おこめ券を自治体が配布しない理由とは?12%の手数料問題と全国の拒否状況

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2025年、政府が物価高騰対策として推奨した「おこめ券」配布事業は、全国の自治体から一斉に拒否されました。自治体がおこめ券を配布しない理由は、購入価格500円に対して額面価値が440円しかなく、差額の60円(12%)が手数料として消失するという経済的非合理性にあります。加えて、配布にかかる膨大な事務コストや、特定業界団体への利益誘導ではないかという政治的な批判も相まって、宮城県では県内35市町村すべてが配布を見送り、大阪府や北海道などでも次々と拒否の動きが広がりました。

この問題は単なる「配布方法の議論」にとどまりません。中央省庁の縦割り行政と地方自治体の現場感覚との決定的なズレ、デジタル社会におけるアナログ行政の限界、そして納税者である市民の利益を最優先すべきという地方自治の本質が問われる事態となりました。

本記事では、おこめ券配布を自治体が拒否した具体的な理由を経済的・政治的・実務的な観点から詳しく解説するとともに、全国各地の自治体首長がどのような批判を展開し、どのような代替策を選択したのかについて、地域別に詳しくお伝えします。さらに、この問題が浮き彫りにした日本行政の構造的課題と、今後の給付政策のあり方についても考察していきます。

おこめ券とは何か

おこめ券とは、全国米穀販売事業共済協同組合(全米販)やJA全農が発行する全国共通の商品券のことです。全国のスーパーマーケットや米穀店などで国産米と引き換えることができ、主に贈答品として利用されてきました。

この券の特徴として重要なのは、購入価格と額面価値に差があるという点です。おこめ券1枚を購入するためには500円が必要ですが、実際に店舗で商品と引き換えられる価値は440円にとどまります。この差額60円は、偽造防止機能付きの特殊用紙への印刷費や、全国の販売店から券を回収・集計・精算するための管理コストとして発行団体に支払われる仕組みとなっています。

贈答用として個人が購入する場合は、この手数料はギフトシステムを利用するための対価として受け入れられてきました。しかし、2025年に政府・農林水産省が物価高騰対策としてこのおこめ券を自治体の給付事業に推奨したことで、この手数料構造が大きな問題として浮上することになりました。

自治体がおこめ券を配布しない理由

自治体がおこめ券配布を拒否する最大の理由は、税金を原資とする公的給付として極めて非効率であるという経済的な問題にあります。

12%の税金が消失する問題

おこめ券の購入価格500円に対して額面価値は440円であり、その差額60円は購入価格の12%に相当します。これを公的給付に適用した場合、市民のために確保された税金の12%が、市民の手に届くことなく印刷業者や発行団体の手数料として消えてしまうことを意味します。

大阪府箕面市の原田亮市長はこの問題を厳しく批判し、「市民の皆さんに届くお金が目減りしてしまう」「市民のためにはならない」と断言しました。仮に100億円の予算を組んでおこめ券を配布した場合、約12億円が手数料として消失し、市民には88億円分の価値しか届かない計算になります。これに対して現金給付やデジタル給付であれば、経費を最小限に抑えてより多くの金額を市民に還元することが可能です。

配布にかかる膨大な事務コスト

問題は券面の手数料だけにとどまりません。紙のおこめ券を市民一人ひとりに届けるためには、さらに膨大な行政コストが発生します。

箕面市の試算では、市民への事前通知を送るだけでも1件あたり110円のコストがかかるとされています。これに加えて、金券であるおこめ券を安全に郵送するための特定記録郵便や簡易書留の費用、封入封緘作業の人件費などが上乗せされます。

静岡市の難波喬司市長による分析では、デジタル商品券を採用した場合の事務経費率が給付額の約10%で済むのに対し、おこめ券を採用した場合は券面手数料と物理的な配布コストを合わせて事務費が20%前後にまで跳ね上がると指摘されています。

つまり、100億円の予算を組んでおこめ券を選択すれば、20億円が経費として消え、市民には80億円分の支援しか届かないという計算になります。自治体の首長たちが「税金の無駄遣い」として導入を躊躇するのは、行政経営の観点から見て極めて合理的な判断といえます。

公的給付としての根本的なミスマッチ

おこめ券の発行元は、60円の差額について偽造防止や管理コストのための経費であると説明しています。しかし、困窮する家計を支援するという目的の公的給付において、この論理は成り立ちません。

生活支援の本質は「いかに効率よく、最大限の価値を受給者に届けるか」にあります。既存の非効率なアナログシステムを維持するために税金を投入することは、公的支援の目的と手段を取り違えた行為です。納税者である市民からの理解を得ることは困難であり、多くの自治体首長がこの点を問題視して配布を見送る判断を下しました。

