南鳥島レアアースの採掘コストは?経済性と実用化の課題を解説

社会

南鳥島のレアアース開発における採掘コストと経済性は、1トンあたり約2万円から最大7万ドルまで幅広い試算が存在し、中国産との価格競争力確保が最大の課題となっています。南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)には、世界需要の数百年分に相当する約1,600万トンのレアアースが眠っており、その総資源評価額は約165兆円に達すると見積もられています。実用化に向けては、水深6,000メートルという超深海からの連続揚泥技術の確立、環境影響への配慮、そして南鳥島現地での処理施設建設が重要な鍵を握っています。

日本は長年、レアアースの供給を中国に大きく依存してきました。2010年の「レアアース・ショック」や2025年の輸出管理規制強化など、サプライチェーンの分断リスクは年々深刻化しています。野村総合研究所の試算では、中国からのレアアース供給が1年間停止した場合、日本経済の損失は2.6兆円に達するとされています。こうした背景から、自国のEEZ内で安定的に調達可能な資源を確保することは、経済安全保障上の最優先課題となっているのです。この記事では、南鳥島レアアース開発の採掘コストと経済性、そして実用化に向けた技術的・制度的課題について詳しく解説していきます。

南鳥島レアアースとは何か

南鳥島レアアースとは、東京都心から南東へ約1,860キロメートルに位置する南鳥島(東京都小笠原村)周辺の深海底に存在する、世界最高品位のレアアース泥のことです。2013年に東京大学大学院工学系研究科の加藤泰浩教授らの研究チームによって発見されたこの資源は、世界の資源地図を塗り替えるほどのインパクトを持つ発見でした。

レアアース(希土類元素)は、現代のハイテク産業において「産業のビタミン」と称される不可欠なマテリアルです。電気自動車(EV)の心臓部である強力な永久磁石、風力発電タービン、スマートフォンのディスプレイ、そしてミサイル誘導システムなどの防衛装備品に至るまで、レアアースなしには成立しません。特に重要なのは、ネオジム磁石の耐熱性を高めるために不可欠な「ジスプロシウム」や「テルビウム」といった「重希土類」であり、これらは現在、世界供給のほぼ100パーセントを中国南部の鉱山に依存している状況です。

南鳥島のレアアース泥が世界的に注目される理由は、その圧倒的な品位(濃度)にあります。中国の主要な陸上鉱山におけるレアアース濃度が数百ppmから千ppm程度であるのに対し、南鳥島の泥は平均で5,000ppm(0.5パーセント)を超え、最高品位の地点では8,000ppmに達します。これは既存の鉱山の約20倍という驚異的な濃縮度であり、産業的価値が極めて高い重希土類を豊富に含んでいるという点で、他に類を見ない資源なのです。

南鳥島レアアースの資源量と経済的価値

南鳥島EEZ内の有望海域(約100〜125平方キロメートル)には、世界需要の数百年分に相当するイットリウム、ジスプロシウム、テルビウムが存在するとされています。総資源量は約1,600万トン(酸化物換算)と推定されており、これは日本が数百年にわたり自給自足できるだけでなく、資源輸出国へと転換する可能性すら秘めた規模です。

2026年時点での最新の試算において、南鳥島周辺のレアアース泥の総資源評価額は約165兆円(約1.12兆ドル)に達すると見積もられています。この天文学的な数字の背景には、世界的な脱炭素シフトに伴う重希土類の価格高騰と、地政学的リスクを反映した「非中国産プレミアム」の存在があります。1ドル150円の為替前提においても、この価値は日本の一般会計予算の約1.5年分に相当し、国家の富として計り知れない規模といえます。

さらに2024年6月には、日本財団と東京大学の共同調査により、南鳥島EEZ内の約10,000平方キロメートルの海域において、約2.3億トンものマンガンノジュール(多金属団塊)が密集して分布していることが新たに特定されました。この鉱床にはコバルトが約61万トン(日本の年間消費量の約75年分)、ニッケルが約74万トン(同11年分)含まれていると推計されています。これらはリチウムイオン電池の正極材として不可欠な「バッテリーメタル」であり、脱炭素社会の実現に向けて世界的に争奪戦が繰り広げられている資源です。

