ルンバの製造元である米アイロボット社が、2025年12月14日に連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請しました。この破産申請は清算ではなく事業再建を目的としたもので、中国・深センのPicea社による買収を経て2026年2月までに再建完了を目指しています。日本国内のルンバユーザーにとって気になるのは、今後の購入や修理への影響ですが、現時点では通常のサポートが継続される見込みとなっています。
アイロボット社は家庭用ロボット掃除機「ルンバ」を世界に広めたパイオニア企業として知られています。日本市場は米国に次ぐ重要市場であり、数百万台規模のルンバが各家庭で稼働していると推定されます。今回の破産申請と買収劇は、単なる一企業の経営問題にとどまらず、消費者向けロボティクス産業全体の転換点を示す出来事といえるでしょう。本記事では、連邦破産法第11条申請の詳細から日本市場への具体的な影響、既存ユーザーが知っておくべき修理サポート情報、さらには今後の製品選びの指針まで、包括的に解説していきます。特に、手持ちのルンバがいつまで使えるのか、修理はどうなるのか、新規購入は今すべきかといった実用的な疑問に対して、具体的な情報をお伝えします。

アイロボット社の連邦破産法第11条申請とは
アイロボット社が申請した連邦破産法第11条とは、米国の倒産法において事業再建を目的とした法的手続きのことです。これは会社を清算して消滅させる第7条(チャプター7)とは根本的に異なり、事業を継続しながら財務状況を立て直すための制度となっています。
今回アイロボット社が選択したのは「プレパッケージ型」と呼ばれる形式で、これは申請前に主要な債権者と再建計画について事前合意を取り付けた上で行う手続きです。そのため、通常の破産申請に比べて手続きが迅速に進む傾向があり、アイロボット社は2026年2月までの再建完了を計画しています。この期間中、従業員への給与支払いやベンダーへの支払いは裁判所の許可を得て継続されるため、直ちにアプリが停止したりカスタマーサポートが閉鎖されたりする事態は回避される見通しです。
アイロボット社が経営破綻に至った経緯
アイロボット社の経営破綻は突発的な事故ではなく、複数の要因が重なった結果です。最大の打撃となったのは、2022年に発表されたAmazonによる約17億ドル規模の買収計画が頓挫したことでした。この買収は欧州連合(EU)の規制当局による反トラスト法上の懸念から、2024年初頭に白紙撤回されました。アイロボット社はこの買収の実現を見込んでつなぎ融資を受けていたため、買収中止により多額の負債を抱えることになったのです。
製品面での競争力低下も深刻な問題でした。かつてロボット掃除機市場を独占していたルンバですが、近年はRoborock、Dreame、Ecovacsといった中国系メーカーが台頭しています。これらのメーカーはLiDAR(ライダー)技術を用いた高精度なマッピングや、水拭き機能、モップ自動洗浄機能といった先進的な機能を搭載しながらも、価格を抑えた製品を次々と市場に投入しました。一方でアイロボット社はカメラベースのvSLAM技術にこだわり、市場のトレンドへの対応が遅れたことが消費者離れを招く結果となりました。
Picea社による買収の意味
今回の再建計画で中心的な役割を果たすのが、中国・深センに本社を置くShenzhen PICEA Robotics Co., Ltd.(以下、Picea社)です。Picea社は以前「Shenzhen 3irobotix Co., Ltd.」という社名で知られていた企業で、実はアイロボット社にとって最大の製造委託先でした。アイロボット社はコスト削減のために自社製造から外部委託へのシフトを進め、製造の大部分をPicea社一社に依存する体制となっていたのです。
この関係性が今回の買収劇につながりました。アイロボット社はPicea社に対して約1億6150万ドル(うち約9090万ドルが支払い遅延)という巨額の製造委託費を滞納しており、Picea社は債権者としての立場を強めていました。さらにPicea社は、投資会社Carlyle Groupが保有していたアイロボット社の担保付き債務を買い取ることで、実質的にアイロボット社の命運を握る存在となりました。再建完了後はPicea社が100%の株式を取得し、アイロボット社は非公開企業となる予定です。既存の株主の権益は消滅することが確定しています。
日本市場におけるルンバのサポート体制への影響
日本のルンバユーザーにとって最も気になるのは、今後のサポート体制がどうなるかという点でしょう。結論から申し上げると、連邦破産法第11条の手続き期間中(2026年2月まで)は、アプリの機能、カスタマープログラム、製品サポートに中断はないとアイロボット社は公式に声明を発表しています。
