北海道猟友会が全71支部でヒグマ駆除拒否を決断した理由と背景

社会

2024年11月、北海道全域に衝撃が走りました。北海道猟友会が、全道71支部すべてに対して、自治体からのヒグマ駆除要請に原則として応じないよう通知する方針を固めたのです。この決断は、単なる一時的な抗議行動ではありません。何十年にもわたって地域の安全を守り続けてきたハンターたちが、ついに限界に達したことを示す重大な転換点となりました。北海道では近年、ヒグマの目撃情報が過去最多を記録し、市街地への出没も常態化しています。人身被害も後を絶たず、地域住民は不安な日々を過ごしています。そのような中で、なぜ猟友会は駆除拒否という決断を下さざるを得なかったのでしょうか。その背景には、砂川市で起きた一人のベテランハンターに対する理不尽な処分、命を懸ける仕事に見合わない低報酬、高齢化と後継者不足、そして行政による一方的なリスクの転嫁といった、複合的な問題が積み重なっていました。この記事では、北海道猟友会の駆除拒否がなぜ起きたのか、その深層にある構造的な問題について詳しく解説します。

北海道猟友会の駆除拒否に至った経緯

北海道猟友会が全71支部に対して駆除拒否の方針を示したのは、突然の出来事ではありませんでした。この決断に至るまでには、長年にわたって蓄積されてきた不満と、決定的な出来事がありました。ハンターたちは地域社会の安全を守るという使命感から、これまで多くの困難に耐えてきました。しかし、行政との信頼関係が完全に崩壊した今、彼らはもはや従来の方法では活動を続けられなくなったのです。

猟友会の堀江篤会長は、この決断について「正義感で出動して万が一間違って銃がなくなる、処罰されることは大変ですから」と述べています。この言葉には、ハンターたちが直面している深刻な法的リスクへの恐怖が込められています。地域のために善意で活動したにもかかわらず、後から処罰される可能性があるという状況は、誰にとっても受け入れがたいものです。

北海道全体でヒグマの出没が増加している現状を考えると、この駆除拒否は地域社会に大きな影響を与えます。これまで猟友会の各支部が担ってきた役割は非常に大きく、その空白をどのように埋めるかが喫緊の課題となっています。

砂川事件が示した法的リスクの実態

北海道猟友会の駆除拒否を決定づけた最も大きな要因は、砂川市で起きた一連の事件です。この事件は、ハンターが行政の要請に応じて適切に駆除活動を行ったにもかかわらず、最終的に猟銃所持許可を取り消されるという、信じがたい結末を迎えました。

事件の発端と経過

2018年8月、砂川市からの正式な要請を受けて、30年以上の経験を持つベテランハンターが子グマの駆除に向かいました。これは個人的な狩猟ではなく、市からの公的な依頼に基づく活動でした。現場には市の職員と警察官が立ち会い、安全性を確認していました。ヒグマがいた土手と建物との間には8メートルの高低差があり、土手が天然の防壁として機能すると判断されました。駆除は一発で成功し、その時点では何も問題は指摘されませんでした。

突然の刑事事件化

ところが、駆除から約2ヶ月後、この件が突如として刑事事件として扱われることになりました。ハンターは取り調べを受け、ライフル銃は押収されました。検察は不起訴処分としましたが、警察は銃の返還を拒否したのです。そして2019年4月、北海道公安委員会は「銃弾が住宅に届く恐れがあった」という理論上のリスクを理由に、猟銃所持許可を取り消すという処分を下しました。

司法判断の逆転

ハンターはこの処分の不当性を訴えて提訴しました。2021年12月、札幌地方裁判所はハンターの主張を全面的に認め、公安委員会の処分を「社会通念上著しく妥当性を欠き違法」として取り消す判決を下しました。この判決により、北海道のハンターたちの間には希望が生まれました。しかし、公安委員会は即座に控訴し、2024年10月18日、札幌高等裁判所は一審判決を覆す逆転判決を下したのです。