全国自治体による拒否の実態

政府の強い推奨にもかかわらず、全国の自治体で「おこめ券拒否」の動きが連鎖的に広がりました。これは特定の地域に限った現象ではなく、都市部から地方の米どころまで広範にわたる「拒否ドミノ」となりました。

東北地方の米どころが示した反発

最も象徴的だったのは、日本有数の米どころである東北地方の自治体が一斉に背を向けたことです。

宮城県では、2025年12月18日時点で県内35市町村のすべてがおこめ券の配布を予定していないことが明らかになりました。本来であれば米の消費拡大を歓迎すべき生産地において、なぜこのような事態になったのでしょうか。

理由は大きく二つあります。第一に、前述した行政コストの問題です。第二に、「用途の限定」に対する懸念です。宮城県内の自治体からは、「農家が多い地域であるため、あえて米に用途を限定するべきではない」「各家庭ですでに米を保有している場合もあり、支援としての実効性が薄い」という声が上がりました。

県都である仙台市は、おこめ券の代わりに水道料金の減免という方法を選択しました。この方式であれば全世帯に対して公平かつ即効性のある支援が可能であり、新たな申請手続きや券の配布といった事務負担を極小化できるためです。

福島県においても同様の傾向が見られました。県内59市町村のうち少なくとも22市町村が配布しない方針を固め、「配布する」と明確に回答したのは磐梯町のみという状況でした。東北の米どころがこぞっておこめ券を拒否したことは、この政策の矛盾を象徴的に示しています。

大阪府の首長たちによる直接的な批判

大阪府の自治体首長たちは、より直接的な言葉で国の施策を批判し、独自の道を歩みました。

大阪府交野市の山本景市長は「市民のためにあってはならない選択肢」と断言しました。経費率が20%を超える非効率性に加え、交野市内におこめ券を使える店舗が十数店しかないという地域事情を挙げ、「絶対に配らない」という強い意志を示しました。

大阪府箕面市の原田亮市長も、手数料の問題を「おこめ券事業者の利益になるだけで市民のためにならない」と批判しました。現金やギフト券の方が事務費を抑えられ、市民に1円でも多く還元できるとして、現金給付等の方向へ舵を切る判断を下しました。

北海道・静岡県の対応

北海道函館市の大泉潤市長も「現時点でおこめ券の配布は考えていない」と明言しました。代わりに水道基本料金の4ヶ月分免除など、生活に直結する支援策を実施する方針を示しています。

静岡市は特に注目すべき事例です。難波喬司市長のもと、おこめ券ではなくデジタル地域通貨「しずトク商品券」の発行を選択しました。デジタル化によって事務費を約10%に圧縮し、その浮いたコストを原資として、5,000円で1万円分の買い物ができる「プレミアム率100%」という破格の支援を実現しました。アナログなおこめ券では到底不可能な高還元率を、デジタル技術によって達成した好例といえます。

九州地方の動向

九州の大都市でも、手間とコストがかかるおこめ券を避ける動きが相次ぎました。福岡市や北九州市などでは、下水道料金の無料化や独自のポイント還元など、実利のある支援策に切り替える判断が下されました。

このように全国各地の自治体が国の推奨する政策に「NO」を突きつけたことは、地方分権の観点から見れば画期的な出来事でもあります。各自治体の首長は、国の顔色を窺うことなく、住民の利益を第一に考えた独自の判断を示しました。

おこめ券配布に対する批判と政治的背景

今回のおこめ券配布事業がここまで強い反発を招いた背景には、単なるコスト論を超えた政治的な不信感が横たわっています。

農林族議員と業界団体の関係

批判の矢面に立ったのは、当時の農林水産大臣である鈴木憲和氏です。鈴木大臣は自民党の「農林族」議員として知られており、その選挙区である山形県のJA農協会長は、おこめ券の発行に関わるJA全農の会長を兼務しているという事実が指摘されました。

この人間関係から、「おこめ券配布は物価高に苦しむ国民のための政策ではなく、米の消費減退に悩むJAグループや全米販を救済するための利益誘導ではないか」という疑念が広がりました。手数料として消える12%(60円)が、これら特定の業界団体に還流される構造そのものが、公金を使った組織維持策だと受け止められたのです。

「マッチポンプ」構造への批判

政策としての整合性についても、深刻な矛盾が指摘されています。2025年は米価が高騰し、消費者の生活を直撃していました。しかし鈴木大臣は「価格はマーケットで決まるべき」として、政府備蓄米の放出などの直接的な価格抑制策を一貫して拒否してきました。

