Netflix×ワーナー買収劇の全貌と撤退理由を深掘り解説

社会

Netflixは2026年2月26日、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)の買収競争からの撤退を正式に表明しました。撤退の最大の理由は、パラマウント・スカイダンスによる対抗提案で買収価格が高騰し、Netflixの「規律ある投資基準」に照らして財務的な魅力が失われたことにあります。この買収劇は2025年末から2026年初頭にかけて展開され、配信プラットフォームの飽和、伝統的な映画スタジオの苦境、独占禁止法や政治的圧力が複雑に絡み合った、現代メディア産業の転換点を象徴する出来事となりました。本記事では、NetflixによるWBD買収計画の全容と撤退に至った理由を、財務・法規制・業界構造の観点から多角的に分析し、今後のストリーミング業界への影響についても考察します。

NetflixによるWBD買収計画とは

NetflixによるWBD買収計画とは、動画配信最大手のNetflixがハリウッドの名門スタジオであるワーナー・ブラザース・ディスカバリーの主要部門を取得しようとした、エンターテインメント業界史上最大級のM&A計画のことです。2025年12月5日、NetflixとWBDはNetflixがWBDのスタジオ部門(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ、DCスタジオなど)およびストリーミング部門(HBO Max)を、企業価値約827億ドル(株式価値約720億ドル)で買収するという最終契約の締結を発表しました。

この合意の核心は、収益性の高いスタジオとHBOというプレミアムブランドをNetflixが吸収する一方で、CNNやディスカバリーチャンネルなどのリニア放送ネットワーク部門を「ディスカバリー・グローバル」として分離独立させるという、極めて戦略的な切り分けにありました。Netflixにとっては、創業以来の「自前主義」から脱却し、ハリー・ポッター、DCユニバース、ゲーム・オブ・スローンズといった世界最強クラスの知的財産(IP)を一挙に獲得するための歴史的な賭けでした。しかし、パラマウント・スカイダンスの対抗提案、独占禁止法の壁、さらにはトランプ政権の政治的圧力が重なり、最終的にNetflixは2026年2月26日に撤退を表明するに至ったのです。

WBDが買収対象となった構造的な背景と理由

WBDが買収の対象となった根本的な原因は、過去数年にわたるメディア業界の再編と同社が抱えていた構造的な問題の蓄積にあります。WBDは2022年4月、通信大手AT&Tからスピンオフしたワーナーメディアとディスカバリーが統合されることで誕生しましたが、誕生の瞬間から430億ドルという膨大な負債を抱えていました。金利の上昇局面においてこの負債の利払い負担は同社のフリーキャッシュフローを圧迫し続け、新たなコンテンツ制作やテクノロジーへの投資が大きく制限される状態に陥っていたのです。

CEOのデビッド・ザスラフは2022年から2025年にかけて徹底的なコスト削減を断行しました。その中には、すでに撮影が完了していた映画『バットガール』や『スクーブ!ホリデー・ハウント』を税制上の優遇措置のために公開中止にするという、業界を驚愕させる決断も含まれていました。しかし、こうした極端なコストカットをもってしても、リニア放送(ケーブルテレビ)の広告収入減少とストリーミング事業における多額の先行投資という二重苦を払拭することはできませんでした。

WBDを苦境に陥れたもう一つの大きな要因は、収益の柱であったリニア放送ネットワークの急速な衰退です。CNN、TNT、TBS、ディスカバリーチャンネルといったブランドは、かつては安定した収入をもたらしていましたが、消費者の「コードカット」が加速する中でその価値は急速に減退しました。2025年にはNBAの放映権を喪失したことが追い打ちをかけ、リニア放送部門の売上高は前年比12%減、調整後EBITDAは21%減という厳しい数字を記録しました。2025年初頭までにWBDの株価は合併時の価値から60%以上も下落し、市場からは「解体」あるいは「買収」の対象と見なされるようになっていたのです。

こうした背景からWBDは2025年6月、会社を「ストリーミング&スタジオ」と「グローバル・リニア・ネットワーク」の2つに分離する計画を正式に発表しました。この分離戦略の真の目的は、成長性の高いワーナーのスタジオ資産やHBOブランドを、負債と衰退が続くリニア部門から切り離し、買収希望者にとって魅力的な「身軽な」ターゲットに作り替えることにありました。ザスラフCEOは数週間にわたってNetflixの共同CEOであるテッド・サランドスを説得し続け、2025年12月にNetflixを交渉のテーブルに着かせることに成功したのです。

