バーガーキング・ジャパンは、2025年11月に米金融大手ゴールドマン・サックスによって買収されました。推定取引額は700億円から785億円に達し、日本の外食産業における近年稀に見る大型M&A案件となっています。この買収により、かつて二度の撤退を経験した「負け組」ブランドが、世界最大級の投資銀行を後ろ盾に、マクドナルドに挑戦する体制を整えることになりました。
バーガーキングの日本での歴史は決して順風満帆ではありませんでした。1993年の初上陸以来、2001年と2017年に経営権が移行するなど、長らく苦戦を強いられてきました。しかし、2017年に香港系投資ファンドのアフィニティ・エクイティ・パートナーズが経営権を取得して以降、徹底した構造改革により驚異的な復活を遂げています。店舗数は一時77店舗まで縮小したものの、2025年には300店舗を突破し、売上高は買収時と比較して約290倍という成長を記録しました。この記事では、バーガーキング・ジャパンの買収の背景から、ゴールドマン・サックスの投資意図、そして今後の成長戦略まで詳しく解説します。

バーガーキング・ジャパン買収の全貌とは
ゴールドマン・サックスによるバーガーキング・ジャパンの買収は、2025年11月18日に正式発表されました。この取引は、日本の外食産業における新たな投資トレンドを象徴する出来事として、業界内外から大きな注目を集めています。
買収金額と取引の規模
今回の買収において、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントは、バーガーキング・ジャパン・ホールディングスの全株式をアフィニティ・エクイティ・パートナーズから取得する契約を締結しました。推定取引額は約700億円から785億円とされており、これは約4億5200万ドルに相当します。取引の完了は関係当局の承認を経た後となりますが、この評価額は日本の外食市場におけるバーガーキングの成長性を如実に示しています。
2017年にアフィニティがロッテグループから事業を取得した際には、長年の赤字により取得額は極めて低廉であったと推測されています。韓国法人による売却額が約10億円程度だったという報道もあり、仮にこれが事実であれば、アフィニティは約8年間で投資価値を数十倍に高めたことになります。プライベート・エクイティの世界では、このような案件は「ホームラン案件」と呼ばれる大成功例となりました。
買収に関わる3つのプレイヤー
この取引には、それぞれ異なる戦略的意図を持つ3つの主体が関与しています。
売り手であるアフィニティ・エクイティ・パートナーズは、香港を拠点とする独立系プライベート・エクイティ・ファンドです。アジア太平洋地域での企業再生に定評があり、バーガーキング・ジャパンを典型的な「再生案件」として手がけました。不採算店舗の閉鎖とブランドの再定義を経て事業を黒字化し、成長軌道に乗せた時点での売却は、PEファンドとして教科書通りの出口戦略といえます。店舗数が300を超え、次の成長フェーズへ移行するタイミングでの売却は、キャピタルゲインを最大化する絶好の機会でした。
買い手であるゴールドマン・サックスにとって、この買収は日本市場における投資テーマの具現化を意味します。同社は近年、日本の中堅企業市場に注目しており、優れた製品やサービスを持ちながらも成長が頭打ちになっている企業をターゲットにしています。バーガーキング・ジャパンは強力なグローバルブランドを持ちながら、マクドナルドの約3,000店舗と比較すると依然として規模が小さく、拡大余地が巨大です。ゴールドマンは豊富な資金力とグローバルな知見を注入することで、この拡大余地を収益化できると判断しました。
バーガーキングの親会社であるレストラン・ブランズ・インターナショナル(RBI)の動向も重要です。RBIは今回の日本での取引と同時期に、中国事業の株式過半を現地投資ファンドに売却する契約を結んでいます。これは、RBIがアジア市場において現地でリスクを取れる強力な資本パートナーと組む戦略へと転換したことを示しています。
バーガーキングの日本における苦難の歴史
バーガーキングの日本での歩みは、撤退と再挑戦の連続でした。現在の成功を正しく理解するためには、過去の失敗から学ぶことが重要です。
第1期:1993年から2001年の挫折
バーガーキングが初めて日本に上陸したのは1993年のことです。西武鉄道グループとの提携により、入間市に1号店がオープンしました。当時の日本はバブル崩壊後の不況下にあり、マクドナルドが低価格路線で市場を席巻し始めていた時期でした。
