南鳥島レアアース採掘が始動!商業化の課題と2030年への見通しを解説

社会

南鳥島沖のレアアース採掘は、2025年1月に地球深部探査船「ちきゅう」による世界初の大水深連続揚泥試験が実施され、商業化に向けた実証フェーズへと大きく前進しました。日本の排他的経済水域内に眠るこの海底資源は、国内年間需要の数十年分から数百年分を賄えるポテンシャルを持ち、資源輸入国・日本を「資源大国」へと変貌させる可能性を秘めています。ただし、水深6,000メートルという極限環境での採掘技術、莫大な初期投資コスト、そして隣接する公海域で中国が進める開発との競争といった課題が山積しており、商業化の見通しは2030年頃の初期生産開始を目指すロードマップが描かれています。

この記事では、南鳥島周辺海域におけるレアアース泥およびマンガンノジュール開発の現状から、具体的な採掘技術、経済的な課題、地政学的な競争環境、そして今後の商業化に向けた見通しまで、最新の状況を踏まえて詳しく解説します。脱炭素社会とデジタル経済を支える「産業のビタミン」とも呼ばれるレアアースの自国調達を目指す、日本の国家戦略の全容をお伝えします。

南鳥島レアアース開発とは何か

南鳥島レアアース開発とは、日本最東端の島である南鳥島周辺の排他的経済水域内の海底に存在するレアアース泥とマンガンノジュールを採掘し、商業利用を目指すプロジェクトのことです。このプロジェクトは、日本の資源安全保障戦略において極めて重要な位置づけにあります。

2010年に発生した尖閣諸島漁船衝突事件をきっかけとした「レアアース・ショック」は、中国からのレアアース輸出規制という形で日本経済に大きな打撃を与えました。この経験は、特定の国への資源依存がいかに危険であるかを日本に痛感させ、サプライチェーンの多角化が国家存亡に関わる課題であることを明らかにしました。こうした背景のもと、自国の海域内で発見されたレアアース泥とマンガンノジュールは、日本の資源戦略を根本から変える可能性を持つ存在として注目されるようになりました。

プロジェクトは2024年から2025年にかけて劇的な進展を遂げています。2024年6月にはマンガンノジュールの密集域が発見され、同時期にプロジェクト名称が「南鳥島レアアース泥・マンガンノジュールを開発して日本の未来を拓く」へと変更されました。そして2025年1月には地球深部探査船「ちきゅう」による世界初の大水深連続揚泥実証試験が開始され、長年の基礎研究が商業化を見据えた実証フェーズへと移行しました。

南鳥島海底資源の特徴と埋蔵量

南鳥島周辺の海底には、主に二つの重要な資源が存在しています。一つはレアアース泥、もう一つはマンガンノジュールです。それぞれが持つ特徴と埋蔵量について詳しく見ていきます。

レアアース泥の驚異的な品位

レアアース泥は、南鳥島周辺の水深5,000メートルから6,000メートルの海底下に広がる堆積物です。2013年に東京大学の加藤泰浩教授らのチームによって発見されたこの資源は、数千万年前に海洋プランクトンの骨や歯などが堆積し、海水中に溶け込んでいたレアアースを吸着して形成されたものとされています。

この資源の最大の特徴は、圧倒的な「濃度」と「量」にあります。ハイブリッド車のモーターや風力発電機に不可欠なジスプロシウムやテルビウムなどの「重レアアース」を極めて高濃度に含んでおり、その濃度は最高で6,600ppmを超えます。これは中国の陸上鉱山における濃度の約20倍に達する場合もあり、わずか100平方キロメートルの有望エリアを開発するだけで、日本の年間需要の数十年分から数百年分を賄えるポテンシャルがあります。

さらに重要なのは、陸上鉱山開発で常に問題となる放射性元素であるトリウムやウランの含有量が極めて低いという点です。このため、採掘および製錬工程における放射線対策コストを抑制できるだけでなく、環境への放射能汚染リスクを回避できます。環境規制が厳格化する現代において、この「クリーンな資源」としての特性は決定的な競争優位性となります。

マンガンノジュールの大量発見

2024年、南鳥島プロジェクトに新たな展開がありました。日本財団と東京大学による詳細な音響調査の結果、南鳥島排他的経済水域内の約10,000平方キロメートルの海域に、約2.3億トンものマンガンノジュールが密集して存在していることが確認されました。マンガンノジュールとは、球状または楕円状の黒い塊で、海底面に露出して転がっている鉱物資源のことです。