WBDの2025年度決算から読み解く企業価値

WBDが発表した2025年度の通期決算は、買収対象としての同社の光と影を浮き彫りにしました。以下の表に主要な財務指標をまとめます。

指標2025年度の数値前年比・備考
総売上高373億ドル約5%減(前年393億ドル)
純負債290億ドル依然として高水準
ネットレバレッジ(純負債/EBITDA)3.3倍高い水準が継続
ストリーミング部門 調整後EBITDA13億7000万ドル長年の赤字から黒字転換
ストリーミング会員数1億3160万人前年から大幅増
スタジオ部門 調整後EBITDA25億5000万ドル前年比52%増
世界興行収入44億ドル9本が興収1位を獲得
フリーキャッシュフロー30億9000万ドル約30%減(前年44億3000万ドル)

総売上高は373億ドルで前年の393億ドルから約5%の減少となり、その主因はリニア放送部門の不振でした。一方で、ストリーミング部門は長年の赤字を脱却して13億7000万ドルの黒字を達成し、スタジオ部門もハリー・ポッター関連作品などに支えられて前年比52%増という目覚ましい成長を記録しました。

しかし、最大の弱点である負債問題は依然として深刻でした。純負債290億ドル、ネットレバレッジ3.3倍という数字は、健全な財務状態とは言い難い水準です。フリーキャッシュフローも前年の44億3000万ドルから30億9000万ドルへと約30%も減少しており、リニア放送という「かつての現金牛(キャッシュ・カウ)」が枯渇しつつあることを如実に示していました。WBDの取締役会にとって、パラマウントへの全社売却はこの不均一なポートフォリオを丸ごと高値で処分できる絶好の機会だったのです。

Netflixが買収を目指した戦略的理由の分析

NetflixがWBDの買収を検討した理由は、同社の成長戦略における根本的な転換を意味していました。結論として、Netflixの狙いは世界最強クラスのIPとプレミアムブランドを一挙に獲得し、配信市場での圧倒的な地位を確立することにありました。

創業以来、Netflixは他社からライセンスを受けたコンテンツから自社制作のオリジナル作品へと主軸を移すことで成長してきました。しかし、ストリーミング市場の競争激化と制作コストの高騰により、ゼロからIPを構築し続けることの限界も見え始めていたのです。WBDのスタジオ部門には、100年以上の歴史が育んできたハリー・ポッター、バットマン、スーパーマンといったDCユニバースのキャラクター、さらにはフレンズやビッグバン★セオリーといった繰り返し視聴される定番ライブラリーが揃っていました。これらは配信プラットフォームにおいて解約率を抑制するための最強の武器となるコンテンツです。

さらに、HBOというブランドはNetflixが長年追求してきた「プレステージTV」の頂点を意味していました。HBOはエミー賞の常連であり、ソプラノズやゲーム・オブ・スローンズといった文化的影響力を持つ作品を安定的に生み出す力を持っています。Netflixもイカゲームやストレンジャー・シングスといったヒット作を擁していましたが、HBOの「ブランドの威光」を吸収することで、配信市場における地位をさらに盤石なものにしようとしたのです。

買収スキームでは、NetflixがWBDのスタジオ事業と配信事業を約720億ドルで買い取り、WBDの株主は分離されるリニア放送会社「ディスカバリー・グローバル」の株式も保有し続ける形が設計されていました。Netflixはリニア放送という「負の遺産」を引き継ぐリスクを巧みに回避しつつ、デジタルの覇者がハリウッドの伝統を飲み込むという、極めて野心的な構想を描いていたのです。

パラマウント・スカイダンスの介入と買収価格の高騰

Netflixの買収計画を根底から揺るがしたのは、デビッド・エリソン率いるパラマウント・スカイダンス(PSKY)の介入でした。エリソンはオラクル共同創業者ラリー・エリソンの息子であり、自らも映画プロデューサーとしてトップガン マーヴェリックなどのヒット作を世に送り出してきた人物です。パラマウントとスカイダンスが統合したばかりの同社は、Netflixが提案した「分割買収」に対し、WBDの全事業を一括で買い取るという包括的な対案で応戦しました。

