相続放棄しても実家の管理義務は残る?2023年民法改正で変わった不動産の責任と処分方法

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親が亡くなり実家を相続することになったとき、多くの方が直面するのが不動産の管理や処分に関する問題です。特に実家が遠方にある場合や、既に空き家となっている場合には、相続放棄を選択肢として考える方も少なくありません。しかし相続放棄をしたからといって、すべての責任から即座に解放されるわけではないことをご存知でしょうか。2023年4月に施行された民法改正により、相続放棄後の管理義務に関する規定が大きく変更され、誰がどのような責任を負うのかが明確化されました。この改正により、相続放棄をした場合でも一定の条件下では保存義務が継続すること、その義務から解放されるためには適切な手続きが必要であることが法律上明確になりました。本記事では、相続放棄と実家などの不動産に関する管理義務や処分の責任について、最新の法改正を踏まえながら詳しく解説していきます。

相続放棄の基本的な仕組みと選択理由

相続放棄とは、被相続人が残した財産や債務のすべてを引き継がないことを選択する法的手続きです。この手続きを行うと、法律上は初めから相続人ではなかったものとして扱われます。相続放棄を行うためには、相続の開始を知った時から3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述する必要があり、この期間は熟慮期間と呼ばれています。

相続放棄を選択する理由は人それぞれですが、最も多いのは被相続人に多額の借金がある場合です。相続では預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金や未払いの税金などのマイナスの財産も引き継がれるため、明らかに負債が多い場合には相続放棄が合理的な選択となります。また近年増加しているのが、不動産の管理や処分が困難であることを理由とした相続放棄です。実家が地方の過疎地にあり売却の見込みが立たない場合や、既に老朽化が進んで維持管理に多額の費用がかかる場合には、たとえ他にプラスの財産があったとしても、総合的に判断して相続放棄を選ぶ方が増えています。

相続放棄において重要なポイントは、一部の財産だけを選んで放棄することはできないということです。相続放棄をする場合には、すべての遺産を放棄することになります。つまり管理が困難な実家の不動産だけを放棄して、預貯金は相続するということはできません。この点を理解せずに相続放棄の手続きを進めてしまうと、後で後悔することにもなりかねないため、財産全体を把握した上で慎重に判断する必要があります。

2023年民法改正による管理義務の明確化

2023年4月1日に施行された民法改正は、相続放棄後の管理義務に関する実務に大きな影響を与えました。改正前の民法第940条では、相続放棄をした者は「その放棄の時に相続財産に属する財産の管理を継続しなければならない」とされていました。この規定の解釈をめぐっては、相続放棄をした全ての者に管理義務が生じるのか、それとも一定の条件下でのみ義務が生じるのかについて、実務上の見解が分かれていました。特に被相続人と別居していた相続人が相続放棄をした場合にも管理義務が生じるのかという点については、裁判例や学説でも意見が分かれており、実務上の混乱を招いていました。

改正後の民法第940条では、相続放棄をした者の義務について、より具体的で明確な規定が設けられました。新しい条文では「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と規定されています。この改正により、従来の「管理義務」という表現から「保存義務」という表現に変更され、義務の内容がより明確になりました。

この改正で最も重要なポイントは、相続放棄後の保存義務が生じるのは「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」という条件が明示されたことです。つまり相続財産を実際に占有していない者には、原則として保存義務は生じないことが法律上明確になりました。この変更により、被相続人と別居しており実家を占有していなかった相続人が相続放棄をした場合には、保存義務は発生しないという解釈が確立されました。これは実務上非常に重要な変更であり、多くの相続放棄案件において影響を及ぼしています。

現に占有とは何を意味するのか

改正民法で重要なキーワードとなる「現に占有」とは、相続財産を事実上支配している状態を指します。法律上の占有とは、物を所持する意思と物を所持する事実の両方が必要とされますが、ここでいう現に占有とは、より実質的な判断が求められます。具体的には、不動産に実際に住んでいる場合、土地を継続的に使用している場合、または建物の鍵や管理権限を持って定期的に管理している状況などが該当します。

