賃貸物件を退去する際に「敷金が返ってこない」という経験をした方は少なくありません。特にハウスクリーニング費用を理由に敷金の大部分が差し引かれてしまうケースが後を絶たず、国民生活センターには毎年数万件の相談が寄せられています。2024年度だけでも原状回復に関する相談が1,739件報告されており、2月から4月の引越しシーズンに相談が集中する傾向があります。しかし、多くの借主が知らないのは、すべてのクリーニング費用を借主が負担する必要はないという事実です。国土交通省のガイドラインや民法の原則に基づけば、通常の使用による汚れや経年劣化については貸主負担が基本となります。本記事では、敷金返還の仕組みから具体的な対処法まで、借主が知っておくべき重要なポイントを詳しく解説します。

敷金が返ってこない理由とは?クリーニング費用の負担ルールを解説
敷金が返還されない最も多い理由は、原状回復費用とハウスクリーニング費用の負担に関する誤解です。多くの借主は「借りた時の状態に完全に戻さなければならない」と思い込んでいますが、これは正しくありません。
民法改正により明確化された敷金の定義では、敷金は賃貸借契約終了時に未払い家賃や原状回復費用を差し引いた残額が返還されるのが原則です。重要なのは「原状回復」の正しい理解で、これは賃借人の故意・過失や通常を超えた使い方による損傷を元に戻すことを指します。
借主が負担すべき損傷の具体例には、家具移動時につけたフローリングのキズ、清掃しても落ちないシミやカビ、タバコの焦げ跡、壁に打った大きな釘穴、ペットによるひっかきキズなどがあります。一方で、貸主負担となる項目は、日照による畳の変色、画鋲の小さな穴、軽度なタバコのヤニ、テレビや冷蔵庫跡の電気ヤケ、自然光によるクロスの変色、通常使用による排水詰まりなどです。
ハウスクリーニング費用については、次の入居者のための業者による清掃は原則として貸主負担となります。ただし、借主が通常の清掃を怠り、ひどい汚れを残した場合は例外となります。契約書に「ハウスクリーニング特約」がある場合でも、その有効性は厳格に判断され、具体的な金額や範囲が明記されていない曖昧な特約は無効とされる可能性があります。
ハウスクリーニング特約は有効?敷金から差し引かれる条件と無効になるケース
ハウスクリーニング特約の有効性は、消費者契約法に基づいて厳格に判断されます。特約が有効となる3つの要件は以下の通りです。
第一に、客観的・合理的理由の存在です。特約に必要性があり、暴利的でない合理的な理由が必要です。第二に、借主の認識で、通常の原状回復義務を超えた負担があることを借主が理解していることが求められます。第三に、明確な意思表示で、借主がその負担を承諾する意思を明確に示していることが必要です。
特約が無効とされた判例では、契約書にハウスクリーニングの具体的な範囲や金額が記載されておらず、借主が内容を十分に理解していなかったケースがあります。また、敷引特約や通常損耗まで借主負担とする特約が、消費者契約法10条により無効とされた事例も多数あります。特に、相場より著しく高額な請求は不当利得として返還命令が出ることがあります。
一方で、特約が有効とされた事例もあります。契約書に具体的な金額が明記され、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書で内容が明確に説明され、借主が理解・合意していると認められた場合です。ペット飼育に起因するクリーニング費用や鍵交換費用に関する特約も、合理性や説明の明確性から有効とされています。
重要なのは、契約時の説明の質と記録です。口頭での説明のみで契約書に記載がない場合や、説明が不十分だった場合は、特約の有効性に疑問が生じます。借主としては、契約前に特約の内容を詳細に確認し、不明な点は書面で質問することが重要です。
敷金返還を求めて交渉するには?内容証明や少額訴訟の具体的な手順
不当な費用請求を受けた場合の対処は、段階的に進めることが効果的です。まず見積書の詳細確認から始めましょう。
第一段階:見積書の検証と再交渉では、請求された費用の内訳と根拠を詳細に確認します。自分で業者に相見積もりを取り、相場と比較することが重要です。国土交通省のガイドラインに反する内容や、入居時の記録と異なる請求については明確に拒否し、交渉は必ず書面やメールで行い、記録を残します。
