要とされる複雑な訴訟です。訴えられた場合は、弁護士に相談して適切な対応策を検討することが賢明です。また、示談交渉においても専門家のサポートを受けることで、より良い解決に導くことができるでしょう。
名誉毀損で訴えられないためにはどうすべき?正当な批判との境界線
名誉毀損のトラブルを未然に防ぐためには、適切な表現方法や法的知識を身につけることが重要です。ここでは、名誉毀損で訴えられないための予防策と、正当な批判と名誉毀損の境界線について解説します。
名誉毀損を予防するための基本原則
- 感情的な発言を避ける 怒りや憤りを感じたときは、すぐに発言や投稿をせず、冷静になってから対応しましょう。感情的な状態では過激な表現になりがちです。
- 事実と意見を区別する 「○○は△△である」という事実の摘示と、「私は○○だと思う」という意見表明は明確に区別しましょう。意見や評価は名誉毀損になりにくいとされています。
- 具体的な人物を特定しない 特定の個人や団体を名指しせずに一般論として述べることで、名誉毀損のリスクを減らすことができます。
- 誇張表現を避ける 「絶対に」「必ず」「すべて」などの断定的・誇張的な表現は避け、客観的かつ穏当な表現を心がけましょう。
- 反論の機会を与える 批判を行う場合は、相手に反論の機会を与えることも重要です。一方的な批判や攻撃は名誉毀損と見なされやすくなります。
正当な批判と名誉毀損の境界線
言論の自由は憲法で保障された重要な権利ですが、他人の名誉を不当に傷つける自由までは認められていません。正当な批判と名誉毀損の境界線は以下のポイントで判断されることが多いです。
- 公共性・公益性の有無 政治家の言動や企業の活動など、公共の利害に関する事項については、一般的な個人のプライバシーに比べて批判の許容範囲が広いとされています。
- 表現の目的 批判が「公益を図る目的」であるか、単に相手を貶めるだけの目的かという点も重要です。建設的な批判と悪意ある中傷は区別されます。
- 事実の真実性・相当性 批判の基となる事実が真実であるか、または真実と信じるに足る相当な理由があるかどうかも判断基準となります。
- 表現の相当性 批判の内容や表現方法が社会通念上相当と認められるかどうかも重要です。必要以上に侮辱的な表現や、プライバシーに深く踏み込む表現は避けるべきです。
具体的な注意点
- SNSでの投稿 SNSは拡散力が強く、一度投稿すると完全に削除することが難しいため、特に慎重さが求められます。「鍵付きアカウント」であっても、フォロワーが多数いれば「公然性」が認められる可能性があります。
- レビューサイトでの評価 飲食店や商品のレビューを書く際は、事実に基づいた客観的な意見を述べ、感情的な批判や根拠のない主張は避けましょう。
- 匿名掲示板での書き込み 匿名であっても投稿者の特定は技術的に可能です。他人の噂や未確認情報を安易に書き込むことは避けるべきです。
- 転載・リツイートの注意 他人の投稿を転載・リツイートする場合も責任が生じる可能性があります。内容を十分に確認し、名誉毀損の可能性がある投稿は拡散しないようにしましょう。
- 謝罪と削除の迅速な対応 もし自分の発言が他人の名誉を傷つけていると指摘された場合は、迅速に謝罪し、問題となる投稿を削除するなどの対応を検討しましょう。
名誉毀損で訴えられないためには、他人への敬意と批判の自由のバランスを意識することが大切です。正当な批判は社会の健全な発展に寄与するものですが、それが個人攻撃や中傷に発展しないよう注意する必要があります。疑問がある場合は、発言する前に法律の専門家に相談することも一つの選択肢です。
健全なコミュニケーションは、相手の立場を尊重し、事実に基づいた冷静な表現を心がけることから始まります。インターネット上でもリアルな対面でも、同じ倫理観を持って発言することが大切です。
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