生活保護制度は、生活に困窮する人々にとって「最後の砦」として機能する重要な社会保障制度です。しかし、実際に利用を検討する際には、経済的支援というメリットの裏に隠された様々なデメリットや課題が存在することも事実です。2025年現在、日本の生活保護捕捉率は15.3%~18%と欧州諸国の90%超と比較して極めて低く、これは制度そのものの課題だけでなく、社会的な偏見や行政運用の問題が大きく影響しています。本記事では、生活保護制度の利用に伴う具体的なデメリットについて、最新のデータと実態を踏まえて詳しく解説します。制度を正しく理解することで、本当に必要な人が適切な支援を受けられる社会の実現に向けた第一歩となるでしょう。

生活保護を受けると周囲の目が気になる?社会的偏見の実態とは
生活保護制度の利用における最も深刻なデメリットは、社会的スティグマと根深い偏見です。多くの人が「生活保護を受けたら人生終わり」といったマイナスイメージを抱いており、制度利用をためらう最大の要因となっています。
インターネット上では「ナマポ」といった蔑称が使われ、「税金の無駄遣い」という批判的な声も散見されます。相談に訪れる人々からは「生活保護だけは使いたくない」「家族や周囲の人に知られるのが恥ずかしい」という声が頻繁に聞かれるのが現実です。
この偏見の背景には、2012年に発生した芸能人の母親の生活保護受給報道を契機とした大規模な「生活保護バッシング」があります。当時、対象が不正受給でなかったにもかかわらず、テレビや週刊誌での報道を通じて「生活保護=恥」という言説が社会に广く定着してしまいました。自民党議員からは「生活保護を受けることを恥だと思わなくなったことが問題である」といった発言が繰り返され、制度や利用者に対するネガティブな印象を決定的に広げました。
世間の強い偏見は受給者自身にも内面化され、「恥ずかしい」「後ろめたい」といった気持ちを抱かせています。バッシングが広がった際には、受給者が周囲から見られることに恐怖を感じ、外出を控えるようになったという深刻な事例も報告されています。
さらに問題なのは、日本では生活保護が憲法25条で保障された「権利」ではなく「恩恵」として認識されていることです。本来は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に基づく最後のセーフティネットであるにもかかわらず、多くの国民がその本質を理解していません。
就労環境においても偏見の影響は深刻で、ホームレス経験のある受給者へのインタビュー調査では、職場での人間関係において信用されていないと感じたり、疑いの目で見られたりする経験が語られています。受給者は医療券や銭湯の利用券、服装、特定の日に銀行へ行くといった行動から、自身が生活保護受給者であると周囲に識別されていると感じることがあり、常に「誰かに見られているのではないか」という不安を抱えながら生活しています。
生活保護受給中の資産や生活にはどんな制限がある?
生活保護を受給する際には、保有できる資産や生活様式に厳しい制限が課せられます。これらの制限は、受給者の生活の質や将来の自立に大きな影響を与える重要なデメリットです。
資産の保有制限は特に厳格で、生活保護受給中は原則として持ち家を所有できないため、ほとんどの受給者は賃貸物件での生活を余儀なくされます。自動車の所有も原則として認められず、最低限の生活に不必要な高価なものの保有もできません。
預貯金については、要保護者が生活保護を申請する際、最低生活費を超える手持ち金や預金を持っている場合、通常は申請が却下されるか、申請を遅らせるよう助言されるのが一般的です。この運用には大きな問題があり、本来は自立のために活用できるはずの所持金が日常的な生活費として費消され、結果として保護開始後の自立をより困難にするという不合理な点が指摘されています。ただし、保護費の貯金は一定額認められており、何か目的がある場合は保護費を貯金して使うことも可能です。
住宅扶助の制限も深刻な問題です。住宅扶助は住む地域の基準額内で家賃が支給されるため、その範囲内で賃貸契約を結ぶ必要があります。2024年度の東京都23区における単身者の住宅扶助上限額は月額約53,700円となっていますが、この金額では都市部において適切な物件を見つけることが困難な場合が多く、見つかっても狭小であったり、風呂やトイレが共同であるなど、健康的で文化的な最低限度の生活を送ることが期待できない環境であることも少なくありません。
一方で、インターネット上では「転居・外出が制限される」という誤情報も見られますが、これは事実ではありません。生活保護費をやりくりして引越し費用に充てることは個人の自由とされています。しかし、制度的な転居指導が社会的孤立を加速させる要因になることは指摘されています。
医療費については医療扶助によって原則無料になりますが、美容整形や不要不急の治療は対象外です。また、生活保護受給中は海外旅行にも影響が出るとされています。
これらの制限は、受給者の尊厳ある生活や社会復帰を阻害する要因となることがあり、制度設計の見直しが継続的に議論されている分野です。
扶養照会で家族にバレる?親族関係への影響は避けられない?
