資生堂ネクストキャリア支援プランに257人応募!520億円赤字の背景と今後の展望

社会

資生堂の「ネクストキャリア支援プラン」に257名が応募しました。これは、同社が当初想定していた約200名を大きく上回る結果となり、創業150年を超える老舗企業が直面している経営危機の深刻さを如実に物語っています。2026年1月6日、資生堂はこの早期退職制度の最終的な応募結果を発表し、日本の化粧品業界に大きな衝撃を与えました。

この257名という数字の背景には、2025年12月期における過去最大規模となる520億円の最終赤字見通し、かつての成長エンジンであった中国事業の構造的な低迷、そして米国市場での巨額減損損失といった複合的な要因が存在しています。本記事では、なぜ資生堂がこれほどの大規模な人員削減に踏み切らざるを得なかったのか、その背景にある経営課題と今後の再生に向けた取り組みについて詳しく解説します。

資生堂「ネクストキャリア支援プラン」とは

資生堂の「ネクストキャリア支援プラン」とは、2025年12月8日から12月26日までの期間に募集された早期退職制度のことです。対象となったのは資生堂本社および国内の一部子会社に勤務する社員で、特定の年齢および勤続年数の条件を満たす方々でした。退職日は2026年3月31日と設定されています。

このプランの特徴は、通常の退職金に加えて特別加算金が上乗せ支給される点にあります。さらに希望者には再就職支援会社を通じたキャリア支援サービスも提供されます。資生堂がこのタイミングでこうした制度を実施したことには、単なるコスト削減ではなく、組織の新陳代謝を促進し、より筋肉質な経営体質へと転換するための抜本的な改革という意味合いがあります。

想定を超えた257名の応募が示すもの

当初、資生堂が計画していた募集人員は約200名でした。しかし実際に蓋を開けてみると、応募者は257名に達しました。これは計画比で約1.3倍、人数にして50名以上の超過となります。

この事実は二つの重要な側面を示唆しています。第一に、会社側が提示した特別加算金などの条件が、対象社員にとって十分に魅力的であったという点です。将来のキャリアに不安を抱える中高年層の社員にとって、まとまった資金を得て次のステップへ進むことは合理的な選択肢となり得ます。第二に、社内の閉塞感や先行きへの不透明感が、社員の背中を押した可能性があるという点です。資生堂は業績の下方修正を繰り返しており、特に本社部門においては危機感が共有されていたと考えられます。

ネクストキャリア支援プランの財務への影響

今回の人員削減に伴い、資生堂は約30億円の関連費用を2025年12月期第4四半期に計上することになります。この30億円には、割増退職金の支払いや再就職支援会社への委託費用などが含まれています。ただし、この費用は2025年11月10日に発表された通期業績予想の修正時点ですでに織り込まれており、今回の発表によって追加の下方修正が発生するものではありません。

市場の関心は「30億円のコスト」ではなく、それによって得られる来期以降の固定費削減効果に向けられています。257名分の人件費が2026年度から削減されることで、年間数十億円規模の利益押し上げ効果が期待できるためです。これは赤字からのV字回復を目指す資生堂にとって、極めて重要な原資となります。

2024年の「ミライ・キャリア・プラン」との違い

今回の257名の削減を正しく評価するためには、2024年に実施された大規模リストラとの違いを理解する必要があります。2024年2月、資生堂の日本事業を統括する「資生堂ジャパン」は、「ミライ・キャリア・プラン」と称して約1,500名の早期退職を募りました。この時の対象は45歳以上かつ勤続20年以上の社員であり、結果として1,477名が応募しました。

2024年の削減が主に国内の営業・販売現場や支社機能を対象とした現場の合理化であったのに対し、今回の削減は資生堂本体(グローバル本社)および一部子会社を対象としています。これは経営の中枢機能やバックオフィス、企画開発部門といった頭脳部分のスリム化を意味します。現場だけでなく本社機能にも聖域なくメスを入れたことで、資生堂の構造改革は最終フェーズに入ったと言えるでしょう。

2024年の1,477名と今回の257名を合わせると、約1,700名規模の人員がわずか2年足らずの間に資生堂を去ることになりました。これは同社の長い歴史の中でも極めて異例かつ大規模な組織再編となっています。

