インターネットの発達により、SNSや掲示板での匿名コミュニケーションが増加しました。しかし、その匿名性を過信して他人への誹謗中傷を行ってしまうケースも増えています。誹謗中傷を行った側が訴えられるリスクは年々高まっており、特に2022年には侮辱罪の厳罰化も行われました。
誹謗中傷で訴えられた場合、示談による解決が最も望ましい方法ですが、被害者が示談に応じないケースも少なくありません。本記事では、誹謗中傷で訴えられた際に示談が拒否された場合の対処法や法的リスクについて解説します。もし誹謗中傷のトラブルを抱えている方は、早めに専門家への相談をお勧めします。

誹謗中傷で訴えられた場合、示談はどのような効果がありますか?
誹謗中傷で訴えられた場合、示談が成立すると様々な有利な効果が期待できます。
まず、民事上のメリットとして、被害者から損害賠償請求を受けるリスクを回避できます。示談が成立すれば、被害者は同じ内容について再び民事訴訟を提起することはできなくなります。
次に、刑事上のメリットも大きく、以下のような効果が期待できます:
- 事件化の回避: 被害届が出される前や受理されても捜査開始前に示談が成立すれば、そもそも事件化されない可能性があります。
- 不起訴処分の可能性: 捜査段階で示談が成立していれば、検察官が「被害者の処罰感情が和らいでいる」と判断し、不起訴処分となる可能性が高まります。
- 逮捕・勾留の回避: 示談交渉を行っている事実は「罪を認めて反省している」という前提となり、逃亡や証拠隠滅のおそれが低いと判断されて身柄拘束を回避できる可能性があります。
- 量刑の軽減: 起訴後も示談が成立していれば、裁判で減刑される可能性が高まります。
さらに、示談が成立することで、社会的信用の失墜を最小限に抑えることができます。刑事事件として長引けば長引くほど、家族や職場、友人関係などに与える影響は大きくなります。示談による早期解決は、こうした社会的ダメージを軽減する効果もあるのです。
なぜ被害者は示談に応じないことがあるのですか?
被害者が示談に応じない理由は様々ですが、主に以下のようなケースが考えられます:
1. 処罰感情が非常に強い
誹謗中傷によって精神的に大きなダメージを受けた被害者は、加害者に対して強い怒りや恨みを抱いています。特にインターネット上での誹謗中傷は、社会的評価を広範囲に低下させ、長期間残り続けることもあるため、その被害感情は想像以上に深刻です。
「加害者には必ず厳しい刑事罰を受けてほしい」という強い処罰感情がある場合、示談による解決よりも刑事裁判による処罰を望む被害者は少なくありません。
2. 示談条件に納得がいかない
提示された示談金額が被害の大きさに見合わないと感じる場合や、謝罪の態度が誠意に欠けると感じる場合には、示談交渉自体が進展しないことがあります。
3. 示談の意味を理解していない
被害者が示談の法的効果を十分に理解していない場合もあります。示談を「お金で解決する」という悪い印象で捉えていたり、後から民事訴訟を提起できると誤解していたりする場合です。
4. 法的助言を受けている
被害者が弁護士などの専門家から「示談に応じない方が有利」というアドバイスを受けている場合もあります。特に証拠が十分あり、勝訴の見込みが高い場合には、訴訟による解決を勧められることもあるでしょう。
被害者が示談を拒否している場合、どのような対処法がありますか?
被害者が示談を拒否している場合でも、諦めずに取り得る対処法はいくつかあります:
1. 弁護士を通じた粘り強い交渉
示談交渉は被害者と直接行うよりも、弁護士を介して行う方が成功率が高まります。弁護士は法的知識を持ち、感情的にならずに冷静な交渉ができるため、被害者の心証も良くなる可能性があります。
弁護士は以下のようなアプローチで交渉を進めることができます:
- 加害者の誠実な謝罪の気持ちを伝える
- 被害者の気持ちに寄り添い、被害の深刻さを理解する
- 示談の法的効果を丁寧に説明する
- 被害者の不安を取り除くための条件を提案する
2. 示談条件の見直し
被害者が示談条件に納得していない場合は、条件の見直しを検討する必要があります。特に以下の点が重要です:
- 適切な示談金の提示: 誹謗中傷の場合、名誉毀損では10〜50万円、侮辱では1〜10万円が一般的な相場ですが、被害の程度や社会的影響によって変動します。
- 誠実な謝罪: 文書や対面での謝罪など、誠意を示す方法を検討します。
- 再発防止策の提示: 同様の行為を二度と行わないことを誓約します。
- 有害情報の削除: インターネット上の誹謗中傷内容を完全に削除することを約束します。
3. 供託制度の利用
どうしても被害者と連絡が取れない場合や、示談交渉に応じてもらえない場合は、法務局への供託という方法があります。供託とは、お金を法務局に預け入れる制度で、後日被害者が受け取ることができます。
供託には以下のようなメリットがあります:
- 賠償の意思を客観的に証明できる
- 後の裁判で誠意を示す証拠になる
- 遅延損害金(利息)の発生を止める効果がある
4. 贖罪寄付の検討
供託もできない場合は、贖罪寄付という方法もあります。これは弁護士会や被害者支援団体などに寄付を行うことで、反省と謝罪の気持ちを示す方法です。
贖罪寄付は、直接被害者への賠償にはなりませんが、反省の証として裁判所に提出することで、量刑判断に好影響を与える可能性があります。
示談が成立しない場合、どのような法的リスクが残りますか?