例えば被相続人である母親と同居していた長男が、母親の死亡後に実家を相続放棄する場合を考えてみましょう。この場合、長男は相続放棄の時点で実家に住んでいるため「現に占有」していたと判断され、保存義務が発生します。長男は相続人または相続財産清算人に実家を引き渡すまでの間、適切に保存する義務を負うことになります。引き渡しまでの間、建物を放置して老朽化させたり、近隣に迷惑をかけるような状態にしてはならず、一定の管理責任が継続します。

一方、被相続人と別居していた次男が相続放棄をする場合はどうでしょうか。次男が実家に住んでおらず、鍵も持っていないような状況であれば「現に占有」していたとはいえないため、相続放棄後の保存義務は原則として発生しません。次男は相続放棄の申述が受理された時点で、実家の不動産に関する法的な責任から解放されることになります。これは民法改正により明確化された重要なポイントであり、別居している相続人にとっては大きな意味を持ちます。

ただし相続開始後の行動には注意が必要です。例えば被相続人の死亡後、それまで占有していなかった相続人が実家の鍵を受け取り、定期的に訪問して清掃や管理を始めた場合には、占有が認められる可能性があります。相続放棄を検討している場合には、相続開始後に不用意に相続財産の管理を始めないことが重要です。善意で実家の片付けや管理を行ったことが、結果的に保存義務を負う原因となってしまう可能性があるためです。

保存義務の具体的な内容とは

保存義務が発生する場合、具体的にはどのような義務を負うのでしょうか。改正民法では「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と規定されています。これは法律用語で「善管注意義務」よりは軽い「自己物同一注意義務」と呼ばれるもので、自分の財産を管理するのと同じ程度の注意を払えば足りるとされています。

保存義務の具体的な内容としては、まず建物の換気や清掃が挙げられます。空き家を完全に密閉したまま放置すると、湿気によるカビの発生や建物の急速な劣化を招くため、定期的な換気が必要です。また雨漏りなどが発生した場合には、簡易な修繕を行うことも保存義務に含まれます。ただしここでいう修繕とは、現状を維持するために必要な最小限のものであり、大規模な改修工事までは求められません。

庭木の管理や雑草の除去も保存義務の一部です。特に住宅地にある実家の場合、庭木が隣地に越境したり、雑草が繁茂して近隣に迷惑をかけるような状態は避けなければなりません。定期的な草刈りや、伸びすぎた枝の剪定などは、保存義務の範囲内として行う必要があります。近隣住民との関係を維持し、トラブルを防ぐという意味でも、これらの管理は重要です。

火災や盗難の防止措置も保存義務に含まれます。建物の施錠を確実に行うこと、不法侵入を防ぐための対策を講じること、火災のリスクを最小限にするための措置を取ることなどが求められます。空き家は放火のターゲットになりやすいため、定期的な巡回や点検を行い、不審者の侵入や不法投棄がないかを確認することも必要です。

重要な点として、保存義務は財産の現状を維持する義務であり、改良や積極的な管理行為を求めるものではありません。例えば建物を大規模に改修したり、新たな設備を追加したりする必要はなく、あくまで現状を維持するための最低限の管理を行えば足ります。しかし最低限とはいえ、完全に放置することは許されず、建物の老朽化を防ぎ、近隣への迷惑とならないような配慮が求められます。

保存義務を怠った場合のリスクと責任

保存義務を怠ると、どのようなリスクがあるのでしょうか。まず第一に損害賠償責任を負う可能性があります。保存義務を怠ったことで相続財産が損傷し、その財産で債権を回収しようとしていた債権者が回収できなくなった場合、債権者から損害賠償を請求される可能性があります。特に被相続人に借金があり、債権者が不動産の売却による回収を見込んでいた場合には、建物の老朽化により売却価格が下がったことについて責任を問われる可能性があります。