不可能な基準の押し付け

高裁が示した理由は、「跳弾は飛んでいく方向が分からない」ため、弾丸が周辺の建物や人物に到達する恐れを完全に否定できないというものでした。これは事実上、理論上のあらゆるリスクがゼロでなければならないという、現実的には不可能な基準をハンターに課すものでした。市街地やその周辺での駆除活動において、理論上のリスクを完全にゼロにすることは不可能です。この判決は、どれほど慎重に行動しても、後から処罰される可能性があることを示してしまったのです。

この砂川事件が北海道のハンターたちに与えた影響は計り知れません。行政の要請に応じ、現場で警察や市職員の立ち会いのもとで適切と判断された駆除活動が、後になって処罰の対象となるのであれば、誰も安心して活動することはできません。この事件は、行政とハンターとの間に存在していた信頼関係を根本から破壊しました。

命を懸ける仕事への不当な低報酬

北海道猟友会が駆除拒否に至った理由は、法的リスクだけではありません。命を懸ける危険な仕事に対して、あまりにも低い報酬しか支払われていないという経済的な問題も大きく影響しています。

奈井江町での対立

2024年、北海道奈井江町で起きた騒動は、この問題を象徴的に示しています。町がハンターに提示した日当は8500円、発砲した場合でも1万300円という金額でした。これに対し、地元の猟友会奈井江部会の山岸辰人部会長は「我々はコンビニのバイトではない」と強く反発しました。

猟友会が求めたのは、緊急出動1回につき1人4万5000円という報酬でした。これは道や国が同様の危険な業務に対して支払う水準に合わせた現実的な金額です。さらに、安全確保のために最低2人以上での出動、赤外線ドローンによる上空からの支援、駆除後の死体処理は行政が責任を持つことなども要求していました。しかし、町は「予算がない」という理由でこれを拒否し、交渉は決裂しました。

ハンターであることの経済的負担

この低報酬がさらに理不尽に感じられるのは、ハンターになるためには莫大な個人的投資が必要だからです。ヒグマ猟に適したライフル銃は、安価なものでも20万円以上、高性能なモデルでは80万円を超え、最高級品は200万円以上もします。ライフルスコープも、基本的なモデルで4万円程度から、高級品になると85万円以上になります。

弾薬も決して安くありません。ヒグマ猟で使用される弾薬は1発あたり500円から900円以上で、20発入りの箱であれば1万円から1万8000円になります。さらに、狩猟免許の取得には講習会や申請手数料、医師の診断書などを含め、総額で10万円以上の初期費用がかかります。そして、3年ごとの免許更新費用、猟銃所持許可の更新費用、保険料、銃のメンテナンス費用など、継続的な出費も発生します。

自治体間の報酬格差

奈井江町の提示額がいかに低いかは、他の自治体と比較すれば明らかです。例えば、札幌市では出動1回に対して約2万5000円、捕獲に成功した場合は約3万6000円が支払われています。このように、同じ北海道内でも自治体によって報酬には大きな差があります。

尊厳の問題

この問題の本質は、単なる金額の多寡ではありません。それは、ハンターの専門性、投資、そして命が社会からどのように評価されているかという尊厳の問題なのです。低報酬は、行政が彼らの技術や命を軽んじているという明確なメッセージとして受け取られます。何十年もの間、北海道の公共の安全は、猟友会メンバーが自費で購入した高価な装備と個人的なリスクによって支えられてきました。この善意に基づく仕組みが、法的な裏切りと尊厳の軽視によって崩壊したのです。

ヒグマと対峙する現場の危険性

北海道猟友会のメンバーが直面しているのは、経済的・法的な問題だけではありません。ヒグマ駆除の現場では、常に生命の危険と隣り合わせの状況があります。

物理的な脅威の実態

ヒグマは北海道に生息する最大の陸上肉食動物です。成獣のオスは体長2メートル以上、体重は200キロから400キロにもなります。その力は人間とは比較にならないほど強大で、一撃で人の命を奪うことができます。2025年に福島町で発生した事故では、新聞配達員の男性がヒグマに襲われて命を落としました。このヒグマを駆除したハンターの証言によれば、暗闇の中から突如現れたヒグマとの距離が、わずか2.8メートルにまで迫ったところで、ようやく引き金を引くことができたといいます。