資生堂が520億円の過去最大赤字に陥った理由

資生堂がこれほど急進的な人員削減を断行せざるを得なかった最大の理由は、業績の劇的な悪化にあります。同社は2025年11月10日、2025年12月期の通期連結業績予想を大幅に下方修正しました。

売上高の見通しは、従来予想の9,950億円から9,650億円へと300億円引き下げられました。さらに深刻なのが利益面です。本業の儲けを示すコア営業利益こそ黒字を維持するものの、営業損益は従来の135億円の黒字予想から一転して420億円の赤字へ転落しました。そして最終的な親会社株主に帰属する当期損益は、60億円の黒字予想から520億円の赤字へと大幅に悪化する見通しとなったのです。

赤字転落を招いた三つの要因

この歴史的な赤字の要因を分解すると、主に三つの要素が浮かび上がります。

第一の要因は、米州事業における巨額の減損損失です。 資生堂は2019年に約8億4,000万ドル(当時のレートで約900億円)を投じて、米国のスキンケアブランド「Drunk Elephant(ドランク・エレファント)」を買収しました。しかしその後の成長が計画を大きく下回り、2025年11月に約468億円のブランド価値(のれん)の減損処理を迫られました。

第二の要因は、中国事業およびトラベルリテール(免税)事業の構造的不振です。 かつて資生堂の利益の大半を稼ぎ出していた中国市場と免税市場が、急激な環境変化により収益源から損失源へと変わってしまいました。

第三の要因は、国内事業における構造改革の遅れとコスト増です。 インバウンド需要の質的変化に対応しきれず、固定費の高止まりが続いていました。

これらの要因は独立して存在するのではなく、相互に連鎖して資生堂の財務を圧迫しています。

米国Drunk Elephant買収の失敗と教訓

資生堂が2019年に買収したDrunk Elephantは、当時「クリーンビューティー(成分の安全性や透明性を重視する化粧品)」の象徴として米国で爆発的な人気を誇っていました。資生堂はこの買収によって欧米市場でのプレゼンス拡大と、ミレニアル世代・Z世代へのリーチを一気に獲得しようと目論んでいました。

しかし買収から数年が経過し、その目論見は大きく外れることになりました。2025年11月に計上された約468億円の減損損失は、買収戦略が財務的な失敗に終わったことを数字で証明してしまいました。買収額の半分以上を損失として処理せざるを得なくなった背景には、米国市場の激変があります。

クリーンビューティー市場の変化

買収当時、Drunk Elephantはクリーンビューティー市場のパイオニアとして独占的な地位を築いていました。しかしコロナ禍を経て消費者の意識は変化し、競合他社もこぞって同様のコンセプトを打ち出すようになりました。Sephora(セフォラ)やUlta Beauty(アルタ・ビューティー)といった米国の主要化粧品小売店には、安価で高品質なインディーズブランドや、セレブリティがプロデュースするブランドが溢れかえるようになり、「クリーンであること」自体が差別化要因にならなくなってしまいました。

さらに米国におけるインフレの進行が消費者の財布の紐を固くしました。高価格帯に位置するDrunk Elephantは、生活防衛意識を高めた消費者の選択肢から外れやすくなり、成長率が鈍化しました。資生堂はブランドの将来収益計画を保守的に見直さざるを得なくなり、その結果として巨額の「のれん減損」が発生したのです。

中国・トラベルリテール事業が崩壊した背景

資生堂の過去数年の好業績を支えてきたのは、間違いなくトラベルリテール事業でした。特に中国・海南島の免税特区における売上は、利益率が極めて高く、コロナ禍で世界中の店舗が閉鎖される中でも資生堂の収益を下支えしてきました。しかし2024年から2025年にかけて、この最強の収益エンジンが完全に停止、あるいは逆回転を始めました。

データによれば、2024年の海南島における免税売上高は前年比で約30%も減少しました。さらに2025年に入ってもその減少トレンドは止まっていません。

代購(ダイゴウ)規制強化の影響

最大の要因は、中国政府による「代購(ソーシャルバイヤー)」への規制強化です。代購とは、免税価格で大量に商品を仕入れ、それを中国本土の消費者に転売して利ざやを稼ぐ業者たちのことです。これまでのトラベルリテール市場の成長の相当部分は、純粋な旅行者の自家需要ではなく、この代購による仕入れ需要によって嵩上げされていました。