南鳥島レアアース泥の鉱物学的特徴と環境メリット

南鳥島のレアアース泥に含まれるレアアースは、数千万年前に生息していた魚類の骨や歯に由来する「リン酸カルシウム(バイオアパタイト)」という鉱物に吸着していることが研究により判明しています。海水中に溶けていた微量なレアアースが、長い時間をかけて魚の骨に吸着・濃縮され、それが海底に堆積したものです。

この鉱物学的特性は、開発において二つの決定的なメリットをもたらします。第一に、放射性物質の問題が極めて小さいことです。陸上のレアアース鉱石(モナザイト等)は、採掘・製錬の過程で放射性のトリウムやウランを排出するため、その処理コストと環境リスクが甚大となります。しかし、南鳥島のレアアース泥はトリウムやウランの含有量が極めて低く、これらを分離する手間やコストが大幅に削減できる「クリーンな資源」なのです。

第二のメリットは、抽出の容易さです。バイオアパタイトに吸着したレアアースは、常温の希塩酸を用いた簡易な洗浄(リーチング)のみで容易に溶出させることができます。岩石を粉砕し、高温高圧で強酸を用いて分解する必要がある陸上鉱石に比べ、製錬エネルギーとコストを劇的に低減できる可能性があるのです。

採掘コストの現実と経済性の課題

南鳥島レアアース開発における最大の焦点は、中国という低コストの競合が存在する市場において、経済競争力を持てるかどうかという点です。採掘コストについてはいくつかのシナリオが存在し、その幅は非常に大きいものとなっています。

最も楽観的な試算では、閉鎖系二重管揚泥方式や粒径選鉱の導入、さらに南鳥島での現地処理による輸送費削減効果を加味し、採掘コストを1トンあたり約2万円(約130ドル)程度まで圧縮できれば、十分に採算が取れるとされています。

一方で、より慎重な分析も存在します。深海開発特有の莫大な初期投資(CAPEX)や、荒天時の稼働率低下リスク、メンテナンス費用(OPEX)を詳細に積み上げると、1トンあたりのコストは7,000ドルから最大70,000ドルに達する可能性も指摘されています。中国産のレアアース精鉱の平均取引価格がトンあたり約3,600ドルであることを考慮すると、純粋な価格競争のみでは苦戦を強いられる可能性があります。

このコストの壁を突破する鍵となるのが、マンガンノジュールとの「複合開発」です。レアアース泥単体の事業モデルでは、レアアース市況の変動に収益が左右されるリスクがありました。しかし、マンガンノジュールから得られるコバルトやニッケルという、市場規模が大きく流動性の高いベースメタルを同時に販売することで、プロジェクト全体の収益は安定化します。同じ探査船、同じ揚泥インフラを用いて複数の資源を回収することで、固定費が分散され、レアアースの実質的な生産コストを引き下げることができるのです。

深海採掘技術の革新とエアリフト方式

南鳥島における最大の技術的障壁は、水深6,000メートルという「超深海」です。ここでは約600気圧という凄まじい水圧がかかり、人間が生身で作業することは不可能です。この過酷な環境から、いかにして安定的かつ低コストで大量の泥を引き揚げるかが開発の鍵を握っています。

従来の海洋石油掘削で使用されるような機械的なポンプを海底に設置し、泥を吸い上げる方式は、6,000メートルという大深度ではモーターの故障リスクや電力供給の面で技術的・経済的に困難でした。そこで日本の研究チームが採用し、実用化の目処をつけたのが「エアリフト方式」です。

この方式の原理は驚くほどシンプルです。長いパイプ(揚泥管)を海底まで下ろし、パイプの途中または下部から圧縮空気を送り込みます。すると、パイプ内の泥水の中に気泡が混ざり、周囲の海水よりも比重(密度)が軽くなります。この密度差によって強力な上昇流が発生し、ポンプのような可動部を海底に設置することなく、自然の物理法則を利用して泥水を海上まで一気に吸い上げることが可能となるのです。エアリフト方式は、構造が単純であるため故障が少なく、メンテナンス性にも優れています。

地球深部探査船「ちきゅう」による大規模実証試験

2025年1月から2月にかけて、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が運用する地球深部探査船「ちきゅう」を用いた大規模な実証試験が実施されました。この試験の目標は、南鳥島沖の水深約6,000メートルの海底に実際の揚泥管を接続し、日量350トン規模のレアアース泥を連続的に揚泥することでした。これは実験室レベルではなく、商業化を見据えたパイロットプラント規模の試験であり、世界初の大水深連続揚泥への挑戦となりました。

