BYDが世界EV販売で首位となり、テスラを抜いたことが2025年の通年データで確定しました。中国の深センに本拠を置くBYDは、2025年の純粋なバッテリー電気自動車(BEV)販売台数において約225万6,714台を記録し、テスラの約163万6,129台を約62万台も上回る結果となりました。この歴史的な逆転劇は、長らくEV市場の象徴として君臨してきたテスラ時代の終焉と、中国メーカー主導の新時代の幕開けを告げるものとなっています。
この記事では、BYDがいかにしてテスラを抜き去り世界首位の座を獲得したのか、その背景にある技術革新やビジネス戦略について詳しく解説していきます。垂直統合による圧倒的なコスト競争力、ブレードバッテリーに代表される独自技術、そして欧州や東南アジアへの積極的なグローバル展開など、BYDの強みを多角的に分析します。さらに、テスラが直面している課題や、2030年に向けたEV市場の将来展望についても掘り下げていきます。

BYDとは何か:バッテリーメーカーから世界最大のEVメーカーへ
BYDとは、1995年に王伝福氏によって中国深センで創業された企業で、社名は「Build Your Dreams(夢を築く)」の頭文字に由来しています。当初は携帯電話用のバッテリーメーカーとしてスタートしましたが、2003年に自動車事業へ参入し、現在では電気自動車、プラグインハイブリッド車、バス、トラック、さらには電力貯蔵システムまで手がける総合エネルギー企業へと成長しました。
BYDの最大の特徴は、バッテリーから半導体、モーター、車体に至るまで主要部品の約75%を自社グループ内で製造する「垂直統合モデル」にあります。この戦略により、外部サプライヤーへの依存を最小限に抑え、コスト削減と品質管理の両立を実現してきました。特にEVのコストの30〜40%を占めるバッテリーを自社で開発・製造できることは、競合他社に対する決定的な優位性となっています。
2025年の販売データが示すBYDの圧勝
2025年の世界EV販売において、BYDがテスラを抜いて首位に立った事実は、具体的な数字によって明確に示されています。BYDの2025年通年BEV販売台数は約225万6,714台に達し、前年比で約27.86%という驚異的な成長率を記録しました。一方のテスラは、同期間のグローバル納車台数が約163万6,129台にとどまり、前年比で8.56%の減少となりました。これはテスラにとって2年連続での販売減少であり、成長神話の崩壊を印象づける結果となりました。
四半期ごとの推移を見ると、両社の勢いの差はさらに鮮明になります。テスラの2025年第4四半期(10月〜12月)の納車台数は41万8,227台で、前年同期比15.61%の減少を記録しました。これに対してBYDの同四半期のBEV販売台数は65万811台に達し、前年同期比9.30%増、前四半期比でも11.72%増という好調ぶりを示しました。年末商戦期に加速するBYDと失速するテスラという対照的な姿が、市場の構造変化を如実に物語っています。
テスラを抜いた要因:BYDの競争優位性とは
BYDがテスラを抜いて世界首位となった要因は、単なる価格競争力だけではありません。垂直統合による製造コストの最適化、革新的なバッテリー技術、そしてBEVとPHEVの両方を展開する「二刀流」戦略が複合的に作用した結果といえます。
垂直統合がもたらすコスト競争力
BYDの競争力の源泉は、究極の垂直統合にあります。バッテリーはグループ会社のFinDreams Batteryで開発・製造し、半導体についても自社製のIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)やSiCパワーモジュールを保有しています。この体制により、世界的な半導体不足の際にも生産を止めることなくシェアを拡大することができました。
サプライヤーのマージンを排除し、原材料価格の変動リスクを最小限に抑えるこのモデルは、価格競争においても利益を確保できる強靭なコスト構造を生み出しています。テスラが需要喚起のために値下げを行うと利益率が直接的に毀損されるのに対し、BYDはコストダウンの余地を自社でコントロールできるため、値下げ耐性が極めて高いのです。
ブレードバッテリー技術の革新性
BYDの技術力を象徴するのが、2020年に発表された「ブレードバッテリー」です。これはリン酸鉄リチウム(LFP)を用いたバッテリーで、従来は安全性が高い反面エネルギー密度が低いとされていたLFPの欠点を、構造革新によって克服しました。