2025年12月8日、パラマウントは1株あたり30ドルの全額現金オファーを提示しました。これはNetflixの提示額(約27.75ドル)を上回るものであり、さらにWBDの負債やリニア部門も含めたすべてを引き受ける姿勢を示した点で、WBDの取締役会にとって非常に魅力的な提案でした。Netflix案ではリニア部門が独立して存続できるか不確実性が残っていたのに対し、パラマウント案は会社全体をプレミアム価格で売却できるという、株主にとってより確実な出口戦略だったのです。

両社の提案の主な違いは以下のとおりです。

比較項目Netflix案パラマウント案
買収範囲スタジオ+ストリーミング部門のみWBD全事業(リニア部門含む)
1株あたり提示価格約27.75ドル30ドル→31ドルに引き上げ
総企業価値約827億ドル1,084億ドル
リニア部門の扱い「ディスカバリー・グローバル」として分離パラマウントがすべて引き受け
解約手数料の扱い28億ドルを即座に肩代わり
逆解約手数料規制不承認の場合70億ドル
待機手数料四半期ごとに1株25セント

2026年2月、パラマウントはオファーをさらに強化し、1株あたり31ドルへの引き上げに加え、買収完了が遅れた場合の「ティッキング・フィー(待機手数料)」を追加しました。エリソン家の莫大な資産に裏打ちされた「資金の確実性」は、Netflix側に「さらなる上乗せ」を迫るプレッシャーとなりました。2026年2月26日、WBDの取締役会はパラマウントの提案を「より優れた提案(Superior Proposal)」と正式に認定し、Netflixに対して4営業日以内の対抗提案を求めましたが、Netflixは対抗入札を行わず撤退を選択したのです。

Netflix撤退の深層理由を多角的に分析する

Netflixが買収競争からの撤退を決断した背景には、財務的規律の徹底、自社事業の好調さ、機会費用の最適化という3つの要因が複合的に作用していました。共同CEOのテッド・サランドスが語った「これは宗教ではなくビジネスである」という言葉が、この決断の本質を端的に表しています。

財務的規律の徹底がNetflixの撤退を決定づけた理由

撤退を決定づけた第一の要因は、Netflixの徹底した価格規律です。共同CEOのグレッグ・ピーターズとテッド・サランドスは声明の中で「私たちは常に規律を保ってきた。パラマウントの最新オファーに合わせるために必要な価格では、この取引はもはや財務的に魅力的ではない」と明言しました。Netflixの内部分析によれば、1株31ドル以上の価格でWBDを買収した場合、投資資本利益率(ROIC)が同社の基準を下回り、買収による利益の押し上げ効果も2030年まで限定的であるとの見通しでした。不当に高価な買収を行って株主価値を毀損するリスクを冒すよりも、財務の健全性を維持することをNetflixは優先したのです。

Netflix自身の事業好調が撤退を後押しした

第二の要因は、Netflix自身の事業が極めて好調であったことです。2025年度のNetflixは売上高が前年比17.6%増の120億5000万ドルに達し、有料会員数は3億2730万人という驚異的な数字を記録していました。広告事業やパスワード共有の取り締まり(Paid Sharing)といった施策が功を奏し、オーガニックな成長が力強く続いていたのです。経営陣にとってWBDの買収は「成長を加速させるための手段」の一つに過ぎず、自社のバランスシートを危うくするほど高価になるのであれば固執する理由はありませんでした。サランドスCEOは「この取引は常に『あれば良い(Nice to Have)』価格でのものであり、いかなる価格でも『必須(Must Have)』なものではなかった」と振り返っています。

機会費用の観点からNetflixが導き出した撤退の判断

第三の要因は、買収に投じる巨額資金を他の用途に活用する方が高いリターンを生むという機会費用の計算です。買収からの撤退を発表すると同時に、Netflixは保留していた自社株買いプログラムの即時再開を発表しました。2026年には年間約200億ドルのコンテンツ投資を予定しており、他社のIPを買う代わりに自社で新たなIPを創出する戦略を選択しました。さらに、同社は2026年のフリーキャッシュフローを110億ドルと予測しており、この潤沢な資金をライブ配信、ゲーミング、AIといった次世代テクノロジーへの投資に充てることで、不確実な巨大買収よりも確実なリターンを得られると判断したのです。