この試験では、単に泥を上げるだけでなく、高度な技術課題の検証も行われました。全長6,000メートルの鋼管は自重だけで数百トンに達し、これに深海特有の複雑な潮流が当たることで、「渦励振(VIV)」と呼ばれる激しい振動が発生し、パイプが疲労破壊するリスクがあります。これを防ぐため、船の位置をセンチメートル単位で制御する「ダイナミック・ポジショニング・システム(DPS)」と連動した高度な制振技術が導入されました。

また、海底の泥を効率的にかき集め、エアリフトに適した濃度に調整するための集泥機には、600気圧に耐える特殊な水中モーターと、軟弱地盤でも沈み込まずに走行できる機構が求められます。最新のシステムでは、水中サンドポンプとスクリュー集泥機を統合し、初期の上昇力を補助するハイブリッド方式が採用されています。

粒径選鉱技術によるコスト削減効果

採掘された泥をそのまま全て陸上に輸送することは、コスト的に非現実的です。泥の重量の大部分は水分と、レアアースを含まない無駄な粒子だからです。そこで開発されたのが、洋上または南鳥島現地での一次処理技術である「粒径選鉱」です。

東京大学の研究チームは、レアアースが特定のサイズ(約20マイクロメートル以下)の微細な粒子(バイオアパタイト)に濃縮されていることを突き止めました。逆に、それより大きな粒子(放散虫の殻など)にはレアアースはほとんど含まれていません。

この発見に基づき、「ハイドロサイクロン」という遠心分離装置を用いて泥を高速回転させ、粒子サイズごとに分級する技術が開発されました。これにより、レアアースを含まない大きな粒子を海上で取り除き、有用な微粒子のみを濃縮することが可能となりました。実験では、泥の体積を減らしつつ、レアアース濃度を最大2.6倍に高めることに成功しています。この技術の実装により、輸送コストを劇的に削減できるだけでなく、陸上プラントでの処理量も減り、使用する酸の量も削減できるため、経済性と環境負荷低減の両面で決定的なブレイクスルーとなりました。

南鳥島現地処理施設の建設計画

経済性をさらに高めるため、政府は2027年までに南鳥島島内にレアアース泥の処理施設を建設する方針を決定しています。採掘した泥を、そのまま片道約2,000キロメートル離れた本州まで船で運ぶのは、その重量のほとんどが「水」であることを考えると非効率極まりません。

島内に脱水・減容化施設を設け、さらにハイドロサイクロンで有用成分のみを濃縮してから輸送船に積み込むことで、輸送効率は数倍に跳ね上がり、ロジスティクスコストの大幅な削減が見込まれます。この島内インフラ整備には、港湾建設や電力供給(再生可能エネルギーの活用検討含む)など大規模な投資が必要となりますが、長期的な事業採算性を確保するためには不可欠なステップとなります。

実用化に向けた環境への配慮と課題

技術と経済性の見通しが立ちつつある一方で、実用化の前に立ちはだかる課題も依然として存在します。特に環境影響と安定稼働の実現は重要な論点です。

深海底の採掘が海洋環境に与える影響については、国際的にも厳しい目が向けられています。最大の懸念は、採掘に伴って発生する「プルーム(濁り)」です。揚泥後に不要となった泥や深層水を海中に戻す際、微細な粒子が広範囲に拡散し、光合成を阻害したり、海洋生物の呼吸器に影響を与えたりするリスクがあります。

これに対し、開発コンソーシアムでは、自律型無人探査機(AUV)や深海モニタリング装置「江戸っ子1号」を用いた長期的な環境調査を実施しています。背景となる自然状態のデータを蓄積し、プルームの拡散シミュレーションを行うことで、影響を最小限に抑える排水深度や方法が検討されています。

また、南鳥島はアホウドリ類などの海鳥の貴重な繁殖地でもあります。島内での処理施設建設や人の出入り増加に伴い、ネズミやアリなどの外来種が侵入・拡散することは、島の生態系にとって致命的となりうるため、厳格な検疫体制と環境アセスメントの実施が進められています。

技術面での実用化課題

実験レベルでの成功と、商業レベルでの安定稼働には大きな隔たりがあります。特に6,000メートルの揚泥管は、一度トラブルが起きれば回収と修理に数週間を要します。商業化のためには、多少のトラブルがあっても止まらない「冗長性(リダンダンシー)」の確保や、部品の耐久性向上が求められます。