また空き家を放置して倒壊の危険が生じた場合、近隣住民や通行人に被害が及ぶ可能性があります。例えば老朽化した建物の外壁が崩れて通行人がけがをした場合、保存義務を怠ったことによる損害賠償責任を負うことになります。近年は台風や地震などの自然災害も多く、老朽化した建物は特に危険です。倒壊や部材の飛散により第三者に損害を与えた場合の賠償額は、場合によっては数百万円から数千万円に及ぶこともあり、非常に大きなリスクとなります。

さらに空き家対策特別措置法に基づく行政指導や命令の対象となる可能性もあります。この法律では、著しく保安上危険となるおそれのある状態や、著しく衛生上有害となるおそれのある状態などにある空き家を特定空家に指定し、行政が所有者に対して修繕や除却の指導、勧告、命令を行うことができます。命令に従わない場合には、50万円以下の過料に処せられるほか、行政代執行により強制的に建物が解体され、その費用を請求されることもあります。解体費用は建物の規模にもよりますが、100万円から数百万円に及ぶこともあります。

2023年3月からは新たに管理不全空き家という制度も導入されました。これは特定空家になる前の段階で、適切な管理が行われていない空き家に対して行政が介入できる制度です。管理不全空き家に指定され、行政から勧告を受けると、住宅用地の固定資産税の軽減措置が適用されなくなり、固定資産税が最大で6倍に跳ね上がる可能性があります。これは空き家を保有し続ける経済的負担をさらに増加させる要因となります。

極めて稀なケースではありますが、刑事責任が問われる可能性もゼロではありません。重大な管理義務違反により人の生命や身体に危険が生じ、実際に死傷者が出た場合には、業務上過失致死傷罪などの刑事責任を問われる可能性があります。このような事態に至らないよう、保存義務を負っている期間中は適切な管理を継続することが極めて重要です。

相続放棄と処分行為の制限について

相続放棄を検討している場合、または相続放棄をした後に、特に注意しなければならないのが処分行為の制限です。処分行為とは、財産を売却、賃貸、譲渡、廃棄など、その所有権や使用権に直接的な影響を与える行為のことを指します。相続において処分行為を行ってしまうと、民法第921条により単純承認をしたものとみなされ、相続放棄の効力が失われる可能性があります。単純承認とは、被相続人の財産と債務をすべて無条件に引き継ぐことを意味します。

具体的に処分行為とみなされる可能性がある行為としては、まず不動産の売却が挙げられます。実家を売却する行為は明らかに処分行為に該当し、売却した時点で単純承認したものとみなされます。また賃貸借契約の締結も処分行為に該当する可能性があります。空き家を第三者に賃貸する契約を結ぶ行為は、相続財産の利用形態を変更する行為として処分行為とみなされるリスクがあります。

建物の解体や取り壊しも、処分行為に該当する典型的な例です。老朽化した実家が倒壊の危険があるからといって、相続放棄前や相続放棄後の保存義務期間中に安易に解体してしまうと、法定単純承認とみなされる可能性があります。解体は相続財産の現状を大きく変更する行為であり、保存行為の範囲を超えていると判断される可能性が高いためです。建物の解体を検討する場合には、必ず事前に弁護士などの専門家に相談することが重要です。

大規模な改修工事も注意が必要です。簡易な修繕は保存行為として認められますが、建物の価値を大きく変動させるような改修工事は処分行為とみなされる可能性があります。例えばリフォームして建物の価値を向上させる行為は、保存の範囲を超えた処分行為として判断される可能性があります。また相続財産を廃棄する行為も処分行為に該当します。被相続人が残した家財道具などを処分する場合にも、慎重な判断が必要です。

ただしすべての行為が処分行為とみなされるわけではありません。保存行為とみなされる範囲内の行為であれば問題ありません。例えば雨漏りの簡易な修繕、防犯のための施錠、草刈りや清掃などの維持管理行為は、保存行為として認められる可能性が高いです。また換気のための窓の開閉や、水道管の凍結を防ぐための水抜きなども、保存行為の範囲内と考えられます。