ただし、この「中断はない」という約束はあくまで法的整理期間中のものであり、再建完了後の長期的なサービスレベルが同様に維持されるかは不透明です。Picea社主導の新体制下ではコスト削減圧力が強まることが予想され、日本語サポートセンターの維持や迅速な修理物流網といった日本独自のサービス体制が合理化の対象となる可能性は否定できません。
ルンバの修理受付終了スケジュール
アイロボット製品には、製造終了から一定期間後に修理受付を終了する「エンド・オブ・サービス(EOS)」というポリシーが存在します。このスケジュールは今回の破産申請とは別に従来から設定されていたもので、主要モデルの修理受付終了予定は以下の通りです。
| シリーズ | モデル名 | 修理受付終了予定日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 800シリーズ | ルンバ 876/878 | 2026年1月13日 | 現役稼働中の個体が多いモデル |
| 800シリーズ | ルンバ 870/875A | 2025年1月14日 | 期限切迫 |
| 800シリーズ | ルンバ 880/885 | 2024年1月12日 | 既に終了 |
| 600シリーズ | ルンバ 690 | 2026年1月13日 | エントリーモデルの主力 |
| 600シリーズ | ルンバ 628/680 | 2025年1月14日 | 期限切迫 |
| 600シリーズ | ルンバ 622/631等 | 2024年1月12日 | 既に終了 |
| 700シリーズ | 全モデル | 2022年〜2023年 | 全て終了済み |
| 500シリーズ | 全モデル | 2022年以前 | 全て終了済み |
この表から読み取れる重要な点は、2010年代中盤に普及した主力モデルである800シリーズや600シリーズの一部のサポート期限が、まさに今回の破産手続き期間と重なっているということです。2026年以降のサポート継続性が不透明な中で、これらのモデルを所有するユーザーはメーカー修理を受けられなくなるリスクがあります。特にPicea社による買収後、旧アイロボット設計の独自部品の供給ラインが維持されるかは未知数であり、公式サポート終了後の部品入手性は著しく低下する恐れがあります。
日本国内の第三者修理業者という選択肢
アイロボットの公式サポートが縮小または終了した場合、日本のユーザーの受け皿となるのは第三者修理業者です。日本国内には「Sweep Master」や「ロボット掃除機リペア工房」といった、ルンバの修理を専門とする業者が存在しており、メーカー保証外の修理や並行輸入品の修理にも対応しています。
これらの業者はメーカーから直接部品供給を受けているわけではなく、独自に調達した互換部品や中古機から取り出した部品(ドナー部品)を使用して修理を行っているケースが多いです。Picea社体制下で純正部品の流通が絞られた場合、これらの第三者修理業者の重要性は今後飛躍的に高まることが予想されます。
ルンバの修理費用と故障事例の詳細
ルンバを長く使い続けるためには、修理コストについても把握しておく必要があります。日本の第三者修理業者における修理価格相場を分析することで、今後の維持コストを予測できます。
| 故障症状・修理内容 | 対象モデル例 | 修理価格(税込・概算) | 備考 |
|---|---|---|---|
| エラー26(吸引力低下) | i7, i3, e5など | 14,000円〜 | 吸引モーターや基板の不具合に起因 |
| その他のエラー故障 | 全般 | 12,000円〜 | センサー異常や通信エラーなど |
| 動かない・電源が入らない | 全般 | 8,800円〜 | バッテリー交換以外の内部基板修理 |
| 真っすぐ進まない | 全般 | 8,800円〜 | 車輪モジュールの摩耗やセンサー汚れ |
| 段差センサー交換 | 500〜900シリーズ | 12,000円〜 | 黒い床を段差と誤認する場合など |
| 前方センサー交換 | iシリーズ, jシリーズ | 12,000円〜 | 障害物検知センサーの故障 |
| 前輪(キャスター)交換 | 全般 | 5,000円〜 | 物理的な破損や脱落 |
| バッテリー交換 | 500〜700シリーズ | 8,800円 | 互換バッテリー使用の可能性あり |
| バッテリー交換 | 800〜900, i/j/eシリーズ | 10,800円 | 大容量リチウムイオンバッテリー |
特筆すべきは、「エラー26」のような基板やモーターに関わる修理が14,000円以上と高額である点です。エントリーモデルの実勢価格が2〜3万円台まで下落している現状を考えると、修理費に1万円以上かけるよりも新品に買い替えた方が経済的という判断になりやすいでしょう。これは「修理して長く使う」という従来の家電文化から、「故障したら買い替える」という消費財的なモデルへの移行を加速させる要因といえます。
互換部品の利用とそのリスク