また、台風常襲地帯である南鳥島周辺海域において、荒天時にいかに安全にシステムを退避させ、迅速に復旧させるかという運用面のノウハウ蓄積も重要な課題です。これらの課題を克服するためには、継続的な実証試験とデータの蓄積が不可欠となっています。

国家戦略としての南鳥島開発

本プロジェクトは、一企業の営利事業の枠を超え、日本の産業競争力と安全保障を左右する国家プロジェクトとして位置付けられています。2022年に成立した「経済安全保障推進法」において、レアアースは国民生活や産業活動に不可欠な「特定重要物資」に指定されました。これにより、国はサプライチェーンの強靭化に向けた財政支援や制度整備を強力に推進する法的根拠を得ています。

政府はSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)を通じて、第2期、第3期と継続的に予算を投じてきました。特に第3期「海洋安全保障プラットフォームの構築」では、南鳥島での生産システム確立が最重要テーマの一つとされ、2024年度補正予算等を含め数百億円規模の公的資金が投入されています。

2025年12月に開催されたSIP報告会において、小野田紀美内閣府特命担当大臣(科学技術政策)は、「特定国に依存しない安定した国産レアアースの供給体制の実現を目指す本課題は、我が国の経済安全保障上、極めて重要」と発言し、継続的な支援を約束しました。これは、民間企業が抱える巨額の投資リスクを政府が分担し、事業化を後押しするという強力なメッセージです。

産官学オールジャパン体制によるコンソーシアムの取り組み

開発の実働部隊となるのが、「東京大学レアアース泥・マンガンノジュール開発推進コンソーシアム」です。ここには、日本の名だたる企業100社以上が結集しており、各社は自社の得意分野を持ち寄り、巨大なサプライチェーンを構築しようとしています。

採掘・揚泥技術の中核を担うのは、海洋石油・ガス開発のFPSO(浮体式生産貯蔵積出設備)で世界的な実績を持つ「三井海洋開発(MODEC)」や、海洋土木大手の「東亜建設工業」、深海作業に長けた「深田サルベージ建設」などです。三井海洋開発は、揺れる洋上で安全にプラットフォームを運用するノウハウを提供し、東亜建設工業は島内処理施設や泥の脱水技術を主導しています。

製錬・素材化のフェーズでは、世界トップクラスのレアアース磁石技術を持つ「信越化学工業」や、非鉄金属大手の「JX金属」「三井金属鉱業」「三菱マテリアル」が参画しています。これらをつなぐロジスティクスを「商船三井」や「日本郵船」が支え、総合的なプロジェクトマネジメントや商流構築を「住友商事」などが担っています。

このように、上流(資源探査・採掘)から下流(製品化・販売)まで、日本企業が持つ技術と資本を総動員する体制が整っていることは、海外の資源メジャーに依存しない「純国産サプライチェーン」の実現可能性を強く裏付けているのです。

今後のロードマップと2030年代への展望

2026年現在、南鳥島プロジェクトは「探査・研究」のフェーズを終え、「実証・社会実装」の最終段階にあります。

今後の具体的なロードマップとしては、まず2025年から2026年にかけて、「ちきゅう」による大水深揚泥実証試験の結果を詳細に分析し、商用機に向けたシステムの最適化が行われます。同時に、環境影響評価のデータを蓄積し、国際的な基準に適合した開発手法の確立が進められています。

続いて2027年を目処に、南鳥島現地に脱水・減容化のための処理施設を建設し、パイロットプラントによる採掘から製錬までの一貫生産プロセスの実証が開始される予定です。そして2020年代後半から2030年代初頭にかけて、民間企業主導による商業生産を本格化させる計画となっています。初期段階では日量数千トン規模の採掘からスタートし、段階的に生産規模を拡大していくことが想定されています。

南鳥島でのレアアース泥およびマンガンノジュール開発の成功は、単に高価な鉱物が手に入るという経済的な利益にとどまりません。それは、資源を持たざる国であった日本が、自らの技術力と戦略によって「資源自律」を達成し、国際社会におけるプレゼンスと外交的な自律性を回復することを意味します。2026年は、その挑戦が正念場を迎える極めて重要な一年となっています。

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