久光製薬のMBOとは、同社の創業家出身の経営者が代表を務める資産管理会社「タイヨー興産」を通じて、一般株主から株式を買い取り、東京証券取引所での上場を廃止して非公開化する大規模な経営判断のことです。2026年1月7日から実施されていた株式公開買付け(TOB)は、2026年2月20日に成立が正式に発表されました。買収総額は約4,000億円から4,500億円に上る巨大案件であり、日本の製薬業界における歴史的な転換点として大きな注目を集めています。この記事では、久光製薬がなぜMBOによる上場廃止を選択したのか、その成立までの経緯と3つの核心的な理由、そして非公開化後に同社が描くグローバル戦略と次世代技術への展望について詳しく解説します。

そもそもMBO(マネジメント・バイアウト)とは
MBOとは「Management Buyout(マネジメント・バイアウト)」の略称で、企業の現経営陣が特別目的会社などを設立し、既存の株主から自社の株式を買い取ることによって企業を非公開化するM&A(企業の合併・買収)の一手法です。所有と経営を一体化させることで、外部株主の影響を受けずに経営判断を行える体制を構築できる点が最大の特徴となっています。
企業が株式を上場する主な目的は、幅広い投資家から事業資金を調達することや、上場企業としての社会的信用を獲得して優秀な人材の確保や取引先との関係強化を図ることにあります。しかし、企業が十分な内部留保を蓄え、事業活動に必要な資金を自社のキャッシュフローや金融機関からの借り入れで賄えるようになると、上場を維持するメリットは相対的に低下していきます。その一方で、監査法人への報酬、証券代行機関への手数料、有価証券報告書の作成費用、そして投資家向け広報活動に費やす経営陣の時間と労力といった上場維持コストは増大し続ける傾向にあります。
近年の日本の資本市場では、東京証券取引所が主導するコーポレートガバナンス改革の波が押し寄せています。企業に対しては自己資本利益率(ROE)の向上やPBR(株価純資産倍率)1倍割れの是正など、資本コストや株価を強く意識した経営が厳格に求められるようになりました。さらに「物言う株主」と呼ばれるアクティビストファンドが台頭し、豊富な手元資金を抱える企業に対して積極的な株主還元や不採算事業の切り離しを強く要求するケースが急増しています。こうした環境のもと、MBOは市場からの過度な短期主義的圧力から企業を解放し、長期的な成長戦略に専念するための有効な手段として注目を集めているのです。
久光製薬MBOの成立経緯とTOBの結果
久光製薬のMBOは2026年1月6日深夜に正式発表されました。消炎鎮痛を目的とした貼付剤(湿布薬)分野で長年にわたり圧倒的な市場シェアとブランド力を築いてきた同社が、自ら上場企業としての地位を手放すという決断は、市場関係者や医療業界、そして広く一般社会に多大な衝撃を与えました。
MBOの買収主体と資金規模
このMBOで買収主体(公開買付者)の役割を担ったのは、久光製薬の創業家出身で代表取締役社長を務める中冨一栄氏が代表を務める資産管理会社「タイヨー興産」です。タイヨー興産はもともと久光製薬の株式を177万1,200株(議決権比率で約2.51%)保有する少数株主の一つでしたが、今回の非公開化において一般株主から全株式を取得するための受け皿として戦略的に活用されることになりました。非公開化の実務を円滑に進めるため、久光製薬本体から6名の中核的な従業員がタイヨー興産へ出向する体制も整えられ、実質的に久光製薬の現経営陣とタイヨー興産が一体化した強力な推進体制が構築されました。
市場関係者を最も驚かせたのは、その巨大な資金規模です。タイヨー興産が市場の一般株主から株式を買い集め、完全非公開化を達成するために必要な買収総額は約4,000億円から4,500億円に上ると見込まれています。一介の資産管理会社が単独でこれほどの資金を用意することは不可能であり、メガバンクを中心とした複数の金融機関からの協調融資など、外部からの巨額の資金調達が行われたと考えられます。この買収総額の大きさは、創業家が自社の現状に対していかに強い危機感を抱き、同時に将来性に対して絶大な自信とリスクを背負う覚悟を決めたかを物語っています。
TOBの成立と結果