中国当局は税収の流出を防ぎ、国内の正規流通ルートを保護するために密輸対策を徹底的に強化しました。空港や港での手荷物検査の厳格化、AIを用いた大量購入履歴の監視、さらにはECプラットフォーム上での転売行為の取り締まりを行い、代購ビジネスを壊滅的な状態に追い込みました。これにより資生堂を含む化粧品メーカーは「仮需」を剥ぎ取られ、実力値以上の売上が消滅したのです。

2025年末に始まった海南島「全島封鎖」運用

今後を見通す上で決定的なのが、2025年12月18日から運用が開始された海南島の「全島封鎖(Customs Closure)」です。この新制度下では、海南島は中国本土とは異なる関税制度を持つ「特区」として完全に切り離されています。

島内への輸入品は関税ゼロになる一方で、島内から中国本土への物品の移動は極めて厳格に管理されています。これまでのように「旅行のついでに大量に買って帰る」「ハンドキャリーで持ち出して転売する」といった抜け道は、システム的に封鎖されることになりました。この制度変更を見越して流通在庫の調整や買い控えが起きており、これが2025年の資生堂の業績を直撃しています。

中国本土における「国潮」トレンドの影響

トラベルリテールだけでなく、中国本土市場においても資生堂は苦戦を強いられています。背景にあるのは、中国国産ブランドを愛好する「国潮(Guochao)」トレンドの定着と、福島第一原発の処理水放出に伴う日本製品への忌避感です。

かつては「日本ブランド=高品質・安全」という圧倒的な優位性がありましたが、現在は中国ローカルブランドが品質を向上させ、SNSを駆使した巧みなマーケティングで若者の心を掴んでいます。機能性や成分を重視する「成分党」と呼ばれる消費者層に対し、資生堂のプレステージブランドは価格競争力や新商品投入のスピード感で劣後する場面が見られます。

資生堂の構造改革「ミライ・シフト NIPPON 2025」

このような複合的な危機に対し、資生堂は「ミライ・シフト NIPPON 2025」と銘打った構造改革プランを掲げ、コスト削減と事業再編を進めています。その数値目標の一つが、日本国内における今後2年間で250億円規模のコスト削減です。

今回および前回の早期退職募集による人件費削減は、この250億円削減計画の中核をなすものです。しかし人員整理だけではありません。マーケティング投資の効率化、物流拠点の統廃合、不採算ブランドの撤退や売却など、全方位的な見直しが行われています。

中国・トラベルリテール事業の組織統合

経営体制の面でも大きな動きがあります。資生堂は2025年3月31日付で、これまで独立した地域本社として運営していた「中国事業」と「トラベルリテール事業」の組織・管理体制を変更・統合する方針を発表しました。

これまでは「中国国内で買う顧客」と「海外旅行先で買う顧客」を別々の組織が追っていましたが、実態は同じ「中国人顧客」です。組織を統合することで、顧客データを一元管理し、旅前・旅中・旅後を通じたシームレスなマーケティングが可能になります。同時に、重複していた管理部門を統合することで固定費の削減も図れます。

スキンビューティーへの戦略的集中

事業ポートフォリオの面では、「スキンビューティー(高機能スキンケア)」領域への集中を鮮明にしています。資生堂はすでにシャンプーやボディソープなどの低価格帯日用品事業を売却し、「ファイントゥデイ」として切り離しました。これは薄利多売のビジネスモデルから決別し、高付加価値・高収益のプレステージスキンケアに特化するためです。

今後の成長戦略の柱は、「SHISEIDO」「クレ・ド・ポー ボーテ」「エリクシール」といった強力なブランドに経営資源を集中投下することです。特に研究開発においては、資生堂が長年培ってきた皮膚科学の知見を活かし、他社が模倣できない独自の有効成分や美容技術を開発することに注力しています。

競合他社である花王・コーセーとの比較

資生堂の苦境をより立体的に理解するために、国内の競合大手である花王およびコーセーと比較してみましょう。

花王は早期の構造改革が奏功

花王は資生堂よりも一足早く化粧品事業の構造改革に着手しました。約30あった化粧品ブランドを「センサイ」「カネボウ」「ケイト」などの重点ブランドに絞り込み、不採算ブランドの廃止や統合を断行しました。また部材の共通化や生産体制の効率化も進めました。