ブレードバッテリーは、セル自体を刀のような薄長い形状にし、それを直接バッテリーパックに組み込む「Cell-to-Pack(CTP)」技術を採用しています。この設計によりモジュールという中間構造を省き、スペース利用率を50%以上向上させることに成功しました。さらに、釘刺し試験という過酷なテストにおいて、三元系リチウムイオン電池が激しく発火するのに対し、ブレードバッテリーは煙も炎も出さず、表面温度も30〜60℃程度に収まるという極めて高い安全性を実証しました。この技術の影響力は大きく、テスラやトヨタがBYDからバッテリー供給を受けるほどになっています。
BEVとPHEVの二刀流戦略
BYDの成功を語る上で欠かせないのが、プラグインハイブリッド車(PHEV)の存在です。テスラがBEV専業であるのに対し、BYDはBEVとPHEVの両方を展開する二刀流戦略を採用しています。2025年にはPHEVも228万8,709台を販売し、BEVとほぼ同規模のボリュームを維持しました。
PHEVは充電インフラが未整備な新興国市場や、航続距離不安を持つ保守的な層を取り込むための「架け橋」として機能しています。BYDはこのPHEV事業で得たキャッシュフローとスケールメリットをBEV開発に還流させることで、BEVのコスト競争力をさらに高めるという好循環を生み出しています。テスラにはこの「緩衝材」が存在しないため、BEV需要の変動がそのまま業績に直撃する構造となっています。
財務面でもテスラを逆転したBYDの実力
BYDがテスラを抜いたのは販売台数だけではありません。財務面でも2025年は象徴的な逆転が起きました。2025年第3四半期において、BYDの売上高は約282億ドル(2,011億人民元)に達し、テスラの同四半期売上高251.8億ドルを初めて上回りました。
さらに注目すべきは利益率です。かつて「テスラは利益率が高く、BYDは薄利多売」というのが定説でしたが、2025年のデータはこの常識を覆しました。第3四半期において、BYDの粗利益率は21.9%に達し、テスラの自動車部門粗利益率(約17〜18%)を明確に上回りました。平均販売価格が低いBYDがテスラよりも高い利益率を実現できた理由は、前述した垂直統合によるコスト優位性にあります。
通年ベースでも、2024年の時点でBYDの売上高は約1,070億ドルに達しており、テスラの977億ドルを既に超えていました。2025年にはその差がさらに拡大したと見られます。これは、BYDが単なる「安い車」のメーカーから、高付加価値な製品を含む多様なポートフォリオを持つ企業へと変貌を遂げたことを証明しています。
BYDの最新技術:第5世代DM-iシステムの衝撃
BYDの技術革新はバッテリーだけにとどまりません。2024年5月に発表された第5世代の「DM-i(Dual Mode Intelligent)」プラグインハイブリッド技術は、ガソリン車の存在意義を根底から揺るがすものとなりました。
このシステムは、エンジンの熱効率で世界最高レベルの46.06%を達成し、バッテリー残量が少ない状態での燃費を2.9L/100km(約34.4km/L)にまで低減しました。特筆すべきは航続距離で、満タン・満充電の状態から総合航続距離2,100kmという驚異的な数値を実現しています。この技術により、長距離移動の不安を完全に解消しつつ、日常の通勤はEVモードで走行できるという現実的な最適解を提供しました。この技術を搭載した「秦L」や「シール06」は、中国国内で爆発的なヒットを記録し、PHEV市場でのBYDの独占的地位を盤石なものにしました。
BYDのグローバル展開戦略:現地生産へのシフト
2025年は、BYDが単なる輸出企業から真の多国籍企業へと脱皮を図った年でもあります。欧米諸国による関税障壁の高まりを受け、BYDは「現地で作って現地で売る」戦略へと急速にシフトしました。
欧州市場への本格進出
欧州連合(EU)は中国製EVに対して追加関税を課しましたが、BYDはこれを見越して現地生産体制の構築を急ぎました。ハンガリーのセゲドに建設中の乗用車工場は、2025年末から試験生産を開始し、2026年には本格稼働する予定となっています。この工場で生産された車両は「欧州製」とみなされ、関税を回避できます。当初の生産能力は年間15万台、将来的には30万台を見込んでおり、量販車種が生産される計画です。