ハンター自身も決して安全ではありません。手負いのヒグマの逆襲によって命を落としたハンターの事例は、歴史的に数多く記録されています。高性能なライフルを持っていても、結果は保証されていません。一発で急所に命中させなければ、逆に襲われる危険性が高まります。

精神的な負担

物理的な危険以上にハンターの心を削るのは、地域を守るために行った駆除活動に対して浴びせられる心ない批判です。駆除が報道されるたびに、ハンター個人や自治体の役場には抗議の電話やメールが殺到します。その多くは、ヒグマの脅威が身近ではない北海道外から寄せられるもので、現地の切迫した状況への理解を欠いています。

「なぜ子グマまで殺した」「税金泥棒」「お前ら無能集団が」といった罵詈雑言は、もはや理性的な議論ではなく、個人への誹謗中傷です。これらの対応に追われることで、役場の通常業務にも支障が出るほどの事態となっています。

地域住民との温度差

興味深いことに、危険なヒグマが駆除されたことに対し、地元の住民の多くは安堵し、ハンターに感謝しています。しかし、遠く離れた場所から一方的に非難の声を浴びせる人々との間には、大きな隔たりがあります。ハンターたちは、自らが守ったはずのコミュニティと、危険な捕食者をロマンチックに理想化する遠い大衆との間に挟まれ、深い孤立感と精神的ストレスを抱えることになります。

道徳的負傷

多くのハンターは、自然や動物に対して深い敬意を抱いています。駆除はスポーツとしての狩猟とは異なり、公共の安全のためにやむを得ず行う必要悪です。その重い決断を下し、壮大な生き物の命を奪うという精神的負担を乗り越えた結果、「冷酷な殺人者」というレッテルと社会的非難が待っているのであれば、一体どのような救いがあるでしょうか。

このような法的、経済的、物理的、心理的なリスクが複合的に重なり合うことで、ハンターたちは追い詰められていきました。引き金を引いた後の法的な結末、世間からの非難、そしてわずかな報酬という現実。このリスクとリターンの計算は、絶望的なまでに釣り合いが取れていません。

高齢化と後継者不足という深刻な問題

北海道猟友会が直面している危機は、目に見える問題だけではありません。その根底には、急速に進むハンターの高齢化と後継者不足という、より深刻な構造的問題があります。

激減する狩猟免許交付数

かつて1979年には約45万件あった全国の狩猟免許交付数は、近年では21万件以下にまで激減しています。実際に活動しているハンターの実数は、10万人を割り込んでいるとの指摘もあります。この数字は、野生動物管理を担う人材が急速に失われていることを示しています。

6割が60歳以上という現実

さらに深刻なのは、ハンターの年齢構成です。現在、活動するハンターの実に6割以上が60歳以上で占められています。これは、ヒグマ出没という緊急事態に対応する最前線の担い手の多くが、定年退職世代であることを意味します。彼らの肩には、年齢とともに増す身体的な負担と、極度の緊張を強いる精神的な重圧が二重にのしかかっています。

「駆除の担い手」不足の本質

猟友会の関係者は、社会が嘆く「ハンター不足」は本質を捉えきれていないと指摘しています。問題なのは、趣味として狩猟を楽しむハンターの不足ではなく、公共の安全のために危険な駆除作業を担う「駆除の担い手」の決定的な不足なのです。

趣味の狩猟と行政からの要請に基づく有害鳥獣駆除は、全く異なる活動です。後者は危険でストレスが多く、多くの場合、無償かそれに近い低報酬で行われる公的サービスです。狩猟免許を持つすべての人が、この特殊で過酷な任務を遂行する意思や技術を持っているわけではありません。

