ホンダ「WN7」は、2026年1月2日に開催された第102回箱根駅伝において、史上初めて国産電動白バイとして選手の先導を務めた革新的な電動スポーツバイクです。警視庁が導入したこのWN7白バイは、ホンダが2025年11月のミラノショーで世界初公開した次世代電動モーターサイクルをベースとしており、排気ガスを一切出さないクリーンな走行性能と、600ccクラスのガソリンバイクに匹敵するパワフルな動力性能を兼ね備えています。本記事では、ホンダWN7の技術的特徴から白バイ仕様の独自装備、そして箱根駅伝での運用に至るまで、この歴史的なプロジェクトの全貌を詳しく解説します。電動バイクの普及が本格化する中、日本を代表する二輪メーカーであるホンダが送り出した「WN7」は、単なる新型車両という枠を超え、日本のモビリティ社会が新たなステージへ移行していることを象徴する存在となりました。

ホンダWN7とは何か:電動スポーツバイクの新境地
ホンダWN7とは、同社にとって初となる「FUN領域(趣味性の高い領域)」向けの大型電動モーターサイクルです。2025年11月にイタリア・ミラノで開催されたEICMA 2025(ミラノモーターサイクルショー)において世界初公開されたこのモデルは、ホンダの電動化戦略における重要な転換点を示す旗艦モデルとして位置づけられています。
モデル名の「WN7」には、開発コンセプトを凝縮した意味が込められています。「W」は「Wind(風)」を表し、「N」は「Naked(ネイキッド)」という車両スタイルを示し、そして「7」は内燃機関における700ccクラス相当の出力を意味しています。この命名からも分かるように、WN7は従来の電動スクーターや配達用バイクとは一線を画す、スポーツ走行を主眼に置いた本格的な電動二輪車として開発されました。
「Be the Wind」:風になるという開発コンセプト
WN7の開発コンセプトは「Be the Wind(風になる)」という言葉に集約されています。電動バイク特有の静粛性と振動の少なさを最大限に活かし、ライダーが周囲の自然音や空気感をダイレクトに感じながら、まるで風と一体化して滑空するかのような新しい走行体験を提供することを目指しています。
開発責任者である田中幹二氏は、WN7について「単にエンジンをモーターに置き換えただけの乗り物ではなく、電動化技術によってのみ実現可能な新しい価値と操る喜びの融合を目指した」と語っています。また田中氏は、WN7が「神渡し(かみわたし)」と呼ばれる季節の変わり目に吹く風のように、二輪車業界に新しい風を吹き込む存在になることへの期待を寄せています。
ホンダの電動化戦略における位置づけ
ホンダは2040年代にすべての二輪車製品でカーボンニュートラルを実現するという野心的な目標を掲げており、2025年を「電動二輪車グローバル展開元年」と位置づけています。これまでホンダの電動二輪車は、主にコミューター(近距離移動用スクーター)やビジネスバイク(配達用など)が中心でしたが、WN7は初めて趣味やスポーツ走行を主眼に置いた「FUN EV」として開発されました。
WN7はホンダの二輪車生産のマザー工場である熊本製作所で生産される「Made in Japan」の旗艦モデルであり、このモデルの成功は今後のホンダの電動化戦略の成否を占う試金石となる重要性を持っています。
ホンダWN7の技術的特徴:高性能電動パワーユニット
WN7が白バイとして採用された最大の理由は、過酷な警察業務にも耐えうると期待されるその高い基本性能にあります。心臓部には新開発の水冷電動モーターとインバーターを一体化したパワーユニットが搭載されており、このユニットは車体中央下部に配置されることで低重心化に貢献しています。
定格出力と最大出力の巧みな使い分け
WN7の出力性能において特筆すべきは、定格出力と最大出力の巧みな使い分けです。定格出力は18kW(約24ps)に設定されており、日本の道路運送車両法において定格出力が20kW未満の電動二輪車は「軽二輪(排気量125cc超250cc以下に相当)」として扱われます。これにより車検が不要であるなど維持費の面でメリットがありますが、実際の走行性能はこの区分を遥かに凌駕します。
WN7の最大出力は50kW(約68ps)に達し、これは600ccクラスの内燃機関バイクと同等のパワーを発揮します。さらに驚くべきは最大トルクで、100Nm(約10.2kg-m)という数値を叩き出します。これは1000ccクラス(リッターバイク)のスーパースポーツモデルに匹敵するトルクであり、しかも電動モーターの特性上、スロットルを開けた瞬間(0rpm)から最大トルクに近い力を発揮できます。