独占禁止法と政治的障壁がNetflixの買収撤退に与えた影響

Netflixの撤退には財務的理由だけでなく、独占禁止法と政治という「見えない障壁」も重大な影響を及ぼしていました。仮にNetflixがパラマウントのオファーに対抗して入札価格を引き上げたとしても、規制当局の承認を得られる保証はどこにもなかったのです。

米国の司法省(DOJ)や連邦取引委員会(FTC)が準拠する2023年の新合併ガイドラインでは、市場の集中度を測るHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)の大幅な上昇や、特定企業が市場の30%以上のシェアを握ることを厳しく制限しています。視聴時間ベースのシェア調査ではAmazonが21%、Netflixが20%、HBO Maxが15%という勢力図になっており、NetflixとHBO Maxが統合すれば合計35%に達して独占の懸念を招く閾値を明確に超える状況でした。

規制当局はこの合併によってNetflixがコンテンツ制作において「買い手独占(モノプソニー)」の力を持ち、監督、脚本家、俳優といったクリエイターの交渉力を弱めることを強く危惧していました。映画監督組合(DGA)や脚本家組合(WGA)はこの懸念を公式に表明し、ジェームズ・キャメロン監督のような巨匠がNetflixによる買収はスタジオの創造的未来にとって「惨事」になると主張したことも、世論形成に大きな影響を与えました。司法省はすでに映画館オーナーや映画製作者への調査を開始しており、買収を阻止するための訴訟準備を進めていた状況です。

さらに事態を複雑にしたのは当時の政治情勢です。ドナルド・トランプ大統領はNetflixの取締役であるスーザン・ライス氏を激しく非難し、彼女を解任しなければ買収審査に「結果」が伴うと公然と警告していました。この政治的圧力は司法省の審査プロセスを歪める可能性があり、Netflixの経営陣にとっては巨額の資金を投じた後に政治的理由で買収が差し止められるという「最悪のシナリオ」を想起させるものでした。対照的に、パラマウント・スカイダンスを率いるデビッド・エリソンの家族はトランプ氏と友好的な関係にあると報じられており、規制と政治の両面でNetflixはパラマウントに対して圧倒的に不利な立場に置かれていたのです。

Netflix撤退後の成長戦略と新たな収益源の展望

買収から撤退したNetflixは、そのエネルギーを自社プラットフォームの進化と新たな収益源の開拓に集中させています。同社が2026年に向けて掲げている戦略は、「配信」という枠組みそのものを再定義しようとする挑戦です。

広告付きプランの急成長は、Netflixの新戦略の中でも最も顕著な成果を上げている分野です。2022年後半に導入されたこのプランは、2025年半ばまでに世界で9400万人以上のユーザーを獲得しました。米国における新規加入者の約半数が広告付きプランを選択しており、価格に敏感な層を取り込むと同時に、1人あたりの平均単価を広告収入で押し上げるという効率的な収益モデルが確立されています。広告主にとってもNetflixという高品質なコンテンツ環境はユーザー生成コンテンツのプラットフォームとは異なる高い価値を持っており、2026年には広告収入が前年から倍増することが予測されています。

AI技術の本格的な統合も重要な戦略の柱として位置づけられています。Netflixにとって AIは膨大な会員データを収益に直結させるための「インフラ」です。パーソナライズされたサムネイル表示やレコメンデーションにとどまらず、字幕や吹き替えのローカライズの高速化、視聴データに基づく「どのような演出が視聴者の離脱を防ぐか」の分析と編集へのフィードバックなど、コンテンツ制作プロセスそのものにも変革をもたらしています。世界190カ国以上の視聴データから地域・層・離脱タイミングを精密に予測し、継続率を極限まで高めるための「組織の接着剤」としてAIが機能しているのです。

体験型施設「Netflix House」の展開も注目すべき動きです。2025年11月にフィラデルフィアのキング・オブ・プルシア・モールで第1号店が、12月にはダラスのガレリア・ダラスで第2号店がオープンしました。10万平方フィートを超えるこれらの施設では、ファンがストレンジャー・シングスの裏側の世界を探索したり、イカゲームのアトラクションに挑戦したり、作品をテーマにした食事を楽しむことができます。サブスクリプションというデジタルな収益モデルを現実の飲食、小売、エンターテインメントへと拡張し、ファンとの感情的な結びつきを永続的なものにするための壮大な実験として位置づけられています。