判断が難しい場合には、必ず弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。一度法定単純承認が成立してしまうと、相続放棄の効力が失われ、取り返しのつかない結果になる可能性があります。特に空き家の管理において何らかの対応が必要になった場合には、その行為が保存行為の範囲内かどうかを事前に法律の専門家に確認することが極めて重要です。

保存義務から解放される方法

相続放棄後の保存義務から解放されるにはどうすればよいのでしょうか。主な方法として、相続財産の引き渡し相続財産清算人の選任があります。改正民法では、保存義務は「相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間」継続するとされています。つまり適切な相手に財産を引き渡せば、保存義務から解放されることになります。

他に相続人がいる場合には、その相続人に財産を引き渡すことで保存義務から解放されます。例えば配偶者と子が相続人であり、子が相続放棄をした場合、配偶者に財産を引き渡せば子の保存義務は終了します。この場合、引き渡しの事実を明確にするため、引き渡しの日時や財産の状況を記録し、可能であれば書面で確認を取っておくことが望ましいです。後日トラブルになることを防ぐため、引き渡しの証拠を残しておくことが重要です。

複数の相続人が順次相続放棄をする場合には、次順位の相続人への引き渡しが必要になります。例えば被相続人に配偶者がおらず、子全員が相続放棄をした場合、相続権は被相続人の親または兄弟姉妹に移ります。このような場合、占有していた相続人は次順位の相続人に財産を引き渡すまで保存義務が継続します。次順位の相続人が遠方に住んでいる場合や、連絡がつきにくい場合には、引き渡しの調整に時間がかかることもあります。

すべての相続人が相続放棄をした場合や、相続人が存在しない場合には、相続財産清算人の選任を家庭裁判所に申し立てることができます。相続財産清算人が選任され、その清算人に財産を引き渡すことで、保存義務から解放されます。相続財産清算人の選任は、保存義務から解放されるための最終的な手段として重要な役割を果たします。

相続財産清算人の選任申立てについて

相続財産清算人とは、相続人が存在しない場合や、すべての相続人が相続放棄をした場合に、家庭裁判所が選任する財産管理者です。相続財産清算人は相続財産を管理・清算し、債権者への弁済や特別縁故者への財産分与などを行います。従来は「相続財産管理人」と呼ばれていましたが、2023年4月の民法改正により「相続財産清算人」に名称が変更されました。

相続財産清算人の選任は、利害関係人または検察官が家庭裁判所に申し立てることで行われます。利害関係人には、被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者のほか、相続放棄をした者も含まれます。つまり相続放棄をした者であっても、保存義務から解放されるために自ら相続財産清算人の選任を申し立てることができるのです。

申立先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。例えば被相続人が東京都内に住んでいた場合には東京家庭裁判所に、大阪府内に住んでいた場合には大阪家庭裁判所に申し立てることになります。管轄する家庭裁判所は、被相続人の住民票除票などで確認できる最後の住所地によって決まります。

申立てに必要な書類は多岐にわたります。まず申立書が必要です。申立書には申立人の情報、被相続人の情報、相続財産の概要、申立ての理由などを記載します。家庭裁判所のウェブサイトから書式をダウンロードできます。次に被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本が必要です。これにより被相続人の家族関係や相続人の範囲を確認します。さらに被相続人の父母の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本、被相続人の子及びその代襲者で死亡している者がいる場合はその子及びその代襲者の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本、被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍謄本、被相続人の兄弟姉妹で死亡している者がいる場合はその兄弟姉妹の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本なども必要になります。

相続財産清算人の候補者がある場合には、その候補者の住民票または戸籍附票も提出します。候補者がいない場合には、家庭裁判所が適切な人物を選任します。通常は弁護士や司法書士などの専門家が選任されることが多いです。その他、被相続人の住民票除票または戸籍附票、財産目録、利害関係を証する資料なども必要です。