圧倒的な加速性能
この圧倒的なトルクにより、0-50m加速は3.9秒、0-100km/h加速は4.6秒という俊足を誇り、同社のスポーツモデル「CB500 Hornet」をも上回る加速性能を実現しています。最高速度は129km/hとされていますが、日本の公道における法定速度や取り締まり業務においては十分すぎる性能と言えます。
革新的なフレームレス構造
WN7の車体構造における最大の特徴は、従来のオートバイのような鋼管やアルミビームによるメインフレームを持たない「フレームレス構造」です。この構造では、アルミダイキャスト製の堅牢なバッテリーケース自体が車体の主骨格(ストレスメンバー)としての役割を果たします。
フロントサスペンションを支えるヘッドパイプホルダーと、リアのスイングアームやモーターを支えるピボットブラケットが、このバッテリーケースに直接ボルト締結される仕組みとなっています。これにより部品点数の削減と大幅な軽量化を実現すると同時に、重量物であるバッテリーを車体の幾何学的中心に配置することで、理想的なマスの集中化を達成しています。
サスペンションにはショーワ製のSFF-BP(Separate Function Fork – Big Piston)倒立フロントフォークと、リアにはプロリンク式モノショックが採用され、スイングアームは片持ち式のプロアームとなっています。これらの装備はホンダのハイエンドスポーツモデルに準じたものであり、電動バイクでありながらもホンダ車らしい「意のままに操れるハンドリング」と高い路面追従性を確保しています。
バッテリー技術と航続性能
WN7は容量9.3kWhの固定式リチウムイオンバッテリーを搭載しています。ホンダはスクーター向けに交換式バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」を展開していますが、WN7のような大型ファンモデルでは、高出力と航続距離、そしてシャシー剛性を確保するために、あえて固定式の大容量バッテリーを選択したと考えられます。
航続距離はWMTCモード値で140kmと発表されており、長距離ツーリングには心許ない数値ですが、都市部での移動や今回のような特定区間(約20km)の先導業務には十分なスペックとなっています。充電に関しては、欧州仕様ではCCS2規格の急速充電に対応しており、20%から80%まで約30分で充電可能です。普通充電では0%から100%まで約2.4時間(専用充電器)から5.5時間(家庭用電源)かかるとされています。
WN7白バイの独自装備:警察仕様の特別な改造
2025年12月19日に東京都庁で行われたセレモニーで公開された「WN7白バイ」は、市販予定車をベースにしつつも、警察業務に特化した数々の興味深い改造が施されていました。
白バイ仕様のデザインと追加装備
まず目を引くのは、その純白のカラーリングです。市販モデルのWN7はブラックやグレーを基調としたダークで精悍なイメージですが、白バイ仕様は全身をホワイトで統一し、タンク(にあたる部分)やカウルに警視庁のエンブレムが輝いています。
追加装備として、CB1300PやNT1100Pといった現行の白バイと同様の赤色回転灯(パトライト)とサイレンスピーカーが装着されています。ハンドル周りには、右側にパトライトのON/OFFスイッチ、左側にサイレンと拡声器の操作スイッチが増設されており、隊員が走行中でも直感的に操作できるレイアウトになっています。
リアセクションには警視庁支給の書類ボックス(トップケース)が専用ステーを介して装着されており、また左フロントフォーク脇には交通整理に使用する誘導灯を収納するための筒状ホルダーが設置されています。
車両重量の比較
これらの装備追加により、車両重量はベースモデルの217kgから約18kg増加し、235kgとなっています。しかし装備重量が約300kgに達するとされるCB1300Pと比較すれば、60kg以上も軽量であり、その取り回しの良さは想像に難くありません。
一方で、従来の白バイの象徴とも言える大型のバンパー(エンジンガード)やサイドボックス(パニアケース)は装着されておらず、非常にスリムで軽快なシルエットを維持しています。これは今回の導入があくまで「先導」や「広報啓発」を主目的としているため、あるいは転倒リスクの少ない熟練隊員による運用を前提とした軽量化優先の判断である可能性があります。