さらにBYDはトルコにも10億ドルを投資して工場を建設する契約を締結しました。トルコはEUと関税同盟を結んでいるため、トルコ製BYD車も無関税でEU市場に輸出可能です。この二重の生産拠点戦略により、BYDは欧州市場での価格競争力を長期的に維持する構えです。2025年の欧州におけるBYDの販売は、関税の影響を受けつつも前年比272%増という驚異的な伸びを記録した月もありました。
南米・東南アジアでの展開
南米では、BYDはすでに圧倒的なリーダーの地位を確立しています。ブラジルのバイア州に建設した工場は2025年から生産を開始し、EVおよびPHEVの乗用車に加え、バスやトラックのシャシー、さらにはリチウムやリン酸鉄の加工まで行う総合的な生産拠点となっています。
東南アジアでは、タイのラヨーン工場が2024年7月に稼働を開始し、年産15万台の能力を持っています。この工場は右ハンドル市場への輸出拠点としても機能しており、オーストラリアや英国向けの車両も生産されています。インドネシアでも13億ドルを投じて工場を建設中で、2026年の稼働を目指しています。
独自の物流網構築
BYDは自社専用の自動車運搬船(Ro-Ro船)艦隊を保有し始めたことも特筆に値します。「BYD Explorer No.1」をはじめとする7,000台積みの大型船を次々と就航させ、物流コストの削減と輸送の安定化を実現しました。これは世界的な船腹不足や運賃高騰に対する強力なヘッジ手段となっており、他メーカーには真似できない垂直統合の究極形といえます。
BYDの製品ラインナップ:量販車から超高級車まで
テスラが「モデル3」と「モデルY」という2つのモデルに販売の95%以上を依存し、新モデルの投入が遅れているのに対し、BYDは全方位的なラインナップ展開を行っています。
量販モデル:シーガルとドルフィン
2025年のMVPとも呼べるモデルが「シーガル(海外名:ドルフィン・ミニ)」です。中国国内では約1万ドル、海外でも2万ドル以下という価格設定で、高品質なEVを提供しました。このモデルはテスラが実現できなかった「25,000ドル以下のEV」という市場を完全に掌握し、2025年だけで数十万台規模の輸出を記録しています。また「ドルフィン」や「アット3(Yuan Plus)」はグローバル戦略車として、欧州、日本、オーストラリアなどで堅調な販売を維持しています。
高級ブランド:騰勢・方程豹・仰望
BYDは安価な車だけでなく、高級車市場でも存在感を示しています。「騰勢(Denza)」はメルセデス・ベンツとの合弁から始まったブランドで、高級ミニバン「D9」は中国でトヨタ・アルファードのシェアを奪う存在となりました。2025年にはシューティングブレーク「Z9 GT」を投入し、欧州高級車への挑戦を続けています。
「方程豹(Fang Cheng Bao)」は2023年に立ち上げられたオフロード専門ブランドで、「豹5」や「豹8」はPHEVパワートレイン「DMO」を搭載し、ランドローバーやジープの市場を切り崩しています。2025年10月には累計販売20万台を突破しました。
「仰望(Yangwang)」は100万元(約2,000万円)を超える超高級ブランドです。フラッグシップモデル「U8」は4つの独立モーターでその場で旋回する「タンクターン」や水上浮行機能を備えており、BYDの技術力を世界に示すショーケースとしての役割を果たしています。
テスラが直面している課題と今後の展望
BYDに世界首位の座を明け渡したテスラは、複数の構造的課題に直面しています。まず製品ラインナップの陳腐化が挙げられます。主力のモデル3とモデルYは基本設計が古くなりつつあり、競合他社が次々と魅力的な新モデルを投入する中で、新鮮味が失われています。
また、主要市場での競争激化も深刻です。米国ではEV税額控除の変更が影響し、欧州市場ではブランドイメージの悪化が販売に影を落としています。中国市場では激しい価格競争にさらされ、かつてのプレミアムポジションを維持することが困難になっています。
テスラは自動運転技術とロボタクシー事業に社運を賭けていますが、完全自動運転の実現にはまだ技術的・規制的なハードルが残っています。一方でBYDは、完全無人運転を急がず、高速道路や都市部での高度な運転支援を量産車に標準装備することで、実用的な価値を提供しつつデータを蓄積する現実的なアプローチを採用しています。