タイヨー興産は発表の翌日である2026年1月7日からTOBを開始し、買付期間は2026年2月19日までの約1か月半に設定されました。以下の表に、TOBの主要な数値と経緯をまとめます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| MBO発表日 | 2026年1月6日(深夜) |
| TOB開始日 | 2026年1月7日 |
| TOB終了日 | 2026年2月19日 |
| TOB成立発表日 | 2026年2月20日 |
| 買付予定数の下限 | 4,111万9,400株 |
| 最終応募株数 | 4,180万3,599株 |
| 決済開始日 | 2026年2月27日(予定) |
| タイヨー興産の議決権比率(TOB前) | 約2.51% |
| タイヨー興産の議決権比率(TOB後) | 約61.81% |
2026年2月20日にTOBの成立が正式に発表され、最終的な応募株数は4,180万3,599株に達しました。あらかじめ設定されていた買付予定数の下限である4,111万9,400株を安定して上回る結果となり、タイヨー興産の議決権所有割合は従来の2.51%から61.81%へと大幅に上昇しました。これにより同社は久光製薬の経営権を完全に掌握する筆頭株主となっています。株式の決済開始日は2026年2月27日に設定されており、この日をもって株主名簿上の大規模な異動が正式に完了する予定です。
久光製薬の上場廃止に向けた今後のスケジュール
TOBの成立は上場廃止プロセスの第一段階であり、完全な非公開化の実現にはさらなる手続きが必要です。具体的には、TOBに応募しなかった残りの一般株主から全ての株式を法的手続きに則って取得する「スクイーズアウト」と呼ばれるプロセスが控えています。
久光製薬とタイヨー興産は、2026年4月中旬に臨時株主総会を開催する予定であることを公表しています。この臨時株主総会では、株式併合などの手法により少数株主の保有株式を強制的に金銭で買い取るための議案が提出される見込みです。タイヨー興産がすでに60%以上の議決権を確保しているため、特別決議が必要な場合であっても議案の可決は確実視されています。
臨時株主総会での決議を経た後は、東京証券取引所プライム市場が定める上場廃止基準に従い、一定期間の整理銘柄への指定を経て、正式に上場廃止の効力が発生する見通しです。これらの手続きが全て完了すると、久光製薬は株式市場から完全に離れ、創業家と現経営陣が100%の支配権を持つプライベートカンパニーへと移行することになります。
久光製薬がMBOで上場廃止を選択した3つの理由と背景
久光製薬がこれほど巨額の資金を投じてMBOに踏み切った背景には、3つの核心的な理由が存在します。以下の表にその概要をまとめます。
| 理由 | 概要 |
|---|---|
| 次世代技術への集中投資 | マイクロニードル技術の実用化に数千億円規模の長期投資が必要であり、短期的な業績悪化を許容できる環境が不可欠 |
| 国内市場の構造的逆風 | 湿布薬市場の成熟と保険適用制限の強化により、事業構造の抜本的転換を迅速に進める必要がある |
| 資本市場からの圧力排除 | アクティビストの要求や敵対的買収リスクを排除し、経営資源を本来の課題に集中させる |
いずれも同社の長期的な生存と成長に直結する切実な課題であり、上場企業のままでは解決が困難であるという経営判断がMBOという決断を後押ししました。
マイクロニードル技術への集中投資が最大の理由
久光製薬がMBOを決断した最大の理由は、次世代の経営の柱と位置づける「マイクロニードル技術」への圧倒的な集中投資を実現するためです。マイクロニードルとは、長さ1ミリメートル以下の極小の針が無数に並んだパッチ状の製剤のことで、皮膚に貼るだけで角質層を物理的に突破し、有効成分を体内の毛細血管へ直接浸透させることができる画期的な技術です。
久光製薬は消炎鎮痛剤を中心とした貼り薬の分野で世界有数の技術力を誇ってきましたが、湿布薬という既存市場は製品のコモディティ化が進み、すでに成熟期を迎えています。今後の爆発的な市場拡大を見込むことは困難な状況にあり、「痛み止めの貼り薬メーカー」から「高度な医療用医薬品を皮膚から体内に届ける革新的企業」へと進化するための決定的な技術がマイクロニードルなのです。