生活保護申請時の扶養照会は、多くの申請者が最も恐れるデメリットの一つです。この制度は、プライバシーの侵害や親族関係のこじれを引き起こす可能性があり、生活保護の利用をためらう大きな要因となっています。
現在の法制度では、過去10年以内に連絡を取り合った親、兄弟、子には原則として扶養照会が行われます。この照会により、申請者の生活困窮状況が親族に知られることになり、家族関係が複雑な場合には深刻な問題を引き起こす可能性があります。
ただし、申請者には一定の選択権があります。「この親族には、こういう理由で生活保護の事実を知られたくない」という明確な意思表示をすることで、扶養照会をしないでほしい旨を伝えることができます。家族関係がうまくいっていない場合や、親族関係が悪化する恐れがある場合には、調査を回避してもらうよう要望することが可能です。また、別居している親族の資産や収入に関する個人情報は、本人のものではないため「答えられない」と回答することもできます。
2021年には扶養照会の運用が変更され、より配慮された形で行われることが求められるようになりました。しかし、多くの自治体では特段の事情がない限り扶養照会が行われるほか、DV等の事情を訴えても自治体によって判断が異なり、実際には扶養照会実施を示唆されることが多いのが現状です。
扶養照会の実効性についても疑問が呈されています。扶養照会の書面が親族宅に届いても、経済的援助をしなかった親族が役所からの文書を破棄するなど、回答に協力しないケースも少なくありません。扶養照会の回収率の低さから、国会ではその手続きが無駄であり、生活保護申請の心理的ハードルを上げるだけではないか、との疑問も提示されました。
扶養照会は、申請者や被保護者の情報を本人の意に反して他人に提供するものであり、生活保護を利用するためにこれを強要されるべきではないという意見も多く出されています。扶養照会が行われる可能性があるというだけで、生活保護の利用をためらう生活困窮者が非常に多く、これが生活保護の「捕捉率」が低い主な要因の一つと考えられています。
扶養照会の実施を示唆するだけでも、申請者の申請意思をくじくことになり、申請権を実質的に侵害する可能性があると指摘されており、制度運用の改善が強く求められている分野です。
役所の対応が厳しいって本当?申請時の「水際作戦」とは
生活保護制度の運用において、行政側の対応と運用の課題は深刻なデメリットとして指摘されています。特に「水際作戦」と呼ばれる現象は、本当に生活保護が必要な人々の申請を阻む大きな問題となっています。
「水際作戦」とは、一部の地方自治体において、役所の窓口で申請書を渡さなかったり、受付を拒否したりして、生活保護申請を事実上阻む行為を指します。これにより、本当に生活保護が必要な人が申請を断られたり、利用をためらったりするケースが発生しています。過去には、「働けないのに働けと言われた」と日記に残し餓死した男性や、医師の診断書の提出を求められ申請を断られた男性が母親を殺害するに至った事件など、極めて悲惨な事例も報告されています。
行政の窓口では、不適切な指導も頻繁に行われています。「持ち家を処分しなさい」「借金があると保護を受けられない」「ホームレスは保護を受けられない」といった誤った指導がされることがありますが、実際には持ち家があっても一定の条件で保有が認められたり、借金があっても保護を受けられたり、ホームレスでも申請可能であったりします。こうした誤解に基づく指導が、申請を不当に阻んでいるのが現状です。
ケースワーカーの過重労働と専門性の問題も深刻です。生活保護ケースワーカーの仕事は「最初からキャパシティーオーバー」であり、仕事の取捨選択が求められるほど多忙な状況にあります。被保護者への支援に優先順位をつけにくく、場当たり的な対応になりがちで、事務作業に追われることで、本来のケースワークに集中できない状況があります。ケースワーカー一人当たりの担当世帯数が増加しているため、家庭訪問の時間が十分に取れない、疲労やストレスを感じるといった問題も指摘されています。