示談が成立しない場合、加害者には以下のような法的リスクが残ります:
1. 刑事責任のリスク
誹謗中傷は、内容によって以下のような犯罪に該当する可能性があります:
- 名誉毀損罪: 3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金
- 侮辱罪: 1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金または拘留若しくは科料(2022年の法改正で厳罰化)
- 業務妨害罪: 3年以下の懲役または50万円以下の罰金
示談が成立していない状態では、検察官に起訴される可能性が高まります。また、裁判になった場合も、被害者の処罰感情が厳しいままであれば、より重い刑罰が科される可能性があります。
2. 民事責任のリスク
刑事事件とは別に、被害者から損害賠償請求を受ける可能性があります。誹謗中傷による損害賠償額は事案によって大きく異なりますが、以下が一般的な相場です:
- 名誉毀損:個人で10〜50万円、団体で50〜100万円程度
- 侮辱:1〜10万円程度
- 営業妨害:100〜200万円程度
しかし、SNSでの拡散範囲が広かったり、被害者の社会的立場が高かったりする場合は、さらに高額になることもあります。最近では、インターネット上の誹謗中傷に対して100万円を超える高額な賠償命令も出ています。
3. 社会的信用の失墜
刑事事件として起訴され有罪判決を受けると、前科が付きます。前科は就職や転職、資格取得などにおいて大きな障害となる可能性があります。
また、刑事裁判は原則として公開で行われるため、誹謗中傷の内容が公になり、さらに社会的信用を失うリスクもあります。特にマスコミが注目するような事件では、実名報道される可能性もあります。
誹謗中傷事件で示談交渉を有利に進めるためのポイントは?
示談交渉を有利に進めるためには、以下のポイントを押さえることが重要です:
1. 早期対応の徹底
誹謗中傷問題は、発覚してからの初期対応が極めて重要です。問題が大きくなる前に、以下のことを行いましょう:
- 問題となった投稿や発言を直ちに削除する
- 証拠を保全する(スクリーンショットなど)
- 弁護士に相談し、早期に示談交渉を開始する
2. 誠実な謝罪と反省
示談交渉において最も重要なのは、誠実な謝罪と反省の態度です。形式的な謝罪ではなく、以下のような誠意ある対応が求められます:
- 問題行為を素直に認める
- なぜそのような行為をしてしまったのかを説明する
- 相手の心情を理解し、心からの謝罪を伝える
- 二度と同じ過ちを繰り返さないことを約束する
3. 適切な示談金の提示
示談金は多ければ良いというものではなく、事案に応じた適切な金額を提示することが重要です。以下の要素を考慮して金額を決定しましょう:
- 誹謗中傷の内容と程度
- 拡散の範囲と期間
- 被害者の社会的立場
- 被害者が受けた精神的・経済的損害
- 類似事例の判例や相場
4. 専門家への依頼
誹謗中傷事件の示談交渉は、弁護士など専門家に依頼することをお勧めします。専門家は以下のようなサポートを提供します:
- 法的リスクの正確な評価
- 適切な示談金額の提案
- 冷静で効果的な交渉
- 示談書の適切な作成
- 示談が不成立の場合の代替策の提案
示談交渉は、単なる金銭のやり取りではなく、被害者の心情に寄り添いながら信頼関係を構築していく過程です。専門家のサポートを受けながら、誠実に対応することが最も重要です。
誹謗中傷は、発信者にとっては軽い気持ちで行ったことでも、被害者にとっては深刻な精神的打撃となります。インターネット上の匿名性を過信して、他人を傷つける発言を安易に行うことは避けるべきです。
もし誹謗中傷で訴えられてしまった場合は、早急に弁護士に相談し、適切な対応を取ることをお勧めします。示談が成立すれば刑事責任や民事責任を大幅に軽減できる可能性がありますが、被害者が示談に応じない場合でも、諦めずに誠実な対応を続けることが重要です。
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