この技術を基礎研究の段階から実際の医療現場で使用される医療用医薬品として実用化し、安全かつ安定的な量産体制を整えるためには、数千億円規模の設備投資と研究開発費、そして数年から十数年にわたる長い歳月が必要となります。創薬プロセスには治験などの厳格な手続きが伴い、成功の保証はありません。
公開企業のままこうした超長期かつ不確実性の高い大規模投資を行えば、減価償却費や研究開発費が損益計算書に重くのしかかり、営業利益や純利益を大きく圧迫することになります。株式市場の投資家は四半期ごとの業績変動に敏感であり、利益水準の悪化は株価の大幅な下落を招き、株主からの厳しい批判や経営責任の追及を受けるリスクが極めて高いのです。MBOによって株主を経営陣に一本化することで、短期的な利益の低迷に左右されることなく、10年・20年先を見据えた大規模投資に腰を据えて取り組める環境が実現します。
マイクロニードルがもたらす医療のブレイクスルー
マイクロニードル技術には、従来の医療行為の常識を覆す顕著な特徴があります。第一に、針の長さが極めて短いため痛覚神経に達せず、注射のような鋭い痛みを伴わずに薬物を投与できます。第二に、注射器が不要となることで、医療従事者による専門的な穿刺手技が不要になるだけでなく、使用済み注射針による針刺し事故や医療廃棄物の問題を大幅に軽減できます。第三に、特別な訓練を受けていない患者自身が自宅で簡便かつ安全に薬剤を投与できるようになります。第四に、角質層を物理的に通過させるため、従来の塗布剤やテープ剤では吸収できなかった大きな分子の薬効成分も効率的に血中へ移行させることが可能です。
久光製薬が特に注力しているのは「ワクチンのパッチ化」と「高分子薬の経皮投与」の2つの領域です。ワクチンのパッチ化は、注射器を使わずに肩などの皮膚にパッチを貼るだけでワクチン接種が完了するシステムであり、パンデミック発生時における集団接種の迅速化や、途上国におけるコールドチェーン(低温物流)の課題解決に大きく貢献する技術です。高分子薬の経皮投与については、従来は分子量が大きく経口投与も経皮投与も不可能で、痛みを伴う注射でしか投与できなかったインスリンや抗体医薬などのバイオ医薬品を「貼るだけで摂取可能」にする画期的な技術の確立を目指しています。これが実現すれば、日々の注射に負担を感じている糖尿病患者などのQOL(生活の質)が劇的に向上することになります。さらに医療分野にとどまらず、ヒアルロン酸パッチなど美容分野への応用も期待されており、その市場の裾野は非常に広いものとなっています。
国内湿布薬市場の逆風と事業構造転換の背景
MBOの第二の理由は、久光製薬の主力事業である国内の医療用湿布薬市場に吹く構造的な逆風と、それに対応するための迅速な事業構造転換の必要性です。日本では急速な少子高齢化の進展に伴い国民医療費が年々膨張しており、国家財政を圧迫する深刻な社会問題となっています。この医療費適正化の波は、久光製薬の屋台骨である湿布薬の分野に容赦なく押し寄せています。
厚生労働省が主導する診療報酬改定のたびに、医師が処方できる医療用湿布薬の枚数に対する制限が強化されてきました。さらに、市販薬(OTC医薬品)で代替可能な軽症用医薬品を公的医療保険の適用から完全に除外すべきだという議論が、財政制度等審議会などで継続的かつ強力に展開されています。こうした保険適用除外などの制度変更リスクが現実のものとなれば、久光製薬の国内売上高と利益水準に直結する死活問題となり、収益の柱が根本から揺らぎかねない状況です。
この危機的状況を打開するには、国内の保険市場に過度に依存した収益構造から脱却し、自費診療領域や新たな医療技術分野へとビジネスモデルを抜本的に転換する必要があります。上場企業の場合、主力事業の縮小を前提とした事業ポートフォリオの大転換や新規領域へのリソース再配分を行うには、機関投資家や個人株主への丁寧な説明、株主総会での承認など膨大な手続きと時間がかかります。MBOによって「株主=経営者」というシンプルな所有体制を構築することで、企業の命運を分ける重要な経営方針を経営会議一つで即決し、即座に実行に移せる圧倒的なスピード感を獲得できるのです。変化の激しい医療業界において、この意思決定の速さと実行への機動力は、企業の存亡を分ける競争優位性の源泉となります。