世界EV市場における勢力図の変化
BYDがテスラを抜いて首位となった2025年は、世界EV市場全体の勢力図が大きく塗り替えられた年でもあります。メーカー別のシェアを見ると、中国系メーカーが全体の約55%を占め、米国系が約21%、欧州系が約16%、日系が約3%という構図となっています。かつてはテスラを筆頭に欧米メーカーがEV市場をリードしていましたが、現在では中国勢が過半数を握る時代へと突入しました。
地域別のEV普及率にも注目すべき特徴があります。最もEV普及が進んでいるのは北欧諸国で、ノルウェーでは新車販売に占めるEVの割合が90%を超える水準に達しています。スウェーデンやデンマーク、フィンランドといった国々でも50%前後の高い普及率を記録しており、欧州が世界のEVシフトを牽引していることがわかります。一方、世界最大のEV市場である中国でも普及率は約48%に達し、国家戦略としての電動化政策が着実に成果を上げています。
米国市場については、EV普及率は10%前後にとどまっており、ガソリン車からの移行は欧州や中国に比べて緩やかです。これは広大な国土と充電インフラの整備状況、さらにはピックアップトラック文化といった米国特有の事情が影響しています。テスラはこの市場で依然として強いブランド力を持っていますが、BYDをはじめとする中国メーカーの参入圧力は今後強まっていくと予想されます。
日本市場に目を向けると、EV普及率は約3%と世界的に見ても低い水準にあります。ハイブリッド車が広く普及しているため、純粋なEVへの移行が遅れている状況です。しかし、BYDは2023年から日本市場への本格参入を開始しており、「アット3」や「ドルフィン」といったモデルを投入しています。日本市場でのBYDの動向は、今後の国内EV市場の活性化にとって重要な要素となるでしょう。
2030年に向けた世界EV市場の将来予測
今後の世界EV市場においては、中国メーカーの台頭がさらに顕著になると予測されています。大手金融機関の分析によると、2030年までに中国のEVメーカーは世界市場の約33%(3分の1)を支配すると見られており、その中心にいるのがBYDです。
テスラが北米市場とソフトウェア分野で優位性を保つ一方で、BYDは欧州、アジア、南米、中東、アフリカといった広範な市場でボリュームリーダーとなる「多極化」した未来が予想されています。
全固体電池の実用化に向けて
次世代のゲームチェンジャーとされる全固体電池についても、BYDは明確なタイムラインを持っています。BYDのリチウム電池部門は、2027年に全固体電池を搭載した車両の小規模なデモンストレーションを開始し、2030年頃に大規模な量産を実現する計画を明らかにしています。
初期段階では硫化物系の全固体電池が高価格帯のモデルに採用される見込みです。BYDはLFPバッテリーで価格破壊を起こしたように、全固体電池においてもコストダウンを実現し、2030年までに液体リチウムイオン電池との価格パリティ達成を目指しています。これが実現すれば、EVの安全性と航続距離は新たな次元に突入することになります。
まとめ:EV産業の新時代を切り開くBYD
2025年にBYDがテスラを抜いて世界EV販売で首位となったことは、自動車産業の歴史における大きな転換点となりました。この出来事は単なる順位の入れ替わりではなく、EV産業が「黎明期」から「普及期」へと移行し、勝敗の鍵が「ビジョン」から「製造能力とサプライチェーン」へと移ったことを象徴しています。
王伝福会長率いるBYDは、バッテリー技術というコア・コンピタンスを軸に、垂直統合、全方位的な製品ラインナップ、そして迅速なグローバル展開を組み合わせることで、テスラの牙城を崩しました。今後もBYDは欧州やアジアでの現地生産を拡大し、全固体電池などの次世代技術開発を進めることで、EV市場でのリーダーシップを強化していくと考えられます。
もちろんBYDの前途にも課題はあります。欧米の保護主義的な通商政策、中国国内での過当競争、そして自動運転技術の発展など、乗り越えるべきハードルは少なくありません。それでも2025年のデータが示す事実は明確です。新しい自動車産業の覇者は、シリコンバレーではなく深センから現れました。BYDの時代は、まさに今始まったばかりなのです。

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