この第1期における失敗の主な要因は、立地戦略のミスと価格競争への巻き込まれでした。西武グループ主導であったため、店舗展開は西武線沿線やテナントビルに偏る傾向がありました。その後、日本たばこ産業(JT)が経営に参画して資金力を背景に店舗拡大を図りましたが、マクドナルドが仕掛けたデフレ下の価格破壊戦争には耐え切れませんでした。結果として2001年に日本市場から完全撤退となり、日本の消費者に「バーガーキングは日本に根付かない」という印象を与えることになりました。
第2期:2007年から2017年の迷走
空白期間を経て、バーガーキングが再上陸を果たしたのは2007年です。ロッテグループと企業再生支援会社のリヴァンプが共同で設立した「バーガーキング・ジャパン」が運営を担いました。
しかし、この第2期も困難の連続でした。2010年に韓国ロッテリアが経営権を取得しましたが、同じグループ内に「ロッテリア」という競合バーガーチェーンが存在することで、バーガーキングのポジショニングが不明確になりました。ロッテ傘下での経営は積極的な投資よりも現状維持に留まる傾向があり、店舗数は伸び悩みました。2010年にロッテが約100円という象徴的な価格で負債ごと引き受けたという経緯からも、当時の事業価値がいかに低かったかがわかります。赤字体質からの脱却はならず、全国チェーンとしての存在感を示せないまま、2017年にアフィニティへと売却されることになりました。
アフィニティによるバーガーキング再生の方法
2017年に経営権を取得したアフィニティ・エクイティ・パートナーズは、過去のしがらみを断ち切り、極めて合理的な再生プランを実行しました。そのプロセスは「止血」と「ビルドアップ」の2つのフェーズに分けられます。
止血フェーズ:2017年から2019年
アフィニティが最初に着手したのは、無差別な拡大ではなく不採算店舗の整理でした。収益性の低い店舗やブランドイメージにそぐわない老朽化した店舗を次々と閉鎖した結果、2019年5月時点で店舗数は77店舗まで減少しました。
この縮小均衡策は一見すると敗北のように見えましたが、実際には既存店の収益性を高めキャッシュフローを改善するための不可欠な準備期間でした。不採算店を切り離すことで残存店舗への投資余力を生み出し、オペレーションの標準化を進めることができました。
攻勢フェーズ:2020年から2025年
基礎体力を回復させたバーガーキングは、2020年頃から怒涛の出店攻勢に転じました。特にコロナ禍という逆風を逆手に取った戦略が奏功しています。多くの飲食店が撤退する中で好立地の物件が空き、テナント料が下落したタイミングを見逃さず積極的な出店を行いました。
その結果、2019年の77店舗から2025年10月には308店舗へと、わずか6年で約4倍の急拡大を達成しました。売上高も2024年度には322億円を記録し、前年比29%増という成長を続けています。直近4年間で店舗数は122%増という驚異的なペースを維持しました。
マーケティング戦略の成功
アフィニティ体制下のバーガーキングを象徴するのが、ユニークかつ挑発的なマーケティング戦略です。広告予算で圧倒的に勝るマクドナルドに対し、正面からの物量作戦ではなくSNSでの拡散を狙ったゲリラ戦を展開しました。
最も有名な事例は秋葉原店におけるマクドナルドへのメッセージです。2020年、近隣のマクドナルド秋葉原昭和通り店が閉店する際、バーガーキングは店頭に「22年間お疲れ様でした」という感謝のポスターを掲示しました。しかし、その文章の行頭を縦に読むと「私たちの勝チ」というメッセージが隠されていたのです。また、渋谷センター街でも同様の手法が取られ、マクドナルドの店舗から見える位置に設置された看板には、特定の角度から見ると挑発的なメッセージが浮かび上がる仕掛けが施されていました。これらの施策はSNSで爆発的に拡散され、数億円規模の広告効果を生んだとされています。
商品面でも話題性を重視した展開が行われました。「アグリーバーガー」シリーズでは、チーズをバンズの上に手作業で乗せて焼くことで、見た目は悪いが味は抜群という逆説的な商品を展開し、2020年の新商品売上No.1を記録しました。また、肉の総重量が1ポンド(約450g)を超える「ワンパウンダー」シリーズのような超巨大バーガーを定期的に投入し、コアなファン層を獲得しています。
デジタル化への投資
アフィニティは店舗オペレーションのデジタル化にも巨額の投資を行いました。公式アプリにおけるモバイルオーダー機能は、バーガーキングの強みである「カスタマイズ」をデジタル上で完全に再現することに成功しています。野菜やソースの増量をアプリ上で簡単に選択できるようにし、対面注文での心理的ハードルを取り除きました。新店を中心にタッチパネル式のセルフレジを積極的に導入し、省人化と多言語対応を進めることで、外国人観光客の取り込みやピーク時の注文処理能力向上を実現しています。