ストリーミング業界の構造変化とNetflix撤退が示す「利益の時代」

NetflixとWBDの買収劇は、ストリーミング業界全体のトレンドが「会員数の拡大」から「利益の最大化」へと完全にシフトしたことを象徴する出来事でした。赤字を垂れ流しながら会員を奪い合う「ストリーミング戦争」の時代は終わりを迎えたのです。

2025年度のデータによれば、米国のプレミアム・ストリーミング市場の成長率は7%にまで鈍化しており、市場は明確に成熟期に入っています。平均的な家庭で購読しているストリーミングサービスは4.1件と飽和状態にあり、消費者の財布には限りがあります。こうした中で各社が注力しているのが「バンドル(セット販売)」と「解約率の抑制」であり、2025年にはバンドル契約が40%も増加して全サブスクリプションの4分の1以上がセット販売経由となりました。

NetflixがWBD買収を検討した動機の一つも、HBO Maxとの「究極のバンドル」を構築し、他サービスへの乗り換えを不要にするほど強力なプラットフォームを作ることにありました。しかしNetflixは、広告付きプランという低価格の選択肢、ゲーミングという新たな娯楽の追加、Netflix Houseによる現実世界でのエンゲージメントといった施策によって、買収なしでも「解約してはいけない理由」を多層的に提供できると判断しました。

一方、パラマウント・スカイダンスがWBDを手中に収めることになれば、CNNというニュース、TNTによるスポーツ、ワーナーの映画スタジオ、パラマウント+という配信をすべて一つの屋根の下に収める、伝統的メディア企業による「最後の要塞」が構築されることになります。ただし、その前途にはリニア放送の衰退という構造的課題が依然として横たわっています。

Netflix買収撤退が今後のメディア業界に与える影響

Netflixによるワーナー・ブラザース・ディスカバリー買収計画とその撤退は、2020年代後半のメディア産業における決定的な分岐点として記憶されるでしょう。この一連の出来事は、メディアビジネスに関するいくつかの重要な示唆を含んでいます。

第一に、メディアビジネスにおける「規模の論理」が「資本効率の論理」に取って代わられたという点です。Netflixはかつてのディズニーのように莫大な負債を抱えてでも帝国を拡大する道を選びませんでした。1株あたり数ドルの差額と規制上の不確実性を天秤にかけ、株主価値を守るために「歩き去る」勇気を持っていたのです。これは配信市場の成熟に伴い、企業がより保守的で賢明な投資判断を求められている現状を反映しています。

第二に、独占禁止法と政治的リスクがメディア再編における最大の攪乱要因となったことです。テクノロジー企業によるコンテンツの独占は、単なる経済問題ではなく社会的な多様性や言論の自由に直結する問題として、規制当局や政治家から厳しく監視されています。Netflixの撤退にトランプ政権の政治的圧力が影響したことは否定できず、今後のテック企業によるM&Aを制約する要因となり続けるでしょう。

第三に、IP(知的財産)の価値がプラットフォームそのものの価値を上回りつつあるという現実です。NetflixがWBDに惹かれたのも、パラマウントがWBDを奪い取ったのも、結局はハリー・ポッターやバットマンといった「永遠に色褪せない物語」を支配するためでした。しかしNetflixが示しているように、物語を「所有」するだけが成功の鍵ではなく、AIや体験型施設、広告モデルといった「物語をどう届け、どう収益化するか」というオペレーショナル・エクセレンスこそが、テック企業としての真の競争力となります。

Netflixの撤退は一時の敗北に見えるかもしれません。しかし、それは「勝利」を定義し直した決断でした。高額な買収によって競合を消し去るよりも、自らの技術と規律によってより強固な未来を築くことを選んだのです。メディア帝国の真の覇者は、誰が最も多くの映画スタジオを所有するかではなく、誰が最も賢く資本を配分し、誰が最も深く視聴者の心と繋がることができるかによって決まります。その戦いは、まだ始まったばかりです。

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