この発見が特に注目されたのは、ノジュールの中に含まれる「バッテリーメタル」の量です。試算によれば、この海域のノジュールには約61万トンのコバルトと約74万トンのニッケルが含まれています。日本の年間消費量に換算すると、コバルトは約75年分、ニッケルは約11年分に相当します。コバルトは生産の過半を政情不安定なコンゴ民主共和国に依存し、かつ製錬の大部分を中国が握っているため、供給リスクが極めて高い鉱物です。自国の排他的経済水域内にこれほどの規模のコバルト資源が確認されたことは、日本の経済安全保障戦略を根本から強化する材料となっています。

二つの資源の複合開発

レアアース泥とマンガンノジュールの賦存域は近接、あるいは一部重複しています。このため、2024年6月のプロジェクト名称変更に見られるように、泥と団塊という物理的性状の異なる二つの資源を、同一の海域インフラを用いて包括的に開発しようとする戦略的転換が図られています。泥はポンプで吸い上げ、団塊は物理的に集鉱するという技術的差異はあるものの、運搬船や母船の共有化によるコストシナジーが期待されています。

水深6,000メートルでの採掘技術の課題

南鳥島の資源開発において最も困難な課題は、水深6,000メートルという「超大水深」での採掘です。この深さは人類がこれまで商業規模で採掘を行ったことのない未踏の領域であり、極限環境に対応した技術開発が不可欠となっています。

超大水深という技術的障壁

海洋石油・ガス開発においても、水深3,000メートル級が技術的なフロンティアとされています。南鳥島の資源はその倍の深度に存在しており、商業規模での採掘は人類未踏の領域です。水深6,000メートルの深海では、約600気圧もの水圧がかかります。これは指先に軽自動車が乗るのに等しい圧力であり、この極限環境下で安定的に資源を洋上まで引き上げるための技術開発が、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の主導で進められてきました。

エアリフト方式のメカニズム

日本が選択した揚泥技術の核心は「エアリフト方式」です。この方式は、船上から海底まで降ろした全長6,000メートルの揚泥管(ライザーパイプ)の途中から圧縮空気を送り込み、管内の流体密度を下げることで発生する上昇流を利用して、泥やノジュールを吸い上げる仕組みです。原理自体は水槽のエアレーションと同様ですが、深海6,000メートルでの適用には高度な流体制御が必要となります。

ボイルの法則により、深海で注入された気泡は海面に近づくにつれて急激に膨張し、体積は最大で600倍にも達します。この急激な膨張は、管内の流速を爆発的に加速させ、気体・液体・固体の三相が混在する流れの挙動を不安定にするリスクがあります。制御を誤れば、気体の塊が発生してパイプに激しい振動を与えたり、閉塞を引き起こしたりしてシステム全体を破壊しかねません。SIPの研究では、最適な深度での空気注入と気泡の微細化、流量制御のアルゴリズムを確立することで、この課題を克服しようとしています。

ライザーパイプの構造的挑戦

6,000メートルもの長さのパイプを懸垂すること自体が、巨大な構造的挑戦です。パイプ自体の重量に加え、内部を通る泥の重さ、海流による抵抗、船の動揺による慣性力が加わり、パイプ上部には想像を絶する引張応力がかかります。既存の鋼材では自重で破断してしまうため、超高張力鋼の採用や、炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料の活用、さらには浮力体を装着して水中重量をキャンセルするなどの工夫が凝らされています。

地球深部探査船「ちきゅう」による実証試験

2025年の実証試験において中心的な役割を果たしたのが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が運用する地球深部探査船「ちきゅう」です。世界最高の掘削能力を持つこの科学掘削船は、デリック(掘削やぐら)の高さやライザーパイプの運用能力において、現時点でこのミッションを遂行できる世界で唯一の船舶といえます。

世界初の大水深連続揚泥試験

2025年1月12日、地球深部探査船「ちきゅう」は静岡県の清水港を出港し、南鳥島沖へと向かいました。この航海のミッションは、水深6,000メートルの海底から、日量350トンのレアアース泥を連続的に揚泥することでした。これは単なるサンプリングではなく、商業生産を模した連続運転プロセスの実証であり、世界初の試みとなりました。

試験の目標と進行

試験は段階的に進行しました。まず、採鉱機(集泥機)を海底に着底させ、泥の取り込み機能と走行性能を確認しました。次に、エアリフトシステムを稼働させ、実際に泥を洋上まで引き上げました。この際、最も重要視されたのが「閉塞」の回避と、揚泥量の安定性です。泥の粘度や粒径によってはパイプ内で詰まりが発生しやすくなるため、海水の注入量や空気圧の微調整がリアルタイムで行われました。2025年2月中旬までの期間でデータが収集され、2026年以降の本格的な商業実証試験へとつなげる計画が進んでいます。