ゴールドマン・サックスがバーガーキングに投資した理由
世界的な金融資本であるゴールドマン・サックスが、なぜ日本のハンバーガーチェーンに巨額を投じたのでしょうか。そこには日本経済の構造変化と同社の投資戦略の進化が密接に関わっています。
中堅企業市場への注力
ゴールドマン・サックスは近年、日本の中堅企業の成長支援に大きな商機を見出しています。日本の多くの中堅企業は、優れた技術やブランド、安定したキャッシュフローを持ちながらも、後継者不足やグローバル展開のノウハウ欠如により成長が停滞しているケースが多いためです。
同社は今後10年間で約8000億円規模を日本の企業投資に充てる計画であり、その主要ターゲットは企業価値300億円から3000億円規模の中堅企業です。バーガーキング・ジャパンはこのターゲット範囲に合致しており、すでにビジネスモデルが確立されているため、資本と経営ノウハウを注入して規模を拡大させる段階にあります。
インフレ経済への転換
日本経済が長年のデフレからインフレへと転換しつつあることも、投資判断の追い風となっています。消費者の価格許容度が上がり、高品質なものには対価を払う傾向が強まっているためです。
バーガーキングは「ワッパー」を中心とした高単価商品と、アプリクーポンを活用した低価格商品のミックス戦略を得意としています。特に原材料費高騰や人件費上昇を価格転嫁しやすいブランド力を持っており、インフレ下でも利益率を維持・拡大できる力を持つ資産として評価されたと考えられます。
地方・郊外への拡大可能性
現在、バーガーキングの店舗は首都圏や主要都市に集中しており、地方都市やロードサイドには広大な空白地帯が存在します。マクドナルドが全国に約3,000店舗を展開しているのに対し、バーガーキングはまだ約300店舗強に過ぎません。ゴールドマンは自身の持つ不動産ネットワークや金融ノウハウを活用し、これまで進出できていなかった地方のショッピングモールやロードサイドへの出店を加速させることで、マクドナルドのシェアを切り崩せると見込んでいます。
過去の投資実績との関連
ゴールドマンは過去に道路舗装大手のNIPPOやマンション管理の日本ハウズイングといった日本企業への投資を行ってきましたが、消費者向けブランドへの本格投資はこれが初めてとなります。一方で、米国ではKFCのフランチャイジーへの融資やレストラン向けテクノロジー企業への投資経験があり、グローバルな知見を有しています。また、日本国内ではタクシーアプリ「GO」やスマートロックの「ビットキー」に出資しており、これらのテック企業との連携によるシナジーも期待されています。
バーガーキング・ジャパンの今後の成長戦略
ゴールドマン・サックス傘下となったバーガーキング・ジャパンが目指すのは、明確な数値目標に裏打ちされた急成長です。
2028年に600店舗を目指す計画
現在公表されている計画では、2028年末までに国内店舗数を600店に倍増させ、売上高を現在の約3倍にあたる1,200億円まで引き上げることを目指しています。これを達成するためには年間約100店舗ペースでの新規出店が必要となります。2025年単年での出店予定数が85店舗であったことを踏まえると、このペースは野心的ではありますが決して不可能ではありません。
戦略の軸となるのは、出店エリアの拡大と店舗フォーマットの多様化です。首都圏中心から地方の中核都市やロードサイドへの展開を本格化させるとともに、従来のイートイン型に加えてドライブスルー専用店やテイクアウト・デリバリー特化型の小型店舗を増やすことで、立地制約を克服していく方針です。
オペレーションの高度化に向けた投資
店舗数が倍増すれば、サプライチェーンや人材確保の難易度も上がります。ゴールドマンはデジタル投資の加速に重点的に取り組むと予想されます。アプリのパーソナライゼーション強化やAIを用いた需要予測による廃棄ロス削減、自動調理ロボットの導入検討など、労働集約的なモデルからの脱却を図る方向性です。
マーケティング面でも変化が予想されます。これまでのSNS中心のゲリラ戦から、テレビCMや大規模なデジタル広告を含むマスマーケティングへとシフトし、認知度を全国区にすることが求められます。
将来的な出口戦略の選択肢
ゴールドマン・サックスによる保有期間は、一般的なPEファンドのサイクルである3年から5年、長くても7年程度と想定されます。その後の出口戦略としては複数のシナリオが考えられます。