その一方で、税金を投入しておこめ券を配布し、米の需要をさらに喚起しようとする姿勢は、経済学的に見れば需給を逼迫させ、さらなる価格上昇を招く行為です。

この構造について批判者からは「マッチポンプ」という厳しい表現が使われました。すなわち、政府が備蓄米を出さずに供給を絞り、米価高騰を放置することで農家やJAの利益を確保する。そして高騰して買えなくなった国民に対しては、税金でおこめ券を配って高い米を買わせ、発行団体の手数料収入も確保する。国民の目には、「米価を高止まりさせて業界の利益を守りつつ、消費者の不満はおこめ券という名の税金バラマキでガス抜きをする」という意図が透けて見えたのです。

政権内部での不協和音

この問題は、政権内部の意思統一の欠如も露呈させました。国会の予算委員会において、高市早苗首相(当時)が鈴木大臣を「農水大臣の大好きなおこめ券」と揶揄し、議場の笑いを誘う一幕があったと報じられています。

首相が自ら任命した閣僚の主要政策を公然と「いじる」ような発言をしたことは、この政策が政権全体の確固たる戦略というよりも、農水省および農林族議員によるセクショナリズムの産物であった可能性を示唆しています。同時に、最高責任者である首相が問題を「ネタ」として消費する姿勢に対しても、批判的な論調が存在しました。

おこめ券の問題点とユーザビリティの欠如

デジタル決済が普及し、利便性が向上した現代社会において、おこめ券という「紙の切符」は利用者である市民に多大な不便を強いることになります。

アナログ特有の制約

おこめ券には、紙の商品券であるがゆえのさまざまな制約があります。

最も基本的な問題として、おつりが出ないという点があります。額面(440円)未満の買い物をしても差額は返金されないため、利用者は常に額面以上の商品を購入し、不足分を現金や電子マネーで支払う計算を強いられます。これは少額の買い物をしたい高齢者や単身世帯にとって大きな障壁となります。

また、今回の配布事業では、農水省が転売防止や早期消費を促すために「使用期限(2026年9月末まで)」の設定や「転売禁止」の明記を検討しました。しかし、既存の流通しているおこめ券には期限がないため、これらを記載した新しい券をわざわざ印刷し直す必要が生じました。これにより印刷コストがさらに嵩み、市民の手元に届くまでの時間が大幅に遅れるという本末転倒な事態を招きました。

「コメ以外にも使える」という説明とその実態

批判が高まる中、農水省や鈴木大臣は「おこめ券はコメ以外にも使える」「多くのスーパーでは食料品全般を買うことができる」というPRを展開し、批判の沈静化を図りました。

実態として、ドン・キホーテや一部のドラッグストア(ウエルシア、コスモス、ツルハドラッグ等)では、店舗独自のサービスや運用ルールとして、おこめ券を米以外の商品購入に充てることを認めている場合があります。ドン・キホーテでは米を含まない会計でも使用できるケースがあり、ドラッグストアでは米を1点でも含めれば洗剤や日用品との合算会計に券を使用できる場合があると報告されています。

しかしこれはあくまで「民間店舗側の裁量」によるサービスであり、制度として全国一律に保証されたものではありません。本来「国産米の消費拡大」を大義名分としていたおこめ券が、批判をかわすために「実はドラッグストアで洗剤も買える金券です」と推奨される状況は、政策目的の完全な破綻を意味します。もし何でも買えるのであれば、手数料のかかるおこめ券ではなく現金や汎用的な商品券で良いという結論に回帰してしまうからです。

「配給制」を想起させるネガティブイメージ

「特定の紙切れを持って特定の店に行き、特定の物資と引き換える」というプロセスは、広く国民に「戦時中の配給制」「アベノマスクの再来」といったネガティブなイメージを想起させました。

スマートフォン一つで決済や行政手続きが完結する時代に、わざわざ紙の券が郵送されてくるという体験は、政府が掲げるデジタル化推進(DX)の方針とも完全に矛盾しています。「日本政府はいつまで昭和のやり方を続けるのか」という国民の失望と諦めの声が広がりました。

行政DXの進展とおこめ券の時代遅れ

今回のおこめ券配布事業がここまで鮮明な「失敗」として映った背景には、地方自治体におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な進展があります。多くの自治体が業務効率化と住民サービス向上のためにデジタル技術を活用している中で、おこめ券という手法はあまりに時代遅れで異質でした。

先進自治体のDX事例との対比

おこめ券の事務負担に喘ぐ一方で、デジタル化によって劇的な業務改善を実現している自治体の事例が多数存在します。

北海道恵庭市では、税務課業務にRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)とAI-OCRを導入し、年間1,100時間の業務削減と誤入力ゼロを実現しました。福岡市では、生成AIを活用した議事録作成や資料作成などの業務において、作業時間を約33%削減しています。宮崎県串間市ではLINEを活用した施設予約システムを導入し、職員の電話対応負担を大幅に軽減するとともに住民の利便性を向上させました。大阪府豊中市では、政務活動費の管理・精算をデジタル化し、議員と事務局双方の負担を軽減しています。

