近年、生活保護制度における通院移送費、特にタクシー代の支給について関心が高まっています。生活保護受給者の中には、身体的な事情や居住地の状況により、通院時に公共交通機関の利用が困難な方も少なくありません。しかし、タクシー代がいつでも支給されるわけではなく、厳格な条件と手続きが設けられているのが現実です。また、自治体によって運用に差があったり、ケースワーカーの理解不足により適切な支援が受けられないケースも報告されています。2025年6月現在では、一部の自治体でオンライン申請システムの導入も始まっており、制度の利便性向上が図られています。本記事では、生活保護における通院移送費の仕組みから申請方法、支給されない場合の対処法まで、実際の事例や最新情報を交えながら詳しく解説します。適切な制度理解により、安心して医療を受けられる環境づくりの参考にしていただければ幸いです。

生活保護受給者の通院でタクシー代は支給される?移送費の基本的な仕組みとは
生活保護制度において、通院にかかるタクシー代は「移送費」として医療扶助の一部から支給されます。ただし、これは無条件で支給されるものではなく、厳格な条件のもとで限定的に認められる扶助です。
生活保護制度は、日本国憲法第25条の理念に基づき、生活に困窮する国民に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障する制度です。この制度は8種類の扶助(生活扶助、住宅扶助、教育扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助)から構成されており、通院にかかる交通費は医療扶助の枠組みで「移送費」として扱われます。
原則として、生活保護受給者は通院時にバスや電車などの公共交通機関を利用することが求められています。これは、生活保護制度が「最低限度の生活保障」を目的としているため、経済的かつ合理的な方法での移送が基本とされているからです。
しかし、受給者の病状や身体的状況、居住地の交通事情などにより、公共交通機関の利用が著しく困難または不可能な場合には、例外的にタクシーの利用が認められ、その費用が移送費として支給されることがあります。この判断は、医学的見地からの必要性と、地理的・社会的要因を総合的に考慮して行われます。
移送費の支給は「移送に必要な最小限度の実費」に限定されており、自宅から医療機関までの最短経路での料金が基準となります。また、通院目的以外の行為(買い物など)に伴う追加費用は対象外となるため、純粋に医療目的の移送のみが支給対象となります。
タクシー代が支給される条件は?医師の診断書は必要?
通院時のタクシー代が移送費として支給されるには、非常に限定的で厳格な条件を満たす必要があります。主な支給条件は以下の2つのケースです。
第一の条件は「医師がタクシー利用の必要性を認めた場合」です。これは最も重要な条件であり、被保護者の傷病や障害の状態により、電車・バスなどの公共交通機関の利用が著しく困難な場合に適用されます。具体的には、パニック障害により公共交通機関の利用で発作が誘発される場合、視覚障害や歩行困難により安全な移動が困難な場合、重篤な心疾患により階段の昇降や長時間の歩行が危険な場合などが該当します。
この場合、医師からの診断書または給付要否意見書(移送)が重要な根拠となります。福祉事務所の職員は医療の専門知識に長けていないため、医師の専門的な判断を覆すことは基本的にありません。診断書には、なぜ公共交通機関の利用が困難なのか、タクシー利用がどの程度の期間必要なのかを明確に記載してもらうことが重要です。
第二の条件は「通院するための交通手段が他にない場合」です。これは主に地方部において、周囲に電車やバスなどの公共交通機関が存在せず、車でなければ医療機関へアクセスできないケースが該当します。生活保護受給者は原則として自動車の所有が認められないため、このような地域ではタクシー以外の選択肢がないという判断になります。
ただし、この場合でも「その医療機関でなければならない理由」が必要とされます。単に「かかりつけだから」という理由では、より近い医療機関への変更で問題が解決するため、タクシー代支給の可能性は低くなります。指定難病の治療や専門性の高い医療が必要な場合など、特定の医療機関でなければならない明確な理由が求められます。
なお、給付要否意見書の有効期限は最大6ヶ月となっており、継続的な通院が必要な場合は、定期的に新しい意見書を取得する必要があります。また、移送に必要な医療器材の運搬や付き添い人の日当についても、医師が必要と判断すれば支給される可能性があります。
通院移送費の申請方法と必要書類は?オンライン申請も可能?