相続財産清算人選任にかかる費用

相続財産清算人の選任には、ある程度まとまった費用がかかることを理解しておく必要があります。主な費用としては、申立手数料、予納金、専門家報酬などがあります。申立手数料は収入印紙代として800円程度、連絡用の郵便切手代として数千円程度かかります。また官報公告料として約5000円程度が必要です。これらは比較的少額ですが、必須の費用として準備する必要があります。

最も大きな負担となるのが予納金です。予納金とは、相続財産清算人の報酬や管理費用に充てるために、申立人が事前に家庭裁判所に納める金額です。予納金の額は、相続財産の内容や管理の複雑さによって異なりますが、一般的には20万円から100万円程度、場合によってはそれ以上になることもあります。この予納金は、相続財産清算の手続きが終了し、相続財産から清算人の報酬や費用を支払うことができる場合には、残額が返還されることもあります。

相続財産に十分な価値がある場合には、その財産から清算人の報酬や費用を支払うことができるため、予納金が不要または少額で済むこともあります。例えば被相続人が預貯金を多く残していた場合や、売却可能な不動産がある場合には、それらの財産から清算人の報酬を支払うことができます。しかし空き家のように資産価値が低く、管理費用がかかる財産の場合には、高額な予納金が必要になる傾向があります。売却が困難な地方の不動産のみが相続財産である場合には、100万円程度の予納金を求められることも珍しくありません。

相続財産清算人に対する報酬は、月額1万円から5万円程度が一般的です。清算手続きが完了するまでの期間によって、総額は大きく変動します。手続きが短期間で終われば報酬も少なくて済みますが、債権者の調査や不動産の処分に時間がかかる場合には、数か月から1年以上かかることもあり、報酬総額も増加します。

専門家に申立てを依頼する場合には、別途弁護士費用や司法書士費用がかかります。一般的には10万円から30万円程度が目安です。自分で申立書を作成して手続きを行うことも可能ですが、戸籍の収集や書類の作成には専門的な知識が必要なため、専門家に依頼する方が確実です。特に相続関係が複雑な場合や、急いで手続きを進めたい場合には、専門家に依頼することをお勧めします。

相続財産清算人選任の手続きと期間

家庭裁判所に申立てが受理されると、裁判所は申立内容を審査し、相続財産清算人を選任します。審査では提出された書類の内容、相続財産の状況、申立人の利害関係などが確認されます。通常、申立てから選任までには2か月程度かかることが一般的です。ただし書類に不備がある場合や、相続関係が複雑な場合には、さらに時間がかかることもあります。

相続財産清算人が選任されると、家庭裁判所によって相続財産清算人の選任と相続人の捜索についての公告が官報に掲載されます。この公告は6か月以上の期間を定めて行われます。公告の期間内に相続人が現れなければ、相続人がいないことが確定します。令和5年4月1日施行の民法改正により、権利関係の確定に最低限必要な期間が、従来の10か月から6か月に短縮されました。これにより手続き全体の期間も短縮される傾向にあります。

公告期間中に相続人が現れなかった場合、次に債権者や受遺者に対する請求申出の公告が行われます。この公告も2か月以上の期間を定めて行われます。債権者や受遺者からの請求に基づき、相続財産から弁済が行われます。複数の債権者がいる場合には、法律で定められた優先順位に従って弁済が行われます。

すべての債務の弁済が終わり、なお財産が残っている場合には、特別縁故者への財産分与が検討されます。特別縁故者とは、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者など、被相続人と特別な関係にあった者をいいます。特別縁故者からの申立てにより、家庭裁判所が相当と認めた場合には、相続財産の全部または一部が分与されます。

特別縁故者への分与も行われず、最終的に財産が残った場合には、その財産は国庫に帰属します。ただし共有持分については、他の共有者に帰属することになります。例えば被相続人が土地を他の人と共有していた場合、被相続人の持分は他の共有者に帰属し、国庫には帰属しません。