第二段階:内容証明郵便の送付は、交渉が進展しない場合の有効な手段です。内容証明は、いつどのような内容を相手に送ったかを郵便局が公的に証明するもので、裁判時の重要な証拠となります。作成時は、紙1枚につき520字以内、1行20字以内、1枚26行以内の形式を守り、契約年月日、物件名称、敷金金額などの基本情報、見積書受領日、差し引き予定金額、負担すべきでないと考える内容とその根拠、返還を求める金額と期日を明記します。送付には約1,300~2,000円の費用がかかりますが、配達証明を付けることで到達日時の記録も残せます。
第三段階:少額訴訟の提起は、60万円以下の金銭債権を求める簡易な裁判手続きです。通常の裁判より手続きが簡単で、原則1回の審理で判決が出ます。必要書類は、訴状と副本、相手が法人の場合は登記事項証明書、そして最も重要な証拠書類です。賃貸借契約書、見積書、ガイドライン、写真、内容証明のコピーなど、証拠となるものはすべて用意します。費用は収入印紙代(請求金額に応じて1,000円~6,000円程度)と郵便切手代(3,000円~5,000円程度)で済みます。
入居時・退去時にやるべきこととは?敷金トラブルを防ぐ実践的な対策法
敷金トラブルの最良の対策は予防です。契約前から退去時まで、各段階で適切な対策を講じることで、多くのトラブルを回避できます。
契約前の準備では、契約書の熟読が不可欠です。特に敷金、原状回復、クリーニング費用に関する条項を注意深く確認し、特約がある場合はその具体的内容と金額を把握します。不明点は必ず質問し、回答を書面で残すことが重要です。国土交通省のガイドラインとの整合性も確認し、相場から大きく逸脱する条項がないかチェックします。
入居時の状況記録は極めて重要です。入居時に貸主と一緒に物件の状態を確認し、「入居時物件状況確認リスト」に記入します。同時に、すべての部屋を写真や動画で記録することが必須です。特に、既存のキズや汚れ、設備の状態は詳細に記録し、日付入りで保存します。この記録により、入居前からあった損傷について退去時に請求されることを防げます。
入居中の管理では、日常的な清掃を心がけ、水回りや換気扇、エアコンフィルターの定期清掃を行います。結露やカビの放置は借主負担となる可能性があるため、適切な換気と湿度管理が重要です。万が一損傷や不具合が生じた場合は、速やかに貸主に連絡し、指示を仰ぎます。無断修繕はトラブルの原因となるため避けましょう。
退去時の対応では、貸主立会いのもとで物件の現状確認を行い、入居時と同様に写真や動画で記録を残します。清掃は自分でできる範囲で丁寧に行い、特に水回りの水垢やカビ、キッチンの油汚れは念入りに清掃します。ただし、プロのクリーニングレベルまで求められるものではありません。
クリーニング費用の相場はいくら?2025年最新の料金と適正価格の見極め方
2025年最新のハウスクリーニング費用相場を理解することで、不当な請求を見抜くことができます。間取り別の基本相場は以下の通りです。
1R・1Kの場合、平均15,000円~35,000円が相場です。単身向け物件のため比較的安価ですが、都心部では高めの設定となります。1LDK・2DKでは平均25,000円~40,000円で、リビングが加わることで作業範囲が広がります。2LDK以上のファミリータイプは平均35,000円~80,000円と幅があり、部屋数や専有面積により大きく変動します。
地域差と時期による変動も考慮が必要です。都心部と地方では15~25%程度の価格差があり、東京、大阪などの都市部は割高です。また、引越しシーズンの2~4月、9月は通常期より1~2割高くなる傾向があります。
オプション料金の内訳として、エアコン清掃は8,000円~16,000円/台、キッチン・換気扇は10,000円~20,000円、浴室は8,000円~18,000円、トイレは6,000円~10,000円が相場です。これらのオプションが基本料金に含まれているか、別途請求されるかは業者により異なります。
適正価格の見極め方では、複数業者からの見積もり取得が基本です。インターネットで「ハウスクリーニング 相場 ○○市」などで検索し、地域相場を調べます。見積書の内訳が詳細に記載されているか、不明な項目や相場を大幅に超える金額がないかを確認します。
請求が不当と思われる場合は、まず相場との比較資料を準備し、書面で異議を申し立てます。業者選定を自分で行える場合は、複数の見積もりを取って比較検討することも有効です。特に、契約書に具体的な業者指定がない場合は、借主が適正価格の業者を選ぶ権利があることも主張できます。
重要なのは、相場を大幅に超える請求は不当である可能性が高いということです。適正な相場を知ることで、交渉時の強力な材料となり、敷金の適正な返還につながります。
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