最も有力な選択肢は東京証券取引所への新規株式公開(IPO)です。成長性と収益性を兼ね備えた外食銘柄として、市場からの高い評価が期待できます。また、大手商社や他の外食大手への事業売却という可能性もあります。さらに、親会社であるレストラン・ブランズ・インターナショナルが成功した日本事業を再び直轄下に置く可能性も考えられます。
バーガーキングが直面する競合環境とリスク
成長シナリオの一方で、バーガーキングを取り巻く環境は決して甘くありません。最大の障壁は絶対王者マクドナルドの存在と、激化する人材獲得競争です。
マクドナルドとの競争
マクドナルドは日本国内に約3,000店舗を持ち、圧倒的な規模の経済を享受しています。価格競争力、調達力、認知度のすべてにおいてバーガーキングを凌駕しています。バーガーキングが600店舗になったとしても、マクドナルドの5分の1の規模に過ぎません。
しかし、マクドナルドも度重なる値上げにより「安さ」という最大の武器が揺らぎつつあります。ビッグマックの価格が上昇する中で、バーガーキングの「ワッパーJr.」などのセット価格が相対的に割安または同等と感じられる局面も増えています。バーガーキングは「マクドナルドより少し高いが、圧倒的に美味しい」というプレミアム・マスのポジションを維持できるかが鍵となります。
モスバーガーやその他チェーンとの競合
店舗数1,300を誇るモスバーガーは「日本発の品質」を武器にしており、顧客層が一部重複しています。また、コンビニエンスストアのホットスナックも強力なライバルです。バーガーキング独自の「直火焼き」という調理法による味の差別化を、いかに地方の消費者に伝えられるかが課題となります。
深刻な人手不足への対応
日本の外食産業における最大のリスクは人手不足です。年間100店舗を出店するためには、数千人規模の新規アルバイトと数百人の店長候補を採用しなければなりません。賃金インフレが進行する中、採用コストの高騰は利益率を圧迫する要因となります。ゴールドマンの資金力が採用ブランディングや給与水準の向上にどう活かされるかが注目されます。
ブランドイメージ維持の課題
一部では、ゴールドマン・サックスという巨大金融資本による買収に対して懸念の声も上がっています。「利益至上主義でクーポンの割引率が下がるのではないか」「面白かったマーケティングがつまらなくなるのではないか」といった意見です。アフィニティ時代に築き上げた「消費者に寄り添う、ちょっと反骨心のあるブランド」というイメージを維持できるかは、新経営陣の手腕にかかっています。コスト削減のために商品の質を落としたりクーポンの魅力を削いだりすれば、日本の消費者は敏感に反応し客離れを引き起こすリスクがあります。
バーガーキング・ジャパン買収が示す日本外食産業の転換点
ゴールドマン・サックスによるバーガーキング・ジャパンの買収は、日本の外食産業における新たな時代の幕開けを象徴しています。
外資系投資ファンドの日本市場への関心
この買収は、海外の大手投資ファンドが日本の外食産業に本格的な関心を寄せていることを示しています。デフレ経済からの脱却を図る日本市場は、インフレ環境下で価格転嫁が可能なブランド力を持つ企業にとって魅力的な投資先となっています。バーガーキングの成功は、同様の状況にある他の外食チェーンにも投資マネーが流入するきっかけとなる可能性があります。
企業再生モデルとしての評価
アフィニティによるバーガーキングの再生は、日本企業の再生モデルとして高く評価されています。不採算事業の整理、ブランドの再定義、デジタル投資、そして話題性のあるマーケティングという一連の施策は、他の苦境にある企業にも応用可能な手法です。特に「スクラップ・アンド・ビルド」という思い切った戦略と、SNSを活用したゲリラマーケティングの組み合わせは、資金力で劣る企業が大手に挑戦するための有効な手段となることを実証しました。
日本のハンバーガー市場の今後
日本のハンバーガー市場は今、新たな競争時代に突入しています。マクドナルドという絶対王者の背中はまだ遠いものの、強力な資本を手に入れたバーガーキングがその王座を脅かす存在になれるかどうかが注目されます。2028年に向けた600店舗体制の実現は、急激な拡大の中でバーガーキングの魂である「直火焼きの味」と「遊び心のあるブランド体験」を維持できるかにかかっています。金融のプロフェッショナルであるゴールドマンが、現場のオペレーションや商品の質という実業の部分にどこまでコミットできるかが、この700億円規模の投資の成否を分けることになるでしょう。


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