手続き全体としては、申立てから清算が完了するまでに、最短でも1年程度、複雑な案件では2年以上かかることもあります。その間、占有していた相続人は保存義務を負い続けることになるため、長期的な視点で対応を考える必要があります。

実家の不動産に関する具体的な対応策

相続放棄を検討している場合、実家の不動産についてどのように対応すればよいのでしょうか。まず相続放棄前の段階では、自分が「現に占有」している状態かどうかを確認することが重要です。被相続人と同居していた場合や、相続開始後に実家の管理を始めた場合には、占有が認められる可能性が高く、相続放棄後も保存義務が継続します。一方、被相続人と別居しており、実家の鍵も持っていない場合には、占有が認められず、保存義務は生じない可能性が高いです。

占有している状態で相続放棄を行う場合には、保存義務から解放されるための準備が必要です。他に相続人がいる場合には、その相続人に速やかに財産を引き渡す準備をします。事前に連絡を取り、引き渡しの日程や方法を調整しておくとスムーズです。全員が相続放棄をする場合には、相続財産清算人の選任申立ての準備を進めます。必要な書類の収集には時間がかかるため、早めに準備を始めることが重要です。

相続放棄後の対応としては、占有している財産については、相続人または相続財産清算人に引き渡すまで保存義務が継続します。この間、必要最低限の維持管理を行う必要があります。定期的な換気、清掃、草刈り、建物の点検などを行い、財産の価値が著しく損なわれないようにします。ただし処分行為に該当する行為は避けなければなりません。建物の解体や大規模な改修、売却などは行わないよう注意が必要です。

相続財産清算人への引き渡しが完了すれば、保存義務から解放されます。引き渡しの際には、財産の状況を記録し、引き渡しの証拠を残しておくことが望ましいです。建物の状態を写真で記録し、清算人との間で引き渡し確認書を取り交わすなど、後日トラブルにならないよう証拠を残しておくことが重要です。

別居していて占有していない場合でも、相続放棄の申述が受理されるまでは、法的な地位が不安定です。相続放棄の申述が受理され、受理通知書を受け取った時点で、法律上は初めから相続人でなかったことが確定します。債権者などから請求があった場合には、相続放棄申述受理通知書を提示することで、相続人でないことを証明できます。

空き家の管理が困難な場合の選択肢

相続放棄をせずに相続する場合でも、空き家の管理が困難なケースがあります。そのような場合の選択肢としては、売却賃貸空き家管理サービスの利用自治体の空き家バンクへの登録解体して土地として活用などがあります。それぞれの選択肢にはメリットとデメリットがあり、実家の状況や立地条件、自身の経済状況などに応じて最適な方法を選ぶ必要があります。

売却する場合には、不動産会社に仲介を依頼するか、買取業者に買い取ってもらう方法があります。仲介の場合は市場価格に近い価格で売却できる可能性がありますが、買い手がつくまでに時間がかかることもあります。空き家の状態や立地によっては、買い手がつきにくい場合もありますが、専門の買取業者であれば対応してくれる可能性があります。買取業者は仲介よりも価格は低くなりますが、確実かつ迅速に売却できるメリットがあります。

賃貸に出す場合には、リフォームが必要になることが多く、初期投資がかかります。老朽化した建物をそのまま賃貸に出すことは困難なため、一定の修繕やリフォームが必要です。しかし継続的な収入が見込める場合には検討する価値があります。賃貸需要がある地域であれば、家賃収入により維持費用を賄い、さらに収益を得ることも可能です。

自分で管理することが困難な場合には、空き家管理サービスを利用する方法もあります。定期的な巡回、換気、清掃、郵便物の整理、庭の手入れなどを代行してくれるサービスがあり、月額数千円から利用できます。遠方に住んでいて自分で定期的に訪問することが困難な場合には、このようなサービスの利用が現実的な選択肢となります。管理会社に依頼することで、建物の状態を把握でき、問題が発生した際にも迅速に対応できます。