資本市場からの圧力排除と経営の自由度確保
第三の理由は、外部株主からの過度な干渉の排除と、上場維持に伴う多大なコストやリスクの回避です。この要素は、創業家がMBOを決断するうえで極めて大きな比重を占めていたと考えられます。
東京証券取引所は上場企業に対するガバナンス改革を強力に推進しており、特にPBR(株価純資産倍率)が継続して1倍を割れている企業には改善計画の開示と実行を厳格に求めています。さらに、国内外のアクティビストファンドの活動が活発化し、豊富な手元資金を持つ企業や資産の有効活用が不十分と見なされる企業に対して、大幅な増配や自己株式の取得といった株主還元を強く要求するケースが急増しています。
久光製薬のような長年の歴史と安定した財務基盤を持つ企業も、こうした外部からの絶え間ない圧力から免れることはできませんでした。上場企業である限り、株主からは短期的なリターンの最大化を求める声が常に突きつけられます。10年後のブレイクスルーのために内部留保を厚くし、目先の利益を削って研究開発に投資しようとしても、アクティビストから「資本効率を悪化させる投資の停止」や「過剰資本の即時還元」を求められるリスクが付き纏うのです。
さらに深刻な問題として、将来への大規模投資によって一時的に業績が悪化し、時価総額が企業の潜在的な価値を下回った場合、敵対的買収の標的となるリスクが急浮上します。経営陣の意図しない買収者によって企業が乗っ取られれば、長年培ってきた企業文化や従業員の雇用、そして途上にある超長期的な研究開発プロジェクトが瓦解する危険性があります。MBOによる非公開化は、こうした外部からの圧力と買収リスクを制度的に完全に排除する最も強力な手段であり、経営陣はIR活動やアクティビスト対応に費やしていた膨大な労力と時間を全て解放し、次世代技術の開発と事業構造改革に一極集中させることが可能になります。
非公開化後の久光製薬が目指す「世界一の経皮薬物配送メーカー」への道
非公開化によって自由な経営環境を手にした久光製薬が目指す最終的なビジョンは、「世界一の経皮薬物配送メーカー」への完全なる脱皮です。これは単に「優れた貼り薬を製造する会社」という従来の姿から、肌を通じてあらゆる種類の薬効成分を安全かつ効率的に体内へ届ける「TDDS(経皮薬物配送システム)」の世界的リーダーへと変革を遂げるという極めて野心的な目標です。
在宅医療の推進と患者QOLの向上
マイクロニードル技術の実用化は、現代の医療が強く推進する「在宅医療」の流れと完全に合致しています。急速な高齢化が進み、病院の病床数や医療従事者のリソースが構造的に逼迫するなか、患者が住み慣れた自宅で治療を継続できる体制づくりが国家的な急務となっています。患者が通院することなく自宅でパッチを貼るだけで高度な医療用医薬品の投与が完結するモデルが実現すれば、頻繁な通院に伴う肉体的・経済的な負担が解消され、患者自身のQOLが飛躍的に向上します。同時に家族の介護負担の軽減や、国民医療費全体の適正化にも多大な貢献をもたらすことが期待されています。久光製薬のTDDS戦略は、新しい薬の開発にとどまらず「人々がどのように医療にアクセスするか」というシステムそのものを再定義し、社会全体の課題を解決するという深い意義を持っています。
サロンパスの世界展開とM&A戦略
次世代技術の開発と並行して、非公開化後の久光製薬は既存の主力事業におけるグローバル市場への展開を加速させる方針です。同社が誇る主力ブランド「サロンパス」は、鎮痛消炎剤の分野で圧倒的な知名度と信頼性を持つグローバルブランドです。北米、欧州、アジアをはじめとする世界の巨大市場では、痛みを和らげる手段として内服薬(飲み薬)が主流であり、外用剤(貼り薬)の浸透率は日本と比較してまだ低い水準にとどまっています。内服薬は胃腸障害や全身性の副作用リスクを伴うのに対し、局所的に作用する貼り薬は全身への影響が少なく安全性が高いという明確な優位性があります。世界的な健康志向の高まりや、米国で社会問題化したオピオイド危機(強力な経口鎮痛薬による薬物依存問題)を背景に、安全で副作用の少ない鎮痛手法への関心が急速に高まっており、外用鎮痛剤市場には莫大な開拓余地が残されています。