さらに特筆すべきは、ミラーの配置です。従来の白バイはカウルマウントやハンドルマウントのミラーが一般的でしたが、WN7白バイではバーエンドミラーが採用されています。これは国産白バイとしては初の試みであり、後方視界の確保と同時に先進的でスタイリッシュな外観を強調する要素となっています。
擬似シフトペダル:人間工学と伝統の融合
WN7白バイにおける最もユニークかつ議論を呼ぶ装備が、左足元に追加された「擬似シフトペダル」です。電動モーターサイクルであるWN7には変速機(トランスミッション)やクラッチが存在せず、スクーターのようにアクセル操作だけで走行可能です。したがって本来ならばシフトペダルは不要です。
しかし開発チームは警視庁の白バイ隊員からのフィードバックに基づき、あえて「機能しないダミーのペダル」を装備しました。このペダルはステップバーの軸と一体化して完全に固定(リジッド)されており、踏み込んでも可動しません。
その目的は変速操作ではなく「ライディングフォームの安定化」にあります。白バイ隊員は極限の状況下で車体をコントロールするために、ニーグリップ(膝での挟み込み)だけでなく、くるぶし(アンクルホールド)や足裏の荷重移動を多用します。長年の訓練で染み付いた「左足の定位置」や「踏ん張り」の感覚を維持するために、このペダルは足置き(フットレスト)および身体を支える支点として機能するのです。これは最新の電動技術と、人間が操る乗り物としての身体性(フィジカルな感覚)をどのように融合させるかという、興味深い問いに対するホンダの一つの回答と言えます。
ナンバープレート「0」の意味
今回走行したWN7白バイのナンバープレートには、軽二輪を示す白枠のプレートに分類番号として「0(ゼロ)」という数字が刻印されていました。通常の軽二輪の分類番号は「1」や「2」ですが、「0」は型式認定を受けていない車両を公道で走行させるための特例措置を示しています。
WN7は2026年1月時点で日本国内での型式認定(国土交通省による安全基準等の審査)をまだ取得していない段階であり、この白バイ運用が特別な許可に基づく実証実験的な位置づけであることを物語っています。
箱根駅伝でWN7電動白バイが採用された理由
箱根駅伝という日本を代表するスポーツイベントにおいて、なぜホンダWN7が電動白バイとして選ばれたのでしょうか。その背景には、環境への配慮とコース特性、そして社会的なインパクトという複数の要因が存在します。
環境負荷の低減とランナーへの配慮
箱根駅伝は関東の大学が競うハイレベルな長距離走であり、選手たちは極限まで身体を追い込みます。そのすぐ側を走る先導車が排気ガスを出さず、静粛であることは、選手の呼吸環境やメンタル面において大きなメリットをもたらします。
内燃機関のバイクや車は低速走行時には冷却効率が落ち、排熱や排気ガスの滞留が問題になりがちです。しかし電動バイクであるWN7は排気ガスを一切排出せず、また低速域での発熱も相対的に少ないため、ランナーにとってクリーンで快適な並走環境を提供できます。ゲストとして参加したつるの剛士氏も「排気ガスが出ないのでランナーに優しい」とコメントしており、アスリートファーストの観点からもEV先導車の有用性は明らかです。
コース特性との適合性
今回WN7が担当した1区(大手町~鶴見、21.3km)と10区(鶴見~大手町、23.0km)は、全体的に平坦な都市部のコースです。140kmの航続距離を持つWN7にとって、20km強の距離はバッテリー残量を気にすることなく走りきれる余裕のある設定となっています。
一方で、箱根駅伝の象徴である5区(山登り)や6区(山下り)では、急勾配による電力消費の増大や回生ブレーキによるバッテリーへの負荷などが懸念されるため、今回は平坦な都内区間での運用が選択されたと推測されます。しかしWN7は強力な回生ブレーキシステムを備えており、将来的には下り坂でエネルギーを回収しながら走行する山岳区間への投入も技術的には可能と考えられます。
メディア効果と社会的インパクト
箱根駅伝は日本国内で最も視聴率の高いスポーツイベントの一つであり、二日間で延べ数千万人がテレビ観戦します。その中継映像に、エンジンの爆音ではなく、ヒュイーンという微かなモーター音と共に滑らかに加速する白いバイクが長時間映り続けることの宣伝効果は計り知れません。
SNS上では「EV白バイがステルスすぎて怖い」「未来感がある」「正月の楽しみが増えた」といった声が相次ぎ、一般層に対して「電動バイクは実用段階にある」「かっこいい」というポジティブなイメージを植え付けることに成功しました。