負のスパイラル

法的なリスク、不当に低い報酬、社会からの非難といった要因は、若い世代が「駆除の担い手」になることをためらわせる強力な阻害要因となっています。これにより高齢化はさらに加速し、現在のシステムは自らを維持できなくなる死のスパイラルに陥っています。

増加し続けるヒグマ問題という重い負担が、数が減り、高齢化し、協力の意思を失いつつある、ごく一握りのハンターに集中しています。これは構造的に不安定で、持続不可能な仕組みです。

知識と技術の断絶

新たな担い手の減少は、単なる数の問題にとどまりません。それは、世代間で受け継がれるべき知識と技術の断絶という、より深刻な危機をはらんでいます。ヒグマを安全かつ効果的に追跡し、仕留めるために必要なスキルは、教本から学べるものではありません。それは長年の経験を持つ師から弟子へと、厳しい現場での指導を通じて受け継がれていく職人技です。

60代、70代のベテランハンターたちが持つ地域の生態系に関する膨大な実践的知識は、彼らが引退したり、この世を去ったりした時、永遠に失われる危険があります。ハンターの価値を貶め、罰する現在のシステムは、この重要な技術の継承を積極的に阻害しているのです。

行政によるリスクの一方的な転嫁

北海道猟友会の駆除拒否という決断は、個別の不満の集合体ではありません。それは、行政が一貫して、増大するヒグマ問題に伴うあらゆるリスクと責任を個々のハンターの肩に転嫁してきた、システムそのものの破綻が表面化したものです。

「緊急銃猟」制度の問題点

この構造的欠陥を象徴するのが、新たに導入された「緊急銃猟」制度です。この制度は、市街地に出没したヒグマ問題に対応するため、市町村の判断でハンターが住宅地などで銃器を使用できるようにするものです。一見すると前向きな対応に思えますが、その内実を知った猟友会は深い懐疑の念を抱きました。

曖昧な保証、具体的なリスク

猟友会は、この新制度下におけるハンターの法的責任や負傷時の補償について国に明確な回答を求めました。しかし、返ってきた答えは極めて無責任なものでした。

砂川事件のような猟銃所持許可取り消しのリスクについて、国の回答は「個別の事案ごとに判断する」というものでした。これは明確な法的保護を一切保証しないという宣言に等しく、ハンターからすれば「状況次第で処罰するかもしれない」と言われているのと同じです。

また、駆除活動中にハンターが負傷した場合の補償については、国は市町村に補償するよう「推奨する」と述べるにとどまりました。「推奨」は法的な義務ではなく、結局は財政的に厳しい自治体の判断に委ねられます。

保険制度の不備

ハンターが個人で加入する一般的な狩猟保険は、趣味の狩猟を想定して設計されており、行政の指示に基づく公的な駆除活動には十分に対応できない場合が多くあります。特に、チームの仲間内での事故や一般市民を巻き込む事故に対する賠償責任は、補償の対象外となる可能性があります。

積丹町での暴言事件

制度的な欠陥に加え、行政側からの敬意の欠如も問題です。北海道積丹町では、地元の有力政治家がハンターに対し、「どうせ金目当てでやっているんだろう」「議会で予算を減らしてやる」といった趣旨の暴言を浴びせたと報じられました。これは、自らの安全をハンターの奉仕に依存しておきながら、その担い手を軽蔑する姿勢を示しています。

責任転嫁の構造

行政のヒグマ対策は、一貫して「リスクの転嫁」という戦略に基づいています。新たな法的枠組みを作り、危機に対処しているかのように見せかけながら、その実、法的、経済的、物理的なリスクのすべてが個々のハンターによって負担されるように設計されています。

国が市街地での駆除の必要性を認識しながら、その増大したリスクを引き受けるための専門部隊を創設するのではなく、同じボランティア・ベースのハンターたちにリスクを吸収させようとしているのです。責任に関する曖昧な回答は、国家としての責任を回避するための意図的な政策選択です。