環境モニタリングの実施

この試験では、技術的な採掘能力の確認と同時に、環境影響の評価も重要な目的となりました。SIP海洋プロジェクトでは、独自の環境モニタリングシステム「江戸っ子1号」などを海底に設置し、採掘作業に伴う濁り(プルーム)の拡散状況や、深海生物への影響を常時監視する体制を敷いています。また、揚泥した泥からレアアースを回収した後の残土や廃水をどのように処理するかという点に関しても、「閉鎖型循環システム」の有効性が検証されています。これは、処理水を船上で浄化し、再び海底へ戻す、あるいは影響の少ない深度で放出する技術であり、海洋汚染を防ぐための鍵となります。

商業化に向けた経済的課題

南鳥島プロジェクトが直面する最も現実的かつ深刻な課題は、経済性です。深海採掘は、探査、設備投資、操業費用のすべてにおいて莫大なコストを要します。1970年代から提唱されてきた深海マンガン団塊の開発がこれまで実現しなかった最大の理由は、陸上鉱山と比較してコスト競争力で劣っていたからです。

巨額の初期投資と「死の谷」

商業化のためには日量数千トンから1万トン規模の採掘が必要とされており、初期投資だけで1,000億円単位の資金が必要になると見られています。現代の安全基準や環境対策費を考慮すると、コストはさらに跳ね上がります。この巨大な初期投資と、収益化までの長いリードタイム、いわゆる「死の谷」を、民間企業単独で負担することは極めて困難です。

製錬技術による経済性の改善

しかし、南鳥島のレアアース泥には、経済性を大きく改善しうる技術的ブレイクスルーが存在します。それが、加藤教授らが提唱する「酸浸出法」の適用性の高さです。レアアース泥に含まれるレアアースは、比較的溶けやすいリン酸塩鉱物に吸着しているため、希塩酸や希硫酸に短時間浸すだけで、90%以上の高い回収率で抽出可能であることが判明しています。岩石を粉砕したり、高温で焙焼したりする必要がある陸上の硬岩型鉱床と比較して、製錬コストとエネルギー消費を大幅に圧縮できる可能性があります。

産学官連携のコンソーシアム体制

この経済的リスクを分散し、確実にサプライチェーンを構築するために設立されたのが「レアアース泥・マンガンノジュール開発推進コンソーシアム」です。ここには、三井海洋開発や東亜建設工業といった海洋エンジニアリング企業、JX金属や三井金属鉱業などの製錬企業、そしてトヨタ自動車などの最終需要家まで、30社を超える国内主要企業が参画しています。各社が持つ技術を持ち寄り、採掘から製品化までを一気通貫で行う体制が整えられています。

経済安全保障上の「保険料」としての位置づけ

純粋な市場原理だけで見れば、安価な中国産レアアースに対抗するのは容易ではありません。しかし、本プロジェクトは「経済安全保障」の文脈で評価されるべきものです。中国による輸出規制や地政学的リスクにより供給が途絶した場合、日本の製造業が被る損害は計り知れません。南鳥島の資源開発コストは、国家の産業基盤を守るための「安全保障上の保険料」として捉えられており、政府も補正予算による支援やJOGMECを通じたリスクマネーの供給を行う構えを見せています。

中国との地政学的競争の激化

南鳥島プロジェクトを急がせる最大の要因は、隣接する公海域における中国の動向です。南鳥島の排他的経済水域境界線のすぐ外側の公海において、中国は着々と足場を固めています。

南鳥島周辺の「包囲網」

国際海底機構(ISA)のデータによれば、中国の国有企業「北京先駆高技術開発有限責任公司」は、南鳥島沖の西太平洋公海域において、マンガンノジュールの探査鉱区を取得しています。この鉱区の契約期間は2019年から2034年までとなっています。

この中国の鉱区は、日本の排他的経済水域を取り囲むように設定されており、地質学的には南鳥島排他的経済水域内の資源と連続した鉱床である可能性が高いとされています。つまり、同じ海域の資源を巡って、排他的経済水域の内側では日本が、外側では中国が開発競争を繰り広げる構図となっています。中国は2025年夏にも、この鉱区で大規模な採鉱試験を実施する計画を発表しており、これに合わせて海軍艦艇が周辺海域に展開するなど、資源調査と軍事プレゼンスの誇示が一体化した「軍民融合」の動きを見せています。