その結果、2025年12月期の第3四半期決算において、花王の化粧品事業は大幅な増益を達成し、黒字基調への復帰を果たしました。営業利益率は9.3%に達するなど、構造改革の効果が数字として表れています。花王の事例は「早期の決断と実行」がいかに重要かを示しており、資生堂の改革の遅れを際立たせる結果となっています。

コーセーは独自のポジショニングで堅調

コーセーもまた厳しい市場環境に直面していますが、「デコルテ」などの高価格帯ブランドが国内外で堅調さを維持しており、資生堂ほどの巨額赤字には陥っていません。コーセーは以前から特定のブランドや流通チャネルに強みを持ち、過度なM&Aに頼らず自律的な成長を目指してきました。資生堂がグローバルM&Aでリスクを取った結果、その反動に苦しんでいるのとは対照的です。

グローバル大手との格差

グローバルに見れば、ロレアル(仏)やエスティローダー(米)といった巨人も中国市場の減速には苦しんでいます。しかしロレアルは「ダーマコスメ(皮膚科学に基づく化粧品)」のポートフォリオが強力であり、また地域的な分散も進んでいるため、全体としての成長力を維持しています。資生堂が目指す「グローバルビューティーカンパニー」としての地位を確立するためには、これらの巨人たちと伍して戦えるだけの収益性とブランドポートフォリオを再構築する必要があります。

資生堂の2026年以降の展望と課題

2026年1月の希望退職結果発表と、それに続く3月末の退職実行により、資生堂の固定費削減策は一つのピークを迎えます。今回計上される30億円の費用や、前年に計上された減損損失などは、すべて「過去の負の遺産」を清算するためのものです。会計的には2025年12月期に膿を出し切ったことで、2026年12月期はV字回復に向けたスタートラインに立つことになります。

株式市場のアナリストたちも、現状の株価は悪材料を織り込み済みと見る向きが多く、構造改革の進捗次第では再評価の余地があると考えています。特に257名の人員削減によるコスト削減効果がフルに寄与し始める2026年後半以降の利益率改善に注目が集まっています。

新たな中国規制環境への適応が鍵

最大の不確定要素は、やはり中国です。2025年末に運用が開始された海南島の「全島封鎖」後、トラベルリテール市場がどのような形で再編されるのか、現時点では完全に見通すことは困難です。資生堂は免税ルートに頼らない中国現地での販売網強化や、ECでの適正な価格コントロールを急ぐ必要があります。

また2025年5月から完全義務化されたNMPA(中国国家薬品監督管理局)の安全性評価報告制度への対応も、新製品投入のスピードを落とさないために不可欠な業務となっています。

人材への投資と組織文化の変革

人員を削減する一方で、資生堂は「デジタル」「R&D」「グローバルマネジメント」といった領域での専門人材の獲得や育成には投資を惜しまない方針を示しています。これまでの「大量採用・ゼネラリスト育成」から、「専門性重視・ジョブ型雇用」への転換が進んでいます。

残った社員のモチベーションをいかに維持・向上させるかも課題です。希望退職によって同僚が去った後の職場で、危機感を共有しつつも前向きに改革に取り組める組織風土を醸成できるかどうかが、資生堂再生の鍵を握っています。

まとめ

資生堂の「ネクストキャリア支援プラン」に257名が応募したという事実は、日本の美を象徴する企業がグローバル競争の荒波の中で生き残りをかけて自らの形を変えようとする、痛みを伴う変革の瞬間を表しています。

520億円の赤字、米国ブランドの減損、中国市場の激変。これらはすべて過去の成功体験がもはや通用しないことを残酷なまでに突きつけています。しかし資生堂には150年の歴史で培った技術力とブランド資産があります。今回の構造改革によって筋肉質な体質を取り戻し、本質的な価値で勝負する企業へと生まれ変わることができれば、再び世界のビューティー市場で輝きを取り戻すことは十分に可能です。

2026年は資生堂にとって「新たな成長への序章」となることが期待されています。その答えはこれから実行される改革の一つ一つにかかっています。

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