新たな社会契約の必要性

猟友会の協力拒否は、この一方的なリスクの押し付けに対する断固たる拒絶です。「もし我々に国家の公安責任の一端を担うことを望むのであれば、国家が提供するべき法的・経済的な保護も同様に提供せよ」というメッセージなのです。

今後の展望と求められる対策

北海道猟友会による駆除拒否は、現在のシステムが限界に達したことを示す明確なシグナルです。この問題を解決するためには、根本的な制度改革が必要です。

公正な報酬体系の確立

まず必要なのは、命を懸ける危険な仕事に見合った公正な報酬体系の確立です。現在のような自治体間で大きく異なる報酬ではなく、北海道全体で統一された適切な基準が必要です。道や国が同様の危険な業務に支払う水準を参考に、現実的な金額を設定すべきです。

強固な法的保護の整備

砂川事件のような理不尽な処分を防ぐため、ハンターに対する明確な法的保護が必要です。行政の要請に基づき、適切な手順で行われた駆除活動については、後から処罰されることがないという明確な保証が求められます。「個別に判断する」といった曖昧な対応ではなく、具体的な法的保護の仕組みが必要です。

包括的な保険制度の構築

駆除活動中の負傷や事故に対する包括的な補償制度も不可欠です。ハンター本人の負傷に対する補償だけでなく、第三者への損害賠償も含めた、行政が責任を持つ保険制度の整備が求められます。

専門部隊の創設と技術支援

長期的には、適切に訓練され、十分な報酬と法的保護を受ける専門的な野生動物管理部隊の創設も検討すべきです。また、ドローンやサーマルカメラなどの先進技術を導入し、ハンターの安全性を高める取り組みも重要です。

社会的理解の促進

ハンターたちが地域の安全のために果たしている役割について、広く社会的な理解を促進することも必要です。特に北海道外からの無理解な批判に対しては、現地の切迫した状況を正しく伝える努力が求められます。

後継者育成支援

高齢化と後継者不足の問題に対しては、若い世代が駆除の担い手となることを支援する制度が必要です。免許取得費用の補助、装備購入の支援、ベテランハンターによる技術指導の機会提供など、具体的な育成プログラムの整備が求められます。

地域社会への影響

北海道猟友会の駆除拒否は、全71支部に及ぶ広範な決定であり、北海道全域の地域社会に大きな影響を及ぼしています。

住民の不安の増大

ヒグマの目撃情報が過去最多を記録する中、駆除の担い手が活動を停止することは、地域住民の不安を大きく増大させます。特に山間部や農村地域では、ヒグマの出没は日常的な脅威であり、猟友会の協力が得られないことは深刻な問題です。

農林業への被害

ヒグマによる農作物や家畜への被害も増加する可能性があります。これまで猟友会による駆除や追い払いによって守られてきた農林業が、深刻な経済的損失を被る恐れがあります。

観光業への影響

北海道の豊かな自然は観光資源でもありますが、ヒグマの脅威が増すことで、観光客の安全確保が困難になる可能性があります。これは観光業にも影響を及ぼす可能性があります。

自治体の対応の限界

多くの自治体は独自でヒグマ対策を行う体制や予算を持っていません。猟友会の協力なしには、効果的な対策を実施することが極めて困難です。

ヒグマ問題の背景

北海道でヒグマの問題が深刻化している背景には、いくつかの要因があります。

個体数の増加

北海道のヒグマの推定個体数は近年増加傾向にあります。かつては狩猟圧によって個体数が抑制されていましたが、ハンターの減少により、この自然な抑制力が弱まっています。

生息域の拡大

ヒグマの生息域が人間の居住地域に近づいていることも問題です。森林の減少や開発により、ヒグマと人間の接触機会が増加しています。また、餌となる動物や植物の分布の変化も、ヒグマの行動に影響を与えています。