国際海底機構での攻防

国家管轄権外の区域に存在する深海底の資源は、国連海洋法条約に基づき「人類の共同の財産」とされ、国際海底機構が管理しています。現在、国際海底機構では商業採掘に向けた規則(マイニングコード)の策定が大詰めを迎えていますが、環境保護を優先する欧州諸国と、早期開発を目指す中国やナウルなどとの間で激しい対立が続いています。中国は国際海底機構内での影響力を拡大しており、事務局長選挙や委員会のポストを通じて、自国に有利なルール形成を図っています。

日本もこれに対抗し、2025年には南鳥島排他的経済水域周辺の公海域における調査を加速させ、新たな国際鉱区の申請を行う方針を打ち出しました。これは、将来的に公海での商業採掘が解禁された際に、優良な鉱区を確保するための「先手」であり、中国の独占を防ぐための戦略的な動きです。

法制度の整備と環境保護への対応

排他的経済水域内での資源開発を進めるにあたり、国内法の整備も急務となっています。また、深海採掘に対する環境保護団体からの懸念にも適切に対応する必要があります。

国内法の整備状況

現在、日本の鉱業法は陸上の鉱山を主眼に置いており、深海採掘に特化した規定が不十分であるとの指摘があります。洋上風力発電の導入促進のために制定された「再エネ海域利用法」のように、排他的経済水域における長期的な占有や開発権を明確にするための法改正が議論される見通しとなっています。これには、環境影響評価の手続き簡素化や、事業者の権利保護が含まれると予想されます。

環境保護への配慮

深海採掘に対しては、国際的な環境保護団体や一部の海洋科学者から、生物多様性の喪失を懸念する声が上がっています。深海の生態系が極めて脆弱であり、回復に数百年から数千年を要するという指摘に基づき、十分な科学的知見が得られるまでの「モラトリアム」を求める声も存在します。

日本としては、これらの懸念を無視して開発を強行することはできません。そのため、SIPプロジェクトでは、国際標準化機構(ISO)の規格策定に積極的に関与し、日本発の環境モニタリング手法を国際標準にすることを目指しています。透明性の高いデータ開示と、科学的根拠に基づいた環境管理計画の策定が、国際社会からの「社会的操業許可」を得るための必須条件となります。

商業化の見通しとロードマップ

南鳥島プロジェクトは、2030年頃の初期商業生産開始を目指したロードマップに沿って進められています。短期的なマイルストーンと中長期的な展望について整理します。

2025年から2026年の短期的マイルストーン

2025年は、南鳥島プロジェクトにとって正念場の年となりました。「ちきゅう」による実証試験の結果次第で、その後の開発スピードが決まるからです。揚泥試験で得られたレアアース泥は、陸上のパイロットプラントに送られ、選鉱・製錬の実証試験に供されています。ここでは、酸浸出法による抽出効率の確認や、廃液処理、残渣の減容化技術の確立が焦点となっています。また、2026年には、より大規模かつ長期間の連続運転試験が計画されており、商業機に近いシステムでの耐久性が検証される予定です。

2027年以降の中長期的展望

2027年以降は、民間企業への技術移転と、商業化に向けた最終的な事業性評価のフェーズに入ります。ここでは、政府による支援スキームとして補助金、税制優遇、JOGMECの債務保証などの具体化が求められます。順調に進めば、2030年頃には初期段階の商業生産が開始されるシナリオが描かれています。当初は小規模な生産からスタートし、徐々に生産量を拡大していくことで、リスクを管理しながら市場への供給を開始する計画です。

日本の資源戦略における南鳥島プロジェクトの意義

南鳥島周辺のレアアース泥およびマンガンノジュール開発は、単なる一過性の鉱山プロジェクトではありません。それは、資源小国・日本が、自らの海域に眠る資源を活用し、自律的なサプライチェーンを構築するための国家百年の計といえます。

技術的なハードルは高く、経済的な課題も山積しています。水深6,000メートルという極限環境での採掘、巨額の初期投資、中国との地政学的競争、環境保護への配慮など、克服すべき課題は多岐にわたります。しかし、それを乗り越えた先には、他国の意向に左右されない強靱な産業基盤と、海洋立国としての新たな未来が待っています。

21世紀の産業競争力はデータとエネルギーによって定義されますが、それらを物理的に構成するのはレアアースをはじめとする重要鉱物です。脱炭素社会とデジタル経済を支える「産業のビタミン」としてのレアアースの重要性は、今後ますます高まることが予想されます。南鳥島プロジェクトは、日本がこの競争において確固たる地位を築くための挑戦であり、その動向は世界からも注視されています。

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