こうした「デジタルによる効率化」を推進している現場の職員にとって、封筒詰めや郵送、使用済み紙券の回収・集計といった膨大な手作業を強いるおこめ券配布は、業務改革の時計の針を強制的に数十年戻させる暴挙に他なりません。

デジタル化がもたらす10%のコスト差

静岡市の事例は、デジタルとアナログのコスト差がそのまま住民サービスの質に直結することを証明しました。

難波市長の分析によれば、デジタル商品券の事務費は約10%で済みます。おこめ券の20%と比較して浮いた10%分の予算は、そのまま給付額の上乗せや対象者の拡大に充当することができます。これにより、5,000円の負担で1万円分の買い物ができる(プレミアム率100%)という強力な家計支援が可能になりました。

これは単なるツールの違いではなく、「限られた財源をいかに効率的に住民に還元するか」という行政経営の質の差です。デジタルを選択した自治体は、コスト意識と住民利便性の両面で、国の方針よりも優れたソリューションを提示しました。

デジタルとアナログのコスト比較

おこめ券とデジタル商品券の事務費を比較すると、その差は歴然としています。

項目おこめ券デジタル商品券
券面手数料12%(60円/枚)なし
配布コスト郵送・封入封緘費用ほぼなし
事務経費率約20%約10%
市民への還元率約80%約90%

この表からわかるように、同じ予算規模であってもデジタル商品券を選択した方が市民に届く金額は大きくなります。行政の効率化とは、まさにこうした無駄を省き、住民サービスの質を高めることにあります。

おこめ券騒動が示す今後の課題

2025年のおこめ券騒動は、日本の行政が抱える構造的な問題を浮き彫りにしました。この経験から得られる教訓と今後の展望について整理します。

中央集権的なバラマキ政策の限界

中央省庁が机上で立案し、全国一律に下ろす画一的な施策が、もはや地方の実情や時代の変化に対応できなくなっていることが明らかになりました。農水省や関連団体(JA、全米販)の論理で決定された政策は、コスト意識の高い自治体首長や利便性を求める市民によって明確に拒絶されました。

特に「12%の手数料」という構造的な非効率性は、納税者意識の高まりとともに、今後いかなる政策においても許容されなくなるでしょう。政策立案者は業界団体の保護や維持よりも、エンドユーザーである国民への直接的なメリットを最優先に設計する必要があります。

地方自治の自立と「NO」と言える首長たち

一方で、この騒動は日本の地方自治における希望も見出しました。それは、多くの首長が国の顔色を窺うことなく、住民の利益を第一に考えて「NO」と言えるようになったことです。

仙台市、函館市、交野市、箕面市、静岡市などの対応は、地方分権が実質的な意味で機能し始めていることを示唆しています。自治体はそれぞれの地域課題(高齢化率、店舗分布、デジタル普及度)に合わせて、現金、水道減免、デジタル通貨といった多様な手段の中から最適なものを選択しました。この「分散型」の意思決定こそが、危機対応におけるレジリエンス(回復力)を高める鍵となります。

今後の給付政策のあり方

おこめ券という仕組み自体は、昭和から平成にかけての贈答文化の中で一定の役割を果たしてきました。しかし、公的給付の手段としての役割は完全に終えたといえます。

今後は、マイナンバーカードを活用したプッシュ型支援や、ブロックチェーン技術を用いた使途限定可能なデジタルマネー(プログラマブル・マネー)など、中間コストを極限まで排除した仕組みへの移行が不可避です。自治体と市民が示した「拒否」の意思表示は、次の時代の政策決定における重要なマイルストーンとなるはずです。

まとめ

おこめ券を自治体が配布しない理由は、購入価格の12%が手数料として消失する経済的非合理性、膨大な事務コスト、そして特定業界団体への利益誘導という政治的批判が重なったことにあります。

宮城県の35市町村すべてが配布を見送り、大阪府や北海道、静岡県、九州地方の自治体も次々と拒否を表明しました。これらの自治体は、おこめ券に代わって水道料金の減免やデジタル商品券など、より効率的で市民に届きやすい支援策を選択しています。

今回の騒動は、中央省庁主導の画一的なバラマキ政策の限界と、地方自治体の自立的な判断力の向上を同時に示しました。デジタル化の進展により、行政サービスのあり方そのものが問い直される時代において、おこめ券という「紙の切符」は時代遅れの象徴として記憶されることになるでしょう。今後の給付政策は、手数料や事務コストを最小化し、市民への還元を最大化する方向へと進んでいくことが求められています。

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