修理コストを抑えるために、Amazonや楽天で販売されている互換部品(消耗品)を利用するユーザーも多くいます。純正の消耗品セットが高価であるのに対し、互換品は半額以下で販売されているケースも珍しくありません。
しかし、互換部品の使用にはリスクも伴います。特にメインブラシ(エクストラクター)に関しては、互換品の寸法精度が純正品と異なることがあり、動作音が極端に大きくなったり清掃能力が低下したりする事例が報告されています。また、非純正バッテリーの使用は発火事故のリスクがあり、製品寿命を縮める要因にもなり得ます。Picea社買収後にコスト削減のために純正部品自体の品質が変化する可能性もあり、部品選びは今後さらに慎重な判断が求められるでしょう。
データプライバシーとセキュリティの懸念
Picea社による買収において、日本市場で最も警戒すべき点の一つがデータセキュリティです。Picea社の前身である3irobotix社が製造したロボット掃除機において、過去に深刻なセキュリティ脆弱性が指摘されていたことは見過ごせない事実です。
セキュリティ研究者の調査によれば、3irobotix社製のハードウェアを搭載したロボット掃除機において、メーカーが遠隔でroot権限を行使できるバックドア(裏口)が存在していたことが確認されています。ある事例では、ユーザーがデータ収集を拒否するためにファイアウォールで特定のIPアドレスへの通信をブロックしたところ、デバイスが遠隔操作によって意図的に動作不能にされたという報告もあります。
カメラ搭載モデルとマッピングデータの問題
アイロボットのルンバ、特にカメラを搭載したj7シリーズやSmart Mapping機能を持つモデルは、ユーザーの自宅の間取り、家具の配置、生活パターンに関する詳細なデータを収集しています。これまでアイロボット社は米国企業として、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)に準拠した厳格なデータ管理をアピールし、データは暗号化されてAWS(Amazon Web Services)上で管理されているとしてきました。
しかし、親会社が中国企業となることで状況は変わる可能性があります。中国の国家情報法は、中国企業に対して国家の情報活動への協力を義務付けており、要請があればデータを政府に提供しなければなりません。日本の改正個人情報保護法では個人データの越境移転に関して本人同意や移転先国の法制度の確認を求めていますが、Picea社が実質的な支配権を持つ以上、データガバナンスへの懸念は完全には払拭できません。
将来的にコスト削減のためクラウドインフラがAWSから中国系クラウドに移行されたり、開発拠点の集約によってデータアクセス権限が深センのエンジニアに集中したりすれば、日本のユーザーのプライバシー情報がリスクに晒される可能性があります。既存ユーザーにとっては、プライバシーポリシーの改定通知を注視することが重要です。場合によってはWi-Fi接続を切断して「オフライン」で使用するという自衛策も検討に値するでしょう。
ルンバの製品開発はどう変わるか
アイロボット社はこれまで、MIT(マサチューセッツ工科大学)出身のエンジニアたちによる独自技術を競争力の源泉としてきました。カメラを用いたvSLAM(Visual SLAM)ナビゲーションや、デュアルアクションブラシといった特許技術は、ルンバを他社製品と差別化する重要な要素でした。
しかし、経営難に伴うコスト削減の中で、製品開発体制は既に変質し始めていました。直近で発売された低価格モデル「Roomba Combo Essential」がその象徴です。市場分析や分解調査によれば、このモデルはアイロボット独自の設計ではなく、Picea社(3irobotix社)の既存のリファレンスモデルにアイロボットのロゴを付けただけの、いわゆる「バッジエンジニアリング」製品である可能性が指摘されています。LiDARを搭載せず旧来のジャイロセンサー等で動作するこのモデルは、アイロボット独自のOS(iRobot OS)の高度な機能の一部を欠いています。
「Picea製ルンバ」がもたらす変化
Picea社による完全買収後、この傾向は加速すると予測されます。高コストな米国でのR&D(研究開発)は縮小され、Picea社が持つLiDARナビゲーション技術や多機能ドック技術を流用した「ルンバ」が登場する可能性が高いでしょう。
これにより、製品の機能自体は向上するかもしれません。例えば、他社に遅れをとっていたモップ自動洗浄機能の搭載などが実現する可能性があります。しかし、それはもはや「アイロボットのルンバ」ではなく、汎用的なODM製品にルンバのブランドを冠したものになります。日本の消費者にとって、これは「ブランドの信頼性」と「機能的価値」の乖離を意味します。高いブランド料を払ってルンバを購入しても、中身が数万円安い他社製品と同等であれば、あえてルンバを選ぶ理由は薄れていくでしょう。