さらに問題なのは、福祉事務所の職員が相談者を不正受給者や犯罪予備軍と見なすような対応や発言をすることで、スティグマを強化してしまっているケースが報告されていることです。これは制度本来の目的である支援とは正反対の効果をもたらしています。
政府はケースワーク業務の外部委託を検討・推進していますが、これに対しては、日本国憲法と生活保護法の趣旨に反し、制度利用者に不利益をもたらす可能性が高いとして、原則として行われるべきではないという要望も出ています。外部委託によって専門性が低下し、利用者が不利益を被る事例も既に報告されています。
2025年時点では、デジタル化の進展により状況は改善されつつあります。マイナンバー制度の導入や情報連携の進展により、自治体の不正受給発見・抑止能力は向上しているとされており、これらの技術的進展が受給者の負担軽減や申請しやすさにつながるよう、オンライン申請の導入や必要な予算措置が求められています。
不正受給が多いから制度利用は難しい?実際の数字と捕捉率の現実
メディアや世論で強調されがちな「不正受給」問題は、生活保護制度に対する大きな誤解を生み、制度利用をためらわせる要因となっています。しかし、実際の数字と世間のイメージには大きな乖離があります。
生活保護の不正受給は、金額ベースで見ると極めて少ないのが実態です。2021年の厚生労働省資料による試算では全体の0.29%、2022年度の保護費負担金(約2兆7929億円)に対して約106億円と、0.4%に満たない額にすぎません。これは一般的にイメージされる「不正受給が蔓延している」という状況とは程遠い現実です。
不正受給の内訳を詳しく見ると、約61%が「稼働収入の申告漏れ」と「過小申告」で占められています。しかし、これは必ずしも悪意によるものではなく、収入申告のルールを理解する能力が乏しい受給者も多いため、故意・悪意のある不正受給は実際にはごくわずかであると指摘されています。また、行政側が業務多忙などを理由に資産調査を怠った結果、不正受給となったケースも存在します。
問題は、ごくわずかな「悪質な」不正受給がことさら強調されることで、生活保護に対する誤解や偏見が根強く残っていることです。これにより、「濫給防止」(必要な人が受けられないことがあっても適用を制限すべき)という市民感情が広がり、「漏給防止」(必要のない人が受けてしまうことがあっても適用を拡大すべき)という考えが軽視される傾向にあります。
この結果として現れているのが、日本の生活保護制度における極めて低い「捕捉率」です。捕捉率とは、生活保護の受給対象となる生活水準にあるにもかかわらず、実際に制度を利用できていない人の割合を示すものです。日本の生活保護の捕捉率は15.3%~18%と非常に低く、これは欧州諸国(フランスやイギリスは90%超)と比較しても顕著な差があります。
捕捉率の低さの主な原因は、前述した社会的なスティグマ、偏見、行政の「水際作戦」に加えて、申請の複雑さや制度の理解不足が挙げられます。特に、稼働能力があると見なされやすい「その他の世帯」(主に稼働世帯、失業者など)の捕捉率が、高齢者世帯や障害者・傷病者世帯に比べて特に低いという問題があります。
2025年現在、生活保護の不正受給対策は着実に進歩しています。板橋区ではマルチモーダル申告システムの導入により、収入申告の期限内提出率が向上し、意図せぬ不正受給が減少したという成功事例があります。江東区では関係機関連携プラットフォームを構築し、税務署、年金機構、ハローワーク、金融機関等との情報連携を効率化・自動化しています。
仮に日本の捕捉率をヨーロッパ並みに引き上げた場合、生活保護費は現在の2.5倍になり、国や地方の負担が大きく増えるという試算もあります。厚生労働省の試算によれば、生活保護費は2025年度に5兆2千億円に達する見込みです。しかし、本当に困窮している人々が制度を利用できない現状は、社会保障制度の根本的な目的に反しており、不正受給への過度な注目が本質的な問題を見えにくくしているという指摘もあります。
コメント