「アーバン・ベア」の増加

特に深刻なのが、市街地に出没する「アーバン・ベア」の増加です。かつては山奥に生息していたヒグマが、住宅地や商業地に現れるケースが増えており、人身事故のリスクが高まっています。

気候変動の影響

気候変動による生態系の変化も、ヒグマの行動に影響を与えている可能性があります。餌となる植物の生育パターンの変化や、冬眠期間の変化などが指摘されています。

他地域での類似問題

ヒグマ駆除をめぐる問題は、北海道だけの問題ではありません。全国各地で野生動物と人間の共存に関する課題が顕在化しています。

本州でのクマ問題

本州でもツキノワグマによる被害が増加しており、猟友会への依存という同様の構造的問題を抱えています。高齢化や報酬の問題も共通しており、北海道の事例は全国的な課題を先取りしているとも言えます。

イノシシやシカの問題

イノシシやシカなどの有害鳥獣についても、駆除の担い手不足は深刻です。これらの動物による農作物被害は年間数百億円規模に達しており、地域経済に大きな影響を与えています。

国際的な視点

海外でも野生動物管理は重要な課題です。多くの国では、専門的な訓練を受けた公的機関が野生動物管理を担当しており、ボランティアに依存する日本のシステムとは異なるアプローチを取っています。

専門家の見解

野生動物管理の専門家たちは、現在の状況について様々な見解を示しています。

システムの抜本的改革の必要性

多くの専門家が、ボランティアに依存する現在のシステムは持続不可能であり、抜本的な改革が必要だと指摘しています。公的な専門組織の設立や、適切な予算措置が求められています。

科学的な個体数管理

ヒグマの個体数を科学的に把握し、適切な管理計画を立てることの重要性も指摘されています。感情的な議論ではなく、データに基づいた合理的な判断が必要です。

地域特性に応じた対策

北海道は広大で地域によって状況が大きく異なります。画一的な対策ではなく、各地域の特性に応じた柔軟な対応が求められます。

メディア報道の役割

この問題に関するメディア報道のあり方も重要です。

バランスの取れた報道

ヒグマ駆除に関する報道では、動物愛護の観点からの批判が目立つことがあります。しかし、地域住民の安全や、ハンターが置かれている状況についても、バランスよく報道することが重要です。

現地の声の発信

北海道外からの批判が多い中、現地で実際にヒグマの脅威に直面している住民やハンターの声を丁寧に伝えることが必要です。

建設的な議論の促進

単に対立を煽るのではなく、問題解決に向けた建設的な議論を促進する報道が求められます。

まとめ

北海道猟友会による全71支部への駆除拒否は、決して突発的な行動ではありません。砂川事件における理不尽な法的処分、命を懸ける仕事に見合わない低報酬、ヒグマと対峙する現場の危険性、急速に進む高齢化と後継者不足、そして行政による一方的なリスクの転嫁という、複合的な問題が長年にわたって積み重なった結果です。

ハンターたちは、地域社会の安全を守るという使命感から、これまで多くの困難に耐えてきました。しかし、行政との信頼関係が完全に崩壊した今、彼らはもはや従来の方法では活動を続けられなくなりました。この駆除拒否は、公正な報酬、強固な法的保護、包括的な保険制度、そして真の敬意に基づいた新たな社会契約の構築を求める、明確なメッセージです。

北海道は今、重要な岐路に立っています。この問題を放置すれば、地域社会の安全は脅かされ、農林業や観光業にも深刻な影響が及ぶでしょう。一方で、この危機を契機として、持続可能な野生動物管理システムを構築することもできます。それには、ボランティアに依存する旧態依然としたシステムから脱却し、適切に訓練され、公正に報酬を受け、法的に保護された専門的な体制への移行が必要です。

この問題は北海道だけのものではなく、全国各地で野生動物と人間の共存を考える上での重要な教訓となるでしょう。地域の安全を守るために尽力する人々への敬意を忘れず、持続可能なシステムの構築に向けて、行政、住民、そしてハンターが協力していくことが求められています。

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