現在の市場動向と在庫処分セール
破産申請前後から、日本国内の家電量販店やオンラインストアではルンバの在庫処分が活発に行われています。ビックカメラやAmazon.co.jpでは、ブラックフライデーや年末セールを通じて、かつての上位モデルが大幅な値引き価格で販売されました。
Roomba Combo j9+は発売当初10万円を超える価格でしたが、セール時には大幅に値下げされるケースが見られます。また、Roomba Combo Essentialは2〜3万円台の実勢価格でエントリー層向けに大量供給されています。この「投げ売り」状態は、アイロボット社が現金を確保する必要に迫られていたことの表れであり、流通在庫を一掃しようとする動きといえます。消費者にとっては高性能機を安価に入手するチャンスである一方、将来のサポート不安を抱えた製品を購入するリスクとも表裏一体です。
ルンバ以外のロボット掃除機という選択肢
アイロボット社の失速により、日本のロボット掃除機市場では競合他社が存在感を増しています。新規購入を検討している方は、ルンバ以外の選択肢についても把握しておくとよいでしょう。
中国系メーカー(Roborock・Dreame・Ecovacs)
技術的には既にアイロボットを凌駕しているとされる中国系メーカーは、強力な吸引力、精度の高いLiDARマッピング、温水モップ洗浄といった先進機能を備えた製品を展開しています。プレミアム市場を席巻しつつあり、機能面での満足度は高い傾向にあります。ただし、データプライバシーの懸念はルンバと同様、あるいはそれ以上に存在することを理解しておく必要があります。
Dyson(英国/シンガポール)
Dyson 360 Vis Navは、中国系メーカー以外のプレミアム選択肢として有力です。Dysonならではの圧倒的な吸引力とブランドへの信頼感がありますが、ロボットとしてのナビゲーション性能や障害物回避能力では専用メーカーに一歩譲る評価も見られます。また価格も非常に高額となっています。
Panasonic Rulo(日本)
国内メーカーとしてはPanasonicのRulo(ルーロ)が存在感を示しています。三角形の形状で部屋の隅の掃除に強く、パナソニックというブランドの安心感から、特に高齢者層やデータセキュリティに敏感な層から支持を集めています。機能面では海外メーカーに対して周回遅れの感は否めませんが、「安心」を買うという意味では再評価される可能性があるでしょう。
今後のルンバユーザーへの提言
今回の破産申請と買収を受けて、現在のルンバ所有者と新規購入検討者それぞれに向けた具体的な対応策をまとめます。
現在ルンバを所有している方へ
まず消耗品の確保が重要です。フィルター、ブラシ、紙パックなどの純正消耗品は、供給が安定している現時点で1〜2年分をストックしておくことをお勧めします。将来的にパッケージ変更や流通経路の変更で入手しにくくなる可能性があるためです。
次にデータ設定の見直しも検討に値します。プライバシーに不安がある場合は、アプリの「マッピング機能」や「画像送信機能」の設定を確認し、必要に応じて変更することが賢明です。極端な場合はWi-Fi接続を切って物理ボタンのみで使用する運用も一つの選択肢となります。
新規購入を検討している方へ
現在の在庫処分価格は非常に魅力的であることは事実です。ハードウェアとしての性能、特にj7+やs9+といった上位モデルは依然として高い水準にあります。割り切って「使い切り」感覚で安価に購入するのであれば、今は賢い選択のタイミングかもしれません。ただし、5年、10年と修理しながら使い続けることを期待してはいけません。
データセキュリティを最優先するのであれば、機能は劣ってもPanasonicのRuloや、ネットワーク接続なしで動作するシンプルなモデルを検討すべきでしょう。最高性能を求めるならRoborockやDreameの方が満足度は高い傾向にありますが、データのリスクはルンバと同等であることを理解した上で選択する必要があります。
まとめ
アイロボット社の連邦破産法第11条申請とPicea社による買収は、ルンバというブランドの消滅を意味するものではありません。むしろ、Picea社の資金と製造能力によりブランド自体は存続し、新製品も投入され続けるでしょう。しかし、そこにはかつて「ロボット専業メーカー」として世界をリードしたアイロボット社の独自の哲学、設計思想、そしてデータプライバシーへの厳格な姿勢は継承されない可能性が高いと考えられます。
日本市場においては、短期的なサービス継続は保証されているものの、中長期的にはコモディティ化していく未来が待っているかもしれません。今回の出来事は、ハードウェア製造の主導権がどこにあるかを改めて浮き彫りにする象徴的な事件といえます。消費者としては「ブランド名」だけでなく、「誰が作り、誰がデータを握っているか」という視点で製品を選ぶ姿勢が、今後ますます重要になってくるでしょう。

コメント