自治体の空き家バンクに登録することで、空き家を活用したい人とマッチングできる可能性があります。空き家バンクとは、自治体が空き家の所有者と利用希望者を仲介するサービスです。移住希望者などに活用してもらうことで、社会貢献にもつながります。特に地方移住の需要が高まっている現在、思わぬ形で活用先が見つかる可能性もあります。

建物の維持が困難で、土地としての活用が見込める場合には、解体して更地にする選択肢もあります。老朽化が進んだ建物は維持費用が高く、また倒壊のリスクもあるため、解体して土地として売却や活用を考える方法です。ただし解体費用がかかることと、更地にすると固定資産税の軽減措置が適用されなくなり、固定資産税が上がる可能性があることに注意が必要です。解体費用は建物の規模や構造にもよりますが、100万円から数百万円かかることも珍しくありません。

まとめと今後の展望

相続放棄と不動産の管理義務については、2023年の民法改正により、ルールが明確化されました。相続放棄をした者のうち、放棄の時に相続財産を現に占有していた者のみが保存義務を負うことになり、別居していて占有していない相続人には保存義務が発生しないことが法律上明確になりました。この改正により、相続放棄を選択する際の判断材料が増え、より適切な判断ができるようになりました。

保存義務は相続人または相続財産清算人に財産を引き渡すまで継続します。保存義務を怠ると、損害賠償責任を負う可能性があるため、適切な管理が必要です。建物の換気や清掃、簡易な修繕、庭木の管理、火災や盗難の防止など、最低限の維持管理を行うことが求められます。

相続放棄後に処分行為を行うと、単純承認とみなされて相続放棄の効力が失われる可能性があるため、注意が必要です。特に建物の解体や売却、賃貸借契約の締結などは処分行為に該当する可能性が高く、慎重に判断する必要があります。判断に迷う場合には、必ず事前に弁護士などの専門家に相談することが重要です。

保存義務から解放されるためには、他の相続人に財産を引き渡すか、相続財産清算人の選任を申し立てて清算人に引き渡す必要があります。相続財産清算人の選任には、予納金などの費用がかかることを理解しておく必要があります。一般的には20万円から100万円程度の予納金が必要となり、経済的な負担は決して小さくありません。

相続放棄をするかどうかは、相続財産全体の状況、債務の有無と金額、不動産の資産価値と管理の負担、他の相続人との関係など、様々な要素を総合的に考慮して判断する必要があります。実家などの不動産が含まれる相続については、法律的にも実務的にも複雑な問題が多いため、早めに専門家に相談することをお勧めします。

近年、空き家問題は社会的な課題として注目されています。少子高齢化や人口減少により、全国的に空き家が増加しており、適切な管理が行われない空き家が近隣に迷惑をかけるケースも増えています。行政も空き家対策特別措置法の強化や管理不全空き家制度の導入など、対策を進めていますが、根本的な解決には至っていません。

今後も高齢化が進む中で、親の実家の相続に直面する方は増え続けると予想されます。相続は人生で何度も経験するものではありませんが、誰にでも起こりうることです。事前に知識を持っておくことで、いざという時に適切な判断ができるようになります。早い段階から親と実家の処分について話し合い、生前に売却や処分を検討することも一つの選択肢です。

相続放棄という選択肢は、負債や管理困難な財産から解放される有効な手段ですが、すべての財産を放棄することになるため、慎重な判断が求められます。相続財産全体を把握し、プラスとマイナスを比較検討した上で、自分や家族にとって最善の選択をすることが重要です。また相続放棄後も一定の保存義務が継続する場合があることを理解し、適切な対応を取ることが必要です。

専門家への相談は、相続問題を適切に解決するための重要なステップです。弁護士、司法書士、税理士、不動産会社など、それぞれの専門分野において適切なアドバイスを受けることで、後悔のない選択ができます。初回相談が無料の法律事務所も多いため、まずは気軽に相談してみることをお勧めします。

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