移送費の支給を受けるためには、原則として事前の申請と必要書類の提出が必須です。緊急時などやむを得ない事由がある場合を除き、事後申請は認められないため、計画的な手続きが重要になります。
申請手続きの基本的な流れは以下の通りです。まず、タクシー利用の必要性が生じた場合、担当のケースワーカーに連絡し、事前相談を行います。ケースワーカーは受給者のサポートを行う専門家であり、手続きについても詳しく説明してくれます。
必要な書類は複数あり、すべて揃えてから申請する必要があります。最も重要なのは「給付要否意見書(移送)」または「医師の診断書」です。これは担当医に「通院にタクシーが本当に必要であるか」を判断してもらい、医学的必要性を証明するための書類です。
その他の必要書類には、「通院証明書」(医療機関に記入してもらう市区町村指定の書類)、「通院移送費の申請書」、「タクシー利用の領収書」、「生活保護受給証明書」があります。特に領収書は重要で、タクシーは料金が事前に確定しないため、実際に支払った金額を証明する証拠として必要です。領収書がないと申請が受理されない可能性があるため、必ず保管しておきましょう。
2025年6月現在の最新情報として、一部の自治体ではオンライン申請が可能になっています。例えば、青梅市では電子申請システム「LoGoフォーム」を使用して、PCやスマートフォンから「通院移送費」をオンラインで申告できるようになりました。利用に伴う通信料は利用者負担となりますが、24時間いつでも申請可能で、窓口に出向く必要がないため、身体的に困難な状況にある受給者にとって大きなメリットとなります。
ただし、オンライン申請の対象は限られた手続きのみであり、すべての自治体で導入されているわけではありません。また、医師の診断書などの書類は別途提出が必要な場合もあるため、事前に担当ケースワーカーに確認することが重要です。
申請後は福祉事務所による審査が行われ、結果が出るまでには一定の時間がかかります。審査では、医学的必要性、交通手段の合理性、費用の適正性などが総合的に判断されます。
タクシー代が支給されない場合はどうする?代替手段と対処法
通院時のタクシー代が移送費として支給されない場合でも、健康を維持し通院を継続するための様々な代替手段や支援制度があります。諦める前に、以下の選択肢を検討してみましょう。
最も有効な代替手段の一つが「福祉タクシー券」の活用です。これは自治体独自の制度で、生活保護受給者であるかに関わらず、障害者手帳を保有している場合に利用できるケースがあります。利用用途は医療機関への通院に限定されず、1枚あたりの金額や支給上限額は自治体によって異なりますが、通院費用の負担軽減に大きく役立ちます。障害者手帳の提示により、タクシー代が1割値引きされる自治体も多いため、手帳をお持ちの方は必ず携帯することをお勧めします。
「介護タクシー」の利用も有効な選択肢です。要介護認定を受けている方の場合、ケアマネージャーが介護プランに組み込んだ上で、通院やリハビリ目的で利用する場合には介護保険が適用されます。生活保護受給者の場合、介護保険内のサービス利用費用は介護扶助から支給されるため、実質的な負担はありません。介護保険が適用されない場合でも、全額自己負担で介護タクシーを利用することは可能で、この場合は事前手続きや許可は不要です。
医療機関の選択を見直すことも重要な対策です。タクシー代が支給されない理由が「通院先が公共交通機関でアクセス可能な場所にある」ことである場合、自宅から近い医療機関や、公共交通機関で通院しやすい医療機関への変更を検討できます。専門医が必要な場合でも、他の医療機関で同様の治療を受けられる可能性があるため、主治医やケースワーカーと相談してみましょう。
地域のサポート団体やボランティアの活用も考慮すべき選択肢です。地域には生活支援を行う団体やボランティアが存在し、通院時の送迎サービスを提供している場合があります。「認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」などの支援団体では、生活保護に関する相談や法的サポートも提供しています。
根本的な解決策として転居の検討も一つの方法です。通院に常に苦労している場合、通院先医療機関の近くへの転居により問題が解決する可能性があります。生活保護受給者が一定の条件を満たして転居する場合、転居費用が自治体から支給されるケースもあるため、ケースワーカーに相談してみる価値があります。
これらの代替手段を検討する際は、それぞれの制度の利用条件や手続き方法について、担当ケースワーカーや各関係機関に詳しく確認することが重要です。
過去のトラブル事例から学ぶ注意点とケースワーカーとの上手な付き合い方
過去の事例を振り返ると、制度の周知不足やケースワーカーの知識不足により、本来支給されるべき移送費が支給されないトラブルが各地で発生しています。これらの事例から学ぶことで、同様のトラブルを回避し、適切な支援を受けることができます。
最も深刻な事例として奈良市のケースがあります。生活保護利用者の男性が通院交通費の支給を相談したところ、ケースワーカーに申請を認められませんでした。市は当初、過去5年分の交通費支給を文書で通知したものの、その後厚生労働省の回答に基づき「2ヶ月のみ遡及可能」として申請を却下しました。男性が提訴した結果、奈良地裁は2018年3月に市の却下処分を取り消し、過去5年分の交通費支給を命じる判決を下しました。この事例は、一度示された支給方針を撤回することの違法性と、遡及支給に関する厚生労働省の見解と実際の法的判断の乖離を示しています。
和歌山市でも類似の問題が報告されており、ケースワーカーが通院移送費について十分に理解しておらず、「そういう制度はない」「生活扶助費から出すように」といった誤った指導がされていました。この背景には、ケースワーカー1人あたりの担当世帯数が標準80世帯に対し130世帯と過重になっていることが指摘されています。
これらの事例から学ぶべき重要な注意点があります。まず、ケースワーカーの説明に疑問を感じた場合は、遠慮せずに詳しい説明を求めることが大切です。制度について「ない」と言われた場合でも、厚生労働省の通知や制度概要を調べ、必要に応じて福祉事務所の上級職員や他の相談機関に確認を取ることが重要です。
ケースワーカーとの良好な関係構築も重要なポイントです。ケースワーカーは受給者の生活状況を理解し、自立に向けた支援を行う専門家です。定期的な連絡を心がけ、生活状況や健康状態の変化があった場合は速やかに報告しましょう。また、困ったことがあれば早めに相談し、一人で抱え込まないことが大切です。
書類の管理と記録の保持も重要です。医師の診断書、申請書類のコピー、ケースワーカーとのやり取りの記録などは必ず保管し、必要に応じて参照できるようにしておきましょう。特に、口頭でのやり取りについては、日時と内容をメモに残しておくことで、後日のトラブル防止に役立ちます。
制度に関する正確な情報収集も欠かせません。厚生労働省のウェブサイトや自治体の公式情報、支援団体の資料などから最新の制度情報を入手し、自分の権利と義務について正しく理解することが重要です。不明な点があれば、生活保護支援ネットワークや法律家にも相談できることを覚えておきましょう。
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