東京都と警視庁のゼロエミッション戦略
今回のWN7導入は、東京都が強力に推進する環境政策の一環でもあります。東京都と警視庁が電動白バイを採用した背景には、明確な政策目標と将来ビジョンがあります。
「ゼロエミッション東京」と2035年の目標
東京都は「ゼロエミッション東京」を掲げ、2050年のCO2排出実質ゼロを目指しています。その中間目標として、「都内で新車販売される二輪車を2035年までに100%非ガソリン化する」という方針を打ち出しています。
小池百合子都知事は気候変動対策に「一刻の猶予もない」とし、公用車や警察車両の電動化を率先して進めることで、民間への普及を促す「ショーケース化」を図っています。これまで警視庁はBMW製の電動スクーターなどを試験導入してきましたが、国産メーカーであるホンダが本格的な電動白バイを供給し始めたことは、この政策の実現性を大きく高めるものです。
警視庁における電動化の課題と展望
警視庁にとって電動白バイの導入は環境対策だけでなく、業務の質を変える可能性も秘めています。電動バイク特有の静粛性は、夜間の住宅街パトロールや犯人に気づかれずに接近する隠密性の高い活動において有利に働きます。
一方で課題も明確です。最大のネックは「充電インフラ」と「運用時間」です。ガソリン車であれば数分で満タンにして再出動できますが、EVは急速充電でも数十分、普通充電なら数時間を要します。24時間体制で稼働する警察署や交番において、充電時間をどのように業務フローに組み込むか、また災害時や停電時にどのように稼働を確保するかといった運用面での課題解決が、本格配備への鍵となるでしょう。
ホンダWN7電動白バイが示す未来
ホンダ「WN7」の白バイ採用と箱根駅伝でのデビューは、日本のモビリティ史における象徴的なマイルストーンとなりました。それは単に「珍しいバイクが走った」という話題にとどまらず、複数の重要なメッセージを社会に発信しました。
国産EV技術の成熟
第一に、日本のメーカーが警察業務にも耐えうる高性能なスポーツEVバイクを開発・実用化できる段階に到達したことを示しています。ホンダWN7は最大出力50kW、最大トルク100Nmという性能を持ち、600ccクラスのガソリンバイクに匹敵するパワーを発揮します。この技術力は、日本の二輪車産業が電動化時代においても世界をリードできる可能性を証明しています。
行政の脱炭素への本気度
第二に、東京都と警視庁が伝統的な行事や組織においても環境負荷低減を最優先事項として推進し始めたことを示しています。箱根駅伝という国民的行事において電動白バイを採用したことは、行政のゼロエミッション政策が本格的な実行段階に入ったことの象徴です。
新しい「白バイ像」の提示
第三に、威圧的なエンジン音で存在を示すのではなく、静かにクリーンにスマートに社会を守るという、次世代の警察車両のあり方を提示しました。擬似シフトペダルの採用に見られるように、最新技術と人間の身体性の融合という課題にも真摯に向き合っています。
「Be the Wind」のコンセプトの通り、WN7は静かな風となって箱根路を駆け抜けました。その風は、日本の電動バイク普及という大きなうねりを引き起こす「追い風」となることが期待されます。2026年の箱根駅伝は、後世において「電動白バイ時代の幕開け」として語り継がれることになるでしょう。
まとめ:ホンダWN7電動白バイの意義
ホンダWN7は、同社初の大型電動スポーツバイクとして2025年11月に発表され、2026年1月2日の箱根駅伝で電動白バイとして歴史的なデビューを果たしました。「Be the Wind(風になる)」という開発コンセプトのもと、電動バイクならではの静粛性と圧倒的なトルクを兼ね備え、新しいライディング体験を提供しています。
白バイ仕様では、警視庁のフィードバックに基づく擬似シフトペダルの採用やバーエンドミラーの導入など、実用性と先進性を両立した独自の改造が施されました。箱根駅伝での運用は、選手への環境配慮とコース特性の適合性から、1区と10区の平坦な都市部区間で行われました。
東京都の「ゼロエミッション東京」政策と連動したこの取り組みは、日本の電動バイク普及における重要な一歩となりました。充電インフラや運用時間といった課題は残されていますが、ホンダWN7電動白バイの登場は、日本のモビリティ社会が新たな時代を迎えていることを鮮明に示しています。

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