さらに久光製薬は、海外事業の展開を非連続的に加速させるためにM&A(企業の合併・買収)を積極的に活用する方針を打ち出しています。海外市場で各国の薬事規制をクリアし独自の流通ルートを一から構築するには、途方もない時間とコストを要します。すでに現地で確固たる実績と強固な販売基盤を持つ製薬企業やディストリビューターを買収し、その販売網に自社製品を迅速に流し込むことで、市場シェアを短期間で獲得する戦略です。上場企業であれば買収に伴うのれん代の償却リスクや投資リターンについて株主から厳しい監視を受けますが、非公開化によってその制約から解放された同社は、魅力的な買収案件に対してスピーディーかつアグレッシブに資金を投じることが可能になります。
久光製薬のMBOが製薬業界と資本市場に与える影響
久光製薬のMBOは、単一の企業イベントにとどまらず、日本の製薬業界全体と資本市場のコーポレートガバナンスのあり方に重要な示唆を与えています。製薬産業は一つの画期的な新薬や新技術を生み出すために10年以上の歳月と数千億円に上る研究開発費を必要とする、典型的な超長期投資型の産業です。一方で現代の株式市場は、四半期開示の義務化やアルゴリズム取引の普及によって、短期的な業績に過敏に反応する傾向を強めています。この「事業のタイムスパン」と「市場の評価のタイムスパン」の決定的なズレは、多くの研究開発型企業にとって深刻なジレンマとなっています。
久光製薬の事例は、このジレンマに対する一つの明確な解答を提示しました。特筆すべきは、投資ファンド(PEファンド)が主導して数年後の再上場や事業売却を出口戦略とする一般的なMBOとは性格が大きく異なる点です。本件は創業家自身が完全な所有権を持ち、「家業」として永続的に事業を発展させることを企図しています。この構造は、長期的なコミットメントが不可欠な製薬事業の特性に深く合致しています。
一方で、非公開化によって外部株主という「監視の目」が失われることは、経営の独善化や透明性の低下というガバナンス上のリスクを伴う側面もあります。巨額の資金を融資する銀行団(債権者)のモニタリング機能や、独立した社外専門家を活用した内部統制システムの構築など、市場の規律に代わる新たなガバナンス体制をいかに機能させるかが、非公開化後の久光製薬にとっての重要な経営課題となります。
この事例は日本の中堅・大企業に対して「上場を維持することの真の意義とは何か」という根源的な問いを投げかけています。資金調達の必要性が乏しく、むしろ上場維持コストやアクティビスト対応が事業成長を阻害しているのであれば、あえて上場を廃止して自社の事業特性に最適な所有構造を選択することは、経営戦略として極めて合理的な判断です。久光製薬のMBOは「企業価値の最大化=時価総額の最大化」という一元的な価値観に一石を投じ、日本企業における資本政策の多様化を促進する事例として記憶されていくことでしょう。
久光製薬のMBO成立後の展望とまとめ
久光製薬のMBOは、約4,000億円超の資金を投じた日本の製薬業界有数の大型案件として成立しました。2026年2月20日にTOBが成立してタイヨー興産が約61.81%の議決権を確保し、同年4月中旬に予定される臨時株主総会でのスクイーズアウト手続きを経て上場廃止へと進む道筋が確定しています。
同社がMBOによる上場廃止を選択した背景には、次世代技術「マイクロニードル」への数千億円規模の集中投資の必要性、国内湿布薬市場の構造的な縮小と保険適用制限の強化、そして資本市場からの短期主義的な圧力という三重の課題がありました。これらの制約から解放された久光製薬は、「世界一の経皮薬物配送メーカー」というビジョンの実現に向け、マイクロニードル技術の実用化、サロンパスを中心としたグローバル市場での展開、そして積極的なM&A戦略を推し進めていくことになります。
今後、久光製薬がマイクロニードル技術を本格的に実用化し、注射に頼らない新しい医療の形を実現するとともに、グローバル市場で飛躍的な成長を遂げることができれば、このMBOは日本のコーポレートファイナンス史における最も成功した戦略的非公開化の事例として語り継がれることになるでしょう。企業が真の持続可能性を追求し、100年先も社会に価値を提供し続けるための選択肢として、久光製薬の新たな挑戦は、日本のあらゆる経営者と市場関係者から注目を集め続けるはずです。

コメント